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女騎士(バーサーカー)とオークと、時々バイク  作者: 高城拓
第2章 冬までにあったこと
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バーサーカーとピクニック(2)

公道レースすんなよ、絶対すんなよ!

 10月の魔王領は気持ちの良い天気の日が多い。

 雲一つなく澄み渡る晴天の日はもちろん格別だが、晴れたままサラサラと撫でるように雨が降る天気雨の日もよい。大雨の日などは空が一気に真っ暗になったかと思うとバケツをひっくり返したかのような勢いで雨が降り、1時間ほども経つとからりと晴れあがるのもまた気持ちが良い。

 何事においてもくよくよしないことを好む魔王領に住まう魔族にとって、秋を好むものが多いのも道理であった。

 ゆえに、この季節のピオニール郊外の行楽地や観光地は、老若男女貴賤を問わず多くの魔族でにぎわうことになる。


 カメリモス大火山の山麓はその大半が魔王直轄領だが、そのうちの8割は通常立ち入り禁止区域である。

 火山性ガスや複雑に入り組んだ溶岩洞穴、この地にしか生えない危険な植物などから臣民を守るためである。

 例外はいくつかの宗教施設と安全が確保された国立公園であり、ザボス公爵家上屋敷の車列はその国立公園を目指して上オーテク街道を走っていた。


 上オーテク街道は上下4車線、アスファルトで固められた高規格道路だ。中央2車線が4輪車用、外側2車線が馬車・馬匹用である。

 その下り車線は馬車や馬、ロバや低速の運送機械でごった返している。

 一方の4輪車車線はというと、こちらは排気音が途切れることはない。ザボス家のみならず、富裕層や無理を押してバイクや4輪車を買った者たちがそちらを進んでいるのだ。


 ドドドド、とか、ディイイイイイン、とか、バラララララ、といった様々な排気音が連なって通り過ぎてゆく。ザボス家の車列は、バイク37騎、4輪車が合計8台、トラックが十数台という大所帯だ。

 先頭を行くのはアッシュ・エドモンのCRF250X。彼には珍しいことに4ストローク車のオフロード車だ。自身が所有する2ストローク車の排気に含まれる未燃焼オイルで後続車が汚れることを嫌われ、できるだけ軽く高出力な4ストローク車両を選んだ結果である。なお、当時の魔王領の科学力ではCRF250Xのオリジナルに搭載されていた燃料噴射装置や制御コンピュータを再生することはできなかったため、キャブレターと魔法石を使用した疑似CDI装置で代用している。キャブレターはケストナー&ハインツという魔王領の機械メーカーの製品であるが、精度と耐久性は大変に良かった。

 その後ろにはアンネリーゼのVTRスクランブラーカスタム。つい先日納車されたばかりであるが、アンネリーゼは危なげなく走らせていた。オリジナルはエンジン出力カーブやフレームの構造などから非常に走らせやすい車両だったが、エレーナの施したカスタムによってややピーキーになっている。

 さらにその後方にBMW・R80で統一された旗本組のバイク部隊と四輪車(ベルキナはこれに乗り組んでいた)が続き、スケルグ・ボーウェンとカーク・ハンコックのCB750Fを旗手としたザボスの本体が続く。

 ザボスはこの日は恐ろしく古めかしいハーレーダヴィッドソンの1220ccパンヘッド(フレームモデル不明)に乗り込み、秋の日差しと紅葉を楽しみながら爆音を奏でていた。


「……」


 一方そのころ。

 ザボスのうしろに着けた4輪車のなかで、エミリアはむくれていた。ほとんどべそをかきそうな勢いである。同乗者はマダム・エリカとフルーゼ。ともにザボスからの寵愛を競う者たちである。御者のチョウとはガラスの隔壁で隔たれている。


「エミリアさん、そんなにむくれないの」

「そうよ。殿方が一人で楽しみたい時間を邪魔するもんじゃないわ」

「うう……だって、乗せてくれるって……」


 エミリアは子供のように駄々をこねた。

 なんと、当初あれほど殺意をやり取りしていた間柄だというのに、エミリアは「ザボスの女」の先輩たちに甘えた態度を見せていたのだ。アンネリーゼにすら見せたことのない姿である。

 またエリカたちも親身になって慰めていた。これもなかなか考えにくいことであった。

 ハーレムや大奥といったものは女性たちの権力闘争の修羅場である。ギュンターやコーはそれを嫌い、妻は一人しか娶らないという姿勢を貫いている。

 しかしザボスの周囲だけは違った。なにしろ相手は気分次第で何をしでかすかわからないザボスである。下手な追従や媚びた姿勢はかえって嫌われ、むしろ配下同士で対等に仲良くしていることを喜ばれたものだから、ザボスの女たちの関係も自然とそういうものになっていった。

