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女騎士(バーサーカー)とオークと、時々バイク  作者: 高城拓
第2章 冬までにあったこと
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Poison(1)

反町隆史でググって、どうぞ

 ミィナがザボス家上屋敷を訪れたのは、10月17日水曜日のことである。

 エミリアに言われた通り、夕5つ、今で言う17時にアポイントメントを取ったミィナを出迎えたのは、やはりエミリアだった。


 アンネはもう少しで帰ってくるから、とミィナの先に立って案内するエミリアは中庭に向かった。客間と応接間は別の客が使っているとのことだった。ザボスに客が来ているらしかった。


 生け垣と分厚いコンクリートの胸壁に囲まれたザボス家上屋敷は、それだけで1つの街のようなものだった。訪問する前に見た資料では、前庭、中庭、裏庭のいずれもが混成歩兵一個中隊の戦闘展開を行えるだけの広さがある、とされていた。ザボス家――ザボス死去後に名を改めてカンビーニ家となった――の資料では、敷地は横幅800m、奥行きで1.8kmほどもあったという。

 ザボスの住む上屋敷本宅は地下2階地上3階建て、石造りに見えるが総鉄筋コンクリート造りの幅300m奥行き120mの凹型の建物だ。壁面には厚さ90mmの均質圧延装甲板が埋め込まれている。車庫や旗本屋敷はその本宅と渡り廊下でつながり、それらに取り囲まれた空間が中庭となっていた。


 本宅の廊下を歩きながらミィナは周囲を冷静に観察した。正確にはそこで働く人々の様子を、だ。重砲を持たず、また大隊本部管理中隊以外の各中隊は一個小隊しか充足状態にないとは言え、常時一個大隊が駐屯しているだけあって、流石に広くて人が多い。

 構成人種としては青白い肌をした半魔が一番多いが、それ以外にも獣人(ライカン)やエルフ、ゴブリンたちは言うに及ばず、各種の混血も数多く在籍している。

 皆一生懸命に働いていた。それはそうだろう、虐殺王ザボスの元で働いているのだ。大昔のようにいきなり何の理由もなく殺されることこそ無くなっていたが、隙を見せるとすぐに何かされるのだ。尻や胸を撫でられるぐらいは良い方で、可愛らしい顔立ちの少年下駄番(フットマン)がちょっと油断した瞬間にズボンの前留を開けられていたり、などはザラである。職場で徹夜をして帰ってきたアッシュが、知らない間に後ろ髪を編み込みにされていたことすらあった。

 並の家格なら訴訟問題に発展したり警察が飛んできそうなものだが、なにしろザボス家上屋敷である。法執行の権威でありながら半分法の外に身を置いているようなザボスを取り締まれるものは数少ない。

 それに給金もいいし、指導も行き届いている。年少の使用人や旗本郎党の子女には教育さえ与えられている。屋敷の中には何部屋かの教室が作られているのだ。


 まるで王宮警護局の研修施設のようだな、とミィナは思った。

 ミィナの感想は間違ってはいない。実際のところ、王宮警護局の研修施設とその運用方法のみならず、魔王領の学校教育制度は、ザボス家やシマヅ家のような武家貴族の子弟教育制度を拡大解釈して採用したものなのだ。魔王コーの知恵は、ちょっとしたアクセントにすぎない。


 貴族の子弟教育制度は、「貴族の領土が事実上の一つの国」であったことに端を発する。

 群れという経済圏は運営がうまく行けば、あるいはそうする必要があれば、その規模を大きくし続ける傾向にある。群れはやがてムラとなり、マチとなり、クニとなるのだ。そうすると不可逆的に発生するのが隣り合う経済圏との競争である。

 その競争が経済的文化的なものであるならまだよい。しかし時には戦争になる。戦争の経済的効用はその社会の発展段階により正にも負にもなるが、一つだけ通底した原則が存在する。

 せっかくの人口、すなわち人的資源のうち、社会で最も活躍する年代の者たちから真っ先に減少してしまうのだ。

 戦争には勝ったが働き盛りの者たち、知恵のあるものたちから死んでしまったがために戦後復興の負担に耐えきれずに滅んだ領国など星の数ほど存在する。

 これを防ぐ、すなわち人的資源の浪費を押さえつつ戦争に勝つ(そして戦後復興を成功させる)には、優秀な官僚や幹部軍人を平時より育てて確保しておかねばならない。

 そういった現実からの要求に真っ先に応えたのが武家貴族であり、永く続いた家の教育制度こそ模倣するに値するもの、というわけだ。長く看板をかけている企業の事業史が変化に飛んでいることと同じだ。自らを取り巻く環境の変化に対応できないものは滅んでしまう。


 中庭には勤務が終わった旗本組の兵や将校が、思い思いの格好でくつろいでいたり、格闘技や剣技の自主訓練を行っていた。ザボス家の勤務は旗本組――ザボス旅団独立第1大隊の将兵が25時間3交代制勤務、使用人は18時間2交代制である。勤務時間はそれぞれ8時間20分と9時間だ。夕食は宵7つ、今で言う19時であるから、将兵たちの食事の世話をする使用人たちは、ここからの3時間が最も忙しい時間となる。

