アンネリーゼのノート 魔王領まとめ(2)
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●宗教
前述の民族・種族の混交により各種の宗教の教義も入り混じり、曖昧なものになっている。
国の定める宗教もない。共通しているのは闇の女神を崇めることだけで、光の神は崇めたりけなしたり、いろいろだ。
魔王領の民は端的に言って「なんとなくみんなにとって良さそうなことを祈り、悪そうなことがないことを祈る」程度の「宗教のような何か」をなんとなく信じている、というのが現実に近そうである。
例えばオーガーやトロルには「9月または10月の新月の晩に、ヒトの処女の心臓を闇の女神に捧げることで食肉としての他種族の豊穣を願う」という宗教儀式が1200年ほど前まであった。
これはギュンター陛下とコー陛下が出会った頃にはすでに「9月または10月の新月の晩に、ヒトの処女(と信じられる)多数の踊り娘に舞い歌わせ、それに捧げる歓声や踊りによって豊穣を願う」という内容に変化している。
これに後に鬼族の「芸・能」という概念が加わることで通年催しが行われることになり、現在では派手にショーアップされた見世物商売になっている。
私も9月29日に「魔王領アイドルフェス」というものを見たが、屈強なオーガーやトロルが専用スペースで踊り子たちの唄と踊りに合わせて様々な歓声(怒号?)や光る棒を持っての踊りを披露しているのに圧倒された。また、彼らに感化されたのか、他種族の者たちもオーガーやトロルたちと一緒に大変楽しそうに踊っているところも見た。
蛇足であるがオーガー系列の芸能事務所とトロル系列の芸能事務所の対立というものもあるし、エルフやインキュバス系の男性踊り子グループも存在するし、彼らに金どころか人生を捧げる男女は多数存在する。神への供物であった処女が神への供犠を捧げる巫女に変化し、巫女は神になり、供犠を求め神々の戦争を始めたというわけだ。
聖法王国の神事も一部で取り入れられてはいるが、それよりも聖法王国の法律が魔王領の法律の参考にされていることが多い。
そもそも聖法王国の宗教は法律そのものなのだ。道具にしか過ぎない法律を神のように崇め奉るとは馬鹿な話だと、私は常々思っていたが。
しかし、各宗教には原理主義派閥が必ず存在する。そのうちのいくつかは、過激な武装闘争を行うところもある。聖法王国国教を信奉する「隠れたる玄孫修道会」もその一つであり、公安警察は彼らの全容解明を急いでいる。
●政治形態
各地に諸侯が独自の領地領国を持ちそれらを魔王が統御するという形で始まった魔王領だが、今上魔王コー陛下の御代になりその権力は年々減少の一途を辿っている。
魔王は魔王領統一の御旗としてのみ機能すべきだ、というのがコー陛下のお考えらしい。これにはギュンター陛下、ザボス公も同様のお考えである。
自らは権威としてのみ君臨し、権力機構は行政機関である内閣府と行政府、立法機関である貴族院と衆民院、司法機関である裁判院と公安委員会が統治する、という構造だ。
聖法王国の場合は立法機関・司法機関としての法王と中央教会があり、その下に行政機関としての国王と各地の領主と支部協会が存在する。このため聖法王国の統治機関がトップ・ヘヴィでありすぎ、現実の急な変化に対して小回りできないのはよくわかるから、魔王領の統治機構はそれを避けるために細分化されたのかとも思う。
どのような現実からこういった政治形態が取られたかは、下記のような経済体制によるものだそうだ。
●経済
経済、産業ともに聖法王国とは比較にならないほど発展している。
魔王領が保持する金の価値を信用のもととした兌換紙幣と卑金属による兌換硬貨が流通しているが、その他に会社の株式などの有価証券も手広く扱われている。
