女騎士だからちょろいのではない。素敵な男性に対してちょろいのだ
重要人物登場回。
『さぁてそれじゃあボグロゥ、アッシュ、準備はいいかい?』
威勢のいい声の呼びかけに、箱の上のボグロゥともう一人は大きくうなづいた。
『よぉし、やってくれ!』
それを合図に二人は前輪を持ちあげたままその場でくるりと回り、お互いに背を向けて高さ5フィートはある箱の上から飛び降りた。
先ほどまでの激しい音楽とはかなり異なる、規則的かつ少々早めに打ち鳴らされる太鼓の音が目立つ音楽がラッパのような器具から流れ始める。
横を向いた彼らのバイクはひどく特徴的な姿をしている。通常ならシートがあるところが大きくくびれ、燃料タンクと思しき部位も異常に細い。泥除けは大きく後方へのび、マフラーと呼ばれる排気装置もやたらと細い。一言でいえばバッタそっくりだ。
二人の姿も特徴的で、革製らしい上下ひとつながりの服とブーツ、顔の前面が大きく開け放たれた兜をかぶっている。
2台は2ストローク特有のバンバンという排気音を響かせながら速度を合わせて、縄張り両端にもある高さ5フィートの箱に向かっていく。
あと少しでぶつかる、と思われたその時、二人のライダーはぐっと前向きに沈み込み、次の瞬間思い切り後ろへ伸びあがり、スロットルを全開にする。するとポンと前輪が浮き上がった。どういう理屈でかはわからないが後輪が地面から離れた瞬間に前輪が箱の上端に引っ掛かり、その勢いでは絶対に後輪は乗らないはずなのに、次の瞬間二人は箱の上にバイクを乗せていた。一呼吸もかかっていない。
その場でピョンピョンと車体を跳ねさせ、また前輪を持ちあげるといまきた方向へ向き直って飛び降り、無事着地。車首を巡らせ、前輪を持ちあげた姿勢で勢い良く走り出す。
そのまま中央の箱をぐるぐると3周ほども回ると中央の箱の前に少し距離を開けて陣取る。中央の箱の前は斜路になっている。
足もつかずにその場でバイクを立たせる二人。スタンディング・スティルだ。ボグロゥはバイクを微動だにさせず、もう一人のほうもほとんどふらつかない。
二人はそのまま左手で石拳をし始め、それを見た観衆が失笑する。やがて勝負がついたのか、アッシュと呼ばれたほうがバイクに立ったまま肩をすくめた。姿勢を正してスロットルを握ると、ジワリと加速し中央の箱へ向かう。箱の手前ではほとんど全開だ。そのまま箱の斜路を利用して空中へ飛び出すと車体を大きく傾かせ、鞭のように振り回した。
危なげなく箱の向こうへ着地したアッシュはそのまま先ほど競技が行われていた半円筒の底の部分へ侵入し、半円筒の曲面を駆け上った。空中へ飛び出し一回転。反対側のへりから飛び出し先ほどとは逆方向へ一回転。半円筒の底でこちら側へと向きを変え、そのまま加速。中央の箱で大きく飛ぶと手前側の斜路に危なげなく着地し、車体を横滑りさせながら停車した。
歓声と拍手が沸く。
アッシュはそれに手を振って応え、しゃれた所作でボグロゥを示した。
ボグロゥも軽く拍手をしてアッシュを褒めたたえると立ち上がり、両手を振って観衆を煽り立てた。
がっしりと鍛え上げられた上半身。丸太のような両手足。暴喰王ンゴワもかくやという雄っぷりだが、腹がちょっと出かけているのが少々コミカルだ。
やがて観衆がボグロゥの手の振り、というより流れている音楽の太鼓の音に合わせて手拍子とオイ、オイ、という合いの手を上げ始めると、ボグロゥはハンドルを握ってスロットルを2度3度大きく吹かせた。
オイ、オイ、という歓声が大きくなり、足踏みもされ始めたとき、ボグロゥはバイクをアッシュのそれを上回る勢いで走らせた。
中央の箱の斜路へ斜めに突入し、身を縮めてから大きく跳ね上がる。半円筒の壁にぶつかりそうな勢いで飛び上がった車体を傾け、半円筒の内側斜面に着地。そのまま思い切り加速して空中へ飛び出す。15フィートかそれ以上も高く舞い上がり、空中で2回転半して円筒内へ戻ると、少し勢いを殺して反対側の空中へ飛び出す。1回転半して観衆のほうを向いた状態で半円筒のへりの部分に着地した。