 やがてエミリアが中庭の端の方に誰も使っていないテーブルセットを見つけ、ミィナと一緒に腰掛けた。すぐさまメイドの一人が飛んできて、お茶の支度を始める。亜麻色の髪をカチューシャで押さえた犬耳の少女、リヴニィだった。

 

「ありがとう、リヴニィさん」

「はい、どういたしまして。お客様もごゆっく……ああー! 千切りの人!!」


 スカートを摘んで持ち上げ、優雅にカーテンシーをしてミィナに挨拶しようとしたリヴニィが素っ頓狂な声を上げた。


「リヴニィさん、お客様に失礼でしょう」

「えー!? いやだって、えーっ!? あっそうだ、握手してもらっていいですか!? わたし、この間からお客様の大ファンなんです! 綺麗で、背が高くて、スタイルよくって、お料理上手で! 憧れちゃいます!」


 落ち着いた調子でエミリアが注意するが、リヴニィは聞いてもいない。勢いに押されて差し出されたミィナの右手をがっしり両手で握って離そうとしない。いつも眠たげに垂れている耳はピンと立ち、尻尾はブンブンと振り回されている。

 やがて騒ぎを聞きつけた旗本衆もやってきて、ミィナの千切りをまたしても褒め称えた。先日のピクニックには大隊本部管理中隊の半数とC中隊第1小隊しか参加していなかったから、参加できなかったものたちは俺も食べたかったと恨み言をいってみたりもした。

 ひとしきり盛り上がったところでジュリアーノと職場を放棄したアカツィーヤがやってきて、刃物の扱いをどこで覚えたのだ、ほかにも料理はできないのかと根掘り葉掘り聞き始める。

 元来おとなしく無口なミィナはひとびとに取り囲まれ、慌てふためきしどろもどろに返事をしつつ、あることに気がついた。

 こんなにたくさんの好意的な視線に取り囲まれたことはないな、と。


 やがて何人かの男女がミィナに色目を使い始めた――現代風に言えばナンパをし始めたところで、1台のバイクの排気音が響いてきた。ドンドンドンドンという規則的な排気音は、BMW・R80のボクサーエンジンのそれだ。

 R80の排気音が止まり、二人分の足音がミィナたちに近づいた。一人は脚をほんの少し引きずっている。


「へぇ、来てくれたんだ」


 人垣を割って表れ、勝ち気な声を上げたのは、ベルキナを背中に張り付かせたアンネリーゼだった。

 それを見たミィナはむっすりとしてしまった。 




「ていうか先生もアカツィーヤさんも何してるんですか」


 アンネリーゼが呆れた声で尋ねると、いやまぁその、と歯切れの悪い返事が帰ってきた。


「なによ、みんなしてこんなに取り囲んで。シャルル、ベルタさん、目がやらしくなってるよ! ミィナは美人さんだから色目使うのもわかるけどさぁ、困ってんじゃん。ねぇ?」


 腰に手を当てふんぞり返ったアンネリーゼが嫌味を言うと、ミィナに言い寄っていた男女は愛想笑いを浮かべながらすごすごと引き下がりかけた。しかし。

 

「わたしは! 楽しかったですけど!」


 思いのほか強い口調でミィナが反駁した。ツンと鼻先をあさっての方向へ向ける。

 アンネリーゼとベルキナはありゃという顔をし、エミリアは思うところがあるのか苦笑を浮かべる。そんな二組の様子を見比べ、シャルル・アルベール軍曹とベルタ・フレーベル中尉はミィナに抱きついてニッと笑った。

 それで呆れた表情になったアンネリーゼはしっしと皆を追い払うと、ミィナの向かいにどっかりと腰を下ろしたのだった。




「ああ、これでようやく話が進みますわね」

「ウチの家風ですので」


 3階の執務室の大窓から中庭を見下ろし呟いたマリア・マンテガッツァ王宮警護局局長に、アッシュ・エドモン公安二課長補佐は申し訳なさそうに言い訳した。

 傍らにはアンドリュウ・ヴラノビッチ・ミシチェンコ第3代公安委員会総長とエーリッヒ・ジークフリート・フォン・リッケンバウム公安二課長、それにミシェール・モリソン王宮警護局特殊警護隊隊長が並び立っている。

 屋敷の主ザボスは執務席に座り、パイプをくゆらせながら何かを期待するように中庭を眺めていた。


「しかしその、こう言っては何ですが」


 と、リッケンバウム公安二課長が少なくなった頭髪をなでつけながら口を開いた。

 ノームの彼は短躯であるがゆえ、マンテガッツァ王宮警護局局長を見上げるようにしてその続きを口にする。


「人材交流という点では、ユーリアイネンくんだけでも良かったのでは?」


 中年ヒト族の、すこぶるつきの美人にしか見えないマンテガッツァは、短躯でやや肥満気味、頭髪が薄くなったリッケンバウムの細い目を、自身の立派な胸越しに見つめ返し、微笑を浮かべた。


