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女騎士と化け物退治(2)

 ボグロゥがSR400をダッシュさせたのを合図に、アンネリーゼとシャンテも駆け出す。

 前方に立つデミ・タウルスB型が腕を振り上げボグロゥを攻撃しようとするところを、数歩で追いついた女剣士たちが左右から挟み込み、浅く、しかし素早く切りつける。

 B型がたじろいだ隙にボグロゥはB型の右側をすり抜け、A型の前に躍り出た。

 車体を左に寝かせ右に向かって横滑りさせながら左手に構えた筒をA型に向ける。

 A型は腕を交差させ胸を守るが、ボグロゥはお構いなしに筒の持ち手の前についた鉄の爪を引き絞った。

 ドン、という音とともにA型の体表面に多数の穴が穿たれ血が吹き出す。

 ボグロゥは右手のスロットル操作と体重移動だけで車体を立て直すとA型の左後ろに素早く回りこんだ。

 もう一度、左手の筒を使う。

 今度はA型の左後ろ脚が吹き飛んだ。


「へっ、しゃらくせぇ」

 

 筒を左足に戻し、ハンドル前に付けたホルダーから長柄のハンマーを取り出したボグロゥの口元は、への字に曲げられている。



 一方、B型と二人の女剣士である。

 シャンテは常にアンネリーゼの視界に映るように右側面から攻撃を行い、アンネリーゼはシャンテの挙動から次の一手を正確に読み取り、それに合わせて反対側面からの攻撃を行っていた。

 当然誰にでもできるわけがない。二人共がそれなり以上――かなりの腕前と言って良い使い手であるからこそできることだった。

 B型は腕を振り回して抵抗したが、あっというまに両腕とも切り落とされてしまう。

 二人は一旦正面に回り、左右入れ替わりざまに前脚の膝から下を切り落とした。

 B型が崩れ落ち、二人はその背中を駆け上り、上空から逆落しにB型の胸の真ん中を切り開く。

 着地直後に跳ね上がり、返す刀でB型の右胸と左胸を斬り上げると、先ほどシャンテが行ったように化け物の胸の中から脈打つ赤い珠が現れた。

 ほとんど間をおかずに鞭を鳴らした音を何百倍も大きくしたような音が聞こえ、それと同時に珠が破裂する。

 ひと呼吸ほど間を置いて、後方からズバン、という音がした。山肌で反響し韻殷と響き渡る。

 それとほぼ同じくして、倒れたB型の身体がグズグズと溶け始めた。


「よし、こちらはこれで片付いたな。アンネよ、お主やはり見立て通りなかなかのものであるな。如何にマジックポーションで体力と怪我を回復させたとはいえ、普通はあれほど動けぬぞ」


 シャンテは額に汗を浮かべながら、しかし肩で息をするでもなく涼しげな態度でアンネリーゼを褒めた。

 血振りをしてから刀を鞘に納める。


「そりゃ、どう、も。これ、でも、元は、教会、騎士よ」


 一方でアンネリーゼは膝に手をつき、肩で息をしていた。

 化け物と一人で相対していた時は、実は回復魔法を全開で使用しながら戦っていた。

 であるからこそ打点をずらし致命傷を避けることも出来たし、そうでなければすでに死んでいてもおかしくない。

 そうしてすら与えられたダメージを帳消しにしたマジックポーションの力もあってヒト族としては驚異的な速度と威力で技を振るった彼女だったが、正直なところシャンテの動きについていくのは非常に困難なことだった。

 今の教会騎士団、どころか聖法王国軍全体でも彼女と同じかそれ以上の速度と技のキレを持つものはそういない。つまるところ国境の南側勢力随一の使い手がアンネリーゼなのだ。

 その彼女が太刀打ち出来ぬであろう実力を持つ眼前のメイドは、しかしこの魔族領においては(本人の口ぶりからすれば)中の上か上の下程度の腕前でしかないという。


(まったく、嫌になるわね)


 アンネリーゼは小さく口の中でつぶやくと、背筋を伸ばし、深呼吸を2度3度行なった。


「大事ないか?」


「ええ、待たせたわね」


 シャンテの問にアンネリーゼもなんとか笑顔を返す。


「ボグロゥさんを助けなきゃ」

 

 と、ボグロゥのほうを見る。のんびりしている暇はないはずだ。

 如何にあの不思議な火を噴く筒とバイクが有るからといって、あの化け物の素早い動きに一人で対抗できるとは思えなかった。

 ところがである。


「おらぁ!」


「ぎぃいいいいいいいい!」


 ゴガッ、という鈍い音とSR400の排気音、化け物の鳴き声が響き渡る。

 鈍い音はボグロゥが長柄ハンマーでデミ・タウルスA型の脛を打った音だ。

 途端に体制を崩したA型は倒れざまにバイクごとボグロゥを水平に薙ぎ払おうとしたが、ボグロゥは朽木を利用してジャンプしてそれを避ける。

 そのまま檜の大木に激突するかと思われたが、両足でステップを前方に押し出し、後輪を檜の幹に押し当てると「ふんわり」という表現がぴったり当てはまるように衝撃を吸収した。

