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星座早見表  作者: 合歓木
2/4

2.しし座にレグルス ちょっと離れてヘルクレス座とМ13

「遠藤さんて何座?」

 先輩が口を開いた。

「なにざ?…星座ですか?」

「そう、十二星座。何座なの?」

「しし座です。」

「しし座、ね。」

 先輩がジーパンのポケットから携帯を取り出し、開いていくつかボタンを押す。

 目的の画面を開くことが出来たようで、咳払いの後、はきはきとした声で読み上げた。

「しし座、六位。今日は困ったこともなく、穏やかな一日を過ごせるでしょう。ただ、感情のまま動くと失敗してしまうことも。出費に注意。」

 読み終わるのを待って、口を開く。

「何ですか、ソレ。」

「何って、星座占い。」

 ああ、朝のバラエティ寄りなニュース番組の最後にやる奴ですか、と言うと、先輩はうん、と答えた。

「良かったじゃん。今日はそんな悪いことないってよ。」

「もう、今日終わるんですけど。」

 そりゃそうだ、と先輩は笑った。


 ホシバナの会に入部してから、一ヶ月近く経つ。

 表立った活動はしておらず、毎週火曜日ここに来て先輩と他愛もない話をするだけ。ゆるいなんてもんじゃない、超ゆるゆるなサークルだ。

 一ヶ月前、先輩に入部届けを出しに行き、紙を受け取って、ちょっと見た後にこう言った。

「これでポラリスの子って言わずに済むよ。」

 先輩にそんな風に呼ばれていたなんて知らなくて、ちょっと恥ずかしい。ついでに、少し後ろめたい気持ちもあった。

 私の方は、タスキ男、と認識していたからだ。

 タスキ男と、ポラリスの子。

どう考えたってタスキ男の方が失礼極まりない。ボロが出る前に名前を聞いてしまおうと、「先輩の名前を教えてください」と言った。

「佑、にんべんに右って字で、タスク。」

 嘘だァ!タスキにタスクって…

 これでは名前を聞いてもボロを出しそうだ。

 そういうわけで、同じ学部の先輩には名前に「さん付け」、彼には「タスキさん」なんて呼ばないように、「先輩」と呼ぶことにした。


「先輩、占い好きなんですか?」

「んー、どうだろ。」

 なんだ、その曖昧な返事は。

「面白いとは思うよ。」

「結果が、ですか?」

「結果は興味ない。占い自体に興味があるんだよね。」

 一体何が何だかサッパリだ。

「つまりはさ、占う方法の方に興味あるってこと。」

「それって、今私の運勢見る必要ありました?」

「ないね。」

 週に一度とはいえ、何度かこの人に会って話して、思ったことがある。

 全然読めない。

 甘いものは嫌いなのに、実はエクレアが大好きです、みたいな矛盾だらけな感じ。

「占星術って元々古代バビロニアが発祥と言われていて、その後に…」

 そして、かなりのオタク。

 それも、天体に関するものだけ。一体どこから情報を仕入れてくるのだろう。

 顔は悪くないのにこれじゃあね、と一人肩を落とす。でも、そのオタ話が面白くて、ついつい聞き入ってしまうのだけど。

「先輩。」

「計測した星の位置と計算の元に…なに?」

 話が訳の分からない方向に行ってしまう前に、先輩を呼び戻す。

「先輩は何座なんですか?」

「ヘルクレス座。」

「…それって十二星座じゃないでしょ。」

「知ってたか。」

「知ってますよ、それくらい。」

 全く!と膨れていると、いいこと教えてあげよう、と先輩がまた語り出す。

「問題です。実は、しし座とヘルクレス座は戦ったことがあります。どちらが勝ったでしょうか。」

 戦ったことがあると言われても。まあ、自分はしし座な訳だから、しし座に是非とも勝ってもらいたい。

 答えは当然、

「しし座。」

「ファイナルアンサー?」

「ファイナルアンサー。」

「ざんねーん。」

某司会者の真似をしているのだろうか。あの引っ張り方がそっくりだ。だからなのか、目の前にニヤついた顔で「残念」なんて言われるとちょっと腹が立つ。

「しし座はヘルクレス座にやられちゃった、ということですか。」

「そういうことです。」

 何がいいことよぉ!全然いいことじゃないじゃん!