 エミリアはザボスの「欲しいと思ったから手に入れた」という言葉を受け入れたのち、エリカとフルーゼからザボスの女のたちの一人として正式に認められた。

 それからというもの二人は年の離れた妹のようなエミリアをひどく可愛がり、エミリアも甘えた態度を示すことが多くなっていった。

 繰り返して言うが、アンネリーゼには見せたことがない態度である。


「大殿様だってきっと忘れてらっしゃらないわ」

「もうちょっとしたら一回休憩をとるはずよ。そうしたら私たちから頼んであげるから、ね?」


 エリカがエミリアの目じりをぬぐってやり、フルーゼはエミリアの頭を抱いてやる。

 エミリアは幼児のようにうんうんとうなづいた。


 上屋敷を出て1時間、車列は分かれ道の傍らの広場で休憩に入った。

 バイクを降りて背伸びをしたザボスの裾をエミリアがつかみ、エリカとフルーゼがザボスに詰め寄るというかなり珍奇な光景が現出した。

 アンネリーゼはそれを見て眉をしかめる。


「アンネ。眉間、眉間」


 ベルキナがアンネリーゼの眉間をチョンと押した。


「まだエミリアが公爵殿下の女になるのが気にくわない?」

「うーん……それはいいんだけど」


 アンネリーゼは日に日に柔らかくなるエミリアの物腰に苛立ちを覚えていた。

 それは戦場で自分をかわいがってくれた、先輩騎士エミリアのそれとは異なるものだったからだ。

 そしてその変化をもたらしたのはザボス。

 エミリアがザボスの女になることはまあいい。だが。


「エミリアが変わったのが大殿きっかけっていうのがつまんないんだな?」

「あるいは仲の良い友達を他人にとられた心持ち、というところだね」


 アッシュとノーマン・サザランドが水筒を手に歩み寄ってきた。

 ノーマンの言葉を聞いて、アンネリーゼはそっぽを向きながら鼻から盛大にため息を吐き出した。

 図星というか、そういうことかと思い至ったのである。

 だからと言ってすぐに納得できるものでもない。

 そんなアンネリーゼを見て、アッシュたちは軽く笑った。


「ま、それはそれとして。ここでいつも二手に分かれるんだけど、アンネはどっちに行く?」

「どういうこと?」


 アッシュが言うには本線を道なりにゆくと遠回りだが緩急やカーブは少ない道で、ザボスや4輪車はそちらを行く。右手の登り専用線に入ると、アスファルト舗装こそされているがカーブと緩急が激しい峠道で、アッシュや旗本組の何名かはこちらを行くそうだ。どちらも国立公園入口手前で合流するし、どちらもこの先分岐はないから道に迷うこともない。


「なんでそうするの?」

「偵察行動だよ、偵察」

「そうそう」

「ホンマのこと言うてみ」

「「峠攻めるのおもろいやん?」」


 習い覚えたばかりのアラヤ訛りでツッコミを入れると、アッシュとノーマンもアラヤ訛りで本音を吐いた。気が付くとジュリアーノ・コンスタン・ヤナギダをはじめとした旗本組の何人かも周りにいて、照れ臭そうに笑っている。みな革のジャケットとパンツに身を包み、よく見れば膝やひじにはプラスチックとか言いう素材でできた甲冑が付いている。

 驚いたことにはメイドのドゥーシュもぴっちりとした革のつなぎに身を包み、ヘルメットを抱えているではないか。


「えーと……それは私も誘われてるってこと?」


 アンネリーゼが問うと一同はニッと笑った。

 挑戦や手ほどきは喜んで受けるのがアンネリーゼの流儀である。




「じゃあ行って来るっぽい!」

「気を付けるんだよ、ドゥーシュ」

「無茶しないでね」


 4輪車の窓から顔を出したイズモラとリヴニィの頬に、ヘルメットを抱えたドゥーシュが口づけをした。

 二人はくすぐったそうに目を細める。


「ではヤナギダ少佐、アンネリーゼはお任せします」

「承知した。任せられよ」


 アンネリーゼの保護観察者であるベルキナはアンネリーゼに好意を寄せていたが、とは言ってもアンネリーゼにテロリストの疑いがいまだに持たれているのも事実である。

 バイクに乗れないベルキナは、往路のアンネリーゼの監視をヤナギダに頼むことにした。ザボス公爵家上屋敷旗本組剣技指南役の彼ならば、もし万が一にもアンネリーゼが変な気を起こしても取り押さえられるだろうと期待してのことだ。


