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女騎士(バーサーカー)とオークと、時々バイク  作者: 高城拓
第2章 冬までにあったこと
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バーサーカーとピクニック(4)

ところで中身がシリーズタイトルからかけ離れている気がして、タイトル変更を考えております。どうしよー。

 ミィナ・パーカーは混乱していた。

 手元は球菜(キャベツ)を自動機械のように千切りにしているが、意識は混乱している。

 隣では恐るべき手際の良さで、アンネリーゼが豪快な料理を次から次へと調理していた。

 何がどうしてこうなったのか。

 指を包丁で切らないように気をつけながら、彼女はなんとかそれを思い出そうとしていた。




 パーカー通りのミィナは当年とって17歳。

 狼の顔つきとエルフの耳。非常に器用に動く手はゴブリンと同じように細く長い。青灰色の髪は耳の下あたりで丸くカットしている。スマートな体格ながら、出るところは出てくびれるべきところはくびれており、柔軟でしなやかな筋肉は純血の獣人よりも素早く力強い。王宮警護局特殊警護隊の求める人材像、その肉体的条件は完全に満たしている。頭の方もだいぶ良い。

 おとなしく無口な娘だが、そのうちには激情を秘めていると周囲には目されていた、


 彼女の母は街娼で、父が誰かはわからない。母自身もそうだったので、そういう家系なのだと6歳になる前には気がついていた。ただ、母は割りとやり手ではあった。お陰でミィナは小学校にも行けたし、大きな病気にかかることもなかった。


 ミィナが8歳の頃、4つの街区の街娼を取りまとめる女ボスになっていた母が死んだ。病気ではない。母のグループは地廻りのやくざにみかじめ料をあまりたくさん払っていなかったからだ、と、葬式のときに母の部下の女が言った。母の築いたグループはばらばらになり、母の残した財産は散逸した。母の残したメモの通りにあちこち調べると、ちょっとした隠し財産と、母の部下を頼れという遺言状が出てきた。母の部下は元軍人だったそうで、彼女は学校で習う以上の学問と格闘術をミィナに叩き込んでいった。


 12歳になるころ、彼女たちは1つの犯罪組織を叩き潰した。母を殺した地回りやくざだった。彼らのアジトの金庫から金銭を洗いざらい持ち出す最中、ミィナは一本の金のネックレスを見つけた。母のものだった。犯罪組織から奪った金銭は夜明けまでに行ける範囲のすべての孤児院に寄付し、余った分は警察の敷地に投げ込んだ。難しいことではなかった。ミィナたちには獣人の血が大いに濃く流れている。

 3日後、彼女たちは犯罪組織の残党の襲撃を受けた。母の部下だった育ての親はミィナをかばって死んだ。ミィナは残党どもの喉笛を文字通り噛みちぎってまわると、その足で警察に自首した。警察にやってきた国選弁護師と検察官は彼女に、君にぴったりの職場を紹介する、と言った。ミィナは貧乏人の上前をはねる犯罪組織でない事を条件に、その提案を受け入れると伝えた。


 こうしてミィナ・パーカーは王宮警護局特殊警護隊の研修生見習いとなった。 

 王宮警護局の研修施設には彼女と同じような境遇の混血児たちがたくさん居た。まるで全寮制の学校のようだとミィナは思ったが、あながち間違ってはいなかった。


 ミィナの「研修生見習い」という肩書から「見習い」が外れた15歳の春、彼女は自分の目標とすべき人物と出会った。当時の特殊警護隊隊長、ベルキナ・アイラ・ユーリアイネンである。ミィナたち研修生は午前中は勉学に励み午後からは肉体的トレーニングに勤しんでいたが、ベルキナはトレーニングに顔を出してはまるで自分の妹に接するかのように、未来の王宮警護局局員にアドバイスや励ましの言葉を与えてやっていた。研修生たちは本物の姐に接するようにベルキナに従い、敬った。

