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女騎士(バーサーカー)とオークと、時々バイク  作者: 高城拓
第2章 冬までにあったこと
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Black or White(1)

自営業とか小規模会社は好きでブラックになる訳ちゃうわいというか、実際ブラックになるかどうかの分岐点て絶対何処かにあるもんで。

「ラウルさーん」

「はいはい」

「ラウル殿―」

「はいはい」

「おとーさーん」

「はーいよ」


 断1918年9月21日。

 星々さえ透けて見えそうなほど黒々とした青空の元、レンサル峠の麓のレスタ村――つい先日レスタ市への行政区分変更が布告された村というには大きすぎる村――で、聖法王国からやってきた元難民のラウルは、方々からその名を呼ばれるようになっていた。

 なんのことはない、食べるためになんでも屋をやり始めたからだった。かろうじて文字が読める程度の学しかない彼には体を使うことしかできないのだ。

 が、これが当たった。


 事の起こりは8月まで逆のぼる。

 8月の魔王暗殺未遂テロはレスタ村を危うく灰燼に帰すところであったが、事件の翌日には早くも再建の槌音が響いていた。

 義を見てせざるは勇なきなり、一宿一飯の恩義返さざるして何がヒトかとラウルたち難民の男衆は魔族どもを手伝っていたのだが、ラウルはほんの2日の間に難民の男衆と魔族の雄ども合わせて30名ほどを率いる作業班長となっていた。

 働き盛りで軍務経験があり、何事にも熱心に取り組み、誰が相手であっても物怖じしない、信頼と信用の置ける男。

 ラウルは難民たちからも魔族たちからもそのように評価されたというわけだ。


 もっともラウルにしてみれば、なんで俺が、と思わなくもないではない。

 働き盛りなのはともかくとして、軍務経験はトマゾ村からゴドフロワ家郎党として出征したのだから当たり前。ついでにトマゾ村郎党衆の組頭でもあったが、これはくじで決めたものだから仕方がなかったことで、別にどうということもない(実務は本当に大変だったが)。

 何事にも熱心に取り組むのは、娘や村のみんなを助けた魔族たちに少しでも報いたいから。

 誰が相手であっても物おじしないのは、魔族どもは皆親切で中央教会の神父や騎士に比べれば頭が柔らかく話しやすいから、というだけだった。


 ところがこれを他者から見ると以下のようになる。

 村長の息子であるにも関わらずそれを傘に着ず、最初から面倒事は彼に押し付けようと不正のあったくじ引きの結果を素直に受け入れ、陰口を叩かれてもすねず怒らず仕事に励み、村の男衆を無事連れ帰った男。

 戦場における勇気と知恵については古兵どもも一目置くほどの男。

 自分と自分の娘のためだけでなく、相手が魔族であろうと関係なく、仲間や恩のある者たちのために必死で働く男。

 相手が誰であろうと間違っているときは意見具申を行い、問題の前向きな解消に務めることだけを考える男。

 ついでに言えば社交性も悪くなく、聖法王国の基準で言えば商売女よりもあけすけな魔族の女どものあしらい方も田舎男にしては洗練されている。

 さらに言えば人に酒を無理に飲ませることはしなかったが、酔っても愚痴ることがない。明るく笑って気がついたら寝ているような男だった。


 これで人々から好かれないはずがない。

 駐屯地のクリスティーナ・フォン・アギレリウス少佐(中佐への昇進が内示されている)など、用務で訪れた村役場(市政準備室)からの帰りにラウルの働きぶりを見て「あの男、欲しいな」とつぶやき周囲をたいそう驚かせたものだ。

 彼女は女にだらしない同性愛者という評判の他に、仕事については能力主義一辺倒で判定はかなり辛いという評価も得ていた。つまり彼女がちらと見ただけで部下に欲しがる男は相当なもの、ということになる。

 実際にそのような話もなくはなかったが、帰化するかどうかも決めあぐねている中で、結局はうやむやとなってしまった。

 そうこうするうちに市街拡張が公布され、方々から土建業者がやってくるにしたがって彼らボランティア(志願労務者)のやることは少なくなっていったが、ラウルに限ってはそうではなかった。

