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女騎士と女スパイ(2)

 怪異――聖獣と化したマルセルは、水撃で邪魔な木々を切り飛ばしながら坂を駆け下った。

 アンネリーゼのことは無視している。

 新たに手に入れた力は、アンネリーゼどころか特殊警護局(スペツァルズ)をも懸絶すると知ったからだ。

 これならば建前に過ぎなかった魔王暗殺を遂行することも可能だろう。

 すでに国内の意志統一のためエラ修道会を粛清する手はずは完成したが、そもそも魔王領などというものが隣国としてある事自体が問題なのだ。

 魔王とザボス、前魔王ギュンターを鏖殺せしめれば、魔王領は再び大混乱に陥る。

 その時こそ法の光をツェントラル大陸全土へあまねく知ろしめす時。

 その機会を作るのは私なのだと、マルセルは確信した。


 しばらく呆然としていたアンネリーゼは、幾つもの爆発音を耳にして慌てて山道を下り始めた。

 1kmほど駆け下ったところで先程の爆発音の正体を目にする。

 特殊警護局はこの谷間で攻撃を仕掛けたらしい。地面が焼け焦げ窪地になっている部分が幾つもあり、何人分もの死体が転がっている。

 酸鼻を極める光景に脚を緩めたアンネリーゼは、いくつも転がる胴体の中にうごめくものを見つけた。

 そばに駆け寄るとそれはかすれる声で口を開いた。あの特殊護衛隊の隊長である。


「アンネリーゼ・エラか」

「ええ、ひどい有様ね」


 隊長は手足をもがれており、当然出血はひどい。

 あたりを見回すと隊長のものと思しき手足が落ちていた。 


「悪いけど、手足はもうだめだわ。汚れてるし、血が抜けて乾き始めてる」

 

 その状態で無理につなげてもすぐに壊死してしまう。

 魔族の医療魔法なら話は違うかもしれないが、アンネリーゼの医療魔法ではそれを防ぐことはできない。彼女の魔法はあくまでも血の通っている部分に対してのみ有効であった。


「構わんさ」

「他のみんなは?」

「3名を捕虜の護送に使った。そこの尾根を越えさせたから、まずは無事だろう。ほかは見ての通りだ」

「こんなことになるなら、さっさと奴を殺せばよかったわ。本当に、ごめんなさい」

「気にするな。……ところで、陛下に言伝を」

「それは聞けないわ」


 かすれる声の頼みを拒絶し、アンネリーゼは隊長の傷に手を当てた。

 そのまま口の名で何事かつぶやくと、彼女を覆っていた薄い光がさらに薄くなり、隊長の傷口がうっすらと光り始めた。


「あなたの部下の奮闘は、あなたが報告するべきよ。とりあえず止血と消毒はしといたげるわ。内臓はそこまでやられてないみたい。体力回復の魔法も掛けといたから、失血死や虚血症で脳がやられることもないはず。大丈夫、この出血なのにあなたはクソを漏らしてないもの。死にゃしないわ」


 アンネリーゼの傲慢な口調に隊長は絶句した。


「……まいったな……救出されるまでこの痛みに耐えろというのか」

「悪いけど強制睡眠の魔法は私は使えない。そのうち痛みに耐えかねて気絶できるわ。死ぬよりはずっとマシよ。それに、きょーかいの教えでは、魔族にはより苦しみを与えよって言われてるの」


 隊長はそれがアンネリーゼの辛辣なユーモアだと気づくと、喉の奥でくっくと笑った。


「それにこの騒ぎはこっちの身内の不始末よ。これ以上関係ない人たちを死なせてたまるもんですか。ヘルメットはどうやって脱がせればいい? 水筒はこれでしょう? 飲ませてあげる」

「大丈夫だ。水筒は背負式の袋で、ヘルメットを通して口元で中身を飲めるようになってる」


 アンネリーゼは少し安心したような顔をした。

 隊長を引き起こして担ごうとすると、隊長は首を振って拒絶する。


「私のことはいいから、早く行け。奴を止めるんだ」

「わかった」

「我々の装備を使え。我々の銃は威力不足で気休めにしかならんが、手榴弾は多少きくようだ」


 首をはねられて絶命した隊員の装備ベスト(チェストリグ)を拝借し、銃と手榴弾と呼ばれる丸いものや短い薪のようなものの使い方を手短かに教わる。

 弾倉の交換は相当に訓練を行わないと素早くできないことがわかったので、未使用の弾倉に交換した銃を2丁ぶら下げて使い捨てにすることにした。装弾数は弾倉1つあたり40発だが、全自動で撃つと2秒もしない内に空になる。

  