 ミィナはそのベルキナの姿に見とれながら、自分もいつかああなるのだと固く心に誓った。

 それまでいいところ中の中程度だったミィナの成績は、学業・実技ともに学年主席へと迫っていった。


 そのベルキナがこの夏の魔王の行幸警護から手足をもがれて帰ってきた。なんとか一命と手足を繋いだベルキナは、共闘したアンネリーゼという聖法王国騎士をべた褒めに褒めた。ほかの生き残りの隊員も同様である。おそらくその女騎士はとてつもない戦士、恐るべき狂戦士(バーサーカー)なのだろうとミィナは期待した。そうでなければ、彼女のベルキナに怪我を負わせることになったその女騎士を、ミィナは許すことができそうになかった。


 そして今日、ミィナはそのアンネリーゼにようやく巡り合うことができた。

 彼女は全く期待はずれだった。のほほんとした面構え、コウタロウに対する態度、周囲を警戒することがない気構えのなさ。すべてが度し難いように思い、我慢できなくなってミィナはアンネリーゼに立ちはだかってしまったのだ。




 しばらくミィナの視線に圧倒されていたようなアンネリーゼだったが、特殊警護隊の一人――現在の隊長ミシェール・モリソンが音もなく背後に近づき声を掛けた。こちらも背格好はベルキナと似たような、混血の美女だった。


「失礼しましたお客様。わたくし共の身内が何か不始末を?」


 親しげな声音でミィナの行動についての詫びを入れはしているが、その態度はミィナのそれと似たり寄ったりだ。

 ベルキナがわずかに顔をしかめてミシェールを見つめたが、ミシェールはむしろ態度を硬化させた。

 その様子を見てアンネリーゼはひょいと眉を上げ、素早く舌なめずりをした。金髪の美女――王宮警護局局長マリア・マンテガッツァと並んで立っていたアッシュ・エドモン公安2課長補佐は、アンネリーゼのその表情に覚えがあった。ニヤニヤとしているザボスも、ニコニコとしてるコウタロウも同様だ。


「いえ。別段なにも。ただ、こちらの方とお友達になれればと」


 ミシェールは表情を変えずに2、3度まばたいた。驚いているのだ。

 すかさずアッシュがマリアに向きなおり、背筋を伸ばして訴えた。


「マリアさん。先ほども述べました通り、我々は今後あなた方ともお近づきになりたいと願っておりました。どうでしょう、まずは私的な交流から始めてみるのも一興かと思います」


 マリアは1呼吸ほど考えてから、よいでしょう、と頷いた。


 

 ザボス家のピクニックというのは、よその家とは少し意味が異なる。

 普段は料理人が作った上手い飯を食べているザボス家旗本衆――ピオニール駐屯のザボス旅団第1独立大隊の基幹幹部・兵員に少しでも戦場を思い出させようと野外炊事させることが、その大きな目的ということにされている。ピクニックというよりはキャンピングに近い。

 国立公園キャンプ場自体、一般に開放される前は貴族や軍隊がそういう目的で使用していた狩猟場でもある。昔はキャンプ場周辺の山林に分け入って獲物をとってきたものだが、いささか獲りすぎたようで最近はキジバトとコケモモ程度しか手に入らない。

 そんなわけでザボス家は食材として、牛一頭に子豚5頭、鶏16羽と野菜をどっさり、燃料や調理器具は言うに及ばず、塩コショウやショーユに砂糖などの調味料に、野戦用のパン焼き窯まで持ち込んでいた。

