表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/74

女騎士と世界の歴史、の続き(2)後編

 断1754年10月29日、払暁。

 皇都前面に展開した聖法王国軍20万(・・・)はついに進撃を開始した。

 向かうは魔王ギュンターが直率する魔王軍第1軍集団の真正面である。

 このとき魔王軍は一個軍集団を8万程度の将兵で編制していた。

 そのうち戦闘兵科は6万強、残りの2万弱が兵站その他であるが、すでに第2及び第3軍集団より2万4千ずつの増援が到着。その中には第21混成旅団も含まれている。魔王軍第1軍集団は兵員数だけで言えば合計12万7千、戦闘人員数9万1千となっていた。

 一方、聖法王国側は一時的に兵站部隊を戦闘兵科に編成し直してまで正面戦力の増強を図り、20万のうち実に18万が戦闘兵科であった。

  

 戦闘の序盤から戦況は膠着した。

 火力装備と戦術と機動力、さらには体力や兵站能力の優位を生かし一歩も譲らぬ魔王軍と、数の面で優位に立ち攻勢側であるゆえに主導権を得やすい聖法王国軍は真正面からぶつかり、がっぷり四つに組んだまま互いに一歩も譲ることがなかった。

 状況としては魔王軍優位のまま推移していた。海岸線沿いに直角三角形の形で進出していた魔王軍は先んじて三角形の頂点となる突出部から撤退していたし、聖法王国軍は頭数を大きくしすぎて運動戦を行える(というより運動戦についていける)将校の数が最低限度に満たなかったためでもある。兵の練度に至っては、天と地ほどの開きがある。それでも魔王軍が圧倒的に優位を得られないところに、聖法王国軍の数の優位が現れていた。

 航空戦においては、従来の3騎編隊を取りやめ4騎編隊制度を採用した聖法王国軍天馬騎士(ペガサスナイト)が数で上回る魔王軍竜騎兵(ドラグーン)を終始翻弄しつづけたものの、双方とも決定的な航空優勢を得ることはなかった。

 このため、魔王軍が築いた防衛線の、塹壕ひとつ馬防柵ひとつに双方の歩兵どもが群がり、それを奪い合うことが数日間にわたって繰り返された。


 変化は11月2日夕刻から深夜にかけて起こった。

 聖法王国軍左翼戦線の小さなほころびをきっかけとして魔王軍第1軍集団は聖法王国軍主力20万の包囲撃滅を図った。しかしその計画はとん挫する。

 戦場に勇者と呼ばれた存在が現れたのだ。


 勇者と彼に従う軍勢2万が魔王軍本営へ突入したのは断1754年11月3日未明。

 彼らは軍勢には見えなかった。

 ぼろを着た老若男女がパイクを持ち、ただただ突進し、敵を突き殺す。彼らにできたのはそれだけだった。

 その死にざまは凄まじく、おぞけを振るうものだった。

 彼らは疲労と負傷で戦闘が適わぬと見るや手近な敵に取り付き、「法は偉大なり」と一声叫ぶと自爆したのである。

 魔王軍本営にたどり着くまでの連戦に次ぐ連戦と、夜間強行軍により5200までその数を減らしていた彼らは、先頭を突き進む勇者を除いて全員が戦死した。

 2万の犠牲はただ一人、勇者を確実に魔王のもとへと送り届けるためだけに支払われたのだ。


 魔王軍第1軍集団の撤退は11月3日早朝から始まった。

 魔王ギュンターは勇者の本営突入により意識不明の重体、代理指揮権を発動させるべき高級軍人はすべからく死亡。

 第1軍集団の統制をかろうじて保っているのは、ギュンターの楯となり自らも重傷を負った王妃メルであった。

 彼女はあるか無きかの軍才を振るい各部隊を順次撤退させていったが、それを補佐すべき参謀(スタッフ)もみな死んだとあっては混乱は免れ得ない。第1軍集団各部隊は各個に補足撃滅されていってしまう。

 第1軍集団の崩壊を見て取った第2軍集団リンゥエは内地で政務をつかさどる副王コー、殿軍を第21混成旅団とともに引き受けた第9騎兵師団長虐殺王ザボスに連絡を取り、第1軍集団の援護と収容に向かったが、11月6日に第3軍集団が離反、大迂回してきた聖法王国軍4万とともに魔王軍の後背を突いた。

