幼児「きた!」「女騎士きた!」「おっぱい騎士きた!」「「「これで勝つる!!!」」」
「こっ……こここここれはッッッッッッ!?!?!?!?」
「ねぇ~? すごいでしょ~トマスちゃーん。我ながらサイッコーの写真だわぁん♡」
トマスが手にした厚手の紙には、先ほどのシャンテとアンネリーゼとザボスの立ち回り、その最後のに近い場面が映し出されている。
見ようによってはシャンテがスカートをめくり上げ、形の良い尻をザボスに突き出しているような、あの場面だ。
それを撮影したのは軍の出張所の中でトマス相手に媚びを売っている、小太りの厚化粧の男性らしい。
軍出張所の窓は分厚いカーテンで隠され、部屋の中にはトマスと小太りの男しかいない。
「はー……どちゃくそエロい……くっそやばい……」
「こうやってザボス殿下の顔を隠すと……あらやだ♡」
「はぁーッ?! マジでぇーッ?! マァあああああジでぇえええええ??!! ……神かよ……おめぇイズ神かよ……」
マジか、マジかよ、神か、神だな、と普段からは想像できない言葉遣いでトマスはうなり続けた。
「……で?いくら欲しいんだい、ジャンセン?」
顔を上げたトマスの目はぎらついていた。
口調は普段の通りに戻っているが、よく使いこまれた斧のような迫力がある。
「んん~、そうねぇ~。ほんとはこれぐらい、って言いたいけどぉ~アタシとトマスちゃんの間だからぁ~、これぐらい?」
ジャンセンと呼ばれた男は算盤をはじいて見せ、トマスはカエルが踏みつぶされたような声を出した。
「そりゃあ高いよ。暴利ってもんだ。もうちょっと手加減してほしいなぁ」
「他にもいっぱい写真あるんだけど? 現像したてのホッカホカ♡」
そういってジャンセンは分厚い封筒を見せる。
となれば返事は一つしかない。
苦笑しながら金を払い、軽口をたたくジャンセンを追い出したトマスは出張所奥の宿直室にこもってカギをかけた。
こちらもカーテンをきつく閉める。
トマスは筆記用具を取り出すと、シャンテの写真を脇に置き、受け取った封筒から他の写真とメモを取り出した。
他の写真に写っているのはシャンテ以外の人物。
その中にはアンネリーゼとエミリアの姿もあった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
その後もつつがなく夏祭りは進行していった。
コウタロウは祭りの出し物にいちいち顔を出し、臣民に親しく声をかけたという。
コウタロウが今上魔王陛下コーとして難民たちを見舞ったときは彼らも多少動揺したが、昨晩宴席を共にした者たちにしてみれば「さもありなん」という感想が先に立つほどであった。
如何に魔王コーが態度に表裏のない人物であったかわかろうというものだ。
さて、しばらくたって舞台裏手の曲技場にアンネリーゼとエミリアは居た。
アンネリーゼは昨日の衣服に着替えている。
へそと太ももを出していないだけでだいぶ落ち着きが違う。
「でまぁこれ、自転車の中でもBMXっていう種類なんだが、これを命名した、というか発掘されたこいつらの原型がそういう名前だっていうのを知ってたのはコー陛下なんだけど」
「はえ~。すっごいですねぇ、コウタロウさんは」
「だろう? ほんと、何なんだろうな、あの人は」
感に堪えぬという声音を発したアンネリーゼに、ボグロゥはやや巻き舌気味に言葉を返した。
ボグロゥは女たちの付き添いを終えた後、「第7回魔王杯オープン第4戦」とやらの決勝戦の準備を手伝っていたところをアンネリーゼたちに捕まったのだ。
ほかにも自分の店の隣の空き地でほかのバイク乗りたちと一緒に何かやっていたようだし、実は忙しい人物なのかもしれないとアンネリーゼは思った。
