Black or White(2)
ラウルがボグロゥに言われて人を集めた会合だったが、これは後に編纂されたレスタ市会議録には「第2回レスタ市難民キャンプ予定地環境整備事業懇親会」として記録が残されている。
ボグロゥはこの懇親会の参加者招集についてギュンターから「暇そうだから」というだけの理由で依頼されていたのだが、あいにくと彼もそこまで暇ではなかった。
なにしろレスタ村――後のレスタ市の復興当初には彼しか鍛冶や機械設備の面倒を見れるものがいなかったからである。もちろん祭りの催事の関係でレスタを訪っていたエンジニアたちもいたが、彼らは9月に入る前に帰ってしまっていた。
代わりに金の匂いを嗅ぎつけた流しのエンジニアが幾人かやってきていたが、ボグロゥの仕事はむしろ増えていた。鍛冶師ギルドの盟約で、流しのエンジニアの面倒は地元のもの、この場合はボグロゥが見なければならないことになっていたからだ(その代わり、ボグロゥは作業単価について彼らに制約を課すことができた)。ギルドの影響力は年々低下しては居たが、そういうところだけはしぶとく生き残るのが世の習いというものである。
あれこれと忙しくしていたところで会議の招集を思い出したのが懇親会前々日のこと。
慌てて手紙を送ってはみたものの、特に軍とレスタに残っているエラ修道会士たちの反応が芳しくない。彼らも忙しいのだから仕方がないが、このままではギュンターの顔を潰してしまう。
そこへやってきたのがラウルだった。
彼は周囲からの受けはともかく、能力については誰もが、それこそエラ修道会使節さえもが高い評価を与えていた。受けが悪いのは彼の生真面目な部分が原因で、そこを問題にするのは人を欺いたり出し抜いたり自分が楽をしたいだけの人物であるから、つまりは絶賛されていたに等しい。
渡りに船とばかりに、そのラウルに仕事を押し付けたボグロゥは良い判断をした。
エラ修道会使節団や駐屯地司令クリスティーナの元を訪れたラウルは、憔悴した顔つきで会合への参加を要請したのだ。これを断れるものは居なかった。もっとも、ラウル本人はボグロゥですら俺をこき使うのかと泣きそうな思いを抱えていただけだったのだが。
ともあれ、かくして「スケベで不まじめな予備役下士官(クリスティーナ・フォン・アギレリウス少佐評)」「人当たりが良すぎて逆に気味が悪いオーク(エラ修道会士評)」であるボグロゥの手紙には反応を返さなかった者たちを、ラウルは見事に集めてみせたのだった。
肝心の内容はと言えば、難民キャンプ設営に際して改めて調査を進めていた『遺跡』の規模が誰も予想していなかった恐るべきサイズのものであること、これにより当初予定されていた計画の変更について、それと難民たちに対する説明会の内容が半分。残りの半分はと言えば、誰しもが納得しきれぬ思いを抱えたままなだれ込んだ飲み会であった。
当時ではよくあることだった。
第2回レスタ市難民キャンプ予定地環境整備事業懇親会から3日後。
駐屯地と荒れ地に挟まれた穏やかな丘陵地、当座の難民キャンプはそこにある。
その中心に作られた広場で開かれた聖法王国難民への説明会、ギュンターたち魔王領の者たちも説明責任者として列席したそれは紛糾した。
エラ修道会が連れてきた難民たちは戦闘予定区域、あるいは戦闘地域からの避難民たちだったが、少なからぬ数の中央教会派信徒が混ざっており、彼らが故郷への即時帰還を主張したためだ。
彼らにしてみれば慎ましくとも平和に暮らしていた土地から無理やり連れ出され、長い旅をさせられ、挙句は法で禁じられたものたちと隣り合って暮らすなど到底承服できることではない。
紛糾は難民たちの当座の現金収入を魔王領での労働で賄ってほしいと、エラ修道士会の使節のひとりが告げたことからピークに達した。
中央教会派の恰幅の良い男がこんなところで魔族の下で働くことなどできない、今すぐ無事に家に返してくれ、さもなくば俺達が平穏に暮らせるだけの金を出せとわめきたて、周囲の難民たちもそれに同調したのだ。男は人買いアダムスと謗られる口利き屋だった。
アダムスの要求は、誰にもできないことだった。
中央教会は一度教えに逆らったものは絶対に許さないし、その協力者や被害者も「法を汚した」として同罪と考える。それは聖魔大戦と西方蛮族との戦争のあとに猛威を振るった恐怖そのものだ。そして現在、難民たちの家は中央教会の戦線後方にある。つまり無事に家に帰ることなど絶対にできない。
また難民全員が平穏に暮らせるだけの金銭を支給することはエラ修道会にはできない。彼らにはその財源がほとんどない。そのためエラ修道会使節の高位者は、今日この日も魔王領首都ピオニールで難民支援についての陳情を行っているはずだ。
