ザボスという男(2)
さて、どこからはなしたものか。
ミーナ、とりあえずヴォトカをいっぱいおくれ。
ふぅ、さて。
そもそもそちらのお嬢さんがたは、ザボス様がおいくつかも存じておらぬであろう。
そうじゃなあ、たしか、ええと
「551歳でいらっしゃいます」
そうそう、551歳じゃ、4度目のな。
ザボス様はもうすでに4度転生されておいでじゃ。
生まれ変わりとはちとちがう。死ぬときにお体を替えられるのよ。
どうするかというとな、死ぬまぎわにお小姓を1人呼びよせ、大きく咳をする。
その咳を浴びたものは1週間ほど熱と悪寒に苛まれ、一度死んで、よみがえる。
めざめたときには、そのお小姓はお小姓ではなく、ザボス様となられておる。
どのようにしてそうなるのか一度だけ聞いたことがある。
どうやら病気のような仕組みでそうなるらしい。
詳しいことはさっぱりわからんが。
わしはザボス様が最初に生まれたときから仕えておる。
生まれた、というのもおかしいのう。
「成った」というのがより適当じゃろう。
そのときわしも近くにおった。
昔は『遺跡』は深いところまでもぐらんでも、上等な鉄の塊や刃物が出ておったものよ。
あのときわしらは集落のすぐ近所にあった『遺跡』のごみあさりに出ておってな、その日も深いところまで行くつもりはなかったんじゃ。
ところがわしがそれまで誰も行ったことのない建物に踏み込んだとき、その床がスポンと抜けてな。
気がついたら周りは何やら見たことのないどでかく四角い『遺物』だらけ。
土と毒で出来た『鞘』には包まれておらなんだから、そこの空気や水は安全だとひと目でわかった。ま、水はなかったがな。
その子がわしの落ちた階層に降りてきた。
登るところを探して色々触る内に、『それ』をさわった途端、その子は気を失ってしまった。
どうにかしてその子を担ぎ上げ、村に戻ると、儂も疲れで眠ってしまった。
わしもその子を担ぎ上げたときに『それ』をさわったような気がしたが、よくわからん。
目を覚ますとその時から3日もたっていた。
その頃には、もうその子はザボス様になっておったよ。
生まれながらにして様々なことを知り、様々なことができたザボス様じゃったが、善悪正邪の観念だけはすっぽりと抜け落ちておった。
ほどなくして我々は生まれた村を去ることになった。
仕方なかろう。
一夜にして麒麟児となったものが興味本位で妊婦を解体したとあってはな。
わしらは二人で旅をした。
ずっと、ずぅっと長い間、二人きりで。
わしらは生きるためと、ザボス様の好奇心を満たすために様々なことをやった。
良いことも悪いことも全てよ。
50歳を超える頃になってようやくザボス様は善悪正邪の観念を理解するようになったが、それは理解しているというだけ。
ザボス様にとって善悪正邪とは言葉でありツルハシのようなもの。ただの道具に過ぎぬ。
使いこなすことに意味があり、それそのものに意味はない、とのお考えよ。
儂らは長い間歳を取らずにおった。いや、実際のところはごくわずかずつ年を取っておったのだが。
そのことについて何か知っているかと聞くと、感染初期に起きたでぃーえぬえー改変によるたいさいぼーこーぞーの変化と金属いおん=たんぱく系なのましんによるこーぞーしゅうふくによるものである、とおっしゃられたが、さっぱりなんのことやら、この年になっても全くわからん。
120歳を超える頃に、ようやくザボス様はワシの介添えなしに他人とまともにお言葉を交わすことができるようになった。
その頃のわしらの見かけと言えば、まぁせいぜいそこのリヴニィたちと同じ程度であったが、いつの間にやら1000人を越す手下を抱えるようになっておった。
まぁ当時の儂らがやっておったことと言えば、せいぜいそこらの野盗と変わらぬ。
縄張りは広く土地の民草に施しもしておったから、田舎侍でも間違いではない。
どちらにせよエルフでもないのに妙に長生きしている、残虐なのか優しいのかよくわからぬノームの魔法使いが田舎の領主をやっていた、ただそれだけのことだった。
わしらは様々な種族とたくさん子を作り、彼らは後に半魔と呼ばれることとなった。
600歳になる前にザボス様は死んだ。老衰だ。
そのときたまたま近くにおった子供がザボス様の咳を浴び、1週間苦しんでから次のザボス様となった。
わしも含めて皆はそれはそれは大層驚いたが、ザボス様は死ぬ前と変わらぬ調子であった。
変わったのは、容れ物がノームの爺から半魔の娘になったことぐらいか。
相も変わらず、優しく、残虐でおられたよ。
転生されてより4年ほど過ぎたある日、わしらの領地がほかの魔族によって侵略された。
幾度か戦をする内に、相手がザボス様と同じくある日「そうなった」ものだという事がわかった。
そやつは魔王を名乗り、実にしぶとかった。
わしたちは聖法王国やほかの地域から逃れてきた魔族どもを互いに身内とし、激しく争った。
340年ほども争い、ようやく相手を仕留めたとき、ザボス様は悪魔と呼ばれる存在だと知った。
昔はもっともっとたくさんおったらしいが、もはやこの世にはそやつとザボス様しかおらなんだと。
そやつは悪魔の性として、同族と戦いどちらが上かを決めねばならぬとして、ザボス様に喧嘩を売ったのよ。