 国境に最も近く、ゆえにこれまでろくに戦闘に加入することもなく兵站路の安定に努めていた第3軍の反乱は、魔王軍および魔王領に大きな衝撃を与えた。まさに前門の虎、後門の狼であった。

 魔王領においては11月21日に反乱が発生。1週間で鎮圧したものの、小規模な反乱はこののちもたびたび起こり、魔王軍全軍の収容準備を進めていた副王コーはこの対応に忙殺されることになる。

 魔王軍第1軍集団と第2軍集団主力が合流したのは11月12日、両軍を合計してもギュンターを守る兵はそのときすでに10万を切っていた。

 恐るべきことに、魔王軍第1軍集団にはおよそ8万人か、あるいはそれ以上の―― 一説にはこの時点ですでに10万人を超える――難民が同行していた。聖法王国軍の「遵法教育」という名の虐殺と強制労働を恐れたヒト族の民間人たちである。当然、従軍しているヒト族将兵の家族が中心である。

 魔王軍は自らの身だけではなく、彼らの身をも守られなけばならないのだ。

  

 結局魔王ギュンターが帰還するまで2年、副王コーが内地を安定させるまで1年半、国境線の防衛につとめながら停戦交渉をまとめ上げるのにさらに1年が必要となったが、魔族領に無事たどり着けた者は軍人・民間人を合わせて24万人であった。

 そのうち実に20万人が民間人である。

 これだけの数のひとびとが国境を超えることができたのには理由がある。


 断1755年2月3日未明。

 雪と敵に包まれた魔王軍に、一人の難民がふらりと訪れた。

 魔王ギュンターはメルの献身的な介護により一命をとりとめたが、まだ起き上がることはかなわなかった。

 それでも彼が意識を取り戻したことで軍の士気は回復し、前月末に第3軍集団主力を撃破。

 第3軍集団および彼らと行動を共にした聖法王国軍残党や、それに倍する聖法王国正規軍と対峙しつつ、防衛線の強化に努めているところだった。

 断絶の壁近く、身の丈ほどの積雪の中をやってきたその難民は、聖法王国軍の間諜と疑われつつも凍傷にうめく将兵の看護に精を出した。

 ひと月が経つころ、相手がヒト族であろうと魔族であろうと関係なく献身的に治療を施すその姿に、最初はいぶかしげな眼付きで見ていた人々も次第に信頼を寄せるようになった。


 断1755年4月19日正午。

 再編なった聖法王国軍の春季攻勢「神の庭(エル・レ・ガルデン)作戦」が始まった。

 前年度に行われた後先顧みぬ動員により国力の限界を既に突破しているはずの聖法王国軍だったが、それでも20万を超える大軍を雪解けと同時に魔王軍の正面に叩きつけてきた。魔王軍の後背に今なお展開する、第3軍集団と聖法王国軍の混成部隊とも連携している。

 対する魔王軍は全体で10万をなんとか超える程度でしかない。

 もちろん当時の時代背景や魔王軍の置かれた立場を考えるなら異常なまでの成果ではあるが、後背になお2万の敵、前面に20万の大軍が展開しているのでは敗北は免れ得ないのではないかと思われた。

 攻勢正面となったピナレロ近郊では攻城兵器とともに銃砲の大量投入が行われ、今や難民たちの烏合の衆となってしまった魔王軍を大いに苦しめた。

 2時間に及ぶ攻勢準備射撃により魔王軍の防衛線――塹壕、土塁、馬防柵、逆茂木――は幅4kmにわたってすべて泥の海へと変わってしまい、そこを守るべき者どもはみな泥の海の一部となるか、頭を抱えて泣きわめくだけとなっていた。

 そこに聖法王国軍の重装騎兵1000、長槍歩兵団2000を主力とする聖法王国軍が殺到し、戦線を突破すると思われた矢先――先頭を行く重装騎兵200が一瞬のうちに吹き飛んだ。

 彼らの行く手を阻むものはたったの二人。

 誰あろう魔王ギュンターと、冬にふらりと現れた難民であった。


 魔王ギュンターがのちに述懐したところによれば、彼はその時おおいに困惑したという。

 必敗やむなしという状況においてできる限りの彼の民草を守るべく、軍と泣きわめくメルをザボスに預け本営を飛び出したところ、人々から大いに敬されているという難民が一人立っている。逃げろというと相手はお前が逃げろと言うではないか。敵騎兵が迫るなか、ギュンターが魔法を振るおうとするとそれより早く難民が腕を振るった。手には光でできた剣。目前で炎とともに吹き飛ばされる敵騎兵たち。