ちなみにシャンテは詰所で留守居のトマスのそばにべったり張り付いて離れなくなってしまった。道に迷ったと称して幾人もの婦女子が毎年毎年トマスに声を掛けるから、というのがシャンテの言だったが、実際のところはアンネリーゼがトマスを通して伝言を頼むところがあった、その使いでもある。
当のトマスはといえば、今年はほかの当直を追い出して詰所の奥で何かしているようだった。
「随分と気安くおられるな」
エミリアが多少険のある声で、「なぜ魔王を陛下と呼ばないのだ」という疑問を口にした。
オークが嫌いなのかもしれない。
聖法王国人であれば普通の態度ともいえたが、1年こちらにいるのにまだ慣れないのかな、とアンネリーゼは思った。
「うーん。年に何度か客として来てくれるのもあるけれど、ほら、あの風体だろ? 魔王陛下っていうより学者先生にしか見えねぇんだよな」
ボグロゥもボグロゥで、エミリアには少しだけ丁寧な態度で返答した。
怯えているといっても良いかもしれない。
思い返せばボグロゥに気安く接する女性たちは、あまりとげとげしい態度を見せないものばかりだ。
「ハッ! 確かに、言い得て妙ではある」
エミリアは軽く笑って膝を打った。
「聞けば今上魔王陛下は、魔王となられるはるか以前から『遺物』の安全な発掘と再生について研究されていたとか?」
「らしいね。実際、発掘は鉱毒や魔素、それにホウシャセンとかいうものもあって危険なんだ。だから『遺物』の発掘は今では勝手にできないことになってる」
俺も発掘士の免許は持ってるけど最近はめったに掘らないな、とオークは言った。
なぜかと訊くと、だいたい掘りつくしたのと、装備が重たくて疲れるから、ということだった。
「そりゃあ今でも細々と出土物はあるし、もっと技術が向上すれば今まで掘れなかったところを掘ることもできるようになるだろう。けど、今は遺物や遺物の再生から得た技術を自分たちのものにし尽す努力をしたほうがいいんじゃないかねぇ。バイクにしたって再生できないものがごちゃまんとあるんだし、再生物そのものに頼ってるうちは、直すことだってろくにできやしない」
だから俺はできるだけシンプルなバイクと機械しかいじらないんだ、やれといわれりゃ直4だってV8だって直してみせるけどな、とオークは笑った。
「はい、ボグロゥさん。質問」
と、アンネリーゼが手を挙げた。
「ボグロゥさんのお店にあるよくわからない大きな機械も、出土した『遺物』なんですか?」
「旋盤はな。フライス盤とスプリングハンマは機械製造販売公社の製品だ」
アンネリーゼの問いにボグロゥはにっこりとしながら答えた。
「んっと、どれがどれだかわかんないけど、つまり、魔王領で作っている機械もあるってことですか?」
「そう。『遺物』を再生しても錆やなんかで規定されただろう性能を出せないことが多いからな。とはいっても、『遺物』並みの性能を出せるようになったのはここ20年ぐらいの話だけどな」
「その工業力の向上の指導をしているのも今上陛下であらせられるのか?」
「そ。最近は工業や金融の技術指導で忙しくて、内政は官僚やほかの政治家に任せてるんだ」
魔王領はこのころすでに議会制民主主義に移行して40年が経っていた。
貴族から選出される貴族院、魔王直轄領の一般人たちから選出される衆民院が立法を行い、さらには彼ら議員の中から選出される総理大臣と彼または彼女、あるいはそれに指名される各大臣が行政の長につくという仕組みだ。
ボグロゥがそれを簡潔に教えると、アンネリーゼはコウタロウ様は魔王として具体的に何をしていらっしゃるんですか、と問うた。
「他のお偉方なら『今は天下を照覧されている』とか『議会と政府にお墨付きを与えておられる』とかいううんだろうが、俺の見方はちょっと違うな」
「と、いうと」
「自分が仕事の合間に好き勝手に生きてる様を俺たちに見せて、俺たちもそうしていいってことを教えて回ってるんだよ」
アンネリーゼとエミリアがわかったようなわからないような顔をしたちょうどその時、モニカの情けないような声が響き渡った。
