女騎士とドヤ顔紳士
山から降りる途中で鳴り響き始めたパンパンという乾いた音が続くなか、アンネリーゼたちは村の広場へと向かった。
難民たちは魔族たちに取り囲まれており、まさか今さら身ぐるみ剥がされるわけでもあるまい、と思ってアンネリーゼが人垣をかき分けると、難民たちは温かい食事を振る舞われていたところだった。
種々雑多な魔族たちに囲まれ多少は怖気づいて入るようだが、人心地はついたようだ。
広場の中心に作られた舞台の前に、敷物を敷いてもらい、そこでみな食事をしたり怪我の治療を受けている。
一人妙に押しの強い女性が周りの男どもをこき使い食事を運ばせたり、難民の世話をしたりしている。昨日行った食堂の女将だった。
モニカは薬師と思しき山羊頭の人物と一緒に怪我の治療を行なっていた。
膝の上に娘を抱えスープを飲ませていたラウルを見つけ、アンネリーゼは声をかけた。
「ラウル殿」
「騎士様! ご無事で」
「なんとか。皆も大事ないか」
ラウルが立ち上がろうとするのを制し、生き延びた者どもをねぎらう。
難民たちは口々にアンネリーゼと法の神への感謝を口にし、アンネリーゼは彼らと抱き合って生還を喜び合った。
「きしさま! あのおばちゃんすごいんだよ!!」
「おばっ……!」
ラウルの膝に抱かれたクロエがモニカを指さして明るく報告し、モニカはクロエの子どもらしい暴言に音を立てて固まり、アンネリーゼは苦笑した。
クロエが興奮した様子で語るところに拠れば、荷車数台に分乗して山を降っていたところ、横合いから飛び出して車列に飛び込みかけた巨大な猪をモニカが腕の一振りで仕留めたのだという。風の魔法を使ったようだ。
広場の隅で血抜きされている小山のような猪があったが、そういうわけかとアンネリーゼは納得した。
あんなものに突っ込まれたらひとたまりもないだろう。
「モニカ。皆を助けてくれて本当にありがとう。それから、昨日はごめんなさい」
アンネリーゼが感謝と昨日の酒の席で怒りに任せてとった態度を詫びると、モニカは微笑んで首を振った。
そのやり取りの合間にも、転んで骨を折った老婆の治療が完了する。
「はい、おばあちゃん。動かしてみて?」
モニカの言葉に老婆は恐る恐る脚を動かす。疑念に包まれていた表情は驚愕に変わり、ついでモニカへの感謝へと替わった。
最初はゆっくり、しかし立ち上がる半ばから若者のように、ぴっ、と機敏に体を動かし、直立すると両腕を頭上に掲げたり体をひねったり、その場で駆け足してみたり。
それを見て回りの老人たちはおぉ、という声を出した。
感激のあまり少女のように顔を赤らめ、目をうるませた老婆がモニカの手を取り感謝の言葉を繰り返す。
柔らかく笑い、薬師とともに次の患者に当たるモニカに、アンネリーゼは深く頭を下げるのだった。
「ところで騎士様、先程から続いているあの音は」
「……銃らしい」
ここでアンネリーゼの美徳である正直さが裏目に出た。
山脈の方からひっきりなしに鳴り響く乾いた音に不信を抱いた難民にアンネリーゼが答えたが、法の聖典に記されている禁忌の武器が公然と使われているという事実に、法の信徒たちは恐怖を覚えたのだ。
「ご安心めされよ、それほど怯えることはない。あの音は我軍のものだからして、おのおの方には向けられぬ」
「だ、そうだ。あれは先程の化け物に向けて放っている。我らが恐れる必要はない」
シャンテとアンネリーゼが慌ててとりなしたが、難民たちは動揺を抑えきれない。無理もない。
素朴に教会の戒律を信じる一般信徒である難民たちと、血で血を洗う戦争の只中ですべてを疑いすべてをひとまず受け入れる柔軟性を勝ち得たアンネリーゼとでは、思考の柔軟性に差がありすぎるし、そのアンネリーゼにしたところで、銃やバイクが忌物であると知ったとき思い切り嫌悪感を出してしまっている。
『遺跡』の『遺物』の便利さを享受してきた魔王領の民に至っては、ただの道具に何を恐れるという考えしか持てない。
困った二人は顔を見合わせた。
「銃がどのように使われおるのか恐れるか、南の民どもよ」
その時彼らに声をかけたのは、予想しがたいことに虐殺王ザボスであった。