 ギュンターが呆然としていると、難民はかぶっていたフードを脱ぎ去りはかなげに笑ってこう言った。


「怪我の調子はどうだい、魔王」


と。


 その難民は勇者と呼ばれた者だった。




 勇者は辛辣なユーモアを誰より愛した。

 戦場で幾度となく刃を交えたザボスのことを遠慮なく「誰にでもイチモツおっ勃てる尻軽野郎、気違い人殺し」と罵ったし、リンゥエは「頭でっかちの作戦オタク、素人童貞」、ギュンターに至っては「変態ロリコンくそ親爺」呼ばわりである。

 一方で魔王軍の将兵はヒト族も含めて「くそにまで鉄の筋肉が通ってる本物の兵隊、死んでも頼りになる野郎ども」と激賞し、魔族とともに逃れてきた難民たちは「法の精神を理解し、自由と平和を愛する本物の信徒」と評した。

 教会のことは「人でなしのくそ野郎ども、天罰を受けるべきケダモノ、正義に寄生する母親強姦野郎(マザーファッカー)」と呼んだ。なんとも辛辣なユーモアだなとザボスが茶化すと、「いいや、これはいたってまじめな話だ」と真剣な目つきで答えたという。


 勇者は弱いたばこ、そこそこの強さの酒を愛した。

 たばこを吸う勇者を、信徒たちとともに逃げ出してきた神父や修道女たちが目をむいてたしなめると(聖法王国において喫煙は罪である)、「私の神は法の神でも魔族の神でもない、私の神は私自身だ」といって取り合いもしなかった。それでいて子供たちがたばこに興味を示すと、激しくしかりつけ近寄らせもしなかった。酒は水質の問題があるため、それほど厳しくなかったようではあるが。


 勇者はなによりも人々と共にする食事や、人々と戯れることを愛した。

 追撃してくる聖法王国軍を追い払うために東奔西走、疲労困憊の極地であっても勇者は必ず魔王軍の元に戻り、兵や難民たちと食事を共にした。勇者がいるところはたとえ魔法や銃砲弾が降り注いでいても笑いが絶えることはなかった。あるときリンゥエが前線を訪ねると、勇者は砲弾降り注ぐ塹壕の隅で兵とともに馬鹿笑いしながらさいころ賭博に興じていたという。


 勇者はひとびとを区別することなく愛した。

 自分と肩を並べていたものであろうと、魔族領への逃避行に加わっていた老婆であろうと、その死を悼んだ。たとえそれがオークやゴブリンであっても、である。


 そんな勇者は当然のことながら、誰からも愛された。

 

 ある時、難民の一人が勇者に「なにゆえそのように我々を愛するのか」と聞いた。難民は獣人(ライカン)を夫に持ち、子を成した女性である。勇者は「あなたたちのほうがより平等であろうとしているからだ」と答えた。


 またある時ザボスが「なにゆえ我らに合力するのか」と問うと、勇者は「あいつらの言ってることは理解できるが、共感しないし同意できない、何より坊主の態度が気にくわない」と答え「あんたと剣を交えるのは、そこそこまぁまぁだいぶ楽しいが、めちゃくちゃに疲れる。疲れるのはごめんだ」と付け加えた。


 さらにまたある時メルが「異種族同士の成婚をどう思う」と興味半分に聞くと「教会じゃご法度だが、愛し合ってるなら問題ないんじゃないか?」と心底不思議そうに返された。そうでない場合は、と聞かれると「そういうときにこそ法と権力が振るわれるべきだ」と主張した。

 

 ギュンターが勇者と夕食を共にしながら「何故教会を出奔した」と聞くと、勇者はとつとつと語り始めた。


 魔王ギュンターを殺すことはかなわぬまでも意識不明の重体に追い込み、魔王軍の統制を乱れさせたことで、勇者の「役目」は終わった。

 敵中を突破し聖法王国軍本営へ帰り着いた勇者を待っていたものは、軍権の剥奪と名もなき一兵卒としての地位だった。


 彼――あるいは彼女、もしくは「それ」――は、召喚された地の人々が窮屈な生活を強いられているのは、その地に侵攻してきた魔族のせいだと思っていた。

 

