女騎士と新しい友達
村長たちとの面会のあと、もう少し楽な服装に着換えてはどうかと促されたアンネリーゼ。
そうは言っても旅に便利な服しか持ってきていません、というと、メルのお古を借りることになった。
先ほどメルが着ていたような露出が多いものだと恥ずかしいなと思っていると、普通の村娘、よりはだいぶマシな、素朴な外出着を出してきた。白い生地には一点のシミもない。
そうしたメル自身も幾分落ち着いた格好に戻っている。してみると、あの服は礼服に相当するもののようだ。
そのままメルの手を借りて、朝方寝ていた客間で着替える。
ついでに化粧品もメルに借りたのだが、肌荒れの具合がひどいとメルに嘆かれた。
これでもまだ17なんですがね、と言うとひどく驚かれてしまった。
そしてなぜか俄然やる気を出したメルに髪をいじられ化粧を施されること約一時間。
姿見を見ると、つい先日までそこにいたはずの凛とした女騎士はおらず、野に咲く花のような可愛らしい少女がそこにいた。
「あらあらまぁまぁ。とってもお似合いで」
「そ、そう……でしょうか?」
「ええ、すごく素敵ですよ」
メルは手放しで褒めてくれるが、少しばかり風通しが良すぎる。
トップスの丈が足りず、へそが見えそうで見えない微妙な長さだ。
ではスカートはどうかというと、しゃがむと膝小僧が見えてしまう。腰骨のところで止めているが、それより上げると太ももまで見えてしまう。
これで胸回りが少しきついなら納得もするが、ほんの少し余裕がありすぎた。ちょっとかがむと胸の谷間が胸元から覗いてしまう。
ことごとく教会の指導に反する服装だ。
ちなみに持ってきた服はいずれも着古した乗馬パンツと革のジャケット、厚手のフランネル生地のシャツである。
教会騎士たるもの、むやみに肌を余人に晒す格好はすべきではない。
だが、しかし。
うぬぬ、と唸ってほんの少し考えこんだが、すべての問題を棚上げすることにした。
別にこの服で一生過ごさねばならないわけではないし、何よりここは魔王領だ。
これまでこなしてきた任務と同様、まずは地場に溶け込む努力。
他のことは全てその後で構わない。
「ところで何やら外が騒がしいですが」
長剣とグローブは持っていて構わないと言われたため、スカートの上から帯刀する。
「ああ、あれはね。明日からお祭りなんです。今日は前夜祭で、三日三晩どんちゃん騒ぎをするんですよ」
「お祭り」
「魔王領だからって、ヒト族の丸焼きをみんなで食べようとか、そんなのはありませんよ?」
「ああ、いや、別に、そんなことは」
アンネリーゼは内心を見透かされて少しばかり焦った。
思えば自分たちは魔王領と魔族について何も知らない。
教会に『善良な民の良心の敵』であると教えられているだけだ。
「どういう謂れのお祭りなんですか?」
「開拓祭。この村をわたしたちが拓いた記念のお祭りですよ。夏の大麦の収穫への感謝と、秋に収穫する他の作物の豊穣祈願の意味も。近くの村や駐屯地からもたくさんお客さんがおいでになって、楽しいんですよ。魔王領がどんな感じかわかりやすくていいんじゃないかしら」
「私も出歩いてよろしいのでしょうか?」
「もちろん!みんな歓迎して下さいますわ。それに、この村で助けたヒトの難民もいくらかは帰ってきてくださるんですよ。ちょっと前はこんなに小さかった子が、しばらくしたらかわいい赤ちゃん抱えてきたりね」
メルはちょっと遠くを見るような目つきをした。
それは老シスターの慈愛に満ちた目にも似て、アンネリーゼはほんの少しの間、自分の育った修道院を思い出した。
「あらやだ、湿っぽくしてごめんなさい!それじゃあ行きましょうか」
メルは目元を拭うとアンネリーゼに手を差し出した。
「はい。よろしくお願い致します」
「ところでなんで敬語に?」
「あーいえ、その、年上は敬うべしと習いましたし、そうでなくとも奥方様に不敬を働いたやもと……」
「あらあらまぁまぁウフフフ。ところで何歳に見えるんでしょうか?」
「あいやそんな意味ではけして」
「何歳に見えるんでしょうか????」
「あの、ちょっと、顔が近……」
「な・ん・さ・い・に・み・え・ま・し・て?????」
「え、や、あの、その……」
「目をそらさないでくださいませね???????」
「うっ……くっ……殺せぇ……」
「(あ、ほんとに『くっ殺せ』って言うんだ……)」
表に出てみると、わずかばかりの庭と胸の高さの生け垣があった。
生け垣の向こうは村の表通りらしく、様々な魔族が行き交うのが見える。
この歳になるまで見たこともない彼らが、みな一様に晴れやかで和やかな表情であることに気づかなければ、腰のものを抜いてしまうところだ。
玄関の前に立つ門は石と木戸で出来ており、有事に立てこもることはひどく難しく思えた。
振り返ってみると、なるほど村長宅は大きかった。聖法王国の田舎貴族の離れほどはゆうにある。
差し渡し25フィート、奥行きは屋内を歩いた感じだとこれも30フィートは下るまい。
木造2階建て、分厚い外壁には石と漆喰がふんだんに使用されているのは気候ゆえか。
背後の山並み、あれは『断絶の壁』であろうが、そちらから吹き下ろしてくる風は、聖法王国で感じる南風よりも涼しく感じられた。
「はー……たいそう立派なお家ですね」
「ありがとうございます。この家はね、こちらに入植した時に主人が建てたものなんです」
