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神音のアマリリス  作者: 佐崎 一路
FIRST CHAPTER
9/12

[CO-3] THE PARTY

 ゴキゲンな勢いで渦を巻いて流れていく水面を眺めながら、私はなんともやるせない思いで、つとめて機械的な手つきでパンツを引き上げた。


 閉鎖空間であるダンジョンにおいて、食料や水は現地調達が可能だとしても、どう始末をつけるのかつねづね疑問に思っていた問題――衛生面に関する処理。


 ま、男だったらそのへんの壁に並んで、

「連れションしながら青春を語ろうぜ! わっはっはっはっはっ!!」

 で済ませられるのだけれど、いま現在の私が「壁に向かって連れションしようぜ!」をやったら確実に正気を疑われる。


 そりゃわけがわからないうちに男は捨てたが、人間としての尊厳や品格までは捨てるつもりはないので、どーしたものかと密かに悩んでいたところ、親切にも……というか、「脆弱な文明人(笑)プギャー」と【神】に小馬鹿にされているのか(十中八九そっちだろう)、きっちりと闇夜の中に光るあの(、、)マークが目についたので、行ってみれば水洗トイレが設置されている小部屋があったのだ。


 天然洞窟風の通路を挟んで紳士・淑女のマークが並んでいるシュールな光景に脱力。

 ……で、男女どちらへ入るべきか悩んでいたところ、


「お名前はなんとおっしゃるので? ほほぅ、神音(しおん)殿でござるか。いやぁ、あの【神】とのやり取りは感服つかまつったぞ! それにしても遠目にも美女だと思って眺めておりましたが、こうして改めて傍で見ても佳人麗人でござるな! 生まれてこのかた、それがし神音殿ほど美しい女性(にょしょう)にお目にかかったことはないでござる。グラドルやタレントなど比べるも烏滸がましいイモ娘もいいところでござる。いや~、眼福眼福」


 怒涛のマシンガントークと妙に馴れ馴れしい態度で勝手についてきた内藤(ナイトー)が、

「はばかりながら、はばかりに入るでござる!」

 と、オヤジギャグとともに、さっさと男子の方に入ったので、やむなく私も「ままよ!」と覚悟を決めて女子の方へ入った。


 三つ並んだ個室に誰もいないのを確認して安堵する。それでも念のためにノック二回で扉を開けてみれば、目にも眩しい真っ白な洋式便座が鎮座していた。


「……おまけに音○まであるし」


 存在を知ってはいたけれど、まさか実際に目の当たりにすることになるとは思わなかった小道具。そして実際に目の当たりにした、(でこ)(ぼこ)になった自分の体とかに、あらためていろいろと喪失感を覚えて打ちひしがれながらも用を済ませ、明らかに手洗い場と思しいチョロチョロ流れる壁の窪みの水で手を洗った私がトイレを出ると、


「おおおおおぅ! ご覧くだされ、備品置場に宝箱でござるぞ、神音殿」


 通路を挟んだ向かいの男子トイレ。男子用チューリップと個室が一個ずつ並んだそこの隅に転がっていた、棺桶の半分ほどの大きさの黒い木箱に気づいた内藤(ナイトー)が、テンション高く歓声をあげていたところだった。

 ちなみに女子トイレは個室が一個多いので、余分なスペースはない。


「金隠しの隣に宝箱とか洒落が効いているでござるな! そっちにはないでござるか?」

「ない……みたい」

「はっはっは、これはしたり。考えるまでもなく、女子トイレに金隠しがあるわけなかったでござるよ!」


 念の為に個室を確認して何もないのを確認した私は、居心地の悪い女子トイレを出て、こちらは女人禁制の聖域である男子トイレの前で立ち止まった。

 半日前なら躊躇なく足を踏み込めた場所なのだけれど、いまとなってはアウェーもいいところ。

 躊躇する自分がなにやら蝙蝠になった気分で、通路から爪先立ちで内部を覗く。

 

「トイレとかにある箱とか、ばっちくない……?」

「なんのなんの! 床の上ではなくキチンと台の上に置いてありますし、それがし以外にこのトイレを使用した形跡はないのでセーフでござるぞ!」


 ……君の使用後だから嫌なんだよ!


 その言葉をぐっと飲み込む私。


「それに、それがしが使用したのはでかいほうなので、小用の隣にあったこれは余裕でセーフでござるぞ」


 ビックリするほどどうでもいい情報を暴露する内藤(ナイトー)

 それが癖なのか揉み手しながら無造作な足取りで《宝箱》へ近づいていった。

 蓋に右手を掛けたところで、「おや?」と首を捻って私を振り返る。


「造りが荒くてケバ立っていた下のと違ってスベスベでござる。なんとなく高級感が増している気がいたす。もしかしてレアアイテム入りのボーナス仕様でござるか?」


 確かに。見た目明らかに九階や十階にあった《宝箱》よりも材質が良くなり、重厚感が増しているように見えた。


 これがゲームを踏襲しているのならば、おそらくは階が上がるごとに置かれている《宝箱》の質と中身は良いものに変わっている筈だけれど、同時にある懸念が浮かんだ私は眉を寄せ、ジェスチャーで迂闊に蓋を開けないように内藤(ナイトー)を制した。