それを見た観衆はひときわ大きく歓声を上げ、足を踏み鳴らし、口笛を吹いてボグロゥを称える。
しかしボグロゥは手でそれを抑えるしぐさをして、車体の上で状態を前後に揺らしてその反動で後ろへ下がっていく。
何をする気だと疑問半分、期待半分に観衆が息をのむ。
音楽も音量を減らしていき、最後には全く聞こえなくなった。
半円筒の後ろの舞台のほうからすら音が聞こえない。
やがて半円筒の一番向こうまで下がったボグロゥは観衆にも音が聞こえそうなほど深く息を吸い込み、そのまままっすぐバイクを猛烈に加速させた。
一瞬で半円筒のこちら側の端に達した彼はハンドルへ覆いかぶさり、ハンドルを押さえつけながら頭を前輪へぶち当てるようにして前回りに回転した――空中へ飛び出したバイクも、彼の動きに従って前方へと回転していく。
そうして彼らは瞬きするほどの間に、半円筒から10フィートは離れておいてあった先ほどの箱の上に、まるでそうなることがあらかじめ定まっていたかのようにぴったりと着地した。
永遠にも感じられた一瞬の静寂ののち、観衆たちはこれまでになく大きく沸き立った。
帽子や兜が宙に放り投げられ、足は踏み鳴らされ、エンジン音は歓声にかき消され――それらがすべて同時に起こった。
アンネリーゼももちろんそれに参加していた。手をたたき、大声をあげてボグロゥを褒めたたえた。
ボグロゥは箱の上で大きく手を振ると、箱から飛び降りる。今度は箱の端までくるとハンドルに覆いかぶさり、後輪を旋回させながら持ちあげて後輪から着地。そのまま勢いで後ろ向きに進み、勢いよく前輪を持ちあげその場でぴょんと飛び上がって車体の向きを変え、アッシュのもとまで戻っていった。
「いやぁはっはっはっは。すごいですねぇ彼は。また上手くなっている」
大きく拍手をして歓声を上げるアンネリーゼの傍らで、男性がぽんぽんと拍手しながらそう言った。
「おじさまもボグロゥさんのお知り合いなんですか?! すごいですよねボグロゥさん!」
ほほを染めたアンネリーゼが目を輝かせながらそれに食いつき、一瞬後に顔を耳まで真っ赤にする。
「いかがなさいました?」
甘くも厳しくもなりそうな声で紳士が問うた。
「……はっ! い、いえ、名乗りもせず、その、大変失礼いたしました! わ、わたしはアンネリーゼ・エラと申します。先日こちらにまかりこしまして、村長のお世話になっております」
上ずった声であいさつするなり、ボッという風切り音とともに頭を下げるアンネリーゼ。
なんというかまぁ、アンネリーゼにはそこそこ重度の年上趣味があり、そこにいた男性はアンネリーゼの異性の好みのど真ん中を射抜いていたのだ。
年のころは中年から高齢者へ差し掛かるころ。
きれいに刈りそろえられぴったりとなでつけられた灰色の髪。
眼鏡をした涼しげな眼もとにはそれなりにしわがある。
声は深みのある落ち着いたバリトン。
乗馬服は上等な生地と仕立てだがあまり目立つものではない。
黒樫の杖を持ちながらも背筋はぴんと伸ばしており、手指はまっすぐに伸びているが華奢ではない。
のちの時代の言葉で表現すれば、ナイスミドルを絵にかいたような男、というところであろう。
実のところをいえばボグロゥも割といい線を行っている。あのたくましい体つきとふてぶてしい態度は、歴戦の古兵のようでかなりポイントが高い。しかし残念ながらセクシャル・ハラスメントをちょいちょいしてくるところがひっかかる。これでもうほんの少しでも陰湿なところがあればアウトだ。
ザボスも見かけだけなら悪くはない。が、いかにも女たらし風なところが鼻についたし、何より相手はかの虐殺王だ。あの死臭だけはいただけない。どちらかと言えば味方でありさえすればよい類の人物だ。進んで濃い付き合いをしたくはないが、まぁ茶飲み友達までならばよかろうというところ。
しかし目の前の男性はほぼ完璧だった。これでもし使い込まれてはいても磨き抜かれているフルプレートなり贅を凝らしたブリガンダインなりを着込み長剣の一つもぶら下げていれば、即座に嫁に、嫁が無理なら妾にしてくださいと言ってしまいそうなほどだ。正直一目ぼれに近い。