 調理担当は先ほども言ったがザボス家の旗本、郎党であり、アンネリーゼもそこに加わっている。アカツィーヤたち料理人こそ今日の客である。

 ザボスたちがコウタロウの元を訪っている間に、ザボス家旗本衆は大きな調理台の準備を完了していた。


「まぁあんたが私に何を言いたいかは、さっきのやり取りでだいたいわかったんだけど」


 エプロンをかけ腕まくりをしたアンネリーゼは、清水で手を洗いながらミィナに言った。


「衆目があるところでどったんばったん大騒ぎするのはちょっと控えたい。だからまぁ、立ち合い以外のことでいくつか勝負をしてみたいなと思うんだけど、どう?」


 ミィナが反論しようとすると、背後から両肩を掴む者がいる。

 ベルキナであった。


「ああ、いいね! 私もそのほうがいいと思う! ね、ミィナ?」


 思わぬ近さで憧れの大先輩に肩を掴まれたミィナは、顔を真っ赤にして口をパクパクさせた後、やがてこっくりとうなづいた。


「アンネ、この子はミィナ、ミィナ・パーカー。王宮警護局の研修生、ああ、ザボス家で言うと住み込みで教育も受けられる郎党子女ってところかな。もうちょっとで主席も取れる、賢い子だ。年も近いし、いじめないでやってくれ。ミィナもあんな目で人を睨んじゃダメだよ」

「そっか。私はアンネリーゼ・エラ。その調子ならどういう女か聞いてるわよね? だからこそ睨みつけてきたんだろうし。てことでまず最初は料理勝負。見てのとおりうちは大所帯で大喰らいばかりだから、量と品数と味が大切よ。なんか得意料理はある?」

「……野菜料理……」


 ミィナは顔を赤くしたままそっぽを向いた。


「そっか。エドゥアルドさん! この子も仲間に入るけどいいよね?! いいって! じゃあ始めよう。食材は何をどれだけ使ってもいいんだって。余ったらご近所に振るまったり、持ち帰るから。イズモラ! この子のエプロン出してあげて! ベルキナは見学。危ないよ。先生! 解体手伝っていいですか!?」


 それだけ一気にまくし立てたアンネリーゼは牛や豚の解体現場に歩み寄りかけ、ぱっとミィナを振り返った。


「ほら、ぼうっとしない! もう勝負は始まってるよ!」




 アンネリーゼが用意した料理は、肉料理を中心に多岐にわたった。

 孤児院や戦場では自炊するのが当たり前だったから調理することそのものには慣れていて、戦後あちこちに派遣されるたびにそれなり以上の質の料理を振る舞われてもいたから、アンネリーゼの舌は意外なほどに肥えていた。魔王領に渡ってからもその舌は研鑽を積んでいたらしく、アカツィーヤですら関心するほどだった。


 岩塩と胡椒と山椒がぴりりと効いた鶏もものロースト。豪快にかぶりつくもよし、切りわけてパンに挟んでもよし、塩と油と山椒の刺激が病みつきになる一品だ。

 馬大根が僅かに入ったポテトサラダと一緒に食べる牛もも肉のローストは火加減が絶妙で肉汁がほとばしる。切り分けをヤナギダに手伝ってもらったのが良かったのか、とろけるようななめらかな舌触りでもある。

 豚頬肉の煮込みはショーユと砂糖と赤辛子だけの味付けだったが、コメを炊いたメシが無限に進む絶品となった。イズモラやフルーゼらハウスメイドたちはこれが大いに気に入ったようで、太る太ると嘆きながらいくつも頬張っていた。同じタレを用いて作った三枚肉の煮込みは作りすぎてしまったためほかの行楽客にも振る舞ったが、みな喜んで食べてくれた。

 牛テールスープは意外にもあっさりとした味わいで口の油を流すのにちょうどよいし、酸味の効いたビーフストロガノフは濃い味がほしい若手の郎党に大人気だった。さもありなん、ビーフストロガノフはアカツィーヤに作り方を教えてもらっていたのだ。

 鶏胸肉と玉ねぎのサラダが地味に高評で、60cmのボウルに山盛り用意していたのにいつの間にか消えてなくなっていた。ヤナギダなどは玉ねぎのスライスだけでもいいからおかわりを作れなどと言い出す始末。それは流石にご自分でなさったほうが早くないですかというと、目が痛くなるから嫌だというヤナギダ。子供のような言い訳に、アンネリーゼは吹き出した。