もちろん一時的にであれば魔王領の財源で難民たちに、魔族の中産階級程度の金銭を支給することは可能だ。しかしそれもあくまで一時的なこと、難民キャンプが一応の都市としての経済機能を確保できるようになるまでの話だ。最大で20万にも及ぶ可能性のある難民を、一人残さず飢えずに済むようにするのは魔王領にも無理な話だった。
そしてアダムスは比較的早期に難民キャンプ内で商業活動を始めた者たちの一人だ。自分がいかに無茶な要求を行っているか、理解していないはずがない。
つまりアダムスの要求はただの交渉の呼び水でしかない。ギュンターたち魔王領の者たちはそれに即座に気づき、さてこれからが仕事だと腹を据え直したが、エラ修道会使節たちはすっかり落ち着きを失ってしまった。
難民たちの3割ほど、なにしろ300から400人ほどの人数が騒ぎ立てているのだ。しかも彼らの言うことは表面上待は全く筋が通っている。難民たちを拉致同然にこの地に引き連れてきたのは彼らエラ修道会なのだ。
「それでどうするんですかい、エラ修道会の旦那がた。俺たちゃあいつまでもこんなとこにゃあいられませんぜ」
アダムスは強欲そうなひげ面をぐいと前に突き出すようにして凄んでみせた。
「あー、これまでに説明した通り、中央教会は」
「それをわかってて俺たちを追い立てたのは旦那がたエラ修道会じゃねぇかって言ってんですよ!」
エラ修道会のなんとかいう牧師が汗をふきふき説明を繰り返そうとしたところに、アダムスは吠え掛かった。血の気の多い日雇い労働者や悪辣極まりない中央教会派と丁々発止のやり取りを繰り広げてきた彼にとって、お人よしぞろいのエラ修道会などものの相手ではなかった。
もう少し難民どもを煽り立て、エラ修道会も蛮族たちも浮足立ったところで、現実的な譲歩案を提案してやればよい。坊主たちも難民たちもひとまずは納得し、納まってくれるだろう。俺は難民たちの救い手として頼られることになる。つまりは大金持ちになれる機会が来たってことよ。アダムスはそのように考えていた。
ところがである。
「あのう! ちょっとよろしいですか!」
アダムスたちから少し離れたところで、一人の難民が発言の許可を求めた。
「何だてめぇは!」
「何だはないでしょう、アダムスさん。私です。トマゾ村のラウルです」
アダムスは我知らず舌打ちをした。
知らないも何も、ラウルはアダムスがこの地に来るまで難民たちの日雇い労働の口利きをしていた男だ。魔王領やエラ修道会の役人との渡りを付けてくれた、一応は恩人にあたるものだ。だがこのタイミングで発言の許可を求めるということは、アダムスの狙いについての大雑把な予想は立てているということだ。
援護してくれるのであればよし。しかしそうでなければ痛い目にあってもらう。あるいは不慮の事故にあってもらうべきかも。
アダムスはつまり、そういう男であった。
「ああ、なんだ。すまねぇ、声を荒げちまった」
「いえいえ。ところで私の話を続けても?」
ラウルが困ったような顔をして言うと、エラ修道会や魔族の役人どもは一様にうなずいた。
「いやぁ、お見事!」
「いえいえ、とんでもない」
難民への説明会が終わったのち、遺跡発掘現場のほど近くに作られた労働者向けの一杯飲み屋。
薄暗い店内に夕日が差し込む中、アダムスはワインをグラスについでやりながら、ラウルを褒めた。
「アダムスさんの商売の邪魔にならなければいいのですが」
「何言ってやがんでぇ! 俺たちも商売のやり方をちょいと改めりゃいいだけの話さ! なに、金はカネ、だ。背に腹はかえらんねぇよ」
「間違いないですね」
恐縮したラウルが相槌を打つと、アダムスはガハハと笑ってグラスを空けた。それを見てラウルもグラスを傾ける。
アダムスがラウルを下にも置かない態度で上機嫌になるのは、ラウルがエラ修道会に向けてはなった言葉が原因だった。
ラウルは落ち着いた調子で一通りアダムスの言葉をなぞった。
要は慇懃無礼にエラ修道会を面罵したことになるが、言葉遣いが違うだけで人は聞く態度が異なるものらしい。魔族にも難民にも顔が効くラウルに何か期待するところもあったらしく、エラ修道会の使節たちは、それでは我々に何を求めるのか、と言った。
ラウルは魔族との商売は戒律に反しないという証明を行うことと、無給で強制的な労働に従事させないこと、難民キャンプに地方自治体としての自治権を与えること、内戦終結後は帰国希望者へ無条件かつ無制限の援助を与えること、徴兵基準を明確にすることを求めた。