いつのまにやら難民たちの背後の舞台の上に立っている。
振り返った難民たちは胡乱げな目で、周りに集まっていた魔族は生暖かな目で彼を見上げた。
「理解しがたき力を恐るるは、まこと真っ当な民草の性根にて覆しがたし。なればこそしかと見よ、我軍の戦いぶりを」
彼の背後の丘に向かって抜き放った愛刀で横長の長方形を描くと、空中に白く靄がかかる。まるで半透明のキャンバスのようだ。
縦12フィート、横16フィートほどのそれに向かって、ザボスは何かを描くように鋭剣の切っ先をちょいちょいと動かしてゆく。
するとどうであろう、半透明のキャンバスに周囲の地形を表す線や記号が刻まれていった。
「この丸はあの丘である。ここの真中付近の青い三角は我軍の将兵。して、さらにその後のこの青い線は、そこに見えておる兵どもである。丘の前と、その右の青い線も、我軍の将兵が作った戦列である」
立ち上がって建物の横手を透かしてみれば、たしかに建物の後ろに数十人の兵隊が整列しているのが見える。丘の上付近にもだ。
「さてこの3つずつ二手にわかれた赤い三角形は、先ほどお主らを襲った化け物どもの片割れである。このように山からこの村へまっすぐ降りてきた彼奴らを、我軍はこのように西へ西へと誘導しておる。どのようにやっておるかというと、」
ザボスが左手をかざしてちょいと振ると、半透明のキャンバスの中に描かれた地形図が左下へずれる。そこに現れた赤い三角形はまっすぐ下へ進んでいたが、ザボスが鋭剣を振ると湾曲した矢印が現れ、それにそって6個の赤い三角形は右下へと進路を変更した。
彼が今一度鋭剣を振ると、丘の前、というより山の中に描かれた青い曲線と左側を進む3個の赤い三角形の中間に、銃を撃つ将兵と全身からおびただしい血を流しつつ進む怪異の姿が映し出された。
難民、魔族双方から感心する声が上がる。
「このとおりである。先ほどそちらの女騎士殿とメイドが化け物ども相手に立ちまわっておったようだが、あのように近づいて危ない橋を渡らずとも、このように遠間から敵を打つことができるのである」
と、左手の赤い三角形の集団が右手の集団に合流する動きを見せた。
すかさず丘の上の集団が山麓と村の西の荒れ地の間に向かって動き出す。
ややあって、幾分近くから乾いた音が響きだすにつれ、6個の赤い三角形の動きは極端に鈍った。
ザボスの描く図の中では、青い円弧が赤い三角形たちを取り囲んでいるように見える。
「さて、このように囲い込んだ化け物をどうやって始末をつけるかであるが、如何に銃といえどそれだけではとどめを刺せぬ。先ほどの女騎士殿のように、まずは彼奴らめの弱点を日に晒せねばならぬ」
ザボスが言い終わるかどうかというところで、ポンという音。
ほぼ同時に右手はるか前方にて大きな爆発と土煙が上がる。
数秒遅れてドォーンという音と地面の振動。
パンパンという乾いた音はさらに激しさを増し、いまやひとつながりの音として発生していた。
さらに爆発と土煙。今度は連続して発生する。
「そこで、銃ではなく砲を使う。もっとも、あれは直射砲ではなく迫撃砲だが」
半透明のキャンバスには、今度は右手の線の下側に太い筒にサトウダイコンのようなものを入れては伏せる何名かの男たちの姿が映し出された。太い筒は何本もある。
黒いサトウダイコンが筒に滑り落ちると、直後に白い煙とわずかばかりの赤い炎とともに飛び出してゆき、半透明のキャンバスの中の視点はそれを追う。
数秒後にサトウダイコンは切り刻まれた怪異の群れの中に飛び込んで爆発し、それとともに怪異はさらに切り刻まれる。赤い珠を砕かれてグズグズと溶ける怪異すらある。
さらに10数発が打ち込まれ、すべての怪異が薄汚い大地のしみへと変わると、唐突にすべての音がなくなった。
青い線が赤い三角形が集まっていたところへ近づいてゆき、ある程度距離を開けて停止するのを確認して、ザボスは鋭剣を二度振った。
半透明のキャンバスが消える。
鋭剣を鞘に収めたザボスはジャケットのポケットから黄銅色の小さなものを取り出し、難民たちに見えるように掲げた。
