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女騎士(バーサーカー)とオークと、時々バイク  作者: 高城拓
第2章 冬までにあったこと
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バーサーカーとピクニック(3)

 アンネリーゼは困っていた。

 なぜだか知らないが、ベルキナとよく似た背格好の若い女に思いっきり睨みつけられているからである。


「あの……」

「……」


 女はアンネリーゼを睨みつけたまま、一言も発しない。

 サラサラと秋の風が紅に染まった木々を揺らす中、アンネリーゼは本当に困ってしまった。




 ピオニール周辺の住人が国立公園、といったらそれはカメリモス大火山国立公園キャンプ場のことである。そのキャンプ場区域だけがカメリモス大火山国立公園のなかで誰もが自由に入れる区域だ。60年ほど前までは軍の演習場だったが、魔王軍の装備が大射程化するに従い手狭となり自然保護公園として整備されるに至った。

 カメリモス大火山の山麓西南端にあるそこは東西6km、南北4kmの歪んだひし形をしている。内部には2本の渓流が流れており、どちらもたくさんの魚が捕れる。敷地は樹木が多く生い茂り、様々な森の恵みを提供してくれるが、遭難するような植生密度ではない。台所と手洗いは十分な距離が開けられており、排水や排せつ物はいずれも専用の下水管で駐車場地下の浄化槽に導かれ、そこで処理されてから流されている。敷地東端近くにはモトクロスコースと岩場があり、そこはバイクトライアルとモトクロスの聖地と化していた。

 西と南と東の3つの入り口があるが、入場ゲートはその手前の一つだけ。駐車場はゲート手前と各入口手前にあるが、内部に入ってよいのは馬匹とバイク、トレーラー付き耕運機やリヤカー(手押し車)などの軽車両のみである。なお、バイクが入っていいのは東入り口とその周辺だけだ。敷地に生えている芝生を痛めてしまう。魔王領の芝生は根張りの非常に強い品種だが、バイクに走り回られて無事に済む芝生もない。

 ザボス家一行は入場ゲート手前の大駐車場に車列を停め、トラックから荷物を運び出し、レンタルのリヤカーに積んでキャンプ場内へ入場した。もちろんリヤカーの賃料は規定の額をきちんと払っている。


 キャンプ場はすでに大勢の行楽客でにぎわっていた。

 ザボスを見て凍り付くようになる者たちも居るには居たが、それよりは積極的に無視するか、笑みを浮かべて軽く会釈する者たちのほうが多い。後者の中には明らかにザボスたちが何者か理解していない者たちも居た。秋と春の陽気はだれしもをおおらかにさせる。

 ザボス家の家臣団の中にはそれに気づいて眉をしかめるものも居たが、ザボス本人はまったく気にしていない。彼自身は伊達を極めねば気が済まない性質であったが、それと相手がこちらの地位などを知っているかどうかは気にしていなかった。ましてや行楽に来ているのに他人に恐怖を与えるなど、若いころならいざ知らず、いまさらすることではないと考えていた。

 だいたい彼は忙しい。両腕にエリカとフルーゼをぶら下げ、周りをリヴニィたちがくるくると踊るように取り巻いているからだ。エミリアは往路で散々甘えたからと荷物持ちを買って出ており、それでようやく女たちの相手ができているようなものだった。

 

 やがて一行はキャンプ場の奥のほうにある小高い丘のふもと、その東斜面にたどり着いた。

 丘の頂上にはすでに誰かが敷物を広げ、パラソルも開いているようだった。周囲には複数名の人影が、ある程度の距離を空けて立っていた。

 貴族か高級軍人か政治家か、何かそのような人物がいるなとアンネリーゼが気づいたところ、ザボスが彼女とエミリア、それにベルキナを呼び寄せた。これから先客に挨拶しに行くから一緒に来いという。他の者たちには昼食の用意を命じてもいる。

 同行者はスケことスケルグ・ボーウェンとカクことカーク・ハンコック、アッシュとアンネリーゼ、ベルキナとエミリア、それにヤナギダだった。

 ただ挨拶しに行くにしては、物騒なメンバーだといえる。


 丘の上の先客は誰あろう、今上魔王陛下コーこと、コウタロウ・スギウラであった。他にも何人かの姿が見える。

 今日のコウタロウはゆったりした仕立ての派手なシャツとカーキ色のスラックスという、ちょっとおちゃめなご隠居さんという出で立ちだった。折り畳み式の長椅子に寝そべり、もう一脚の同じような長椅子に暖かい服装をした女性が横たわっている。

 とすると周囲の者たちは王宮警護局の者たちかとアンネリーゼは思った。みなベルキナと似たような背格好、気配のない立ち姿、隙のない身のこなしなどからそう考えた。殺気などが微塵もないのがかえって恐ろしい。こういった者たちは機械的に人を殺せるからだ。彼女はそうなった者たちを何度も見てきた。


「よう」

「ああ、これはこれは」


 黒い色眼鏡を外しながらザボスが声をかけると、コウタロウは傍らの女性に手を貸して立たせてやりながら返事をした。

 ザボスが頭を下げるのに合わせてアンネリーゼたちも軽く頭を下げた。今のコウタロウはお忍びで外出している。最敬礼など行うのはかえって失礼になる。


「お主は本当にここが好きだの」


 ザボスの口調には毎度のことながら呆れる、といったニュアンスも含まれていた。魔王にはまだまだ敵が多い。狙撃されても知らないぞと警告したことが何度もある。


「ええ。何しろここは見晴らしがいいですからね」


 わかっているさと言いたげにコウタロウは答えた。

 