聖法王国では信用取引は教会と教会の認めた商社のみが行える。国としての兌換紙幣の発行は行っていないから、これは大変なことだ。さらに驚いた事には、外国との取引ですら魔王領の通貨単位であるギルで行われているそうだ。
これは事実上、魔王領が聖法王国を除く大東洋西沿岸の貿易を支配しているのに等しいといえるのではないか。
魔王領の国家総生産力は12億4200万ギル、聖法王国の貨幣単価に変換して年間300億6480万金、すなわち聖法王国の年間国家予算の3000倍もの価値を年々生み出しており、これは毎年上昇している。
魔王領の年間国家予算はほぼ10億金程度程度であり、これも聖法王国のそれの1000倍以上である。互いに貴族の領地領国を持つにもかかわらず、だ。
この違いを生む原因はいくつかある。
一番目立つところで『遺物』の活用に目が向けられがちだが、実はそうではない。
もっとも重要なことは「商売の邪魔をしないこと」だそうで、詰まるところは税を取りすぎたり規制をしすぎないことが必要なのだそうだ。
一例を挙げて考えてみよう。
君は商売のために聖法王国中部のラ・カンパから南部のスラームまでコルナゴ河を120km下るとする。船には500キログラム、すなわち220ポンドの羊毛を積載するものとしよう。羊毛は質の劣るものだったので1ポンドあたりたったの50銅で仕入れたが、君は船に羊毛を載せるために2人の人足に一人あたり1銀、人足を紹介してくれた親方に3銀の合計5銀を支払わねばならない。500ポンドの羊毛は旅客15人分の体積を必要とするため、船積み運賃は君自身も含めて16人分で32銀。つまり船積みだけで37銀必要だ。
さて航路には7つの貴族領地があり、それぞれで平均して100ポンドあたり2銀ずつの通行税と河川使用税が徴収される。これで48銀が道中で失われる。
スラームに付いたはいいが、今度は船着税が50銅と上陸税が50銅、荷物の揚陸税が100ポンドあたりまた1銀に、人足費用がラ・カンパの倍かかる。市中で売るのは法外な場所代を地回り、官憲、市長にそれぞれ払わねばならないから論外として、しかたがないから現地の業者に売るとしよう。
君がラ・カンパで110銀で仕入れた220ポンドの羊毛の束は、ここまでの税と諸経費を足して原価198銀になっている。ここまでの手間を考えると1ポンドあたり1銀を足して220ポンド418銀、ちょっとおまけして400銀ぐらいでは売れてほしい。帰りも通行税は取られるし、どうせなら何か仕入れて帰りたいからだ。果たしてそんな金額で売れるだろうか?
答えは「売れる」。なぜなら途中の通行税やら何やらのせいで繊維製品から何から不足しているから、多少品質が悪かろうが値段が高かろうが売れてしまうのだ。
そしてそんな中で作られた服は重量にしてたった3ポンドのくせに50銀もするはずだ。そんな金額では、貧乏なものは年に1着買えれば良い方だ。
そして本当の問題は服が50銀もすることではない。
1着50銀の服が羊毛から服になり、買い取られてゆくまでに関われる人数が少なすぎ、カネが市場に流れてゆかないことなのだ。儲けの殆どは地元の特権階級に吸い取られてしまう。
仮に諸々の税が撤廃されたとしよう。
当然君の羊毛の単価は下がることになる。しかしそれはほかの財物に関しても同じことで、物流は増えたぶん競合する商品が増えることにもなる。
つまり君の羊毛は220ポンド250銀でしか買い取ってもらえない。
だがその羊毛から作られた服は1着15銀、ひょっとすると10銀、いやいやそれより下まで値下がりしているかもしれない。
この金額なら、貧乏なものでも年に3着かひょっとしたら4着買うかもしれない。そうするとそれまで服が欲しくても買えなかったものたちがこぞって服を欲しがるようになる。
服屋は人を雇って布屋へしょっちゅう仕入れに行かせるようになるし、それは布屋も同様。彼らが雇った人々は仕事が終わると一杯飲み屋でエールを引っ掛け、あるいは惣菜屋で弁当を買って帰るだろう。