 半分はそうであったかもしれないが、すべてがそうではなかった。


 彼――あるいは彼女、もしくは「それ」――は、魔王軍を蹴散らし、国土復旧を図るために働くのだと思っていた。


 そうではなかった。


 彼――あるいは彼女、もしくは「それ」――は、自分が召喚されたのは、人類社会を発展させ、不平等をなくし、新時代を築くためだと思っていた。


 そうではなかった。


 彼――あるいは彼女、もしくは「それ」――は、聖法王国の実権を握る「教会」の支配を盤石とさせるため、ただの兵器として利用されただけなのだ。


 それでもすぐに持って生まれた軍才で百人隊長まで駆け上がったが、魔王軍の後を追い、あるいはザボスと刃を交えながら見たものは、法という名の神に仕えるヒトたちの行った身の毛もよだつ蛮行であった。


 11月の半ば、逃走する魔王軍に追いすがるうちにザボスと剣を交わすことになった。魔王を重傷に追い込んだ夜から2週間後、ザボスと剣を交えるのは2度めのことである。その時は20分ほど、数え切れないほどに剣を打ち付けあったのだ。

 今度も長丁場になるかと覚悟していた勇者だが、ザボスはほんの2合ほど剣を交えると勇者に目くらましを放ち、聖法王国軍に押し込まれて窮地に立つ味方部隊を救援するや否や難民たちを援護して逃走に移った。

 ザボスとはその後なんども剣を交えることになったが、かつてのように激しく打ち合う機会はついぞ訪れず、彼は難民と負傷兵の保護を最優先して行動し続けた。

 勇者はザボスの後ろ姿と自軍の有様に違和感を抱くこととなる。


 11月の末に通りがかった村には、300人を超える「魔王軍」が居座っていた。

 彼らはその村で生まれ育ったヒト族が中心で、彼らと肩を並べて銃や槍をかまえる魔族たちはこの村で農地を耕した者たちだった。

 そしてその「魔王軍」はザボスの命に逆らい、自分たちの村を守るために無許可離隊した者たちだった。

 聖法王国軍は彼らを一人残さず殺し、細切れにして畑に撒いた。

 「よかったな、お前たちの畑は来年も豊作だ」と兵の一人が言うと、周りの兵たちはゲラゲラと笑った。


 12月の頭に通りがかった町ではすべての商店が焼かれていた。

 通りの飲食店の軒先に並べられたイスとテーブルに生き残った雄の魔族が座らされ、彼らの前には彼らの妻子が生きたまま腹を裂かれて並べられた。

 当地を占領した聖法王国部隊の指揮官は魔族に銃を突きつけこう言った。

 「魔族はヒトを食べるのだろう、馳走してやるからたんと食え」

 それに従う魔族はいなかった。


 12月の末に、ある修道女に出会った。

 驚いたことにエルフと呼ばれる魔族の一員である。

 もとは軍の衛生兵であったというが、聖法王国の信徒たちの規律ある生活に惹かれ、彼女もまた信徒になったという。

 彼女は区別なくひとびとを助けていたが、聖法王国軍は彼女のちいさなちいさな修道院であり診療所――農家の納屋を襲撃し、その中で寝ていた怪我人を一人残さず虐殺した。その中には聖法王国軍の将兵さえ含まれていた。

 それから聖法王国軍の将兵は彼女をさんざんに凌辱し、血の海となった納屋に投げ込み、納屋ごと燃やした。

 「あの世でも逆ハーレムたぁ羨ましいこった」と兵の一人が恐ろしく惨たらしい侮蔑の言葉を吐いた。

 有罪、それも陰部切断で間違いないほどひどい言葉だったが、従軍牧師は彼を咎めなかった。


 1月に所属する騎士団の長に「なぜこのような蛮行を許すのか」と問うと、騎士団長は慌てるばかりで何も答えようとしない。彼は11月に騎士団長に据えられるまで、家の中で女中相手に遊んでいた盆暗であったから無理もない。

 代わりに従軍牧師が答えた。

 「我らが法典は法の下にヒトの平等を保障する。が、彼らはヒトではない。ヒトでないものに与したものもヒトではない。ヒトでないものに人と同じ権利や慈悲が与えられようか」