「では大殿、我らはこれより側道の偵察に参ります」

「うむ。存分に楽しむが良い」

「はっ!」


 アッシュとノーマンはハーレーにまたがったザボスにそろって頭を下げると、嬉しそうにさっと駆け出した。

 ザボスの後ろには半球形のヘルメットをかぶったエミリアが座り、スーツに包んだ形の良い胸をぎゅうぎゅうとザボスに押し付けていた。


「おい、エミリア。すまなかったからそんなに体を押し付けるな」

「いやです。もう少しこうさせてください」

「運転しづらい……おぬしはもう少し気丈な女だと思っていたが」

「私をこうしたのは大殿さまです。責任を取ってください」


 あの虐殺王がこんな甘ったるいやり取りをしていたとは信じられない向きも多いだろうが、どうやら事実である。何しろ当時ザボス家上屋敷(つまりザボス本人)にやとわれていた歴史家ゲオルグ・ステファン・テオドールが日記に記している。

 万事において控えめな性格の彼ではあったが、魔王領の風俗と日々を事細かに記した日記と著作は歴史的資料価値が非常に高い。後の世でも第一級の資料として扱われることが多く、まずは信頼できる記述であると見てよいだろう。

 


 そのゲオルグ・ステファン・テオドールの日記をもとにすると、峠道組の参加者とその車両は以下のとおりである。


 アッシュ・エドモン ホンダ・CRF250X(キャブ化改造)

 ノーマン・サザランド カワサキ・ZXR250R

 ヤナギダ・コンスタン・ヤナギダ BMW・R80

 テグ・エウケ・シルバ BMW・R80

 (以下旗本組が7名ほど続くため中略)

 ドゥーシュ ホンダ・NSF100

 アンネリーゼ・エラ ホンダ・VTRスクランブラーカスタム


 このうち純粋ロードスポーツはノーマンのZXR250RとドゥーシュのNSF100である。旗本組のR80はオリジナルにあったカウル類を再生・装着せず、またサスペンションやタイヤも若干のオフロード走行ができるセッティングにされていたから、スクランブラーカスタムと言えなくもない。


 ファオッ、ファオッ、ファオン。

 グルルルルル、グォオン、グォン。

 ドドドドドドドドドドドドドドド。

 ディィイイイイイン、ディン、イン。


 峠道組のバイクたちは、ぞれぞれ特徴的な排気音を響かせた。

 本線の上下をそれぞれ確認していたメイドとボーイが手を振った。安全確認の合図だ。

 アッシュたちはザボスに会釈しながら休憩所を出て、峠道に入っていった。

 彼らの後ろには何かあったときのために、一個分隊ほどが分乗したトラック2台がついていく。


 先頭を行くアッシュがミラーを見たのは、後続のトラックが峠道の一つ目のカーブを曲がり切ったことを確認するためだ。

 次のカーブまではまだ400mほどあり、登りの斜度も低い。この道路は登り専用線だから対向車の心配はない。

 彼は左拳を掲げ、パッと開いた。それから手をハンドルに戻して、タンクに伏せて足を踏ん張った。

 5秒後、盛大なエンジン加速音が山肌に響き渡った。


「いくぜ!」

 

 とスロットルを開いたアッシュのCRFは矢のように加速し始める。

 その傍らをハヤブサのように駆け抜ける白と黒。


「スタートダッシュはもらったっぽい!」


 ドゥーシュのNSF100だ。彼女のマシンはオリジナルではわずか100CCしかないが、110CCへのボアアップとクランク室の強化、強化コンロッドの採用、低フリクションベアリングへの変更、ギア比の見直し、車体構造の強化と軽量化といった徹底的なチューニングを施されていた。

 それを体重50kgをほんのわずかに超える程度の小柄なドゥーシュが操るのだ。速くないほうがおかしい。

 舌打ちする間もなくアッシュは背後にプレッシャーを感じた。

 コゥォアアアアアアアアアアア、という高音を響かせ加速するのはノーマンのZXR250Rだ。

 さらにそのあとに旗本たちのR80がドゴォオ、と表現すべき排気音を響かせて連なる。

 後に残るのはガソリンの燃えたにおいとゴムの焦げたにおい。


「……ひゃー……はっやい……」


 アンネリーゼは呆れかえってしまった。

 みな彼女をおいて飛んで行ってしまったのだ。カーブを曲がった彼らの存在を知らせるのは、甲高く響き渡る排気音だけ。


「アンネリーゼ。大丈夫か?」

「あ、はい、すいません、ヤナギダ先生」


 ザボス家の食客として逗留しているアンネリーゼは、毎朝ヤナギダに剣の稽古をつけてもらっていた。戦場で身に着けたアンネリーゼの剣はえげつなくも鋭く、そこに拳足が組み合わさることで大変な力を発揮したが、魔族から見ると洗練されているとはいい難い。それを半ば趣味で指導し始めたのがヤナギダであり、アンネリーゼは彼を先生と呼んでいた。