 身体をよじりながらスロットルを開け、樹の幹に張り付いたまま素早く方向を変え山側の斜面に着地し、ふたたびけたたましくバイクを(いなな)かせつつ長柄ハンマーを振るう。

 今度は右後ろ脚のくるぶしだ。


「あぎゃああああああ!」


 それを見てシャンテが痛そうに顔をしかめる。


「ボグロゥ殿のいかにも調子良きことよ。それにしても、あれは効いておるなぁ」


「えぇ~……」


 アンネリーゼも呆れたような関心したような顔つきで、曖昧な返事をする。


「アレほんとに効くの?」


「うむ。あやつらはな、斬ったり吹き飛ばしたり燃やしたり、という攻撃には真に恐ろしき再生力を見せるが、骨を打つ痛みにはどうも堪えられぬらしい。とはいえ、」


 と、シャンテが踏み出した。


「先ほどのように胸を開かせ、心の臓腑を破壊せねば倒せぬのは変わらぬが」


「なるほどね」


 アンネリーゼも表情を引き締め、体勢を低くし、歯をむき出しにする。


「おおい!嬢ちゃんたち!一段落ついたなら手伝え!!」


 ボグロゥがバイクを器用に操り化け物を打ち据えながら叫ぶ。

 急停車して後輪を大きく浮かせて攻撃をいなしたり、かと思えば前輪を大きく浮かせて後輪だけで横倒しになった化け物の膝をボキボキと折りながら飛んで渡ってみたり。

 とうてい手助けが必要には見えないが、デミ・タウルスA型はまだ腕を振って暴れているところを見ると、やはりとどめは必要らしい。

 アンネリーゼとシャンテは顔を見合わせると目だけで笑い、白刃をきらめかせながら突進した。


-----------------------------


 すべての脅威がなくなったと確認してからハンターカブを回収する。

 泥の中に倒れていたが、キックしてみるとトコトコトコトコと何事も無くエンジンは掛かった。


「はぁ、丈夫なものですねぇ」


「なぁに、化け物どもにどつかれたり、岩の下敷きにでもなったのならともかく、ただコケただけだからな」


 そういってハンターカブの泥を払うボグロゥは、どこか誇らしげでもあった。

 シャンテに先ほどのマジックポーションをもう一口もらい、アンネリーゼはハンターカブにまたがってゆっくり坂を降りていった。

 ボグロゥのSR400も、やはりおとなしくドッドッドッドッと言いながら後をついてくる。

 ボグロゥの後ろにはシャンテが乗り、ボグロゥの肩に片手でつかまりながら後方を警戒していた。

 アンネリーゼはバックミラーでそれを見ると、ほんのすこし、引っかかる何かを感じた。


 しばらく坂を下ると、3人ほどの予備役兵とエンジンの止まったハーレーが待っていた。

 予備役兵たちの手には細身の鉄の筒。

 ボグロゥが片手を上げて合図し、彼らに合流した。


「よう、片付いたぜ」


「おつかれっす」「ボっさん、またうまいとこ持って行きやがったな」「そっちのお嬢ちゃんもご苦労さん。あの人らは無事だぜ。今頃村にたどり着いてるはずだ」


 予備役兵たちは口々にアンネリーゼたちをねぎらった。

 みなヒト族かハーフエルフだ。難民たちを怯えさせないようにする配慮であろう。

 聖法王国人はヒト族しかしらないのだ。


「アンネちゃん! あんたなかなかやるもんねぇ! お姉さん感心しちゃった!」


「え?」


 山側からエレーナの声がしたが、見回しても姿が見えない。


「ああ、こっちこっち」


 山肌の一部がぞろりと動いた。 

 ハーレーの持ち主、エレーナは愛車から離れた山肌に汚れて草木の枝葉が挿してあるボロ布をかぶって、民兵たちのそれよりははるかに大きく長い鉄の筒を構えていた。

 右目を隠していたアイパッチは跳ね上げられ、黄金色の瞳がきらめいている。

 エレーナは右目を隠すと鉄の筒とボロ布を担いで、ニコニコとしながら降りてきた。

 胸元もあらわなシャツやぴっちりとした革ズボンが泥で汚れているが、気にする様子は全く無い。


「よう、エレーナ。助かったぜ」


「叔母上どの、ご助力誠にかたじけなく」


「いーのいーの、これぐらいならいつだってお安い御用よ!」


 ボグロゥとシャンテの感謝の言葉に、いがらっぽい匂いを漂わせながらエレーナはカラカラと笑って応えた。


「にしても、シャンテ、アンタちょっと遊びすぎ。アンドレイが見てたら怒られてるわよ」