「アンネちゃ~ん! 助けてぇ~!!」
どうしたのだと見やれば、幼児の大軍に2重包囲されたモニカが彼らに引きずりまわされてゆっくりとこちらに移動しているところだった。
胸の先端と股間の一部しか隠していなかったモニカの肢体は、幼児や幼児の親が着せたのであろう様々な衣服や布に覆われて、まるで洗濯物のお化けだった。
おまけに何人かの子供が背中といわず脚といわずしがみついている。
よくよく見れば難民の子供たちもモニカを包囲する軍勢に加わっており、それを幼児の親たちやラウルたちが見守っているというありさまだ。
普段幼児の世話を見ている女性たちも何人かまぎれてはいたが、どちらかといえば今日は観客に徹するつもりのようだ。自分の子供や配偶者の世話で忙しいというのもあるのだろう。
なるほど、面倒見のよい村長宅のメイドに浮いた話が一つもないのはこういうことかと思われる光景だった。
ったく、しょうがないなぁとかなんとか言いながら、アンネリーゼはモニカたちのほうへ駆け寄っていった。
きた、おんなきしさまきた、おっぱいきしさまきた、これで勝つる、などと幼児が騒ぐのが聞こえる。
なんだとー、だれがおっぱいきしだー、とアンネリーゼが冗談口に叱る声も。
「なにに勝つんだよ」
とボグロゥは肩を揺らして笑った。
エミリアも表情を和らげている。
「なぁあんた、アンネリーゼはいつもあんな感じなのか?」
「……ああ、そうだな。アンネはいつでもそうだ。どんな集団でも敵意がなければあっという間になじんでしまう。そのくせ自分が変わることは全くない」
「器用というか、なんというか」
「気にくわないことがあればすぐに意見するし、上官の前でも平気でふてくされるし、子供のように泣きわめきもする。常に自分に正直なのだな、あれは」
「羨ましいことだ」
ボグロゥは縄張りの支柱を杖代わりにして、まぶし気にアンネリーゼたちを眺めている。
「ああ。だが、危険なことでもある」
エミリアは心配げな顔つきでアンネリーゼを見ていた。
「同感だね。ザボスの旦那にいきなり斬りかかったときは肝が冷えたぜ」
「そんなことが。いや、アンネリーゼの気性を考えればさもありなん、ではあるな」
そこまで言うとエミリアは何かに迷う表情をした。
「どうした?」
「いや……ボグロゥ殿。一つ頼みごとがある」
のんきな表情をしていたボグロゥだが、エミリアの真剣な目つきに何かを感じたのか、背筋を伸ばした。
「あれは本当に昔からああだった。強制徴募でかき集められ、蛮族相手に戦争していた時からずっとだ。だから芯の強さを見込まれて余計な重荷を背負わさられることも多い。ああ見えて自分のうちにため込んでしまう癖もあるし」
「……みたいだな」
「だから、あれが困っていたら助けてやってほしい。守ってやってほしい。本来は修道会での義姉でもある私がそうすべきだが、あれはもう私の手には余るんだ。身勝手な願いだが、聞いてもらえるだろうか?」
「なにか事情がありそうだが、それを聞くのは野暮なんだろうなぁ」
「御身のためでもある。どうか、何も聞かず」
ボグロゥは顎をさすり、測るような目つきでエミリアを見下ろした。
「……それはどういう立場での言葉なんだ?」
「教会は関係ない。私個人の願いだ」
ふぅんとボグロゥはうなり、何かを考え込むふうだったが、結局は彼女の願いを受け入れた。
返事を聞いたエミリアは、一つ重荷が下りたような顔をした。
「あ、ところであれに年上趣味があるのはご存知か」
「うん、まぁ、そうだろうなとは」
「実を言うと、御身もあれの好みの範疇ではある」
「はは、冗談はよしてくれ。こんなおっさん、」
「だからといってあれに手を出したり、ましてや泣かしてはならぬぞ」
「え、いや、だから、」
「もしあれを弄ぶことあらば、地の果てだろうが地の底だろうが必ず探し出し、そっ首叩き落す」