 そうこうしていると谷間の下の方からエンジン音が聞こえてきた。空冷単気筒の音だ。

 あたりが照らされ、銀と黒の車体にまたがった黒い男が現れた。

 ボグロゥである。


「お嬢ちゃん! 無事か!」

「ボグロゥさん!」


 アンネリーゼはボグロゥの声を聞くと、思わず駆け寄って抱きついてしまった。

 ヘルメットの透明な部分(シールド)を跳ね上げたボグロゥの目は安心の色を浮かべている。

 アンネリーゼはオークに抱きついたまま、彼を見上げて怒鳴った。


「なんで来たのよ! 村の中にはまだあいつらの仲間がいるかもしれないのよ! 無関係を装うためにバイクを盗もうとしたのに! あとで命を狙われたらどうするの? それがわかってたから殴らせたんじゃないの? これじゃ台無しだよ!」


 目尻に涙を浮かべ怒っているアンネリーゼの頭を、ボグロゥはポンポンと大きな手のひらで優しく叩いた。


「気が回らなくて済まねぇな。ただ、お嬢ちゃんがまた困ってるんじゃねぇかと思ってな」

「もう! ばか!」


 ヘルメットの中でニヤリとしたボグロゥの目を見て、アンネリーゼは彼の襟首を掴んで額を叩き付けた。

 ボグロゥは彼女の肩を優しく抱く。

 そんな二人に声をかける者がいた。


「盛り上がってるとこすまんがね、お二人さん。さっさと奴を追っかけてくれないか」


 手足をもがれた隊長が、光をほとんど反射しないヘルメットの中からうめき声を上げたのだ。

 顔面を真っ赤にしたアンネリーゼをひょいと持ち上げ、後席に座らせたボグロゥがそりゃどうもと曖昧な返事を返す。

 

「あんたは?」

「置いていけ、足手まといだ。それにそろそろ痛みに耐えるのも限界だ。救援も個人無線で呼んだし、ここで寝てるよ」


 隊長がそう言うと、ボグロゥとアンネリーゼはうなづいて、バイクを走らせ立ち去った。アンネリーゼは最後に一度だけ振り返ってそれじゃあね、と叫んだ。

 いい娘だな、と隊長は思う。

 そう思う反面、空恐ろしくもある。

 血と肉と、内臓とともに撒き散らされた糞尿の匂いのなかで、彼女は微笑みさえ見せながら落ち着いて治療を行ってくれた。

 たとえ魔族でもよほど戦慣れしないとできることではない。

 あの娘はどこか狂っているに違いない。

 優しい狂戦士。

 それが第4代特殊警護隊長、ベルキナ・アイラ・ユーリアイネンがアンネリーゼに抱いた印象だった。


-------------


 今上魔王陛下親卒の騎兵集団54騎は、様々なエンジン音を轟かせながら村の西方から大きく回り込んで機動した。

 途中で部隊をふた手に分ける。

 近衛騎兵の半数と義勇バイク騎兵の三分の二、合計で40騎をマケイン予備役大尉の指揮のもと北方に向かわせる。

 彼らはザボスの指揮下に組み入れ北側面からの機動打撃を行う。

 魔王コーと残存兵力を合わせた14騎は村の西方から戦域(コンバットゾーン)アンネマリィ、その南西角へと向かった。魔王コーは指示を出し終えると、耳につけた個人携帯魔導無線機を押さえ、何事か囁いた。

 


「特攻! いけぇ!」


 魔王コー――薄汚れ、派手な刺繍に彩られた白衣をまとうコウタロウ・スギウラが、これまた派手に塗装されたカワサキ・ZII(ゼット・ツー)の上で叫ぶと、傍らを走っていたアッシュ・エドモン公安2課長補佐がスズキ・TS250(ハスラー)改を加速させた。

 ボグロゥの手によるカスタムにより最大馬力を22馬力から30馬力へと大きく引き上げられたTS250は、高周波を撒き散らしながら矢のように加速した。


紫髀死(パープルヘイズ)3代目総長、アッシュだ! 特攻に出る! 9騎! ついてこい!」


 叫んだアッシュの姿もまた見事だった。

 普段の洒落た雰囲気はどこへやら。真ん中で分けて垂らしていた襟首までの暗紫色の長髪を、髪糊を用いて船の舳先のような形状にまとめ鉢金を巻いている。

 衣服はコウタロウと似たようなもの。刺繍は聖魔大戦後に魔王領で採用された統合文字(アルファベート)が中心だが、鬼族の古老が使う皇国文字も使われている。布地が紫色、というところだけがコーのそれとは違うようにみえる。