そうと知ったザボス様はたいそう驚かれ、次に本当に悪魔は自分しかいないのかとお探しになる旅に出られた。
もっとも、わしら全員がついて回ったゆえ、征服行でなかったかと言われれば、まぁそのようなものであった。
第2代魔王になったのは、まぁものの弾みだな。
それから250年ほどして、やはり魔王領に悪魔はおらぬと知ったザボス様は第2代魔王の座を退き、現在の領地に居を構えられ、それから死んだ。
次はやはり男の体のほうが馴染むといって、半魔の少年に容れ物を変えられた。
転生されたザボス様は、いささか残虐さが増したようだった。
まるで暇をつぶすかのごとく、様々な内戦や対外戦争に興じられた。
虐殺王の名がついたのはその頃よ。
わしも変わらず、お側について槍を振るった。
それから何百年経って、やはり600歳を待たずに死ぬとき、わしにこうおっしゃられた。
「もうつまらぬ、次に面白いことがなければわしは次こそ眠るとしよう」と。
ザボス様が今のお体になられてからも、しばらくは暇であった。
歴代の魔王どもは手を出してこぬし、ほかの貴族共も同様。
ザボス様は孤高の存在となられたが、暇で暇でかなわぬ、戦も飽きたし何とかせよとおっしゃられ、わしらは毎日頭を痛めておった。
そうこうする内に、まぁ、今から400年ほど前であるか。
若い頃の先代陛下と今上陛下がわが城下町を訪れなされた。
今上陛下、当時はただの魔術師コーであったが、そのときに面白いものを持ってきた。
バイク。
カワサキZ750RS、通称Z2。
それがそのくず鉄の名前であると今上陛下はおっしゃった。
ザボス様がそのくず鉄の何が面白いのかと聞くと、これと同じものを『遺跡』から掘り出し、きちんと整備して走らせられる世の中にしたらきっと楽しいぞ、と今上陛下は応えられた。
それからザボス様はお二人の後援者となられ、今上陛下、ああもう面倒くさいからコー様と呼んでしまうが、彼は様々な機会を『遺跡』から掘り出し、魔法と組み合わせて便利な代物をたくさん作った。
様々なポンプに機械動力用の蒸気エンジン、時計も作り方が変わったし、何より『遺物』の鉄と鉄鉱石を混ぜて安く大量に鉄を作る方法も開発した。
官僚となったギュンター様は魔族にあった法律や行政組織を考えることで精一杯だったようにも見えたが、ともあれ2人の努力で魔王領は少しずつ豊かになっていった。
産業や文化習俗が色々とザボス様の興味を引くように変わっていったことを、ザボス様は子供のように喜んでおった。
なんやかやとあってギュンター様が第8代魔王となられたとき、ザボス様は、それはもうたいそうお喜びになられた。
いせかいてんせいしてちーとちしきをつかう魔術師と、ぱっとしない竜人の学生が苦労の果てに魔王となって魔族を救う、それなんてラノベ、などと口走られ、コー様は大いに苦笑されたが、ギュンター様はいまいちよくわからない顔をされた。
儂らもよくわからん顔をしてしまったから、よく覚えておるよ。
それからは本当に色々あった。まるで怒涛のような毎日よ。
ザボス様も退屈せず、たいへん喜ばれておった。
一度ギュンター様が魔王の座を追われたときは、再度魔王となりギュンター様方を助けても良いとさえおっしゃられたのには随分たまげた。
つまらぬ面倒事を好んで抱えようなどと言い出すのは、後にも先にもそれっきりであった。
それほどに、ギュンター様とコー様による魔王領の治世を望んでおいでだったのよなぁ。
聖魔大戦が終わって、ギュンター様が下野されたのち、ザボス様は治安の安定化に大変な熱意を持って取り組まれた。
何しろ戦前戦中は憲兵隊と騎兵師団を操り、それ以前はわずかでも領地の法に背いたものはすぐに処罰しておられたのだもの、鉋仕事は大工に任せよというやつじゃな。
魔族どもはすぐに従った。法律は聖法王国から来た坊主どもの知恵も借りて、わかりやすく修正しやすいものに作り変えておったから、何処かから不満が出ても落とし所は見つけやすいものとなっていった。
領地の経営を今の御当主、殿様にお譲りになられたのはこの頃じゃが、実は殿様は御嫡子ではない。大殿様との間には、もう何十代も間が空いてしまっておる。
とはいえ直系のご子孫であることは間違いないのだから、息子とされるのも致し方なかろうて。
今は年頃の「孫娘」様がギュンター様のところに奉公されに行っておるそうじゃ。魔法の天才らしいゆえ、自ずから面倒を見てやりたいとはザボス様のお言葉である。
ザボス様は、この数百年間で本当に、ほんとうの意味でお優しくなられた。
恐ろしいのは相変わらずじゃが、無駄な殺生をされることもない。
以前はその超常の力と血脈のご利益を求めて俗物共が近寄ってきておったが、いまではほれ、マダム・エリカといいリヴニィたちといい、本気でザボス様に惚れておるものが増えたし、ザボス様もそれに一生懸命応えておられる。
まぁちょっと、子供っぽすぎるところはあるがの。
これほど良い主人に巡り会えたなら、それはそれで一つの幸福な人生だとは思わぬか?
新しいお嬢ちゃん、ああ、エミリアちゃんというのか。
お前さんにも、ザボス様のご寵愛があることを祈っておるよ。




