表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/74

女騎士とバイクオタクおじさん

素人置いてけぼりのオタク話。読み飛ばしても大丈夫です。なお本人に悪気はない(事実)

「そら、こいつがお嬢ちゃんを載せてやったバイクだ。SR400、3HTB型。フレーム型番は1JR。オフロード用にスイングアームを延長してある。フロントフォークはYZ450F用を流用。リアショックはシングル化してFOXを入れてある。フレームも当然強化してあるぞ。キャブレターはケイヒンのFCR、ボアアップして排気量は427cc、インテーク研磨も施した。エキゾーストマニホールドとマフラーはワンオフだ。馬力はざっと30%アップしてる。オイルクーラーも追加したから、あの峠を走破するぐらいは屁でもないな。ブレーキは前後ともディスクに換装。キャリパーとマスターシリンダーはブレンボ、ディスクはウェーブタイプを自作した」


 ボグロゥの店は村の外れの荒れ地にあった。

 店とはいうが、アンネリーゼの見るところ個人商店という規模ではない。

 縦横の差し渡しは村長の家と同程度。木造建築を石で補強し、さらに何本か大きな鉄の柱と梁が入っている。

 住居部分はそのうちの3分の1しかなく、残りは何やら鉄の塊で出来た恐ろしげな道具と鍛冶道具が並んでいる作業場と、薄い木の壁で区切られた少しは清潔なスペースだ。

 ボグロゥが上機嫌に長広舌を披露しているのは、その最後のスペースに陳列してある鉄馬――バイクの前だった。

 もう30分も話している。


「ええと、つまり、このばいく?たちは生物ではなく」


「そう、機械だ。ヒトの作った乗り物だよ」


「えすあーるよんひゃくとはどういう意味なのでしょう?」


「SRはシングル・ロード。つまり単気筒、舗装路用ということだ、と言われているがよく分からん。400と言うのは排気量400ccのこと。排気量というのはエンジンが吸い込んで燃やして排気する空気の量、つまりエンジン内部の燃焼室の容積のことだ」


「エンジンって?」


「このひだひだがついてるこの部分と、この下のやや丸っこい部分を合わせてそう呼ぶ。このひだひだ、シリンダーの中には上下に動くピストンが、丸っこい部分にはピストンの往復運動を回転運動に変えるクランクが入っている。シリンダーの中に吸い込まれた空気と燃料が燃えると空気が膨張、つまり膨らんでピストンを押し下げる。その力がいろいろとややこしい過程を経て、こいつの車輪を動かすわけだ」


「へぇー……」


 シャンテとトマスが呆れたように見守るなか、アンネリーゼはボグロゥに子供のように質問し続け、ボグロゥは聞かれていないことまで答え続ける。


「すごいな」


「ああ。おのこでもアレについていけるものは限られている。アンネもまた、変人なのではあるまいか」


「そうなんですかねぇ。それならまだ良いんですけど」


 アンネリーゼは教えてもらったことの半分も理解できていない様子だが、飽きる様子はなさそうだった。


「あのう、こっちのは?」


「こっちもSR400だ。型番はRH01Jだが、再生できない部品がいくつかあったから、1JRの状態の良いものから移植したパーツが幾つもある。こいつをこんなにピカピカに磨き上げるのは苦労したぜ。最初はもっとサビだらけだったからな。塗装のし直しやメッキパーツの再生で、だいぶ得るところはあったな」


「形がぜんぜん違いますね?」


「こっちが原型なんだ。といっても、これのそもそもの原型は、さっきのヤツのほうが近いけどな。XT500っていうんだが、状態の良い個体はなかなか出てこなくてな。ほとんどがくちた鉄とアルミの塊になってる」


「そうなんですね。こちらのは?このエンジン?が2つになってますが。背も低いですし、車輪も太い」


「こいつはハーレー・ダビッドソンのナックルヘッド。モデルは分からん。それと、エンジンは2つになってないぞ。Vツインエンジンと言うんだ。シリンダーがV字に二つついてるから、Vツイン」