そのうえで、勝手に食っていけというのであれば商売には口出しするな、と静かに強く言い放ったのだ。
ギュンターたち魔族の者どもは感心して膝を打った。ラウルは難民たちの国を作らせろと主張したのだ。もちろん彼自身にはそんな自覚はないが、アダムスの思惑よりも大きなことを言い放ったのは間違いがない。
エラ修道会のものたちは絶句してしまった。
「いやぁ、スカッとしたぜ! あいつらのあの顔!」
「こっちもただただ便利扱いされるつもりはないですからね。ただの難民と侮った相手にお前たちは商売の邪魔だといわれたら、まぁあんな顔もするでしょう」
「ちげえねえ」
わはは、がははと酒を酌み交わしていると、ボグロゥと何人かの魔族がやってきた。
「おう、いたいた。すまねぇな、お二人さん。ちょっといいか?」
ボグロゥはアダムスに軽くあいさつすると、魔王領側の口利き屋や市当局の担当職員、鍛冶ギルドから出向してきたものなど、商売相手や関係役所の人物を二人に紹介した。
すでに顔見知りのものも居たがとりもなおさず酒を酌み交わし、今後の商売について話をすると日はすっかり沈んでしまった。
市当局の担当職員がそれではこれでと立ち去ると、その場は三々五々に散会となった。
すっかりいい気分になったアダムスは、ボグロゥになにか俺にも乗り物を売ってくれと回らぬ舌で頼み込み、ボグロゥは戒律が許すなら、と答えた。
アダムスとラウルは商売や生活のじゃまになる戒律なぞいらぬ、と言い放った。
目論見どおりに事が運ぶなら、いや、せめても魔族との商売に上からケチがつかなくなるのであれば、アダムスとラウルは無理をせずとも稼ぎが出るようになる。そういう意味では二人は同盟者同志であった。
「ところでラウルよ、この難民キャンプの名前はどうするんだ? いつまでもキャンプじゃ外聞が悪いんじゃないか?」
ボグロゥが安酒をチビリと舐めながらラウルに尋ねた。
「え?」
「え? じゃねぇよ。村長様、すっかりお前のことが気に入っちまったみたいでな。お前の言ってたことはアレたぶん全部通るぞ」
「はぁ」
「はぁ、じゃねぇよ。ようは難民キャンプも、いつまであるかわからんが、地方自治体として成立しちまうんだからその長が必要だろう。村長様はお前をそこに据えるつもりだ」
「おお! いいじゃねぇか! そしたら俺様はうまい汁を吸わせてもらう代わりに、トマゾ村の連中が差別されないように上手く根回ししてやらァ!」
「俺たち鍛冶ギルドもいい商売相手ができそうで嬉しいよ」
どうやら激務から解放される日は、ずいぶん遠くなりそうだ。盛り上がるガラの悪い二人を横目に、ラウルは物思いに沈んだ。
ところでボグロゥの依頼、「第2回レスタ市難民キャンプ予定地環境整備事業懇親会」の参加者招集を果たしたラウルは、約束通り4割引きで運送用の機械――クボタK8耕運機の後部にトレーラーを接続したもの――を購入していた。ラウルはそれを買うために、会社の金の半分と、自分の持ち金の全額を持ち出していた。魔族との商売や遺物を使用することについては、エラ修道会がこれを戒律の禁止事項から永久に抹消すると発表していた。
ボグロゥからは割引とは別に、ラウルへの依頼報酬として耕運機の代金の1割ほどが支払われた。つまり実質5割引きであり、支払った金額は持ってきた会社の金の6割ほどで収まってしまった。さらにボグロゥは1年間のメンテナンス無料保証も付けてやる、と確約した。
これはラウルにとって大きな誤算だった。
彼は会社の運営を楽にするために運送機械を買ったのだが、購入後の会社の運営は火の車に追われるようなものになるだろうと覚悟していた。しかし金は余った。しばらく経営がきつくなることは間違いないが、社員たちとラウル親子が飢えることだけは、少なくとも初雪までの間はなくなったと判断してよかった。
どうしてそんなに良くしてくれるのかとボグロゥに聞くと、彼は顔を背けて気にすんない、とだけ言った。
釈然としない思いを抱えたまま竜人のギュンター名誉村長にそのことを仕事のついでに話してみると、眼鏡を掛け邪悪なまでに胸の大きなメイドが答えた。
「ボグロゥちゃんは子供好きなんですよぉ。だから男手一つでお子さんを育てているラウルさんを応援したいんじゃないかしらぁ」
もちろんラウルはそのことをボグロゥに確認したりしなかった。
ただそのことを聞いてからボグロゥを頻繁に食事や飲みに誘うようになり、ときには娘のクロエの面倒を頼むようにもなった。
ボグロゥがそれを嫌がることは全くなかった。
ラウルさん周りに振り回されがち 強く生きて