「あの子は所属こそ王宮警護局で、今はそちらに預かっていただいておりますが、もう引退した身です」


 ベルキナを通じた連絡業務はアンネリーゼの身辺情報のやりとり程度しかしておらず、人材交流にはなっていないのが現実ではないかと、マンテガッツァは事実を口にした。

 見下ろせばベルキナはすっかりのぼせ上がった様子で、アンネリーゼにまとわりついている。アンネリーゼがベルキナを邪険に扱わないのが、またそれに拍車をかけている。


「しかし、まさかああまでのめり込むとは。公安調査官としては失格でしょうか」


 マンテガッツァの微笑が苦笑へと変化した。

 いやそんなことはと、アッシュとリッケンバウムは愛想笑いを浮かべるしかなかった。

 ミシェールは無表情を保っている。


「あー、まぁ、そこのところは儂が横車を押したせいだな。すまんかった。だがまぁ、おかげでこういう機会も持てた。みな、忌憚なきやり取りをするが良い」


 ザボスは謝罪を口にし、ミシェール以外の一同は目を丸くして見つめ合った。

 男女は即座に円陣を組んでひそひそと小声で話し合った。

 

「総長、お聞きになりましたか」

「聞いた、聞いたぞ。エドモン君、君はどうだ」

「大殿が王太后陛下と王妃殿下と、レスタのボグロゥ氏以外に謝るところなんか、見たことありません」

「女性相手はどうなのです。公爵殿下が女性にお優しいのはかねがね耳にしておりますが」

「私用であれば。ですが仕事の話で謝罪をお口にされるなど。総長はいかがです」

「私も謝られたことなんか、今まで一度もない。二課長、どうだ」

「むしろ一課長に聞いたほうが。国内治安担当は一課です」

「治安問題なのですか」

「ええ、槍が降ってもおかしくないですよ」

「聞こえとるぞ!」


 ザボスが僅かに強い声音で指摘すると、一同は苦笑を浮かべておしゃべりをやめた。しかしこれで僅かなりとも共犯者意識を彼らに植え付けることはできたわけだから、ザボスとしては陰口を叩かれたかいがあったというものだ。

 そこでふと気がつくと、ミシェール・モリソンが至極つまらなさそうに中庭を見下ろしているのが見えた。


「マンテガッツァ。ちとお主の連れを借りるぞ」

「ええ、はい。ミシェール」


 マンテガッツァが促すと、特殊警護隊隊長は隙のない動きでザボスに歩み寄った。

 ザボスがぽんと自身の膝を叩いた。膝に乗れということだ。無論、いわゆるセクシャル・ハラスメントである。

 しかしミシェールは躊躇することなくザボスの命に従った。

 彼女は横座りにザボスの膝に乗ると、見上げてくるザボスの視線を真っ向から捉えた。


「うむ。良い。良いぞ」


 ザボスは不敵に嗤うと左手でミシェールの腰を抱きながら、右手で中庭を指し示した。

 彼にしては非常に珍しく、ごくごくゆっくりと言葉を選んで口を開く。


「お主はベルキナに憧れておったな?」

「はい、殿下」

「あれに何が見える」

「……私の嫉妬の根源です」

「どうすればそれは消えると思う?」


 長い()

 ザボスはミシェールが口を開くのを待ってやった。


「……わかりません、ただ、本当に、」


 そこまで口にして、ミシェールの無表情というダムが決壊した。

 僅かに眉根を潜め、泣きそうな顔をする。


「どうしていいのか」


 ザボスはにっこりとするとミシェールの尻をぽんと叩いて立たせてやった。


「それで良い。こういう仕事をしとるとな、心が徐々に死んでゆくものよ。儂は悪魔であるがゆえ、そういったことはなかったが、儂の手のものがそうして何人も壊れていった。ゆえに、儂は思うのだ。たまには思うがままに言の葉を紡ぐが良い。相手を殴るが良い。飲んで騒いで潰れてしまえとな。それで何が変わるわけでもないが、黙りこくっておるよりは多少はマシかもしれん。良いな」


 ミシェールはこっくりとうなずいた。


「ああ、ところで官公庁の定時は夕5つであったろう。定時以後は自由時間だ。儂はもう少しあやつらを眺めておるが、お主ら好きにせい」


 ザボスは白々しいことを口にし、ミシェールはマンテガッツァに注目した。

 マンテガッツァが頷くと、ミシェールは退室の許可を請い、ザボスはそれを許した。

 ザボスに向き直ったマンテガッツァは、面白そうなものを見る視線になっていた。


「案外お人がよろしいようで」

「馬鹿を申せ。そもそもお主の仕事であろうが。しかし、ま、たまには面白いかと思ってな」


 ザボスのその台詞がただの照れ隠しにすぎないと知っているアッシュは、公安の男どもと一緒に僅かに肩をすくめてみせた。

 それでも、思いつきで慣れないことをするもんじゃないですよとだけは、口が裂けても言うつもりはなかった。

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