「ナックルヘッド?」


「うん。ナックルヘッドというのはエンジンの通称だ。このエンジンの頭の部分、ヘッドカバーと言うんだが、これが握りこぶしみたいになってるだろう。だからナックルヘッド。もともとの排気量は1200cc。そいつをS&Sのシリンダーユニットで1430ccにボアアップしてる。クランクケースとクランクシャフトも強化したから54馬力は出るな。最大回転数は分間5600回転。故障も多いといえば多いが、まぁ直しやすいし、我慢できる範囲かな。で、そいつをFLTの4速ミッションと組み合わせてある。フロントフォークはファットボーイから流用したが、ステムの位置を下げて少し高めの車高になるようにしてある。そのぶん転倒しやすくなっているから、ワイドタイプのステップを重心位置にセッティングした。ああ、こういうふうに車体重心位置にステップを設置するのをミッドコントロールと呼ぶんだ。長距離はちょっとしんどいが、まぁなかなか悪くない」


「はぁー……」


 アンネリーゼは溜息とも付かない返事を返した。

 心なしか笑顔が引きつっているようにも見える。


「(お、そろそろ疲れてきたんじゃないですか?)」


「(かもしれんなぁ)」


「ハーレーはカスタムモデルが多くてな。どうかするとフレーム自体をゼロから作ってたみたいなんだな。そっちの作りかけの前脚のなが~いのがあるだろ。アレもハーレーだ。エボリューション。1340cc。おそらく56馬力は出るんじゃないかな。」


「へぇー……」


「この前脚、フォークというんだが、フォークはわかるよな?麦やら何やらの収穫に使う二股の農機具。それと同じ形だからフォークと言うんだが、こっちのナックルヘッドのフォークはやたら太くてデカいだろ。まぁこれ自体オリジナルじゃなくて、さっきも言ったけどFLSTFから流用したものだから当然なんだけど。そっちのエボのフォークは長いかわりにものすごく軽い。フォークだけだと9kgちょっとしかないな。こっちのはフォークだけで15kgある。その分振動吸収特性はいいんだが、とにかく重くて取り回しが大変なんだ。他にもいろいろとついてて重そうだろ?そういうのを全部取っ払ったり、フレームをぶった切って(チョップして)作られたのがチョッパーカスタムというわけだ」


「……」


 今やアンネリーゼの顔色はどんよりとした土気色だ。

 口角は上がっているものの、誰がどう見ても作り笑顔とひと目でわかる。


「(あちゃー……あの顔……)」


「(いやよく頑張ったと健闘を称えるべきであろ。(それがし)ならとうの昔に逃げ出しておる)」


「もちろんチョッパーにも弱点はある。なんといっても山の中には入れない。舗装された街道か、せめて平らにならされて踏み固められた道しか走れないんだ。魔王領は主要街道ぐらいしか舗道されてないからな、これは貴族様の趣味の乗り物というわけだ。貴族ってもあのザボスのおっさんじゃないぞ、別の貴族からの依頼で作ってる最中なんだが、こいつのオーダーがもうバカバカしくてな、走らなくていいからとにかく格好良くしてくれとさ。そんな仕事は受けられんと突っぱねたら守銭奴呼ばわりだ。馬鹿げてるよな。バイクは馬と同じで走らせるためのモノなんだ、置物が欲しいなら石工にでも頼めばいいんだ、それに俺は芸術家じゃない、俺は技術屋(エンジニア)機械屋(メカニック)なんだ、と言ってやって、ようやく納得してもらえたんだがね」


「まぁどこにでもそういう方はいらっしゃるんでしょうね」


 今にも「殺してくれ」とつぶやかんばかりのアンネリーゼであったが、話題が貴族の悪口に及ぶとなんとかまともな相槌を打つことが出来た。


「あっちでもそうなのか?」


「ええ。とある城主から申告された租税収入と使途に不審な点があるので監査しに行ったら、地下の宝物庫に自分でも着れないサイズで無駄に綺麗な甲冑がズラリ、なんてことが」


「ああそれそれ、まさしくそんな感じだな。甲冑といえばお嬢ちゃんの胸甲見せてもらったが、ありゃあいい出来だな。鉄の性質をうまく使ってる。軽くて頑丈、弾力もある。何度かいいのを喰らってるようだが、全部きれいに防いでる」