 流石にビーフステーキはチョウとパヴェルの独壇場で、牛の腰肉を取ることさえできなかったが、まずまずの品数と量は作れたとアンネリーゼは自負していた。


 一方でミィナが用意できたのは、見上げるほどに山盛りの野菜の千切り、である。

 他の者達は腕の巧拙はあれど、シュニッツェルやら即席の燻製やらを出していたにも関わらず、だ。


「うーん……」

「これはちょっと」


 アッシュとノーマンが苦笑いすると、アンネリーゼがミィナに詰め寄った。


「ちょっと! あんた料理できないならできないって先に言いなさいよ! これじゃ勝負にならない!」

「う……」


 ミィナが返答に詰まると、ベルキナがまた背中からその肩を掴んでかばってやった。


「アンネ、いじめないでやってくれって言ったろ? それに、切るだけでも立派な料理だ。サシミを食べてそう言ったのはアンネじゃないか」

「そりゃそうだけど」


 言われてアンネリーゼは、渋々ながらミィナの作った野菜の千切りを、ひょいと一口つまんで食べた。

 しばらく黙って顎を動かしていたが、やにわにカッと目を見開く。

 呆然とした表情でザボス家上屋敷調理人頭を呼ぶ。


「……アカツィーヤさん、ちょっとちょっと。これ」


 それを食べたアカツィーヤも同じ表情を見せた。


「え……すご……なにこれ……え?」


 また大げさなとつまんだアッシュが


「は?」


 と固まったかと思いきや、ノーマンは


「ウソでしょ」

 

 と笑い始め、笑いながらそれをむさぼり食べ始める始末。


 ここまで来ると他の者達も放っては置かない。

 ザボス家の全員がそれに群がることとなった。


「あーこれ……これいい……ステーキにすごい合う」

「お前泣いとりゃせんか」

「お前こそ」

「パンにこれ敷いてな? この豚の丸焼きの皮こうして置いてな? こうやって食べると」

「「うまい!」」

「おい丼よこせドンブリ。ここにメシを七分ほど入れるじゃろ、でこの千切りを敷いて、このシュニッツェルをおいて、このグレービーソースをな?」

「大殿なんでそれやったんじゃ」

「殺す気か。儂らを旨味で殺す気か」

「ふっふっふ……肉と油とコメに野菜のシャキシャキ感をプラスして、ワシのドンブリはいま最強となった!」

「ほう……野菜の千切りですか。野菜の千切りはどんな料理にも合う万能のツマです。サシミを差し置いて延々それだけを食べるものも居るほどだといいます。それに何より栄養素がいい。肉と魚と穀物だけでは栄養のバランスが崩れます」

「水に晒したキャベツ、玉ねぎ、人参、大根、空ナス、レタスにセロリ、それにこれは取れたばかりの赤辛子か。あっちの方に自生してたやつね。生のままだと案外甘いんだね……盲点だったわ―! ちくしょー!」

「先生、この切り方」

「うむ。アンネリーゼ、それにアカツィーヤ。多少日が経って鮮度の落ちた野菜の旨味をここまで引き出すとは、生半な腕ではない。たかが千切りとは侮れないぞ」

「はい、肝に銘じます」

「ところでこの下の方のしなっとなってるっぽいところ」

「うん」

「これに塩と酢とオリーブオイルと細かく砕いたナッツをちょっといれるっぽい」

「は?」

「そしてこれを和えるっぽい」

「やめて」

「ドゥーシュやめて」

「これをローストビーフでくるんで」

「あー死んだ。あーも―これ死んだわ。完全に死んだわ。おいしすぎて死ぬやつ」


 まさに面目躍如、ミィナの野菜の千切りはそれまでの一番人気だった豚の丸焼きを押さえて堂々一位の大好評となった。

 アッシュとノーマンはすごいすごいと連呼し、アカツィーヤに至ってはウチの厨房に入らないかとリクルートを仕掛ける始末。

 エリカとフルーゼは果物を添えて黙々と千切りを食べており、美容に気を使う者どもがあとに続く。が、ドゥーシュがローストビーフや豚の丸焼きの皮などを彼女たちの皿に投げ込むという暴挙に出た。言うに事欠いてさっきあれだけ豚肉食べたんだから無駄っぽい、である。ことここに至り女たちは自分の脂肪分が増えることを受け入れる覚悟を決めた。