「怒んない怒んない。」

 不機嫌そうな顔をして腕を組む私に、先輩はこう付け加えた。

「しし座の足の付け根のあたりに、明るい星があるんだよ。「獅子の心臓」とも言われる星なんだけどね。」

 先輩はどこからともなく星座の本を出してきて、私の前にしし座のページを開いた。そこには、実際のしし座の写真があり、分かりやすいよう星座に合わせて絵が描かれていた。

「この星ね。」

 指差された星は、確かにしし座を形作る星の中で一番明るい。

「この星の名前はレグルス。ラテン語で小さな王という意味。」

 なおも先輩は続けていく。

「この星は一等星で、明るい星に分類されているんだけど、レグルスは他の一等星よりも暗い一等星なんだ。でも、月や他の惑星が近付くことから、ロイヤルスターとして昔の王様の運勢を占うのに必要不可欠な星だったんだよ。」

 君にぴったりな星だよね

なんて言われてみろ。さっき怒っていたことなんかあっという間に忘れちゃうから!

「それに比べてヘルクレス座は、八十八星座の中では大きい星座だけど、全体的に暗くて地味な星座。」

 突然のジャブに、顔が赤くなるのを感じる。ヘルクレス座なんてどうでもいい。

「ヘルクレス座の話、きく?」

 顔が赤いのを見られたくないので、黙って本を見てるフリして頷いた。

「ヘルクレス座って、ヘラクレスとも言うんだけど、結構有名だよね。ディズニー映画に、彼が主人公のとかあるし。ギリシャ神話ではメジャーな名前なんだ。」

 ヘラクレスか、カブトムシにそんな名前のがいた気がする。確か、世界で一番でかかったとか…。

「英雄なんですか?」

「そうそう。それこそまたゼウスの子どもなんだけど。ヘラクレスの母親であるアルクメーネは人間なんだよ。」

「それって、またヘラが嫉妬したパターンですか。」

「お、分かってるじゃん。」

「ヘラっていったら、嫉妬っていうイメージしかないですもん。」

「ふうん。」

「続けてください?」

「ああ。今度のゼウスは、アルクメーネの旦那であるアムピトリューオンに化けてアルクメーネとヤッちゃったの。」

 さっそく私は頭の中で脳内変換を試みる。

「浮気相手から生まれたヘラクレスが幸せそうに暮らしてるのを見て、ヘラはヘラクレスに呪いをかけちゃうんだよ。その呪いを受けたヘラクレスは、自分の奥さんや子どもを殺しちゃったの。」

「殺したァ!?」

「そ、殺しちゃったの、自分で。それで、罰として十二の仕事をすることになった。一般人にはとても出来ないような仕事をね。でも全てやり終えて、ヘラクレスは一躍有名人になったんだ。」