 アッシュに付き従って飛び出したのは、ホンダ・CB750ナイトホーク・スクランブラーカスタムで統一された近衛騎兵が3騎と、XL883RやXL1200S、XR1200Sといったハーレー・ダヴィットソンに乗ったドワーフが3騎にホンダ・CR250Xやカワサキ・KLX250Rなどのエンデューロバイクに乗ったヒトと獣人の混成チームだった。

 彼らは楔のような隊形を取って突き進むと、散開して路上から避難民を退去させた。通りの一部を塞いで避難民が路上に侵入しないようにするものもいる。

 

「親衛隊! 前方の建物にヒトは?」

「いません!」


 コウタロウが歯をむき出しにして尋ねると、黒尽くめの供回りの1人が即座に答えた。ヴァンパイアらしい。ヴァンパイア、ヴァンピレラといった吸血族は優れた遠近赤外線・低光量視界を持っている。


「よっしゃあ!」


 コウタロウは叫ぶとギアをニュートラルにし、シートの上にぱっと立ち上がった。

 前後にスタンスを取り、鼻歌を歌いながら釘を打った丸棒――バットを振りかぶる。

 この間、彼のバイクはぐらりともしない。

 

「かっとばせー、すーぎうら! ホームランかっとばせー、」


 などと歌うと、彼の腹の前に光の玉が収束する。


「おらぁ!」


 掛け声とともにバットを前方に向かって振り抜き、光の玉を弾き飛ばす。

 光の玉は前方の建物の側面の柱のみを残して、大きなトンネルを作った。

 

「すげえ!」


 傍らに戻ってきていたアッシュが感嘆の声を上げた。


「これでも『魔王』で『大魔導師』ですからね。続け!」


 にこやかにいつもの調子で応えたコウタロウは、バットを振り上げると直卒するバイク騎兵たちに対して命じた。


 直後トンネルを抜けた先にあったのは、トランプ街道の裏通りの建物にかじりつく怪異2体の背中である。

 コウタロウは騎兵たちをその場で停車させると、近衛が止めるのも聞かず、1人バイクを前に出した。

 2馬身ほど前に出たところで停車し、怪異を見上げるとにやりと笑った。

 フットブレーキを強く踏み込み、バットの持ち手を肩と頭で挟んで支え、スロットルとクラッチを素早く操作し始める。

 独特の抑揚の付いた排気音が発生した。


 フォンフォフォフォンフォン

 フォンフォフォフォンフォン

 フォンフォフォフォンフォフォフォンフォンフォン!


 不適切な取り付け方法により増幅した振動音、高周波とメカノイズとともに吐き出された排気音は、利くものすべてに不快感と不思議な高揚感をもたらした。

 それは怪異とて例外ではない。

 建物に取り付いていた怪異どもはゆっくりと建物から離れ、コウタロウたちに向き合った。

 コウタロウはZIIから降り、バットを担ぎ直して仁王立ちする。


「第10代魔王領魔王、杉浦孝太郎だぁ。てめぇら、誰に断って俺のシマで上等こいてんだゴラァ!」


 大喝したコウタロウの気迫は怪異をもたじろがせ、アッシュたちは腰を抜かしそうになった。

 ぐっと気圧された怪異たちは一歩後ずさると無い顔を見合わせ、それからコウタロウへ挑みかかるように身を沈める。

 それをみてコウタロウは


「へッ。バカが」


 とつぶやいた。

 上空からは風切り音が迫ってくる。




 魔王コーの思いつきを護衛司令部から聞かされたギュンターは、直ちに近衛竜騎兵隊の空中管制・サプサン(ハヤブサ)を通じて543飛行隊第2中隊を呼び出した。

 中隊長編隊のコールネームはククルゥザマァク(ヒナゲシ)

 ギュンターはレスキュー・コントロール=メルと航空偵察の4名を一時的に救難作戦から引き抜き、魔導偵察飛行隊を編成した。

 北西から侵入していくるククルゥザマァクには一度大きく南へ進路を取らせ、西から戦域アンネマリィの南西角へ向かわせる。

 戦域アンネマリィの救難作業は一時ストップし、魔王コーことコウタロウの到着を待った。

 やがて西の方から爆音とともに松明のような光が現れ、そのうちの一部が戦域アンネマリィへと向かってくる。

 レスキュー・リード=ギュンターはタイミングを見計らい、ククルゥザマァクとメルに作戦の開始を発令した。


『こちらククルゥザマァク・リード、空域侵入。既定の通り高高度水平爆撃を行う』

「レスキュー・リード、諒解(コピー)。単調な水平爆撃ですまんな」

『はっ、陛下。なぁに、敵はまだまだいます。そのうちかっこいいトコ拝見していただきます』

「うむ。ククルゥザマァク・リード、投下開始せよ」

『ククルゥザマァク・リード、最終爆撃航程。敵影確認(タリホー)、高度よし、左右角よし。宜候(ヨーソロー)宜候(ヨーソロー)……()―ッ!』

『レコン01および各レコン、術式記録開始』

「慣性干渉術式開始」

『ククルゥザマァク・リード、次目標に照準』

『レスキュー・コントロールよりリード。投下弾視認。視界転送(ユー・ハヴ)