 そんな騒ぎを聞きつけた近隣の行楽客がこちらを見ていることに気がつくと、ザボス家の者どもはみなを大いに呼びよせた。その先頭に立ったのは誰あろう、虐殺王と恐れられたザボスその人であった。


 気がつくと丘の上から何人かやってきて、ミィナの野菜の千切りとアンネリーゼの肉料理を使ってサンドウィッチを作って持って帰っていった。もちろんザボスの許可を取り、エリカが監督してのことだ。ミィナが仲間たちを見ると、彼女たちは目だけで笑って頷いた。


 やがて誰かが「おい、酔いざましは持ってきているか」と怒鳴り、誰かが「グロスで持ってきとるわい」と答えるとあたりに芳醇な香りが広がった。

 料理勝負の次は飲み比べかとミィナは身構えた。実は彼女も酒には強くない。魔王領では平均寿命45歳以上100歳未満の種族は15歳以上であれば軽い食前酒、18歳以上から蒸留酒の飲酒が可能とされていたが、当然誰も守るはずがない。魔族はたいてい酒に強いからだ。にも関わらずミィナは酒に弱く、そのことをよく同期や先輩たちにからかわれていた。

 やがて誰かが彼女の肩を叩いた。振り返ると早くも顔を真赤にして目尻の下がったアンネリーゼである。おらぁ、のみくらべらぁ、あんたものみにゃさいよぅとかなんとか言っている。

 これにはミィナについていたベルキナも呆れ返り、いくらなんでも酔うのが早すぎる、水と酔いざまし飲んでトイレ行って寝ろ、と注意すると、アンネリーゼはベルキナに抱きついてトイレに連れて行けとせがみだした。もちろんベルキナに否応はない。何か勘違いした顔をしてアンネリーゼを姫抱きに抱えると、スキップしながらトイレへと向かう。

 ミィナは喧騒の中にぽつんとひとり取り残されてしまった。


「わけがわからないでしょう、アンネリーゼという子は」


 そんな彼女に背後から声をかけたものが居る。エミリアだった。手には折りたたみ式の椅子が2脚と、水の入ったボトルに、魚の串焼きが2本。

 エミリアに誘われるままに、ミィナは喧騒からすこし離れた場所へと移動した。




「改めて紹介します。私はエミリア・フランソワ・ナスティア。ザボスの情婦をしています。アンネリーゼとは義理の姉妹といった関係です」

「……ミィナ・パーカー、です。身分は、その」

「いや、お答えいただかずとも結構です。語れば何かと不都合がありましょう。はいこれ」


 エミリアが差し出したのは、ヤナギダが料理の合間にぱっと釣ってきた岩魚を串に挿して塩を降って焼いたもの。時期のものとしては少々小ぶりだが、これほどの饗宴となればむしろ嬉しい。

 かぶりつくとパリパリとした皮の中から脂と肉汁が溢れて、えも言われぬ味が広がった。それでいて後味はさっぱりとしており、もう少し食べたくなってしまう。


「一応そちらはお忍びということですから」

「はい」


 エミリアは丁寧な口調ながら、くだけた態度でミィナを扱った。義妹の友人が遊びに来た、そんな調子だった。


「あなたがアンネを睨みつけていた理由、わかりますよ」

「……はい」

「あの子も殴り合いの喧嘩でもなんでもやればいいのに、今回はまた遠回りしているわね。ま、仕方ないか」

「はぁ」


 エミリアもまた随分なことを言う。

 すこし前ならアンネリーゼの手の速いところに腹を立てていたはずだが、このあたり、彼女もまたザボス家の家風に感化されたようだ。


「私が見るところ、あなた達はすごく似ている。あなたはおとなしいように見えるけど、中身はそっくり。だからあの子もああやって自分のことをアピールしている。私はこういう人間だぞ、お前はどうなんだ、ってね」

「なんのために、でしょうか」


 ミィナにしてみれば、個人の個性のアピールなどというものは敵対的な人間相手にすることではない。むしろ事務的に接するべきだ。いつか殺すかもしれないもの相手に好感を誘って、いったいどうするというのか?