惜しむらくは全員魔族、あるいは魔族領の民であるということで、それが返す返すも残念だった。
「いやこれはご丁寧にどうも。私はコウタロウ・スギウラと申します。ボグロゥ君とは15年来の付き合いでしてねぇ。年に一度ここに来るのが楽しみで」
コウタロウとは妙な名前だな、とはアンネリーゼは思わなかった。
何しろここは魔族領。ほぼ単一の民族で構成される聖法王国とは違い様々な民族がいる。
シャンテの一族も元は大東洋に浮かぶ島国からきたというし、珍しい名前だからと言ってどうということもあるまい。
その時はそう思った。
「そうなのですか。失礼ですが、あの方とはどのような……」
「お恥ずかしい話ですが、単身こちらにバイクで来た時に運悪く故障しちゃいましてね。それをこちらに店を開いたばかりの彼に直してもらってからの付き合いです。いやはや、あの時は本当に参りました。バイクの乗り方がなってない、機械の扱いがわかってないと散々に罵られまして」
ハハハと笑うコウタロウ。
その態度も実にあっけらかんとしたもので、湿っぽさなどみじんも感じさせない。
笑うと目じりに笑いじわがができて、ちょっとしたかわいらしさがある。
「ふふっ、ボグロゥさんならそう言いそうですね」
アンネリーゼもちょっと首をかしげて笑った。シャンテやボグロゥに見せるような、ちょっとガサツなところは影も形も見当たらない。そりゃあまあそうだ、アンネリーゼも女の子なのだ。
「オークの癖に何を言うのかと私も一瞬頭に血を登らせましたが、いやいや、我ながら浅はかなことを思ったものです。今では年に一度は彼に整備してもらわないと気が済まないのですから」
「それほどなんですか?」
「ええ、もちろん。首都ピオニールに店を出したら繁盛するでしょうね。それに見ましたか、彼の運転技術を。あのナインハンドレッドにフロントフリップでのドロップオフ! 魔法も使わずに、おのれの身体能力だけであれほどのことができる。まさに魔族の誉れというやつですよ」
「私も見ました、それに午前中もすごいことをしていたんですよ」
「ほう、それは興味がありますね」
好みの異性と共通の話題で盛り上がれる。別に異性でなくてもいいが、ヒトやそのほか知恵のあるものどもにとって、これほどうれしく楽しいこともそうはない。
アンネリーゼは心の中でボグロゥに感謝することしきりだった。現代で例えて言えば、「いいねボタン百万回連打」という状態だ。
と、コウタロウが何かに思い至ったようなふりを見せ、綾織生地の上着の懐に手を入れた。
取り出したのは手のひらに収まるような、銀色の丸い器具。
コウタロウはそれの蓋を開け、中を一瞥するとすぐにしまってちょっと頭を下げた。
「や、申し訳ない。別の用事の時間になってしまいました。もう少しお話してもよろしかったのですが」
と、さりげなく右手を出すコウタロウ。
つられてアンネリーゼが右手を出すと、柔らかくその手を捧げ持ち、つ、と触れるか触れないかの口づけをアンネリーゼの指先に行った。その瞬間、えも言われぬ感覚が彼女の背筋を走った。
「あなたも村長のところにお世話になっているとおっしゃいましたね。今晩にでもうかがう用事がありますので、その時にまた」
「は、はい! ぜひまた!」
先ほどよりもさらに上ずった声でアンネリーゼは答え、またしても音を立てて頭を下げた。
混乱している頭を落ち着かせるために一呼吸ほどその姿勢を保ち、ややあって頭を上げると、コウタロウの姿は消えていた。
「ということがあったんですよ!!」
「ほー……そりゃあ良かったな……」
ほほを上気させたまま嬉しさ全開でしゃべくり倒すアンネリーゼに、どことなく沈んだ表情のボグロゥが返事を返す。
競技場では威勢のいい声が明日の決勝戦出場者を発表しており、その邪魔にならないように隅のほうにバイクを寄せてアンネリーゼたちは話し込んでいた。
「もー! なんですかボグロゥさん! ボグロゥさんだってすごいじゃないですか!! 魔法も使ってないんでしょう?! 私あんなの絶対できませんよ!!」