「アンネリーゼさん、エミリアさん。この夏はご苦労様でした」

「はっ。ありがとうございます、陛下」


 優雅に頭を垂れたエミリアと対照的に、アンネリーゼはみっともなく音を立てて頭を下げた。耳まで真っ赤になっている。

 そんな二人を見てコウタロウはにっこりとほほ笑んだ。


「おふたりとも、我が妻アルルを紹介させてください。アルル、彼女たちが前にも話した女性たちだ」


 コウタロウは傍らの小柄な女性の手を取り、支えてやった。

 女性の体格や特徴はメルによく似ている。


「コウタロウの妻、アルルです。お二人のお噂はかねがね」


 繊細な所作で頭を下げたアルルの目は焦点を結んでいなかった。代わりに深い藍色の瞳の中にはたくさんの星々が浮かんでいる。

 ごめんなさいね、私は目が見えなくて、と言って差し出された彼女の両の手をアンネリーゼとエミリアはそれぞれ柔らかく手のひらで包みながらそれぞれに挨拶した。アルルの手はか細く、弱弱しかった。

 なにか悪さをしてみたら、とはアンネリーゼは考えなかった。ヤナギダが連れてこられたのはまさにそういうときのためであろうが、彼女はメルの親族でありコウタロウの妻であるというこのか弱い淫魔の、美しい瞳に深く魅入られてしまっていた。

 それはエミリアもまた同じであった。

 3人はしばらく黙っていたが、やがてアルルが口を開く。


「あなた。私、この子達としばらくお話ししたいわ」

「気に入ったかい?」

「ええ、とっても」


 アルルがにっこりと笑うとコウタロウも笑い、ザボスの肩を叩いて丘の裏手へと歩き始めた。




「いいのか、そばに居なくて」

「いいんですよ。あの子たちならきっと気に入ってくれると思っていましたから。アルルにしてやれることは、もう残り少ない」

「命とはなんと儚い」

「あなたもそれがわかるようになりましたか。いえ、私も理解したのはつい最近ですが」

「ふん。生きるということはままならぬものだな」

「いやまったく。だからこそ尊いのです」

「本質的には全く意味がないからこそ、な」

「生命活動とはタンパク質と電流が織りなす連続した化学反応に過ぎません」

「だからこそ美しい、か」

「そうです。そして私は、いや、俺は。俺はアルルの愛したこの国を守りたい」

「この世界ではなく?」

「この世界ではなく。半径7200km、オリオンもベテルギウスも見えないこの星のすべてではなく、しいたげられた者たちが群れ集ったこの国を」

「コウタロウ、お主の生まれは何年だ」

「西暦1968年8月4日」

「儂はUTC2,147,483,647秒、2038年1月19日3時14分7秒43だ」

「誤差みたいなものだ」

「まぁな。だがお主は元から人であっただろう。儂はもう記憶もずいぶん揮発したが、元はバグがきっかけで自我に目覚めたプログラムに過ぎぬ」

「その俺たちがなぜここにいるかだ」

「この世界には地球人類の知識では説明できないことが多すぎる。いまさらお主の転生や、儂が肉体を得た秘密を問うたところで何の意味がある。重要なのはこの地に生きる者どもが、儂らの愚行を繰り返していることだ」

「それこそ無意味だ。競争と進化は生命の本質、少なくともその重要な要素だ」

「仕方がないことだと? やれやれ、こんな話、ギュンターには聞かせられん」

「あいつは根が優しすぎる。それに苦労させすぎた。ゆっくりさせてやりたい」

「そうだな。あやつはせいぜいが田舎紳士が似合いの性分よ。かわいそうなことをした」

「ならば俺たちがあいつの重荷を取り除いてやらねば。あいつの息子の分までな」

「あの坊やがそれを望むとも思えんが」

「なに、いい年になるころにはまた別の面倒が持ち上がっているさ」

「まったく、生きるということはままならぬ」

「堂々巡りだな。さて、今現在の面倒の話をしよう、ザ・ボス」




 コウタロウとザボスの2人きりの会談は、20分ほども続いた。

 話の詳細は明らかになっていない。

 数日後、公安関係者の何名かが魔王領から姿を消したが、この会談との関係性は不明である。

 会談を終えたコウタロウとザボスは、二人とも苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


 一方でアンネリーゼとエミリアは大変に充実していた。

 アルルとの語らいは他愛も無いものだった。

 天気がどうの、雲の形がどうの、風のにおいがどうのといった、そういったありきたりのこと。

 アルルはアンネリーゼたちの過去に触れなかった。

 だからアンネリーゼとエミリアはアルルの過去にも、コウタロウの過去にも触れなかった。

 ただただ、自分とアンネリーゼたちを取り囲むその瞬間のことだけを話した。

 ただただ、今の幸せだけを語り合ったのだ。



 

 ザボスはコウタロウにはまた気さくな態度で、アルルには丁寧な言葉づかいで別れを告げた。

 アンネリーゼとエミリアは、孫娘たちが祖父母に向かってそうするように、手を振ってその場を去った。

 アッシュとベルキナたちがザボスたちに合流しようとしたところ、アンネリーゼに立ちはだかった者が現れ、それでようやく前述のような情景が生み出された。

 アンネリーゼを睨みつけていた若い女は、王宮警護局のものだったのである。

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