 怪しむミィナの声を聞いて、エミリアは微笑んだ。アンネリーゼなら遠慮なく吹き出しているところだ。


「もちろん、あなたと、あなた達と仲良くなりたいからよ! それにあなたも相当強いのは見て取れる。本当は殴り合いでも何でもしたいのがあの子の性根だけど、お忍びでいらしている陛下をはじめ、たくさんの臣民の前で殴り合いの取っ組み合いなんて。あの子は良くてもお家には泥を塗ってしまう。あの子はああ見えて案外義理堅い子だから、大殿様のことは心底好きにはなれなくても、恥をかかせることだけはしたくないと考えているはず。だからこういうことをしているわけ」

「……」

「それに見た? あの酔っぱらいよう! あの子がああやって無茶に飲む時は、決まって悔しさを押し隠しているときなの。まさか自分の料理が野菜の千切りに負けるだなんて、思ってもみなかったんでしょう。いい薬になったと思う。最近また増長し始めていたから。ありがとう、あの子に付き合ってくれて」


 ミィナは何も言わず、ザボス家の騒ぎを眺めた。

 エミリアはそれを彼女の照れ隠しだと思い、口をつぐんだ。 

 しばらくしてミィナが口を開く。


「……それにしても、すごいですね。ザボス家の皆様はいつもこんな調子なんですか?」

「そうね。虐殺王と恐れられたのも昔の話、今はちょっと大騒ぎが好きなお爺ちゃん、といったら失礼かな。でもそんな調子だから。それに、みんなああしてるのが魔族らしくて、私は好き。というか好きになった」

「アンネリーゼも、この国のことが好きなんでしょうか?」

「もちろん。それを見守る、というかそういう立場になろうとしている陛下のことも好きだし、陛下の臣民のことも大好き。だから陛下を守るあなた達のことも好きになりたい、もっと知りたいと思っている。それは理解してあげて」


 ミィナはしばらく押し黙ってから、エミリアを見つめながら言った。


「私ももう少し、彼女のことをちゃんと知りたいと思います。喧嘩するのはそれからで」


 エミリアは嬉しそうににっこりと笑い、それなら平日の夕5つにザボス家上屋敷に来て欲しい、アンネリーゼもきっと喜ぶ、と告げた。


--------------------------


 午後15時。日も傾きそろそろ帰宅すべき時間である。

 ザボス家の者たちはすでに片付けを終え、ゲート前の駐車場に集合していた。


「みんな、酔いざましは飲んだな? 小便はしたか? 酒は残ってないな?」


 ヘルメットを小脇に抱えたアッシュが、バイクに跨ったものたちに確認する。

 アンネリーゼたちは一斉に、応、と答えた。

 実際、魔王領で流通している酔いざましの薬は異常に効く。いつぞやレスタ村でアンネリーゼが飲んだときと同様の効果を発揮し、アルコールはすでに完全に分解されていた

 アンネリーゼは薄らぼんやりと、ミィナとの勝負が有耶無耶になってしまったな、と考えていた。


「アンネリーゼ!」

「ふゃい!?」


 だから妙な返事をして、皆に笑われる羽目になる。


「おいおい……大丈夫か? 大殿様たちと一緒に帰っていいんだぞ? 下りのほうが危ないんだから」


 さすがにアッシュだけは笑わずに心配していた。


「大丈夫、大丈夫。私も下りの練習してみたいから」

「往路同様、私も見ているから大丈夫だ」


 ヤナギダがアンネリーゼを援護してやった。であればおそらく、問題ないだろう。


「いよぉし、じゃあ、いくぞ!」


 アッシュのCRFが、ノーマンのZXRが、ドゥーシュのNSFが、旗本たちのR80が、そしてアンネリーゼのVTRが、咆哮した。


--------------------------


「ほんで下りは誰が勝ったん?」

「俺俺」

「俺だって」

「はいはい、今回も引き分けね。正解は?」

「わたしっぽい!」

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