やだもーと言いながらボグロゥをバシバシとたたくアンネリーゼ。
「それにそう言えば、今朝助けてもらったお礼もちゃんとしてませんでしたしね! 本当にありがとうございました!!」
可愛らしいしぐさでぴょこんと頭を下げるアンネリーゼ。
それを見たボグロゥも、さすがにちょっと照れくさそうに顎をポリポリとかいた。
「そうか? いやまぁそんならそれでいいんだけど……」
「はい! おかげでコウタロウさんともお知り合いになれましたし!!」
またも無邪気に返すアンネリーゼと言葉に詰まるボグロゥ。
それを見てもうひとりのバイク乗りが口を開いた。
「はは、ボグロゥさん形無しじゃないですか、せっかく張り切ったのに」
「うるっせぇアッシュ、そんなんじゃねぇよ」
赤くなったボグロゥに叱られたバイク乗りはハイハイと言いながら青みがかった髪をきざったらしくかき上げた。
端正で中性的な顔立ちと赤い瞳。肌の青みは薄く、青白いという程度。聖法王国での基準に照らしても、少なくともトマスよりは女子受けしそうな顔立ちだった。
「えーと、ボグロゥさん、こちらの方は……」
「見てただろ? アッシュ・エドモン。ザボスのおっさんの供回りの一人だよ。見ての通り、バイク操縦は結構うまい」
ボグロゥの紹介に胸を張ったアッシュだが、
「あー……ああ! あのTS250とかいうバンバンバリバリうるさいバイクの!」
「そうそう、チャンバーに穴あいて排気抜けてるやつのな」
二人の言葉にずっこけそうになる。
「大変失礼しました。アンネリーゼ・エラです。詳しいいきさつはご存知ですね? 改めて、よろしくお願いいたします。先ほどの表演、誠に素晴らしかったです」
「い、いえこちらこそ、アンネリーゼ嬢。アッシュ・エドモンです。今後ともどうぞよしなに」
アンネリーゼに挨拶を返したアッシュだが、頭を上げるとアンネリーゼはボグロゥと話し込んでいた。
主人であるザボスから「ちょっと仲良くなっておけ」と命じられていたが、取り付く島もない。
それもそのはず、先にも述べたようにアンネリーゼは年上趣味で中世的美男子ぎらいなのだ。どうせ話をするのなら、できるだけ好みの人物と話すほうが誰だって楽しいに決まっている。
そのことを理解したアッシュは鼻から息を漏らして肩を落とした。
「あ、おねえちゃんいたー!」
と、そこにクロエの声が響く。ほかにもちびっこの声がいくつか上がる。
声のしたほうを見ると、子供をいっぱいまとわりつかせたメルとシャンテと、ついでにトマスとラウルら数人の難民に、今朝がた見かけた幼児の世話焼き係の女性たち。
てててーという音が聞こえそうな調子で走り寄るクロエをアンネリーゼは腰を落として抱き留めた。
「クロエ、かわいくなったわね!」
「えへへー。おねえちゃんもきれいだよ!」
メルとそのほか有志によって衣服を提供された難民たちは、皆それぞれに見違えていた。
クロエは青いスモックとかぼちゃパンツ、クロエの父であるラウルもずたぼろの衣服を脱ぎ棄て多少はましな格好をしていた。
そういうアンネリーゼも、今は薄黄色のブラウスに浅葱色のケープ、ショートパンツの上からラップスカートという服装だった。さすがにへそは出ていない。これに長剣だけはぶら下げている。
「ありがと、クロエ。みんなもお祭りどうだった?」
「すごかった!」
アンネリーゼの言葉に子供たちはいっせいに答えた。よく見ると難民の子供たちを村の子供たちが案内してやっているようだ。みなしっかりと手をつないではぐれないようにしている。
そのうちの何人かはボグロゥとアッシュにも近づき、こわごわと距離を取りながらもあふれ出る好奇心のままにバイクを眺めてクスクス笑っている。
と、そのうちに一人の男児がボグロゥの脚にぺたり、と触れた。
ちょっといかめしい顔つきをしていたボグロゥはそのとたんに破顔し、その子を抱きあげた。
男児はちょっと驚いた風だが、鼻水をたらししゃぶっていた指でボグロゥの腕にしがみつく。
「どうした坊や。怖いか?」