 なにしろほんの2週間足らずで、彼は仕事のできる男として有名になっていたのだ。

 わずかずつだが増え続ける難民、それに正式に派遣されてきたエラ修道会士たちは魔族に顔の効く男としてラウルに頼り、魔族たちは難民たちの窓口としてラウルを便利扱いし始めたのだ。

 こうなるとたまったものではない。

 何しろ体は一つきりしかないうえに、いくら軍務経験があると言っても所詮は下士卒程度のもの。いいように使いつぶされるのは目に見えていた。

 どうしたものかと考えていたところで、女どもの取りまとめ役に落ち着いていたゼラが「何でも屋ということになって金を取ればいいんだよ」と知恵を授けてくれた。

 それならと会計をゼラに頼み、トマゾ村の者たち4,5人とで9月の2週目に何でも屋を始めたところ、忙しいのは変わらないが金にも時間にも(もちろん体力にも)多少は余裕ができることになった。

 一番最初こそ口利きや両替のようなこともやったが、聖法王国、魔王領ともにその道のプロが出張ってきたあたりで双方に繋ぎを作っておいてから、そういった仕事からは退散した。日数にしてほんの3~4日のことである。どちらの仕事もその道のプロでないと思うような利益は出せないからだ。特に口利きという仕事は日雇い労働者や渡世人を相手にするのだから、言葉尻一つ間違えただけでよくて大怪我、悪ければお陀仏である。

 そんなわけで難民から作業班長、作業班長から難民経済の重要人物、さらには一介の労務者・兼・社長へと目まぐるしく立場を変えた難民・トマゾ村のラウルだったが、忙しいのは相変わらずだった。

 何しろ名指しで入ってくる仕事がやたらと多い。9月の15日ごろには仕事を肉体労働系に絞るようにしたが、人力だけで仕事を続けるには先は見えていた。


「というわけで、何か僕らにも扱いやすい運送用の機械があればなと」


 そんなラウルが仕事の合間を縫って訪れたのは、ボグロゥの店である。

 彼らは8月の事件以降の付き合いであり、《遺跡》周辺にキャンプを設置しているラウルたちと、《遺跡》のある荒れ地の入り口に住居件店舗を構えるボグロゥの間にはご近所づきあいというものが存在していた。これまでも鎌やら鍬鋤(くわ・すき)やらといった農機具の調達や補修について何度もやり取りしているから、商売とご近所づきあいの区分もはっきりついている。

 ラウルの商売は今後もうまくいきそうだから、金の心配もない。それよりも問題は。


「いいけど、その、宗教上の問題はいいのかよ?」


 ボグロゥの指摘するとおりである。

 聖法王国の教義では《遺跡》から発掘された《遺物》は《忌物》として忌み嫌われている。種類によらず、触ること自体が禁忌であった。

 聖魔大戦において《遺物》である銃砲火器の威力を思い知らされた聖法王国ではあったが、それだけにかえって《遺物》への忌避感はなおいっそう強まった。

 魔王軍から鹵獲したり自分たちで生産した銃砲はすぐに鋳潰してしまったし、《遺跡》は厳重に封印してしまった。

 《遺物》の利用は考えるだけで悪とみなされるようになり、銃砲の研究などはもってのほかである。

 だが彼らも《遺跡》から発掘される機械類から得られる金属の性能の高さを知ってしまった。

 当初の数年間は従来の川砂鉄や鉱山から掘り出される鉄鉱石を高炉を用いて製鉄していたが、人々からはもっと性能の良い鉄を使わせてくれとの要望が山のように寄せられてしまった。

 そこで聖法教会は《遺跡》の発掘と《遺物》の再生を罪人への刑罰として行わせるようになった。禁忌の仕事につくわけだから、刑期が明けたところで元罪人は禁忌に触れたものとして信徒共に忌み嫌われるようになる。やがては北部に未だ多く住む魔族との混血や、近年では西方蛮族に拉致された者たちの『精神を浄化させるため』の『勤労奉仕』として課せられるようになった。

 つまるところ聖法王国において《遺跡》とは、皇国でいうところの『ケガレ』、魔王領でいうところの『呪い』そのものなのだ。

 法の下の平等を謳う聖法王国ではあったが、実際は中央教会の司法長を頂点とする強固な階級社会である。法曹の下には貴族と官僚、軍人が続き、国民の大多数を占める一般信徒の社会的階級はさらに下だ。臣民の中でも豪商や豪農、嘱託官吏といった者がより多くの利権を得ている。