一杯飲み屋や弁当屋の主人や料理人はわずかばかりに上がった給料で自分のや家族の服も買うだろう。
そして君は羊毛問屋にこう言われるはずだ。もっとたくさん羊毛を持ってきてほしい、その分すこし高く買うよ、と。
羊毛は市場が適正だと思う金額まで変動を続けるが、前のような金額で売れはしない。
その分卸す回数が増えるため、利益は前より増えているだろう。
君は人を雇って毎日羊毛を集めては卸さなければならなくなったし、服屋の手伝いは稼ぎで家を持ったし、布屋の店は拡張工事をしており、一杯飲み屋は暖簾分けをするほど大きな店になり、大工は毎日忙しい。
つまり君の卸す羊毛は、服屋だけではなく大工までをも食わせるようになったのだ。
これを「経済の拡大再生産」と言うが、魔王領ではこれが連続して起こっているそうだ。
商人たちや各種のギルドはすでに下級貴族よりもよほど優れた経済力をもち、彼らの政治的発言力は日に日に増してゆくばかりだ。
衆民院という名の議会も、彼らの政治的欲求を国の政策として処理することが目的だ。
もしそうしないのであれば、商人たちは権力者と直に結びついて極端な不平等が発生するのだ。そして魔王に寄せられる陳情などは彼ら政商連合からのものばかりになってゆくし、いかな魔王と言えどこれを無視していてはクーデターを起こされてしまう。これでは国全体を豊かにすることなど出来はしない。
そこでコー陛下は自らの権力を削ぎ落とし、衆民院と貴族院の議員から選出される内閣に権力を移譲することにした。断1835年のことである。内閣の長は首相と呼ばれる。任期は1期4年、3期まで続けることができ、最長で12年続けることができる。
最初は首相が新たな魔王として君臨することになるのかと思われたが、そうはならなかった。任期に期限があるおかげで、特に長命な種族の議員が「まぁ次があるさ」とのんびり構えることになり、重大な権力闘争は発生しなくなったのだそうだ。その代り派閥争いが激しくなったが、これは種族間対立より経済的な利害を基にした対立になりつつあるため種族が入り乱れ、その結果の一つとしての種族間差別が薄れている側面もある。
ずいぶんと脱線したが、一言でまとめてしまえば「この魔王領ではすでに経済の主体が王族や貴族ではなく一般民衆に移っている」ということになると思う。
これについては私は本当に実感を得られない。聖法王国とは世の中の仕組みが違いすぎて「ああ、そう」という感想しか湧いてこないのだ。
得られた実感と言えば、随分と贅沢な食事が田舎町やその辺お裏路地でも楽しめるという、なんとも素晴らしいことだけだ。
ともかく、この魔王領の経済を生み出したのは税の少なさであるならば、経済の実態である物流を支えているのは非常によく整備された街道網と『遺跡』から発掘され再利用されている『遺物』群であることは想像に難くない。
小規模な物流については各地の配送業者による馬車・自動車・バイクなどによる配送が行われているが、燃料・各種の魔法石・食料品・インフラ資材については多軸式超大型輸送車を中心とした輸送車列や河川および沿岸輸送船によって輸送されている。
現在、鉄道なるものが実用試験段階にあり、道路舗装の改良・拡充とともに、国内輸送の一端を担うことが期待されている。
●軍事
慣習的に魔王軍と呼ばれる魔王領の軍隊は次の3軍からなる。
優秀な火器と自動車を装備した陸軍、竜騎兵・鷲獅子騎兵・龍族よりなる空軍、6隻の戦列艦を筆頭とし大小合わせて41隻の外洋戦闘艦を中心とする水軍の3つだ。
総兵力は48万人に達するが、これはすべての予備兵力を招集しての数字である。平時はその半分の24万人の兵力で軍を維持している。
ただし現在は聖法王国の内戦と、《帝国》《皇国》との領土紛争危機により、28万人までの予備役招集が発せられているところである。
魔王領では各種族法の定める成人男性はすべからく2年から4年の兵役を受けねばならない。成人女性は志願制だが、実に35%もの女性が志願する。どちらも成人前に少年兵として4年勤務していた場合、兵役は免除される。