「んーん。あんね、もうちょっとたかいとこがいい」
優し気に問うたボグロゥに男児はわがままを言い、ボグロゥは笑顔で顔面をくしゃくしゃにしながら肩車してやった。それを見てほかの子供たちがいーないーなと騒ぎ始める。
男児は大いに喜びべちゃべちゃの手でボグロゥのヘルメットをぺチペチと叩いたが、ボグロゥは気を悪くするどころかバイクを降りてそのへんを駆け回ったりして子供たちと遊び始めた。
その様子を見守るアンネリーゼとラウルたちはほほえましく思う反面、あのいかめしい魔族がここまで子供にやさしくするという事実に多少なりともショックを受けていた。
ラウルが笑顔のまま何事かを口走ろうとする。
「……アンネリーゼさま」
「いうな、ラウル殿……だが私も同じ気持ちだ」
アンネリーゼもまた笑顔のまま、ラウルの言葉を押しとどめた。
聖法王国において教会の言うことは絶対である。
しかし彼女たちの心に沸いた疑問はそれを真っ向から否定するものだ。
その疑問は口に出してはならない。自分のアイデンティティを否定しかねないものだからだ。
「あまり難しく考える必要はございませんよ、きっと」
そんな彼女らの様子を見て、横からメルが口を出した。シャンテやトマスも同意を示すためにうなづいた。
「今はあの子たちが元気に笑っている、それだけでよろしいのではなくて?」
「そう、なんでしょうかね」
「……いや、きっとそうなのでしょう。奥方さま、皆さま、ここまでしていただいて、誠にありがとうございます」
アンネリーゼを挟んで、ラウルはメルに深々と頭を下げた。難民たちも後に続く。
彼らにもこの光景がほんの一時的なモノでしかないことはうすうす分かっている。さすがに殺されることだけはないだろうが、この先どうなるかはわからないのが実情だ。
それでもこれまでの苦労を思うと、子供たちが子供たちらしい笑顔を取り戻しているだけで、たとえ魔族が相手だろうとも感謝の念が湧いて出てくるのも当たり前の話だった。
その場でボグロゥと子供たちを見守りながら、アンネリーゼはしばらくほかの者たちと歓談した。
互いの国の制度から調理方法まで話題は多岐にわたり、また個人の来歴にも話が及んだ。
当然お互いに批判的な内容、物言いはさけて話をしている。地獄から天国へ急に引き上げられたような難民たちにそんなことを楽しむ余裕はなかったし、魔族たちはそれをわかっていて気を使ってくれていたからだ。
そういえば、とシャンテがいうには、明日の出し物として二人で剣舞するのを申請しに行ったら、道端じゃなくて舞台でやれと言われたぞ、とのことであり、アンネリーゼはちょっと驚いた。
どうやら村役場の人間がアンネリーゼの腕を聞きつけて、それなら目立つようにしようと計らってくれたらしい。
その話の流れで魔王領の文化習俗に話が及んだので、アンネリーゼはラウルたちの顔色を窺った。彼らは通りがかる若衆が男も女も肌をあらわにしているのをみて、少し顔をしかめている。多少は気分が落ち着いてきた証拠だ。気持ちが張り詰めていては、他者の服装に腹を立てることなどできはしない。まぁ一晩二晩過ごすうちに慣れてくれるだろう、とも思う。
そうして少し安心して肩の力を抜いたアンネリーゼに声をかけるものがあった。
懐かしい声に振り向き、幽霊を見たような顔をして固まるアンネリーゼ。なぜなら相手はこの地に居るはずがないから。
「久しぶりじゃないか、アンネ」
「エミリア先輩……?」
アンネリーゼに声をかけた旅装の女は、聖法王国教会騎士団正5位序列75位、エミリア・ナスティアであった。
手にはリンゴ飴を二つ、携えている。
ボグロゥとアッシュが乗っていたのはトライアルバイクといって、モトクロスバイクとはまた別のジャンルです。
競技の方法は文中とは異なりますが、バイク自体の使い方は大体一緒です。
あとすごいどうでもいいんですけど最初のサブタイトルは
女騎士「トライとヤルって大体おんなじ意味ですよね」オーク「やめーや」
でした。
主人公たちの言語が日本語だったらつかえたネタでしたけどねー。