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女騎士(バーサーカー)とオークと、時々バイク  作者: 高城拓
第2章 冬までにあったこと
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ピオニール探訪 バルクライ通り~東工廠前停留所~エレーナの店

 バルクライ通りは東西7kmにも及ぶ巨大商業街だけあって、実に大雑把な街区の名前の割には住所は細かく区切られている。

 バルクライ通りの真ん中南よりにあるバルクライ記念公園から中央操車場へ向かってを西バルクライ通り、都市部東外苑の工業街までを東バルクライ通りと呼ぶ。通りの南北は正確に50mごとに、東西は200mごとに区切られた住所で呼ばれる。

 西バルクライ通りは線維・服飾・化粧品・装飾品店が多く、東バルクライ通りは家具や機械、変わったところでは書店が多い。


 例えばとある悪魔崇拝をモチーフとした楽団のアイテムショップ「デス・レコーズ」の住所は「西バルクライ通り北2条12丁目2-23ホブスビル3階」、大人になりきれない大人たちが好む特殊な小規模出版物を取り扱う「ティーゲルシャンツェ」は「東バルクライ通り南3条4丁目1―15」、そして輸入刀剣から各社の新型火器までを取り揃え、官憲・軍人・用心棒とマニアたちが御用達とする武器商「バルクライ・アロージィエ」のショールームは「東バルクライ通り北1条1丁目1-1」にある、といったふうにだ。


 アンネリーゼたちはバルクライ記念公園までは歩いて移動した。

 なおここまでで女どもの荷物がめっきり増えたのは服飾・繊維街を通れば当たり前に起きる自然現象なので気にするほうが愚かである。

 バルクライ記念公園では踊りの練習をするオーガーたちを眺めながら一旦休憩し、オーガーやトロルや他の種族(のあまりパッとしない外見の男女)が妙に多い南3条通の小洒落た軽食店で昼食を取った。

 軽食店は貴族の使用人をモチーフとした給仕たちが立ち働いていたが、よくよく聞けば彼女たちはメイド上がり・執事上がりであるという。南3条通に来るものたちの間では、主人と使用人の恋愛ものが流行っているとかで、そこに目をつけたらしかった。当然、サービスにおさおさ怠りはない。

 料理人も健啖家で知られる男爵家に仕えていたものが筆頭料理人を務めているそうで、味も量も申し分なし。その男爵自体もよく食事に来るそうだ。

 アンネリーゼは香草の香り香ばしいベーコンとヤギのチーズのソバクレープが気にいった。

 果たして如何程払うのかと思いきや、何ほどのこともない、たったの1400ギルだという。

 それでも他の店なら800ギルほどで提供されるメニューらしいから、この店に来る者どもはサービスに手間賃を払うことを厭わない、なかなか教育の行き届いたものたちなのだなとアンネリーゼは感心した。主人と使用人の恋愛もの云々は、アンネリーゼの頭からすっぽ抜けているのは言うまでもない。

 そしてエミリアは終始機嫌が悪そうだった。


 一行はそこから馬鉄(乗合馬車)に乗り、東バルクライ通りを通って東工廠前停留所で降りた。

 ここまで来ると街の風景も少々変わり、荒っぽい、どころかはっきりと荒んでいるのがわかった。

 背後の東バルクライ通りと東工廠地域を隔てる工廠外縁道、通称エイト・マイルズを境に、世界がまるで違っているようだった。

 休日返上で稼働する各種の工場群、給食ワゴンに列をなす貧乏な身なりの労働者、ひび割れ落書きで埋め尽くされた壁に寄り掛かる職にあぶれたものたち。

 そういった景色を横目に、アンネリーゼたちは工廠外縁道を北に向かう。

 魔王領は天国でも理想郷でもないのだと、アンネリーゼは意識せざるを得なかった。

 