聖法王国では男子は兵役4年、女性は志願制だが、農奴・孤児はこの限りではなく、事実上男女ともに兵役を受けねばならない。農奴は労役があるため2年、孤児の場合は4年以上の義務兵役が課せられる。内戦中の現在では、どれほどの兵力が徴兵されているか見当もつかないが。
魔王軍の兵制で私が興味を覚えたのは、予備役兵と予備部隊たる諸侯軍である。
まず予備役兵制度についてだが、これは魔王軍ならではのものだろう。
魔王軍は軍を常備しているが、軍の扱う武器は複雑で、軍が行う行動はさらに複雑だ。つまり兵にも士官にも高度な練度が要求される。
しかし全兵力の練度を維持することは出来ない。何しろ常備兵制度はカネがかかる。兵隊にはカネを出さねばならず、兵器の維持にはそれだけでカネがかかり、訓練にもカネがかかる。聖法王国より遥かに進んだ装備体系を持ち、そのぶん火薬だの燃料だのその輸送用の燃料だのにカネがかかる魔王軍はなおさらだ。
つまりカネのことだけを考えるなら、軍は貴族諸侯に任せて国は(王権を守護する親衛隊を除き)その維持にカネを出さず、有事のときのみ雇う傭兵と組み合わせて運用するのが手っ取り早い。
事実、聖法王国も魔王領も、長い長い内戦の時代はそのようにしてきた。例外は恐ろしく強大な戦力を誇った第2代魔王ザボスの時代ぐらいのものであるが、この時の魔王軍はすなわちザボス公領軍であるからやはり厳密には国家の常備軍ではなかったといえる。
ではなぜ現在の魔王領とがその金のかかる軍隊を常備するかといえば、これは国民の意志によるところが大きい。
聖法王国の数度の遠征により国土を荒らされた経験を持つ魔王領の魔族たちにとって、国家の意思のもとに統一運用される軍は魔王と魔王領の栄光と挫折の象徴にほかならない。魔族たちは魔王と魔王領の旗のもとに集う自分たちのために軍を維持し、そこに加わることを名誉としているのだ。
このように国家と国民の意志によって整備運用される軍のことを、魔王領では国民軍と呼ぶ。
一方で諸侯が未だに保持している諸侯軍は前世紀の遺物と言ってもおかしくはないが、魔王軍にとっては重要な予備戦力である。戦力の中心は各地の予備役兵である。
予算は諸侯の運営する地方自治政府持ちだが、装備は魔王軍と共通であり、装備更新に係る予算と指導教官は魔王軍から提供される。
諸侯軍の任務は諸侯の領地を守護する傍ら魔王軍として予備役兵の練度を維持し、魔王領に一朝事あらば速やかに魔王軍に組み入れられることである。
すべての将兵は一度魔王軍本体で勤務したのち予備役編入、諸侯軍の一員として手当をもらいつつ訓練を受けることになる。
訓練頻度はⅠ種予備役で月2回、Ⅱ種予備役で半年に4回の訓練参加が要求され、訓練に参加した予備役兵には都度給与が支給される。本人が望めば月4回の訓練参加が求められる即応予備として登録することも可能だ。いずれにせよ、予備役兵は貴重な休日や勤務日を削って訓練に参加する代わりに、各貴族領行政府より給与を支払われているのは同じである。
つまり魔王軍は魔王直轄領以外では、予備役の維持に予算を割く必要がない。これによって、魔王軍全体の練度と装備の質を高く保つことができるのだ。
さてじつはここに魔王領の統治のトリックが一つ隠されている。
すべての将兵は最低限一度は魔王軍本体で勤務する。これは絶対のルールである。各地から徴兵・志願でやってきた兵や士官学生は、言葉や慣習の違う諸族と雑魚寝しながら訓練に励み、時には実戦に参加する。
兵役を解除されるときには、いくら学の足りない者でも日常の商取引には支障がない程度に共通語を習得し、生活文化もある程度所属と共通したものを身につけることになる。同期の者たちとの戦友意識もだ。
このような者たちが年々増える中で、諸侯はその独立性をどこまで維持できるだろうか?