「父上など別にどうでも良いではないですか」


 シャンテがちょっと眉をしかめて反論する。


「たまには里帰りしなさいって言ってんの。ああ、ごめんねぇアンネちゃん。シャンテについていくの大変だったでしょう?」


「いえ、あれは、シャンテが合わせやすいように動いてくれてたんです。あの、ところでエレーナ殿はここで何を」


 修道院に拾われたころ近所に住んでいた気のいいおばさんを思い出しながら、アンネリーゼは気になったことを聞いてみた。


「なにって、ここで鉄砲(ライフル)撃ってたんだけど」


 きょとんとするアンネリーゼを見て、こちらもきょとんとするエレーナ。


「叔母上、アンネはまだ鉄砲が何たるかを存じておりませぬ」


「あ、なるほどね」


「てっぽう……」


「鉄砲、(ガン)、だよ。こういう鉄の筒に火薬と弾を入れておいて、火薬を爆発させると弾が飛んで行くんだ。教会の忌物に含まれてるんじゃないか?」


 見かねてボグロゥが口を挟み、銃という言葉にアンネリーゼはビクンと背中を震わせた。

 ボグロゥの言葉のとおり、教会の忌物、その筆頭といえるものだ。絶滅戦争の前夜、ヒトたちはこれで多くの動物を狩り滅ぼしたし、また互いにこれを使って大いに争ったからだ。

 ただしアンネリーゼは銃というものを見たことがなかった。

 教会は銃を『遺跡』から発見しだい完全に粉砕していたし、聖法王国国内の『遺跡』から銃が出てこなくなってもう400年にもなる。

 それでも「忌物は触れるだけで病気になったり殺人鬼になったりする、ひどいものは周りにも病気や争いを振り撒く」と教育されてきたアンネリーゼには、器物を気軽に振り回している事自体が信じられなかった。

 そしてアンネリーゼははっと気がついた。

 このバイクとかいう乗り物も。


「そうだよ、そのバイクも俺が村はずれの『遺跡』から掘り出して直したもんだ」


 アンネリーゼの表情を横目で観察しながらタバコを巻いていたボグロゥは、何事もないようにそう言った。


「心配すんない。一回全部バラして毒になる成分は洗い落としてある。そうじゃなきゃ怖くていじれねぇし乗り回せねぇよ」


 そう言ってタバコを咥えたボグロゥの後をシャンテが継いだ。


「デミ・タウルス、あの化け物はな、さっきのように心の臓を破壊せねば倒せぬ。しかしながら、あれを破壊できるのは銃砲の弾か、まぁザボス公並の使い手でないと無理なのだ。私では修行が足りぬ。それに、馬鹿と鋏は使いよう、などというであろ?」


「じゃあ、さっきあの化け物の心臓が破裂してたのって、エレーナさんが? こんな遠くから?」 


 先ほどの現場まで、どう見積もって500ヤードはある。

 しかも森の中だ。生い茂る樹木や木の葉が邪魔しているし道もうねっている。

 どんな魔法や弓矢でも、せいぜい250ヤードまでしか届けられないはずだ。


「そうだよ、エレーナがやってくれてたんだ。おかげで随分はかどったよな。いつもは村のすぐそばまでおびき寄せてから仕留めるんだから」


 そう言いながらバイクのハンドルにもたれてタバコを吹かすボグロゥは、何か言いたげにアンネリーゼの目を見てからエレーナをちらりと見た。


「あ、その、お手伝いいただき誠にありがとうございました」


 アンネリーゼはエレーナに深く頭を下げた。

 教会の戒律がどうであれ、助けてもらったのは事実なのだ。


「うん。でも一人で飛び出したりして、もうあんな無茶しちゃダメよ? 危うくあなたまで死んじゃうところだったじゃない」


 まぁ無事で何よりだったわ、とエレーナはアンネリーゼの肩をたたくとハーレーにまたがった。

 キック一発、ドドドンドドドンドドドンと独特のエンジン音が響き渡る。


「そんじゃあまぁ、帰りましょっか。ね?」




 村の入り口まで戻ると、武装した村人たちの先頭にザボス公が頭から湯気を出しながら仁王立ちで待っていた。

 心配してもらったのかとアンネリーゼは思ったが、なんのことはない、化け物退治に混ぜてもらえなかったのを怒っているだけだったので、放っておいてひとまず難民たちとの再会を喜ぶこととした。

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