 こういった社会では社会的不満を解消するための被差別対象、言い方を変えれば八つ当たりされるために存在する社会階級が必要となる。被差別対象とされたものたちは、社会的経済的にかなりの制約を受け、いわれのない誹謗中傷を受け続けることになる。後年、サンドバッグ理論として語られることになる構造だ。

 聖法王国において《遺跡》や《忌物》に関わることは、自らサンドバッグになると宣言するに等しい、自殺行為である。

 だが。


「私たちは聖法王国から追放された身分ですからねぇ。別にいまさら」


 妙に捻くれた態度をとるラウル。

 無理も無いな、とボグロゥは思う。

 実際に彼らトマゾ村出身者は難民たちの間で被差別階級となりつつあるからだ。

 内戦から逃れてきた難民たちはトマゾ村出身者を表面上は上の立場、難民の先達として扱うものの、きつく、汚く、稼ぎの少ない仕事ばかりを振るといったことが起こり始めていたのだ。

 聖法王国の内戦は中央教会とエラ修道会が目論んだものであり、その計画は西方蛮族との戦争中から計画されたのであろう。

 だが、こと一般信徒からの見方に拠れば、トマゾ村から追われたものたちが魔王領に入ってすぐに起きた内戦であるから、トマゾ村の者たちが内戦の原因を作ったと見えなくもない。


 さらには彼らトマゾ村出身者のなかでも、内戦後に聖法王国へ戻るべきかどうかで意見が別れている。

 9月のこの段階では聖法王国からの難民は、レスタ村にあってはまだ千人にも達していない。しかし内戦の急速な拡大はすでに伝えられているところであり、エラ修道会からの正式かつ非公式な使節団も入国している。加えて今後の難民、いや疎開者の予想数も伝えられている。

 短期決戦を企図するなら難民は真っ先に徴兵される。それを疎開させるということは、国外に兵力策源地となる聖域を確保するということだ。

 つまりエラ修道会は最初から長期戦を企図して内戦を仕掛けたのだ。

 そしてそれゆえに、トマゾ村のものには聖法王国への帰還を望むものとそうでないものが現れた。

 より正確に言うならば、エラ修道会に兵士として協力することでトマゾ村への帰還を願うものと、魔王領への帰化あるいは永住を望むものたちだ。どちらがどう多いということはない。年寄りも壮年も子どもたちもそれぞれに思いというものがある。

 これはトマゾ村難民の代表格の1人であるラウルにとって、実に頭の痛い問題だった。まだ帰還派と永住派は対立を起こしていないとは言え、早晩そうなることは目に見えている。せっかく生き残った仲間たちが仲違いする姿など、彼は見たくなかったのだ。

 

「使節団の連中はなんか言ってるのか?」

「こちらをあれこれと便利使いはしてくれますが、さてね。何をどうするつもりなのやら」


 やはり拗ねた調子で言うラウルであった。

 そんな彼を見て、ボグロゥはポリポリと顎を掻いた。数秒間難しい顔をして、急に何かを思いついた表情になる。尻ポケットに入れていた手帳をパラパラとめくってふむふむと頷く。


「話は戻るけどよ、運送機械。見ての通り都合は付けられる。金は、そうだな、大負けに負けて、4割引きにしておいてやる。ただし、条件がある」

「なんです?」


 身を乗り出して大きな顔をぐいと近づけてくるオークの中年男に、ラウルは怪訝な目をしてみせた。


「なに、大して難しい話じゃない。ただちょっと、これから言う人たちに渡りをつけてくれ。今晩、旧村役場か、村長様の家に集まるようにって」


 あれこれと勢い込んで名を告げるボグロゥだったが、時間はすでに昼を回っている。

 いくら顔の広くなったラウルと言えど、確実にこなすには難しい話である。

 そもそもヒトと渡りをつけるにはその人物のところに出向かなければならない。馬に乗れないラウルは自分で歩くしかなく、その手間を短縮するために半ばやけっぱちでボグロゥから機械を買おうとしていたのに、これでは本末転倒である。

 機械の値引きを餌にした厄介な仕事にラウルの表情は暗くなった。

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