●文化・習俗
発展した経済その他により、聖法王国で一般に信じられているものとは実情が大いに異なる。
まずヒトを食べたりしないし、肉もきちんと調理して食べる。
そもそも魔王領には多くのヒトが住んでいる。
鬼族のサシミにもきちんと作法があり、ただ素材を切ること一つすら立派な調理技術の一つなのだと思い知らされる。
主食作物は幅広く、穀類だけでも大麦、小麦、えん麦、粟、稗、米、粉芋、粘り芋、甘藷、大豆、カラス豆など多岐にわた
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「どれどれ」
「んあーっ、なにするんですかー?!」
アンネリーゼはノートをアッシュにひょいと横合いからさらわれて、怒った声を出した。
アッシュはパラパラとノートをめくると、内容を音読したりしてアンネリーゼをからかっている。
そういうことができるぐらいまで、アンネリーゼは周囲の者どもに溶け込み始めていた。
時は断1918年9月30日。アンネリーゼの帰化申請は、早くも昨日許可が降りたところである。
季節はそろそろ晩秋に差し掛かろうというところ。
朝晩は冷え始め、昼の気温もめっきり下がったが、気持ちのよい晴れた空が延々と続いていた。
アンネリーゼの性分には、せっかちで勉強熱心なところがある。
秋晴れの気持ちの良い週末に、アンネリーゼはザボス公爵上屋敷の中庭にテーブルを出して、これまでに習い覚えたところを改めて要約しようと試みていたのだった。
「アンネリーゼ、このノート面白いよ」
「なにが!」
「すぐ食べ物の話になる」
アッシュに指摘されてアンネリーゼは顔を真赤にした。
「いいじゃないですか! だってこっちの食べ物美味しいんだもん! もう! かえして!」
アンネリーゼが恥ずかしさから大声を出し、それを見ていた屋敷の者どもがくすくすと笑った。
ひとり仏頂面をしていたエミリアだったが、彼女の表情をよくよく観察するとほんの少し和らいでいるのがわかる。
そんな彼女の傍らに、太刀を下げたベルキナがそっと立ち止まる。
二人は目を合わせもせず黙ってアンネリーゼがからかわれるとこを見ていたが、多少機嫌が良かったのだろう、エミリアの方から口を開いた。
「あれがあんなに無邪気にしているところ、はじめて見たかもしれない」
「そうなのか」
「ああ。あれは孤児院育ちでな。聖法王国が西方蛮族に侵略されて何年かしたときに出会ったんだが、そのときにはもう自分の分隊を持っていたよ。その頃からずっと張り詰めているところがあった」
「すこしはわかるかもしれない。私も似たような育ちだから」
「私にはわからなかった。彼女はこと戦術と戦技については私の、いいや、他の聖法王国軍人の遥か高みに存在している。どうしてあんな子がって、ずっと思っていた」
「私もそうだ。あの優しい狂戦士がどうやってこの世に生まれたのか、すごく興味がある」
「互いにあれに惹かれたか。まぁ、あやつにはそういうところがある。人を引き付ける何かが」
「そうだな。最初は年金代わりに引き受けた保護観察官の仕事だが、気がつくとなんでもないときにもあの子のことを探したり考えている自分がいる。いや、思えばそれはあの夜に助けてもらったときからずっとそうだな。ただ恩義を感じているだけだと思っていたのだが、最近はどうにも、胸が苦しくなってよくない」
そこで初めてエミリアは話し相手の顔を見た。
ベルキナは嬉しそうとも見える穏やかな表情でアンネリーゼを見つめていた。
「何か話したそうにしているから何かと思えば、恋の相談か? まったく、魔族どもと来たら」
「なるほど、これが恋か。これはなんとも、嬉しくて苦しいものなんだな。ありがとう、エミリア」
エミリアの呆れた声に、ベルキナは弾んだ声を返した。
ぱぁっと、南国の花のような笑顔がそこにあった。
「どういたしまして。で、そんな話、私にしてどうするんだ?」
一方で流石に苛ついた表情を見せたエミリア。
ベルキナはにっこりと笑ってみせた。
「いやなに、アンネが君との関係に悩んでいるようだったし、君も働き詰めで気が滅入っているだろう? 気分転換に、街に出てみてはどうかと思ってね」
公爵殿下にはもう許可は取ってある、二人じゃ使い切れない額の小遣いまでもらってしまって、半分は絶対に使えなんて言われてしまったから、君にも絶対に付き合ってもらうよと、ベルキナは宣言した。