 工廠外縁道を歩く内に、妙な一団に出会った。

 通りの一角で妙に大きくダボついた安そうな衣服、それでいて明らかに鍛え抜かれた体格をしたものたちが睨み合っているのだ。

 それだけならよくある愚連隊の縄張り争いかと思ったし、どうもそれで間違いはなさそうなのだが、おかしなことに殴り合い、取っ組み合いの喧嘩ではなかった。

 どちらかと言えば中立的立場でいそうなものが口に拳を当て、呼気と喉の唸りで軍楽(マーチ)じみたリズムを刻む。

 対立しているらしい2つの集団は、双方1名ずつ弁士を立て相手を罵る。

 弁士はマーチじみたリズムに合わせて、韻を踏んだ即興詩を詠み上げているようだった。


 それらを見てベルキナの表情がぱっと輝いた。


「へぇ、懐かしいな。ちょっと見ていこう」


 そう言うとベルキナは杖をふりふり愚連隊たちに近づいていった。


「どうする?」

「通り道だし、いいんじゃないかな」


 呆れた表情のアッシュとトマスは手早く相談すると、ぽかんとするアンネリーゼと眉をひそめたエミリアの背中を、そちらの方へ押していく。


 一行が近づくにつれて、双方の言い争いの内容がはっきり聞こえてきた。

 お前の母ちゃん夜鷹とかなんとか、程度の低い内容だったが、よくもまぁこれほどと呆れを通り越して感心するほどに豊かな語彙で互いに罵っている。

 どうも反論できなければ負け、反論できても内容で劣っていれば負け、判定は互いの良心に委ねる、というルールらしい。

 へぇ、とアンネリーゼが感心していると、傍らでエミリアが所詮は野蛮な魔族だな、と小さく罵った。

 それは当然愚連隊たちの耳に届き、珍妙な言い争いは突如として止まった。

 そのうちのひとり、よく鍛えてはいるがこ汚い無精髭を生やした若いドワーフが肩を揺らしながら一行に近づき、文句を垂れ始めた。


「ようネーチャン今なんつった、俺らのことをバカにしたか? 何が所詮は野蛮だひっこんでな、見世もんじゃねぇんだ、あっちへ失せな」


 アッシュとトマスは顔を見合わせた。実にまずい。

 ふたりともアンネリーゼに絶対に言わないと決めていることがある。

 アンネリーゼはザボス並みに荒事を好んでいるのではないか、という疑いについてだ。

 言えばしこたま殴られるか、主人なり恋人なりに嫌味たっぷりに報告されてしまうだろう。

 だから2人はぺろりと舌を出して目を輝かせたアンネリーゼに声をかけようとした。

 それは間違いだった。

 止めるべきはベルキナであった。


「ふ~~~~~~~~んなるほどね、おたくらなんでやりあってんのか知んないけどさ、いちいちいちいち見物人に喧嘩売るとかさ、あたしのガキの頃とはルール変わったみたいでお姉さんちょっと悲しいな、とか言うと黙れババア失せろコラ、お呼びじゃねぇんだ犯すぞビッチ、ってな具合にね、言っちゃってね、イイネ! とか言ってお互いハイタッチ、俺たちこれでもホントはマブダチ、みたいなしょっぱい小芝居見せあい、したくもなかった喧嘩はもう有耶無耶にしたい? それでよくできるわねサイファー、そんじゃ邪魔だからいってよどっか、オススメの行き先教えようか? それはずばり、あそこの風呂屋」


 ずいと一歩踏み出したベルキナは手でリズムを取りながら、朗々とまくし立てた。

 アンネリーゼたちにはよくわからなかったが、それなり以上によく出来た内容だったらしい。

 愚連隊たちが険悪な表情で一斉に彼女たちに振り向いたのがその証拠だった。

 アンネリーゼは舌なめずりし、アッシュは呆れ顔で革の手袋をはめ、トマスは天を仰ぎ、エミリアはとっさに身構える。

 中立的立場だったらしい、もじゃもじゃ頭のゴブリンがまたリズムを刻み始めたのはその時だった。


 そこから十数分ほどで愚連隊たちとアンネリーゼ、ベルキナはすっかり仲が良くなった。

 奇妙な罵り合いの中でベルキナが工廠街南の貧民窟出身だと知った愚連隊たちは彼女を仲間と認識し、アンネリーゼとエミリアが聖法王国の出身者だと知ると社交辞令的に一通り罵ってから、聖法王国の内戦について同情を寄せもした。

