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女騎士(バーサーカー)とオークと、時々バイク  作者: 高城拓
第2章 冬までにあったこと
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バーサーカーとピクニック(1)

 10月12日、金曜日。

 ボロ屋の薄い木壁から突き出された2本の長剣が、黒尽くめの男たちの背中に装備された抗弾板を正確に捉え、彼らを弾き飛ばした


「状況中止! 状況中止!」


 拡声器から放たれた声が演習の中止を宣言する。

 魔王領首都ピオニール、その郊外にある軍警共用施設である第3統合演習場の一角、市街地戦ブロックに安堵のため息が広がった。

 その中で不服を訴える声が一つ。


「えぇ~! つまんなーい! 最後までやりましょうよ!」


 元聖法王国教会騎士、序列準5位、今はザボス公爵の食客であり民部省難民保護局研修生、全身甲冑に身を包み長剣と盾を携えたアンネリーゼ・エラである。

 彼女は難民の流入数に応じて増加すると見込まれる対テロ捜査訓練に、一週間ほど前から参加していた(座学研修にはさらにその1週間前から参加している)。

 銃の扱いは丁寧に教えられたおかげですぐに慣れることができたし、魔王領の警察や軍隊の各部隊の動きも大変学びがいのあるもので、充実した時間ということができた。

 特に染料弾を用いた訓練にはアンネリーゼはいたく感心した。これならば怪我の発生すらもかなり減少しているのではないかと思われたのだ。銃が火を吹けば人が死ぬ、そのようにしか考えていなかった彼女には大変な驚きでもあった。


 だがしかし、意欲旺盛というにはあまりにもやる気に満ち溢れている彼女には不満が一つあった。

 対抗部隊である仮想・聖法王国軍の動きが話にならないほど悪すぎるのだ。

 少なくとも、彼女の知る聖法王国正規軍や教会軍の動きではない。

 素人のほうがよほどマシではないかと、彼女にはそう思えた。


 そこで彼女はザボスに願い出て彼女の先輩騎士であるエミリアと、亡命していた元聖法王国騎士の何人かを演習に参加させてもらっていた。魔王領に潜入させられ、聖法王国の内戦勃発をきっかけに魔王領に寝返ったものはアンネリーゼとエミリアだけではなかったのだ。

 彼女たちはエラ修道会の使節や古物商などから聖法王国騎士団の使用する全身甲冑や長剣を買い集めると、何事かいろいろと改造を施した。装備の中には彼女たちが普段使わない長方形の大きな盾も含まれる。

 彼女たちはわずかな訓練ののち、6人2個班の対抗部隊として本日の演習に臨んだのだった。


「中止だ中止! 演習終了! まったく、加減というものを知らないのか、アンネリーゼ研修生!」


 演習は途中休憩やブリーフィングを挟みながら合計7ラウンド、3時間にわたって行われた。

 当初、元聖法王国騎士たちの動きを侮っていた魔王領側の各部隊は、驚愕とともに現状認識を改めることになる。

 アンネリーゼたち元聖法王国騎士たちは全身甲冑を着込んだ人間とは思えぬ素早さと力強さで、銃も持たずに、魔王領の誇る対テロ部隊に頑強に抵抗し、時には圧倒さえしてみせたのだ。

 もちろん最後には魔族たちの銃による火力で制圧されるのだが、それまでに発生する損害が大きすぎる。つい今しがた訓練統裁官から中止が宣言されたラウンドでは魔王領側は全戦力を投入していたが、開始わずか7分で三分の一が死亡判定を受けるありさまだった。

 訓練統裁官が声を荒げるのも無理はなかった。




「はっはっは! やりよるわあやつらめ。まったく大したものよの」

「そりゃその通りじゃけど公爵殿下(オジキ)よう、俺ァ泣きてぇぞ。ウチの連中がまた自信なくしちまう」

「それでも聖法王国教会騎士団の動きが、分隊以下の人数とはいえ、垣間見れたのは大変な収穫です」

「公爵殿下が彼らを呼び寄せた理由もよくわかりますな。あんな者たちを市中へ野放しにしてなどおけない」


 演習場を見下ろせる高さの管制塔の中で幾人かの高官が言葉を交わしていた。

 初代公安委員会総長ザボス公爵に、公安警察特殊戦術部隊司令官ヘグルンド伯爵、近衛護衛大隊司令チェレンコフ大佐、それに第3代公安委員会総長アンドリュウ・ヴラノビッチ・ミシチェンコの4人を主としたものたちである。