「峠道の走り方を教える。無理はしないでよい。できるだけ速くついてきなさい」

「はい!」


 


 コォオオアア、ッカァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 ノーマンのZXR250Rは軽量な車体と超高回転エンジンを活かし、コーナーの出口ごとに高音を響かせながらアッシュたちを突き放しにかかった。


「なろっ」


 そうはさせじとアッシュと旗本たちは、潤沢な中低速トルクを使ってコーナー脱出後の加速でノーマンに追いすがる。


「フフーン! いただきっぽい!」


 その彼らのイン側を鋭く突くのは、軽量小型なNSF100を操るドゥーシュだった。彼女は限界までブレーキングを行わないことでコーナーでの旋回速度を維持し、次の加速へとつなげていた。

 いくらボアアップして出力を上げていてもたかだか110ccのエンジンでは上り坂でアッシュたちと並走するのも難しいはずだが、ドゥーシュは前走車を風よけに使うことで遅れを最小限にしていた。スリップストリームである。

 やがて一行はコース中盤のつづら折りに差し掛かった。通称「10連S字」と呼ばれている、名物地点だ。


「お先!」

「っぽい!」


 ここで一躍前方に躍り出たのは、恐ろしく太いトルクを持つR80の一団と、彼らを風よけに使うドゥーシュだった。いやむしろ、R80を駆る旗本たちはドゥーシュを先行させることで路面の状況を探ることすらしていた。ノーマンのZXR250Rは中低速トルクの細さがたたり、ずるずると後退して最後尾になった。

 アッシュのCRF250XもR80の集団に追い抜かれたが、しかしここで引き下がるアッシュではない。

 彼は10連S字の真ん中、30mの直線部分で一気に仕掛けた。

 3速で限界まで加速して前方集団を抜くと、かなり遅いタイミングでフルブレーキング。車体を右側に寝かしこみ、右足を前のほうに投げ出してスロットルを開ける。後輪が滑り始めるがスロットルを微調整して滑りすぎないように制御する。

 アッシュはエンジンを高回転に保ったまま後輪を滑らせてコーナーをクリアした。それだけでドゥーシュたちとは3秒近い差が開く。


「あっ!」

「待つっぽい!」

「やだよ!」


 お尻ぺんぺん、とでも言いたげにアッシュのCRF250Xは尻を揺らせながら次のコーナーへと飛び込んでいく。

 うしろでドゥーシュたちがまた何か叫んだ。

 突き放したはずのカワサキ製250cc直列4気筒の高回転音が、すぐ後ろに迫っている。



 結局アンネリーゼがアッシュたちに追いつくことはなかった。

 何しろスタートダッシュが遅すぎたし、それ以前にアンネリーゼはまだ初心者だ。

 それでもヤナギダを除く旗本組の最後の一人から3秒後にゴール地点の駐車場に到着しているから、相当に頑張ったようだ。

 事実、ヘルメットを脱いだ彼女は、上屋敷の中庭や演習場でいい汗をかいた時と全く同じ表情を浮かべている。


「お、結構早かったな」

「お疲れ様です」

「おつかれっぽい!」


 先に到着していたアッシュたちがアンネリーゼをねぎらった。

 

「ふぇー、しんど~~~」


 アンネリーゼはアッシュのCRF250Xの隣にVTRを停めると、歩道に倒れこんで仰向けに寝っ転がった。


「その様子だとだいぶ絞られたな?」

「うん、まぁね。でも楽しかった!」


 アンネリーゼは仰向けに寝っ転がったまま、えへへと笑う。

 そこへヤナギダがやってきた。


「こら、だらしないぞ、アンネリーゼ」

「はい、すみません、先生」


 アンネリーゼは素直に身を起こすと背筋を伸ばした。


「アンネリーゼ、きみはなかなか筋が良い。機会があれば、また教えてあげよう」

「やった! ありがとうございます!」

「ところでアッシュ、今日はどっちが勝ったんだ?」


 アンネリーゼを褒めたヤナギダはアッシュに向きなおった。

 アッシュとノーマンは肩を組みあい、笑顔を浮かべて同時に答える。


「「俺の勝ちです」」


 二人は真顔で顔を見合わせる。

 その様子がいっそおかしく、皆は一斉に笑ってしまった。

 ザボスたち一行がアッシュたちに合流するのは、馬鹿笑いも収まってしばらくたってからのことである。

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