 エミリアは魔族などに同情されたくはなかったが、彼女の代わりに激高したアンネリーゼが拙いながらもなんとか韻を踏んで相手を罵ってみせると、相手方は謝罪と励ましだか罵りだかよくわからない言葉を返してきた。アンネリーゼとベルキナは一通りそれを笑い飛ばすと、冗談交じりの罵り合いに流れを戻した。

 エミリアが彼らを本当に許したのは、別れ際に彼らが揃って頭を下げ、平易な言葉ですんませんでした、と謝ってきたときだった。


 愚連隊たちに手を振って別れたあと、ベルキナはエミリアに歩みをを合わせた。

 エミリアはほんの少しは機嫌が良くなったのか、ベルキナに目礼だけはしてみせる。

 静かに口を開くベルキナ。


「すまんな、エミリア」

「え?」

「あいつら、決して悪い奴らじゃないんだ。ただちょっと貧乏で、仕事が少なくて、暇してるだけなんだよ」

「まぁ、そうだろうな」

「ああいうのを私たちはラップって呼んでるんだ。一見バカバカしく見えるだろ?」

「正直なことを言えばな」

「でもああいうので勝負をつければ、お互い怪我したり死ななくて済む」

「ああ」

「だからさ」


 そこで言葉を区切ったベルキナを不審に思ったエミリアは、ようやくのことでベルキナを見た。

 ベルキナは静かに、目だけで怒っていた。


「私達を、野蛮って、いうな」


 話はそれだけだとベルキナはつぶやくと、トマスと並んでレスタ村のことを話しているアンネリーゼの背中に、覆いかぶさるようにして抱きついていった。

 立ち止まってしまったエミリアを放って。




「はい、到着~ゥ」

「はぁー……」

「へぇえー……つまりここが、エレーナさんのお店ね?」


 おどけて巨大な建物を手のひらで指し示すアッシュの前で、アンネリーゼとトマスは口をぽかんと開けてしまった。

 無理も無い。

 目の前の建物は横30m、奥行き12m、高さ10m近い建物で、それを取り囲む舗装された空き地はその何倍もあるからだった。

 ふたりともあのきっぷの良い鬼族の女性、エレーナがピオニールに店を構えているのは知っていたが、ここまで大きいとは知らなかったのだ。

 背中にベルキナをまとわりつかせたまま、アンネリーゼは周りを見回した。

 このあたりは多少治安が良いらしい。周りの工場や倉庫の壁には落書きはなく、給食ワゴンに列を作っている工員たちもそこそこ良い身なりをしている。

 駐車場と呼ぶらしい舗装された空き地には何台ものバイクが並び、そのいずれもがVツインエンジンだった。それにまたがって駄弁っているものたちも、野蛮な格好ではあるがそれなりにカネの掛かった革パンツなどを履いている。

 見上げて看板を確認してみれば、可愛らしく戯画化された鬼族のドクロを背景に、こう書いてあった。


『J&E’s V TWIN』


 Vの字は鬼族のドクロ、その角の位置から先端が飛び出していた。


「らしいっちゃあ」

「らしい、ですねぇ」


 口を開けてしまったままのアンネリーゼとトマス、それにようやくやってきたエミリアも物珍しさに立ちすくんでいる。

 それを見てクスリと笑ったアッシュは、ほらほらみんな、もう行こう、エレーナさんの煎れてくれる黒豆茶は美味しいよと一行を追い立てた。

 銀灰色に鈍く輝くトタンの建物の正面は大きく開け放たれ、そこから機械油とガソリンの燃える匂い、それから陣太鼓のような腹の底に響くけたたましい騒音が響いている。

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