「しかし……これだけ大きいとお掃除など大変では?」
アンネリーゼには、幸せそうに語るメルの姿は、主人と自分の空間には基本的に余人を立ち入れさせないという意志が感じられた。
ところが意外なことには、
「いえいえ、ちゃんとお手伝いも居るんですよ。今日の午後からはお休みなんですけれど」
と言って、ぽんぽんと柔らかく手を打つメル。
その一瞬後、メルの背後に二人のメイドが傅いた。
動きも気配も全くみえなかった驚愕を、しかしアンネリーゼは華麗にスルーする。
「お呼びにごわりますか、お方さま」
長身、腰までの長い黒髪、切れ長の目をした美人が言う。
「お客様にご挨拶を」
「はっ」
「アンネリーゼ様、こちらが当家のメイド、モニカとシャンテです」
二人のメイドは優雅な所作で立ち上がり、アンネリーゼと向かい合った。
「モニカです。洗濯とお掃除を担当しております~」
と、にっこりしながら自己紹介する金髪巻き毛。
やたらと大きな丸眼鏡をしているが、それがかえって愛らしい。
胸と尻の発達具合はメルですら霞むほど。背丈はアンネリーゼと同等であろうか。
これで腰のくびれがなければまぁまぁそんなものであるよなと得心することも出来たであろうが、むべなるかな、法の神も魔族の神も時としてひどく残酷なことは同じであるということがわかった。
魔族であるかどうかはさておき、アンネリーゼの女性としての部分は彼女にほんの僅かばかりの反感を抱くことを決意した。
人としての部分はまた別である。
「シャンテと申します。当家の御台所を預かっておりまする」
と、武張ったしゃべりで優雅に礼をするのは黒髪長身美女。
その視線がアンネリーゼを鋭く射抜くが、それに臆する彼女ではなかった。
ややあってシャンテの口元がフッと緩み、直立の姿勢に戻る。
その姿を見てアンネリーゼは、いま抜き合えば、おそらく自分は死ぬな、と、ひどく客観的に意識した。
さて、死ぬまでに何合切り結べるか。
3、いや4は行けるだろう。
隣のおっぱいメガネが手を出さなければ、だが。
なんだ、勝てるのは胸囲勝負だけか。
そこまで反射的に考えたアンネリーゼは、しかしさわやかな態度で自己紹介を行った。
「初めまして、もしかしたら『さっきは挨拶できなくてごめんなさい』かも。私はアンネリーゼ。聖法教会騎士をしておりました。ゆえあってこちらに流れ、お世話になっております。今後とも宜しくお願い致します」
一息に言い終えると長剣の鯉口を切り、音を立てて収める。
敵意はないことを示す騎士の挨拶だ。
それから努めて優雅に頭を下げる。
あいにく優雅さでは二人に数段劣ったが、そこはそれ致し方あるまい。
右の手袋を脱いで、まずモニカに差し出す。
モニカはにこやかに優しく握手を返してきた。
シャンテはというと、期待通りに強く握り返してくる。
「アンネリーゼ殿」
「なんであろうか、シャンテ殿」
「いずれまた、個人的に『機会』を持ちたく候。如何也や」
「メル様のお許しさえ頂けるなら」
「はぁ。参ったわね。元気者がまた増えちゃったわ」
と、呆れた調子でメル。
「ま、お二人ともお怪我のないように、であればよろしいですよ」
「ありがとうございます」
「誠にかたじけなく」
二人はきつく握手をし、互いを見据えたまま礼を言った。
「でも~、お祭り中はダメですよ~」
と、これはモニカ。
「ええ、もちろん。流石にそこまで無粋なことは」
と手を離しながらアンネリーゼが答えると
「あれっ、そうなのか?」
と残念がるシャンテ。
「どうして?」
「いや、怪我をせぬ程度の手合わせなれば、そこそこの余興というか、失礼、見世物にはなるかと思ったのだ。ちょうど祭りであるし。アンネリーゼ殿は悔しいかな、私より人目をつく体つきであることだし、お方さまの礼服を借りれば大変に見栄えが良いのではないかと思ってな」
と、シャンテは真顔のまま右掌を上に向け、人差指と親指で輪っかを作った。
なんとまぁ、魔族と言葉が普通に通じるだけでも驚きなのに、お金を表すサインまでも一緒だとは!
とはいえ、初見で下品な冗談を言ってくれる程度に信頼されるのは悪い話ではないだろう。
「こらシャンテ!」
しかし流石にメルも色めき立った。
「お言葉ですがお方さま。当家の御台所の事情をご存知ならば」
「シャンテちゃん~、流石にそれはお客様に失礼よ~?」
「むぅ。そうか。ならばモニカ、其処許が脱げ」
「脱ぐのはいいけど~、みんな見慣れてるんじゃないかしら~?」
「どっちみちみんな露出高くなるからあんまり目立たないわよ」
「あいやしばらくお待ちあれ。シャンテ殿、ぶっちゃけた話、剣技はこちらでは人気があるのか?」
「うむ。腕にもよるが、祭りが盛り上がっている時にうまくやればなかなかの」
「アンネリーゼちゃんまで!あ、ごめんなさい」
「あー。いいですね、それ。むしろアンネとお呼びください。シャンテ殿も」
「おっ、良いな。かたじけない。ならば某のことも呼び捨てにて結構」
「シャンテちゃんもお方さまもずるい~!私も~!」
女三人寄れば姦しい。
プラス一人で喧しい。
村長宅の前庭で女達はぎゃいぎゃいと騒ぎたて、道行くひとびとは微笑ましくそれを眺めていた。
あの山の中で聞いた爆音が村の中に複数響いたのは、その時である。
年頃のお嬢さんがきゃいきゃいしてるの見るの、好↑き↓