「苦労人なんですねー。」

「そうなんだよ。死に方も無残なもんだぜ?毒のついた服を着て、助からないからって自分で自分に火を放つんだからな。」

「うわぁ…壮絶。」

「でも、それを見ていたゼウスがその豪勇に感心して、ヘラクレスを神々の列に加えたんだ。それで星座になったの。」

 先輩は、ヘラクレスの十二の仕事の中に、しし座にまつわる話がある、と言った。きく?と言われたが、そんなの訊くまでもないでしょう。

「ききたい!」

「いい返事だよねー。いつもながら。」

「もったいぶってないで教えてください!」

「はいはい。ところでさ、今何時か知ってる?」

 先輩に言われて、携帯のディスプレイを見た。

「七時、ですね。」

「そう、夜の七時。」

「それがどうしたんですか?」

「腹減らない?」

 言われてみれば…

「…減ってますね。」

「続きはメシ食いながらで!」

「さんせー!」


          ☆


 今夜の夕飯はラーメンに決まった。どうやら先輩お勧めのラーメン屋があるらしく、味の保証はお墨付き、とのことだった。

「あのさ、本当にラーメンで良かったの?」

 カウンターに二人並んで、しょうゆラーメンをつついていると、先輩は少し申し訳なさそうに言った。

「私、ラーメン好きですけど。」

「いや、そういうことじゃないんだけどね。」

「ラーメンに何か問題ありました?」

「ないけどさ。」

「じゃ、いいじゃないですか。あ!先輩!ここ餃子は美味しいですか?」

 すると、中で湯切りをしていた店主らしきおじさんが、

「美味いよ。騙されたと思って食ってみな。」

「じゃ餃子一皿お願いします!」

「ほいきた!」

 そのやり取りを先輩は唖然とした顔で見ていた。

「なんかさ、キャラ違くない?」

 先輩の言葉に今度はこっちが唖然とする。

「…そうですか?」

 最初ネコ被るタイプ?と言われて、さあ?と答えた。

「それよりも、さっきの話の続きしてくださいよ。続き聞きたくて待ち切れなかったんですから。」

「待ち切れないように見えないけど?」

「待ち切れないんです、これでも。」

「はいはい。どこまで話したんだっけ?」

「ヘラクレスの十二の仕事の話です。しし座の。」

「そうだったそうだった。」

 先輩は一旦箸を置いた。それを見て、私も箸を置く。

「ヘラクレスは、自分の妻と子供を殺した罪の償いに、十二の仕事を言いつけられた。その最初の仕事が、ネメアの人喰いライオンの退治だよ。」

「人喰いライオンだったんですか、ヤツは。」

「そうだよ。とんでもなく大きい上に、鉄よりも硬い皮膚を持ってる化け物さ。」

「化け物スか…。」

「そ、化け物。」

 繰り返し言われると、なんかへこむ…。

「ヘラクレスはそのライオンを倒しにネメアの森に訪れた。そこの村人はライオンにしょっちゅう襲われていて、とても困っていたんだ。勇気を振り絞って退治に行った者が何人もいたけど、帰って来た者は一人もいなかった。」

化け物退治によくありがちなパターンだ。

「何せそのライオンは鉄よりも硬い皮膚で矢を弾き返しちゃうし、ライオンの巣は、出口が二つあって、一方から攻めても、もう片っぽから逃げちゃうんだよ。」

「頭いいヤツなんですね。」

「そうそう。そこでヘラクレスは考えた。巣の片方を塞いじゃえばいいじゃん!てね。」

 当たり前だよな、と独り言のように先輩が言った。

「巣の出口を塞いだ後、巣の前で火を焚いた。巣の中のライオンをいぶり出す為にね。そして、狙い通り出てきたライオンの首に腕を回して、ヘラクレスは力いっぱい首を絞めた!」