「さてこのように、化け物どもですら銃と砲には刃が立たぬ。銃から放たれるこの小さな弾丸はいかなる剛弓の矢よりも早く飛び、あの怪異の肉体を大いに傷つける。無論、お主らが恐れるように、ヒト族魔族を問わず命を奪うものではあるが、」
難民たちの顔が引きつっているのを確認してから続ける。
「所詮は道具に過ぎぬ。道具に意志はない。他者を傷つける行為をなすのは、常に意志の力である」
我らは160年前に人間の勇者との間で結ばれた盟約を守る。我ら魔族の名誉はそこにこそある故、今や民百姓をいたずらに傷つけることは不名誉である、とザボスは締めくくり、何やらものすごく満足そうな顔で壇上から去っていった。
難民、魔族を問わずあっけにとられていると、背後でだれかが
「全く、あの男も変わらんな」
とつぶやいた。
振り返ってみるとそこそこおとなしい服装のメルを伴った村長、前魔王ギュンターである。
恐ろしげな顔をしたオークや狡猾そうなゴブリン、コボルド。鉄よりも頑固そうなドワーフ、風よりもとらえどころのなさそうなエルフ、可愛いのから厳ついのまで様々な獣人に、その他いろいろ。おまけに見たこともない武器を持つ軍隊に囲まれ流石に魔族というものにいい加減慣れてきた難民たちも、威風堂々とした竜人の出す雰囲気には流石に圧倒されている。
「へい……村長殿、」
陛下、と言いかけて言い直したアンネリーゼに、村長は軽く右手を上げながらうなずきを返した。
ものの弾みで恐ろしく親しげな呼びかけになったことに気づき、両者とも苦笑する。
村長は恐る恐る立ち上がろうとした難民たちの動きを手で制し、厳かさよりも親しみを強調した声音で難民に語りかけた。
「この村の村長を務めております、ギュンターともうします。この度は皆様、長旅誠にご苦労様でした。おって行政府、ああ、代官所より沙汰もありましょう。それまではゆっくりと身体をお労りください。あちらはザボス公。聖法王国の皆様には『虐殺王』の忌名で知られておるでしょうが、おとなしくしておればあのとおり、自分のうんちくなり技能なりを披露して満足するようなひとです。あまりお気になされますな。若いころはひどいものでしたが、今は誰かれ問わずに斬りつけるような傍若無人な方でもありません」
そう言われた難民たちは、顔を青ざめさせたりほっとしたり、なんとも忙しく表情を変えていった。
明らかにザボスよりも威厳のある佇まいを見せる村長がザボスをそのように評価してみせることで、難民たちは気が付かないうちに安心させられているのだ。
そのもっとも端的な事例がラウルの娘、クロエであった。
「そんちょうさま?」
「うん、どうしたのかな?」
村長ギュンターは地面に膝をつき、クロエと視線の高さを合わせた。
「そんちょうさまはおじいさんなの?」
「そうだよ」
「おじいさんはものしりなの」
「そうだねぇ」
「あんね、んとね、なんで、みどりのおじさんや、ひつじさんや、いぬさんたちと、おはなしできるの?」
落ち着きを取り戻したどころか、もとの元気さまで一気に回復したクロエが好奇心もあらわに疑問を口にする。
みどりのおじさん、というのはオークやゴブリンたちのことであろう。いぬさんと呼ばれたコボルドたちが、くすくす笑いながらお互いを肘でつつきあった。
「長いお話になるけれど、いいかな?」
「ながいのはやーなの」
「じゃあできるだけ簡単にしよう」
苦笑して座りかけた村長の尻に、メルがさっと敷物を敷く。
それに気づいた村長がありがとう、と礼を言うと、メルは少しほほを染めた。
年配の難民たちが怪訝な顔をしたのでメル様は村長の恋女房なんですよと教えると、あんな厳つい魔族が新婚夫婦のようにね、と関心したような声が難民たちから聞こえた。あとでメルに叱られそうだが、場が和んだことで許してもらおうと、アンネリーゼは思った。
耳まで真っ赤になったメルが小声で食堂のおかみに何事か告げると、おかみはで店を出していた者どもを率いて広場から立ち去る。
「さて、160年前のことだ」
知ってるか?オタクという人種は3つに分けられる。黙して語らないやつ。ドヤ顔で語るのを辞めないやつ。とにかく他者をけなすやつ。あいつは――(エースコンバット・ゼロのOP
という話。