 彼らの見るところ、アンネリーゼたち聖法王国教会騎士団の動きというものは全く凄まじいものだった。

 まず彼女たちが用意した全身鎧や大型の盾にはさらなる装甲が施された。それぞれ単体では長銃身マスケット銃の至近距離射撃に耐える程度の装甲だが、盾と甲冑を組み合わせれば拳銃弾はほぼ貫通不可能、ライフル弾でも致命打を与えることはかなり難しくなった。

 そのぶん増加した重量は基礎体力増加、筋力増加、認識・反応速度上昇といった加護魔法を互いに掛け合うことで打ち消していた。いや、打ち消すどころかその動きは甲冑を着る前よりもさらに速さとキレが増してたほどだった。

 こうして彼女たちは獣人(ライカン)なみの認識・運動能力とオーガーやオーク、トロル以上のタフさ、さらには鉱龍族並みの防弾力を得ると、ザボスの予想すら遥かに上回る精度と滑らかさ、静けさで魔族たちを徹底的に奇襲して回ったのだ。

 

「160年前と違うのはあちらも同じということだな。あるいはエラ修道会騎士団ともこのような共同訓練を行うべきであろう。我々はもっと彼の国のことを深く学ばねばならぬ」


 ザボスの言葉はいちいちもっともである。

 アンネリーゼたちが行った部隊運動と兵員の運用は、聖法王国教会騎士団の誇る市街地戦専門部隊、第2法栄騎士団の真似事であるという。その真似事の動きで、彼女たちはろくに攻撃魔法も使わずに魔王領の特殊部隊のことごとくをねじ伏せた。

 このことは近い将来行われるであろうエラ修道会への直接軍事支援、そこで絶対的に発生する市街地戦と聖法王国による再度のテロ攻撃の成り行きを不気味に暗示するものだった。




 ところ変わって演習場の片隅にある管制施設。

 その一角にある食堂兼休憩室で、汗を落としたアンネリーゼたちは魔族たちに取り囲まれていた。


「くっそう、やってくれたなアンネ!」

「いやぁ、マジですまなかった。あんたたちのこと舐めてたよ。本当に申し訳ない」

「あなたすごい筋肉ね。奥さんは居るの? 今夜は暇かしら?」


 魔族たちは演習後の講評で統裁官や教官たちからこってりと絞られたあとだというのに、その原因である元教会騎士たちを褒め称えていたのだ。さらにはなんというべきか、教官たちすらその中に混ざっている始末だった。

 いやいやそれほどでもと元教会騎士たちは謙遜していたが、そうまんざらでもなさそうだった。

 特にアンネリーゼは最初の何日かの間は随分悔しい思いをしたものだから鼻高々、という表情だ。いくら聖法王国を見限ったとは言え、古巣がなめられるのは嫌だったのだ。


「なぁ、ところで今日は誰がそちらの指揮官だったんだい? 良ければ教えてくれないか」


 と、人当たりの良さそうなエルフがずいと前に出てきた。絵に描いたような美男子だが、顔面に大きな刀傷の跡がある。

 がっしりとした肉体を持つ元教会騎士のひとりが、テーブルに肘をついてそちらの方に顔を捻じ曲げた。

 深いバリトンの声で尋ねる。年の頃は40をすこし過ぎており、いかめつらしくもどことなく愛嬌のある顔立ちをしている。


「失礼ですが、貴公は?」

「これは失礼を。僕はブルクハルト・ドッペルワイヤー公安刑事部長です。今日の2ラウンド目に、あなたと思しき体格の騎士に投げ飛ばされたものです」


 元教会騎士はブルクハルトの挨拶を受けると、ニッカと笑って立ち上がり、右手を差し出した。

 差し出された右手をしっかりと握り返すと、ブルクハルトは柔らかく微笑んだ。


「なるほど、その節はどうも。小生はジャン=ポール・マリー。どうかジャン=ポールと呼び捨てに。元第2法栄騎士団、元中央教会騎士、正4位。小生が今回の指揮をとりました。お怪我はありませんかな?」