 目の前で熱く語る先輩、ついでに私も完全に引き込まれている。

「ヘラクレスはそのまま三日三晩、首を絞め続けた。」

「三日三晩!?」

「三日三晩。そして…」

「そして?」

「四日目の朝、ライオンはぐったりとして、そのまま死んだ。」

「しぶっっっといライオンですねー。」

「うん。で、それを天から見ていたヘラが、ヘラクレスを苦しめた功績を称えて、ライオンを天に上げた。……これがしし座のお話。」


 ―――なかなか面白かった…

 こうしていつも最後まで聞き入ってしまうのだ。オタ話とは分かってはいつつも、聞いてしまう。が、それにしても―――

「最後の最後までヘラは捻くれてますね。」

「そうだね。」

「私、ヘラみたいな女にはなりたくないなー。」

「ねえちゃん、そのヘラって女はよっぽど女らしい女だと思うがね、おじさんは。」

 いつの間にか私達の前に、おじさんがいた。

「そうですか?嫉妬だらけで嫌な女に思えますけど…。」

「お嬢ちゃん、まだまだだな。」

 おじさんはニヤッと笑った。

「ホイ、ご注文の餃子。」

 餃子の皿だけ置いて、おじさんは向こうへ行ってしまった。カウンターに出された餃子は一個一個が大きくて、お得感満載だ。

「ここの店主さ、結構な天体マニアなんだよ。」

「ええー!」

「よくここに来て店主と話すんだよね。」

「そうだったんですか。」

「俺よりも知識あるから。」

「それってすごい。」

「…それ、どういう意味?」

「や…だって先輩の話だけでもオタクだなぁ、と思うのに、それをさらに上回るってどんだけ?みたいな。」

「マニアと言ってくれ、マニアと。」

 変わりないだろ、と思うが、先輩たっての頼みだ。しょうがない。

「それよりさ、食べないの?餃子。俺、貰っちゃうよ。」

「ああ!ダメ!」

 慌てて餃子を口に運ぶ。

「すげー。ここの餃子でかいのに。」

 しまった…

人前なのについ、いつもの感じでガッツいて一口でいってしまった…。

 後悔するがもう手遅れ。先輩に餃子を一口で食べる所をしっかり見られてしまった。

「俺、ここの餃子一口で食べる人初めて見た。」

 そんなに見ないでください。

恥ずかしさと後ろめたさで死にたい気分だ。

「気取ってなくていいよね。そういう子、俺好きだよ。」

 ああ、今きっと私は本当に間抜けな顔をしているんだろう。何せ餃子を口一杯に頬張った顔で真っ赤になってんだから。でも、これは先輩のせいだ。私のせいじゃない。

 

この一ヶ月、彼のある点において私は困っていることがある。

 大学でのレグルスも然り、ふとした時に顔も上げられないほど恥ずかしくなる台詞を、サラッと言ってのけてしまうことだ。

 きっと彼は何気なく言ったことなんだと思う。だから私もそれなりに流してきたけど、いい加減流せなくなってきている。

 普通、慣れてくるもんじゃないの?と思うんだけど、不思議なことにどんどん恥ずかしくなってくる。

 ああ!なんなんだ、もう!