 すべてに付き合いきれなくなった勇者は聖法王国軍を離脱した。



「あなたと奥様が羨ましい」


と、メルを手のひらで示しながら勇者は言った。


「自分もそのような素敵な配偶者や、素晴らしい仲間と出会って、みんなで世界を救うのだと思っていた」


 そう勇者が続けると、メルは主人のあぐらの中に身を滑り込ませて怪我に障らぬようにそっと抱きついた。

 ギュンターはメルの角にそっと頬ずりし――勇者はまぶしそうにそれを見ていた。


 自分も素敵な配偶者や素晴らしい仲間と出会って、みんなで世界を救うのだと思っていた。

 けれど、そうではなかった。

 自分はただの兵器だった。

 愛すべき人など現れなかった。

 すべてが心底いやになった。

 だから、せめて。


 勇者が魔王軍に与したのは、彼――あるいは彼女、もしくは「それ」、すなわち勇者――が夢見たものを守るためだった、ということである。


――――――――――――――――――


「かくして勇者は我らのために停戦協定を取り持ち、彼の命と引き換えに、それを守ることをかの国に強要したのです。勇者の魂を無駄にしてはなりません。かの国が必ずや我々に心を開くことを信じて待ちましょう――より良き明日を」


 魔王コーは演説を終えた。

 2晩前にギュンターらに聞かされたとおりの内容である。


 勇者は最後まで殿軍を務めたギュンター、ザボスをこの地に送り届けると、副王コーと長く――とても長く話し込むと、聖法王国へと帰還した。

 一年後、どうすればそうなったのかはわからないが、復権した勇者は聖法王国軍への停戦命令と魔族領との停戦合意文書を携えてこの地を訪れ、ギュンターたちに面会を求めた。

 停戦条件は以下のとおりである。


 両国は戦後賠償をすべて放棄すること。

 両軍とも今後200年は国境を越えないこと。

 両国の交易は和平合意がなされるまでこれを認めないこと。

 両国の最高指導者は事態の責任を取り、退位すること。


 ギュンターは直ちにこれに従い、王位を副王コー――コウタロウに禅譲した。

 勇者はそれを見届けるとレンサル峠に立ち、聖法王国軍に停戦の合意を告げ、全軍を引き連れて皇都へと戻っていった。



 皇都に放っていた密偵の伝えるところによれば。


 魔王を倒した勇者は停戦の合意を守らねば呪いと災いが降りかかるであろうと予言し。


 法王の眼前で腹を裂いて自殺したとのことだった。

 


 アンネリーゼはそれを思い出し、ひそかに思った。

 自分ならもっとうまくやってみせる、と。


 といったことを剣呑な顔つきで考えていると、素っ頓狂な声が響いた。


「んなーッ!?何やってるアンネ!!」


 声の持ち主を見ればエミリアである。

 両の手で頬を押さえ、妙な顔をして驚いた彼女は一呼吸ののち大股で歩み寄ってきた。

 呆気にとられる女たち――若く、(聖法王国基準で考えれば犯罪になるほど)露出の多い女たちをかきわけアンネリーゼの手を取ると、心底心配している眼でエミリアは言った。


「何をやっている、アンネリーゼ! このオークの妾にでもなるつもりか?! 」


 エミリアに強引に引き起こされたアンネリーゼだったが、


「違います、先輩。誤解です」


「何が誤解だ!」


 エミリアは剣を抜こうとしたが、素早く駆け寄ってきたシャンテとアンネリーゼに押しとどめられる。


「祭りで刃傷沙汰とは感心しませぬぞ、騎士エミリア卿」


「そうです、それにこれは、」


 と、ことのあらましを説明するアンネリーゼ。


「……虫除け、ねぇ。まぁ、それならよい。お騒がせして悪かった」


 エミリアはじろじろとボグロゥをにらみつけていたが、彼が悪びれもせずに見つめ返してくるので文句を言う気をなくしたようだ。

 ちょっと頭を下げて詫びを入れると、「またあとでね」とアンネリーゼに声をかけてから立ち去った。

 

「それにしてもまぁ、目立っちゃうわねぇ」


 モニカがあきれたようにつぶやき、アンネリーゼは少し気まずくなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