「そうでしょう?あれは先輩から譲ってもらったのですが、何度も命を救ってくれました」


 そう言ったアンネリーゼの顔は、多少血色が良くなったように見えた。


「(お!?)」


「(復活……した……だと?)」


「たぶんクロモリ鋼にマンガンとバナジウムをちょっと足してあるんだろうな。熱処理も素晴らしい。俺もああいう仕事ができるようになりたいもんだねぇ」


「くろ?ばな?」


「(あ)」


「(あーあ)」


「ああ。クロモリというのはクロームとモリブデンを混ぜた鉄のことだ。マンガンは衝撃に対する強さを、バナジウムは粘り強さを与える目的で添加されることが多い。クロームは耐摩耗性、モリブデンは焼入れをしやすくする目的で添加することが多い。鉄は焼き入れと焼きなまし、焼き入れと焼きなましはわかるよな?それらの熱処理だけじゃなく、他の金属を混ぜ込むことでも性質が変わるんだ。これらを使用した鉄製品は、なんとなく作った鉄や鋼より軽量で高強度なことが多い。で、これらの添加物のバランスを変えることで性質の異なる鉄を作ることができるんだ。お嬢ちゃんの胸甲はクロモリ鋼のシートを打ち出して整形したものだ。浸炭処理もしているな。長剣のほうは硬さより弾性を重視した細身のものだが、鎧を殴って刃が潰れてもヒビが入った形跡がない。サビも少ないからこれはクロームバナジウム鋼にちかい性質なんだろう。こういった合金系鉄を作る場合、かなり大規模な製鉄工場と加工施設が必要になるんだが、どうやってるんだろうな?というのも、これらの金属は1600度以上まで熱さないと溶けて混ざり合わないんだ。もちろんそこまで熱さなくても鍛造するときに折り返して混ぜ込むことはできるけど、それだと不均一な性質の鉄しか作れない。包丁みたいに薄いものならそれでもいいんだが、人斬り包丁でそれをやっちゃあすぐに折れちまう。それにクロームバナジウム鋼はものすごく粘る上にものすごく硬いんだ。ちょっとやそっとじゃ刃付けできない。でもこいつはしっかり刃付けができてるし、研ぎ直しのあともある。ということはクロームバナジウムとは別の鉄合金てことになるな。ニッケルクロム系かもしれんなぁ。すごいな。まるで『遺産』の技術だ。『遺産』といえば、かつては百種類以上の鉄合金が開発されていたみたいだな。何万回伸び縮みさせても折れないばねとか、錆びることのない刃物とか。内径が連続的に変化するパイプなんてのものあったから、それを作るための鉄もまた開発されたんだろう。それでこのチョッパーのフレームだが、これも同じく内径が連続して変わるパイプを使っているようだ。フォークも長いがフレーム自体も長いだろ、この部分でうまく衝撃を吸収するように作られてるんだな。それでタンクはフローティングマウントしてあるんだが、エンジンはリジッドマウントだ。こいつは良いぞ。エンジンの振動が直に伝わってきて、まるで馬に乗ってる気分になる。ハーレーやオールドインディアンなんかの大排気量Vツインや単気筒のバイクってのはそれがいいんだ。トルクもたっぷりあるから重いギアもしっかり回せる。これでしっかりした道路があれば最高だね。だがそんなもんはこの辺りにはないから、こういうゴツいブロックパターンのタイヤを履かせてる。こうして離れてみると実にいい。実にいいね。もともとのこのフレームを作ったビルダーのセンスが良いんだな。とても美しい。もうちょっとでキャブのパーツも作り終えるし、復活させるまではそう遠くない。完成するのが楽しみだ。そういえばこれも見てくれ。お嬢ちゃんを助けた次の日に完成したんだ。セロー225。225cc空冷4ストローク。キックスターターとセルモーターを同時に搭載してる珍しいモデルだ。セロー自体はかなり長い間作られているようだが、いいんだよこれ。ほんとにいいの。イヤほんとマジで。別に飛び抜けて性能がいいわけじゃないんだよ。レースに出ても遅いし。でもなすごくいい。すごーくいいのよ。どういうことかわかる?あのね、もうね、なんていうの?もうね、オフロード車の基本を学ぶならこれしかないっていう、もう基本に忠実に作られたオフロードバイクなんだよこれが。で、オフロードの基本ていうのは、あ、オフロードってわかる?要は山野なんかの道じゃないところをそう呼ぶんだけど、そういうところを走るバイクっていうのは、まずある程度の最低地上高と、よく伸び縮みする前後のサスペンション、ブロックパターンタイヤと軽量高剛性な車体、シンプルで壊れにくいエンジンと、それらをなめらかに走らせるていねいさが必要なんだ。で、」



 すっかり表情が失せ死人の目をした女騎士がオークの家から開放されたのは、それからもう一時間ほどもしてからだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