「女の子らしくなくてすみませんね。」

 こんな風に素直に受け答えできない自分も嫌い。

 そういうことじゃないんだけどね、と困ったように笑う先輩の顔を見ると、なんだかバツが悪い。

「あの、これ…どうぞ。」

 せめてもの罪滅ぼしに、先輩に餃子の皿を渡した。

「いいの?」

「いいです。あと全部食べてください。」

そう?じゃ遠慮なく、と先輩が餃子をぱくり、ぱくりと二口で食べた。

 餃子一個じゃやっぱ足んないな、せめてもう一個食べてからあげれば良かったかな…

 こんなことを考えていたから、そのまま顔に出ていたのかもしれない。

「餃子、こんなに食べきれないし、もらっておいてアレだけど…半分こしよう?」

 先輩が餃子の皿を私に差し出した。

「いいですよ。」

「いいからいいから。一緒に食べたほうがおいしいでしょ。」

 それに、君が注文した餃子だしね、と先輩は笑った。

 やばい、今泣きそう。

 恥ずかしい、嬉しい、逃げたい、ここにいたい…

色々な感情が自分の中でぐるぐると回る。

「いただきます…」

 自分が今どんな顔をしてるのかも、どんな思いなのかも悟られたくなくて、素直に餃子を受け取り、一個口に運んだ。

 餃子と一緒に、この訳の分からない感情を飲みこんでしまおうとした。


       ☆


 帰り道、夜の一人歩きは危ないからと、先輩が部屋まで着いてきてくれることになった。

「別に大丈夫ですよ?もう歩き慣れましたし。」

「ダメ。危ない。」

 遠慮する私に、先輩は毎回一刀両断する。

 これ以上言っても無駄と判断し、大人しく先輩と歩くことにした。

「あ。レグルスだよ、あれ。」

「え?どこですか?」

 ほぼ反射的に言葉を返す。

「あそこ、あの一番明るい星。」

 先輩が指差した先には、確かに街の明かりにも負けずに光る星。

「あれがレグルスかぁ。」

 他のしし座の星は見えなかったけれど、今見ている空に一つ、自分が名前を知っている星がある。それだけで新鮮な喜びを感じた。

「ヘルクレス座にさ、球状星団っていうのがあるんだけど…」

 空を見上げていた私は、先輩に視線を戻した。先輩は携帯電話を開き、私の前にそれを見せた。

「うわぁ。」

 携帯の待ち受け画面には、真っ暗な宇宙空間に、数えきれないほどの小さな光の粒が、画面の中心に集まった画像だった。

 それはまるで銀河だ。

「これは、銀河なんですか?」

「ううん。球状星団。」

 キュウジョウセイダン、というのが何なのかはよく分からないけど、とにかく言えることは、「綺麗」それだけだ。

「これ、いいでしょ?」

「すんごいキレー。」

 名残惜しくも、先輩の携帯は閉じられた。

「これさ、ちょっと天体かじってるヤツなら誰でも知ってる星団なんだけど、名前はМ13っていうんだ。」

 М13、М13。ウルトラマンとかいそう。

 一人想像して、先輩に気づかれないように笑う。

「あれだけで一つの世界に見えない?」

「確かに。」

「恒星がお互い重力で引き付け合って、球状に集まったものなんだけど、中心に近づけば近づくほど、重力が大きくて密度が高くなってんだ。」

「あれ一つの中に、星はどれぐらいあるんですか?」

「大体数十万個といわれてるよ。」

「はぁ…たくさんあるんですねぇ。」

「そりゃあね。じゃなきゃ、あんな風には見えないよ。」

「そうですよね。」

 しみじみ頷く。

 信じられないけど、一つの塊のように見えたあれは、小さな星がたくさん集まって出来ている。私の知らない空の向こうには不思議な世界が広がっているのだ。


 ハッと我に戻ったら無言が続いていた。

「なんかいいもの見せてもらっちゃいました。」

 無言を消そうと明るく、笑いかけた。

「あげる?この画像。」

「いいんですか。」

 いいよ、と先輩は何の気もなさそうに携帯電話を開いた。突然の提案だったので、慌てた私はバックから携帯を取り出そうとして落としてしまった。

「赤外線でいい?」

「はい!ちょっと待ってくださいねー…」

 赤外線受信のスタンバイをし、すでにスタンバイ完了している先輩の携帯に向けた。

 その間、約十五センチ。

「じゃ送るよー。」

「はい。」

 青いバーが画面を横切り、受信完了の文字が出た。

『受信をつづけますか?』のコマンドに「いいえ」の選択カーソルを合わせる。

「ちょっと、待って。」

先輩に止められた。

「これも送っとく。」

 他の星の画像かな?

 受信をつづけて、次に出てきた画面は、

『「相澤 佑」を保存しますか?』

だった。

「これって…」

「俺の番号とメルアド。教えてなかったなと思って。」

「あ、ありがとうございます。」

「よかったら君のも送ってくれない?」

「はい!」

 私の番号を送ると、先輩は満足そうに携帯の画面を見て、いくつかボタンを押した後、パタン、と携帯を閉じた。

「さっきのМ13だけどさ、」

暗い空を見上げながら、先輩はさも楽しそうな顔で言う。

「中心からどんなに離れていても重力でつながってるんだよな。すげーよな。」

 全く前を見ようとしない彼は、街の明かりでほとんど星の見えない空でも十分みたいだ。

「あれを人に例えると、中心に近い星ほど、その人とつながりが強い感じがするよね。」

 ずっと空ばかり見ていた先輩が、こっちを見た。

「君と俺も、少しは近づいたかな。」

 今日ラーメン食べた仲だし、と付け加えた。

「近づいた…のかな。」

「なんだよ、その曖昧な感じ。」

先輩がからからと笑った。

「じゃあ、近づいたついでにもう一つお願い聞いてくれない?」

「なんですか?」

「そろそろ名前に「さん付」で呼んでよ。他の人みたいにさ。」

「え…?」

 なんで知ってるんだろう。私が彼だけを「先輩」と呼んでいることを。

「ね、チヨちゃん。」

 こんな時に名前で呼ぶなんてずるいと思う。

「た、タスクさん…」

「よくできました。」

 こんなのまるで恋人みたいだ。

 そう思う一方、勘違いしてはいけないと心にブレーキをかける。

「チヨちゃんて可愛い名前だよねー。」なんて呑気に言う先輩は、きっと私の気持ちなんて分かっていない。

 でもいいや、今はまだこれぐらいで。

「どうした?」

「なんでもないです。」

 数歩先を歩く先輩の背中を追う。

 確かに今日はいくらか近付けたかもしれない。でもその距離はまだ遠く感じられた。


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