「あの、だから」
「返事は一つだ。それ以外の言葉は聞かぬ。もしそれ以外の言葉を吐かば」
「わかった、わかった、わかりましたよ、誓ってお言葉のように」
剣の鯉口を抜き、詰め寄るエミリア。
畜生、子供のように泣きわめきたいのはこっちのほうだぜ、とボグロゥは内心毒づいた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
ザボス殿下は? あ、そちらにおいでですか、ならばよかった。いえ、それには及びません。今からシャンテを向かわせます。はい。そうです、村長のお宅のメイドの。はい。はい。承知しました。
薄暗い軍出張所内で、トマスは受話器を置き、シャンテにうなづいた。
「そういうことで、シャンテ姐さんにはザボス殿下への言伝をお願いいたします。ただし急いではいけません。目立たぬように、お願いいたします」
トマスはまるで、これからちょっとその辺まで花を愛でに行きましょう、というぐらい気軽に言った。
言われたシャンテは複雑な、怒りとも取れる顔をしていた。
トマスをまっすぐに睨みつける。
「駐屯地司令部付中尉、なんて暇そうな役職をもらっていたのはそういうことか。諜報員殿」
悔しそうな、泣き出しそうな声でシャンテが言った。
「まぁ、それも今日で廃業です。そもそも情報学校を出たわけでもないですし、シャンテ姐さんにもこうしてバレてしまったわけだし。アンネリーゼさんには昨日一昨日でバレていたのには参りましたがね」
「なぜ」
シャンテのなぜ、には様々な意味が込められていた。
「決まっています。僕には適性があった。彼女には僕のウソを見抜く力があった。僕の任務は誰にも悟られてはならなかった」
「だから、それがし……私にも本当のことを言ってくれなかったのか。私との逢瀬のために仕事を抜け出していたわけではなかったのだな?」
「許してください、とは言いませんよ。それが僕の任務でした。それに、立場を黙っていたのは何も任務のためだけではないですよ」
「なんだというのだ、このうそつきめ!」
「騎兵や歩兵指揮官、どころかそこらの羊飼いならまだしも、よりもよって諜報員なんて、あなたのお父上に知られたら結婚どころの騒ぎじゃない。僕は首をはねられてしまいます。シマヅ家ご当主が僕らのような人種をお嫌いなのは有名ですからね」
トマスはにっこりとし、シャンテの前に膝をついた。
「立場がばれたら引退時。引退したらこれを姐さんに、と思っていたのですが、いやはや、こんな無様な仕儀になってしまって本当に申し訳ありません」
トマスの手の中には白銀の指輪が一つ。
「受け取ってください、とはお願いしません。あなたに似合う指輪はこれだけだ」
トマスの声音はいつもの調子だ。
しかしその目は、その目だけは真剣だった。
シャンテは押し黙り、トマスの瞳をずっと見つめていた。
1分ほどもそうしていただろうか、ふとシャンテの目が涙に揺らいだ。
「……本当に無様だな、トマス坊や」
「あいにくと騎士や貴族の皆様のようにはまいりません。今まで僕がやってきたことといえば、羊を追い回すか、泥の中を這いずり回ることだけでしたので」
シャンテは再び押し黙ったが、深い、本当に深いため息を一つ吐くと少しはにかんだ。
トマスから指輪を受け取る。
「お前の見立てでは今夜が山なのだな?」
「間違いなく。いまお知らせいただいたお話を、公安その他から提供された情報が裏付けています。どう転ぼうとも今夜から明日朝の間で決着します。アンネリーゼさんもそのつもりです。僕も断然同意です」
「わかった。これは預かろう。だから、明日の朝、お前がこれを私につけさせてくれ」
「承知いたしました。誓って、必ず」
二人は立ち上がり、見つめあってから口づけを交わした。
おい読者閣下 わたしはどんどん フラグ立てしていくぞぉ