「はい、ありがとうございます、ジャン=ポールさん。軽い打ち身で済みましたから、どうということも。ところで、本日のあなた方の動き方はアンネリーゼくんの動きをさらに鋭くしたもののように思いましたが、何かご関係が?」

「ああ、それですか。騎士アンネリーゼの前期教育は第2法栄騎士団で受け持ったのです。エラ修道会から回されてきた新兵たちの中に嫌になるほど元気のいいものが居たのですが。まぁ今でも変わらぬようで」

「ちょっと、騎士ジャン=ポール。それどういう意味ですか」

「生意気なところも相変わらずで」


 話のネタにされたアンネリーゼがぷぅとほっぺたをふくらませると、ジャン=ポールはその頭をワシャワシャと撫でくりまわした。彼女とは頭1つ半ほど身長が違うから、まるで親と子のような姿になった。歳の離れ方も似たようなものである。

 

「騎士ジャン=ポール、お話は伺っております。アンネが世話になりました」

「騎士エミリア、我々もアンネには大変な影響を受けたものだよ。狭い路地での動きはアンネたち孤児の動きを洗練させたものだ。壁抜きは元から十八番(おはこ)だったがね」


 エミリアはにっこりと笑って頷いた。

 まだ頭を撫でられているアンネリーゼは、くすぐったそうに目を細めている。その様子を見てエミリアはアンネリーゼの年上趣味に得心がいったような気がした。


「それで、聞きにくいことを伺いますが、ジャン=ポールさんはどうしてこちらに?」


 聞きにくい、と言いながらもサラリと質問を口にしたブルクハルトに、ジャン=ポールは目をまん丸くしてからガハハハと笑った。


「良いですな! あなた方のそういうところ、小生は嫌いではありません。どうも聖法王国では胡乱な受け答えが多すぎて困ります」

「すいません。我々の仕事は下水管を覗き込んではあやふやなやり取りを繰り返すだけになりがちですから、こういう場では、つい」

「ああ、大変良くわかります。そうですな、小生がこちらに罷り越した理由についてははちょっと長くなりますが、お時間を頂いても?」

「構いません。閉所時間までまだすこしありますし」


 二人が向かい合って座るのとほぼ同時に、休憩所の入り口にベルキナがひょっこりと顔を出した。


「アンネ、エミリア。公爵殿下がお呼びだ。帰ろう」

「あ、うん」

「わかったわ。では騎士ジャン=ポール、ドッペルワイヤー刑事部長、皆さん。お先に失礼致します」


 アンネリーゼとエミリアがペコリと頭を下げると、あとに残ったみんなは口々にねぎらいの言葉をかけ、それからジャン=ポールの話が始まった。

 廊下に出てもその声は聞こえる。


「いやまぁそれにしてもあの狂戦士(バーサーカー)のようだった小娘が、よくも立派に育ったものだと……」


 ジャン=ポールがそう言うと、魔族たちはどっと笑った。




「さて、どうでした? うまく行きそうでしょうか」


 チョウの運転する黒尽くめの4輪車、その後部座席前側の進行方向左側に座ったアンネリーゼが、斜向かいのザボスに向かって尋ねた。


「さて、どうなることやら。今日の演習に参加した4人の元聖法王国教会騎士、そのうちの誰かはまだ聖法王国への連絡を維持しているはずだが。まぁおいおい明らかになるであろう」

「それまでに大事が起きなければいいですね」


 つまり今回呼びよせた元聖法王国教会騎士の一部あるいはすべてがスパイであり、魔王領側は彼らの二重スパイとしての取り込みを画策しているのだ。


「しかしアンネ、お前と騎士ジャン=ポールが知り合いだったとはな」

「古い話ですよ。でも、まさか覚えていてくださっていたと思いませんでした」


 アンネリーゼの語るところによれば、徴兵された当時、彼女が住んでいたサン・ドミンゴにまで西方蛮族が侵入して来たことがあった。サン・ドミンゴといえば聖法王国中部の交通の要衝である。当時の人口は市壁内部だけで20万人を超えていたというから、かなりの大都市だった。