「レスキュー・リードよりコントロール、視界受信(アイ・ハヴ)宜候(ヨーソロー)宜候(ヨーソロー)宜候(ヨーソロー)……」

命中!(ビンゴ) 命中!(ビンゴ)

『ククルゥザマァク・リード、第2弾、投下』




 コウタロウに掴みかかろうとしていた怪異のうち1体、その下半身中央部に恐ろしい勢いで50kg爆弾が突き立った。

 直後に爆発が生じ、怪異の下半身が消し飛ぶ。体内を伝播した衝撃波により、上半身の肉もあらかたはじけ飛んだ。

 コウタロウはマイクロ秒の単位で起こったそれを正確に読み取り、爆風とともに迫りくる怪異の心臓をバットで思い切り撃ち抜いた。赤い珠が弾けて血煙となる。

 ややあって血煙が晴れると、返り血をまとわりつかせたコウタロウがバットを振り抜いた姿勢でニヤリと笑って立っている。

 見ようによっては超至近距離で発生させた魔法により怪異を消し飛ばしたように見えなくもない。

 恐れをなした怪異の残り一体は、たっぷりふた呼吸置いてから踵を返し逃げ去ろうとした。

 しかし直後に同じように上空からの爆撃で消し飛ばされる。今回は心臓を直撃したらしく、吹き飛んだ肉片は再生することなく泡立ちながら消えていった。

 コウタロウはバットを杖のように立てると、耳の携帯魔導無線機に手を当てて上空を見上げた。

 

「よう、上手くいったなぁ、ギュンター」

『ああ。お前の思いつきはいつも面白い結果になるな。おかげでだいぶ楽になりそうだ。しかし、お前のその口調を聞くのは何十年ぶりだろうな? アルルが聞いたらまたひっぱたかられるぞ』

「それぐらいの元気があるならすげぇ嬉しいぜ。もう何年もあいつを抱いてないからな。さて、今の術式はコピーして魔法使い全員に転送してるな? 航空戦力とリンクして使用させろ。戦力にかなり余裕ができるはずだ。俺はこのまま東へ切り込む。ここの東正面を支えんと、このあたりの避難が進まんだろ」

『……お前なぁ、仮にも魔王さまだろう? いい加減引っ込め』

「バカヤロウ、ギュンター。ここは俺のシマだ。俺の好きにさせてもらう」

『ったく……お前は出会った頃からそうだよな。まぁ死なないようにしてくれ』

「お互いにな。では、切りま」


 と、コウタロウがいつもの口調に戻り無線を切ろうとしたところ。


『まてまて待て待て! 儂も混ぜろ!』


 ザボスの声が混じる。


『儂も混ぜてくんなきゃやーだー!』

「やーだー! じゃないですよ」

「お前も大概爺だろ、歳を考えろ歳を」


 子供のようなことをいうザボスに呆れ返る魔王陛下と前魔王陛下。

 ひとまずコウタロウは部下の通信兵に合図を出して司令本部との回線を開いた。その場で軽く打ち合わせを行い、即席の反攻作戦を立案する。

 内容はシンプルだ。

 まずは戦域アンネマリィの北東角の敵を全力で叩き潰す。

 それから南北を同時に攻撃、余力がでた航空戦力のピンポイント爆撃で敵中央集団を叩く。

 特殊捜索救難活動は同時に継続。

 敵が突発的な動きを見せる場合も考えられるが、その場合はまず航空阻止攻撃。可能ならば地上から近接攻撃。

 失敗する余地の少ない簡潔さだった。

 しかしお互いの意図を邪魔し合うのが戦争というものだ。

 常にこちらの思うようになるわけがなかった。



バイクの騒音について。

公道でコール(フォンフォフォフォンフォン言わすやつ)はだめだけど(道交法的にもね)、サーキット借りてその中でやる分にはいいんじゃないかなぁと思います。

エンジン痛めるのは間違いないですけど、よほどのことがない限りお金出せば直りますしね。

逆に言ったらメンテするお金も腕もないひとはコールしないほうがいいです。

メジャーな旧車は直しやすいですけど、マイナー車は直んないですからパーツ新造になったらめんたま飛び出る金額になりますし。


あとコーさんのゼッツー、もっとバビバビ言ってます。

本人とか間近にいる人間にはフォンフォン言ってるように聞こえるんですけどね。

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