 サンドミンゴのエラ修道会騎士団はもっと西方の前線に配備されており、サン・ドミンゴ伯率いる1個騎士団は西方蛮族の5個騎士団、魔王領で言う2個旅団相当の集団にあっという間にすり潰されて潰走してしまう。

 西方蛮族によるサン・ドミンゴ攻囲戦はほんの僅かなうちに市街地戦へと移行し、数多くの悲劇がこの地を襲った。

 このタイミングで投入されたのが第2法栄騎士団であり、彼らが兵力の供出をエラ修道会に「要請」して「派遣」されてきたのが300人の孤児たち。そしてその中に居たアンネリーゼたちの前期教育を受け持ったのが、ジャン=ポールの100人隊だったというわけだ。


「騎士ジャン=ポールは騎士様なりに、私達の面倒をよく見て下さいました。私たちにお菓子やおかずを分けてくれたり、時には遊び相手にすらなってくださったんですよ」

「それで好きになった?」

「人として、ね。でも男の人にやさしくしてもらったのはあの人が初めてだったわ」


 隣のベルキナが混ぜっ返すのを、残念でしたとばかりにアンネリーゼは軽くあしらった。


「まぁそれはそれとして、第2法栄といったら練度だけで言えば聖法王国最強の部隊です。規模はこちらでいう連隊程度にしか過ぎませんが、兵は初年兵を除き勤続5年以上の選抜兵、下士卒と士官将校は勤続10年以上の志願者のみで構成されています。装備も本日お見せした甲冑以外に、連射ボウガンや魔法を使った蒸気砲を装備しています。ああ見えて野戦も可能なんですよ」

「つまりはかなりのエリート部隊ということだな。そんなところに居ても、同性愛趣味の1つや2つで家族を人質に取られて敵地に送り込まれるとは、やはり聖法王国は遅れておるな」


 ジャン=ポールが聖法蛮族掃討戦後、魔王領に派遣された理由はザボスのいうとおりである。

 聖法王国ではただ同性愛者というだけでそれは犯罪とみなされる。軍人であった場合、軍籍剥奪程度で済めば良い方である。どうかすれば一家お取り潰しもありうる重罪で、ジャン=ポールはそこを突かれた。

 ただしジャン=ポールはかなりの堅物であったから、隠れたる玄孫修道会が行ったテロ攻撃へは直接参加していない。

 その代わり情報収集活動には非常に積極的に参加し、成果も数多くあげている。スパイ活動に才能があるのかも知れなかった。


「まぁなんだ。ともあれあとは経過観察だ。みな用心しろ」

「はい」


 ザボスが仕事の話はここまで、という態度を示すと一同は一斉に頷いた。空気が和らぐ。

 エミリアはふと車窓から空を見上げた。


 突き抜けるような群青の空の、西のほうが赤く染まり始めている。

 前方のオーテク河上空に、河に沿って遡上してきた海鳥たちの白いシルエットが浮かんでいる。


「お屋敷のピクニックは、明日でしたね」

「うむ」

「明日も晴れると良いですね」

「そうだな」

  

 アンネリーゼとベルキナが他愛もない世間話に興じる向かいで、エミリアはザボスの方へと手を伸ばした。

 ザボスも車窓から外を見ながら、伸ばされた手を柔らかく握ってやるのだった。


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「ほいでアッシュさんはなにをそんなに悩んでるの」

「ああ、アンネか。うーん……いやぁ……明日のピクニックさぁ、俺が先陣切ることになってるんだけど、バイク何で行こうかなって」

「そんなの好きなので行けばいいじゃん」

「いやだからさ……GT380かハスラーか、はたまたCRMで行くかとかとか、悩むじゃん?」

「このあいだ勢いと好意でVTR譲ってもらったばかりの私にそれ言ってもよくわかんないよ?」

「ダヨネ……」

サンパチだろうがCRMだろうが、2ストって時点で後続はオイル飛沫だらけになるのでは?って今更思った。だから4ストシングル乗ろう、な!

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