「待った! 迂闊に開けない方がいい。そろそろ宝箱に罠とか仕掛けられている可能性も考慮すべきだろう」


「なるる。ありそうでござるな。序盤の罠ならさしずめ一定時間痺れたり、弱毒でヒットポイントが削られるのが鉄板でござる。ま、さすがにいきなり即死罠とかモンスターハウスとかいう鬼畜、糞ゲー仕様はないと思うのでござるが――」


「いや。あの【神】なら有り得るね」


「むうぅ、確かに……。ううむ、文字通り疑心暗鬼でござるな……」


 蓋に手をやったままむっちりした指を、無精髭の浮かんだおとがいに当てる内藤(ナイトー)


「しかし、これまでのところゲーム準拠でフロアのMob(モンスター)や安全地帯があるでござる。あまり考え過ぎてもよくないのではないのでは? とりあえずそれがしがひとりで開けてみるので、神音(しおん)殿は離れて様子を見ていてくだされ」


 そう諭すように言われると、どちらかと言えば臆病なほど小心で矯角殺牛(きょうかくさつぎゅう)の気がある私としては、強く反対することもできない。

 それに会話の節々から察しがついていたのだけれど、この内藤(ナイトー)は私同様にかなりRPGやMMORPGに精通している人種のようだ。ならば彼の勘を信じてもいいだろう。


「……わかりました。私は廊下で周囲を警戒しているので、異常があれば声をかけてください」


「ういうい」


 よほど開けてみたくてしかたがないのでしょう。軽い返事にため息をつきながら、私は頭の上を漂うヒカルに周囲の警戒を依頼して、なんとなく手持無沙汰に『身分証(パス)』を取り出してレオとエルに呼びかけてみた。


「――レオ、エルちゃん、いま話をしても大丈夫?」


『神音か!? もちろん大丈夫だ。こっちはもうエルと合流した。そっちこそ大丈夫か?」


 携帯だったらコール半分もしないうちに、即効でレオから返事が返ってくる。……レスポンスが良すぎて軽く引いた。


『あっ、神音お姉ちゃん! レオさんと合流したよ。いまふたりでそっちに向かっているから、無理しないでね」


 レオの赤裸々な好意濃縮還元百二十%でウザい上に畳みかけるような口調に辟易していると、続いてエルちゃんの弾むような明るい声が『身分証(パス)』から聞こえてきた。


 悪意ある【神】によってデスゲームに無理やり放り込まれ、バカな人数合わせのために、男としての性別と矜持とを奪われ、神経を張りつめて歩き回ったり迷ったり命がけで戦ったりすること半日あまり。

 傍にいるのは従魔のヒカルと敵か味方かわからないむさ苦しい男が一匹ずつ。

 もともとインドア派の私には気の休まる暇もなく、時間が経過するごとに神経がささくれ立ってストレスが溜まるばかり。


 そこへ聞こえてきた幼気(いたいけ)な女の子の声は、まさに砂漠に降った慈雨のように私の心に沁み込んだ。


「ありがとう。こっちは大丈夫。いまはひとりではなくてソロのプレイヤーと、ヒカルって名前を付けた従魔……使い魔みたいなものと一緒だから」


 心配させないようにあえて軽い口調でそう答えると、なぜかレオの不機嫌な声が『身分証(パス)』越しに届く。


『待てっ。ひとりじゃないのか? 一緒にいる相手は男なのか? 男なんだな!?』


 勢い込んで尋ねるレオの慌てっぷりに、見知らぬ男と人気のない場所でふたりきりになっている危険性。しかも客観的に見て自分がかなり魅力ある美人なことに思い至って、遅まきながらその危険性に気付いた。


「そう……だけど。レベル差があるから体力差はそれほどないと思うし、従魔のヒカルもいて注意しているから大丈夫だよ?」


 ちなみに現在の私のレベル等は――


 NAME:神音(しおん)(Lv6)

 JOB:クラスター・アマリリス(Lv3)

 CLASS:半吸血鬼(ダンピール)


 SKILL:

 探知[アクティブ]

 自動地図作成オート・マッピング[アクティブ/パッシブ]

 夜目(種族スキル)[パッシブ]

 ショートソード・マスタリー(初級)

 魅了(チャーム)(Lv2)

 従魔契約(Lv1)

 気配遮断(Lv4)


 対して、勝手に内藤(ナイトー)が開示した情報は、


 NAME:内藤(Lv3)

 JOB:リザーズ・テイル(Lv2)

 CLASS:化狸(ラクーンドッグ)


 だった。

 パーティを組んでいるわけじゃないので、現在わかるのはこれだけだけど、確か『リザーズ・テイル』ってドクダミのことだったなぁとか思ったものだ。


 途端、『身分証(パス)』を通して、レオとエルちゃんの声が響いた。


『その状態になっている時点で大丈夫じゃないんだよ!!』

『危機感な~い。神音お姉ちゃん、不用心過ぎるよ……』


 女子として……いや、一般的に考えても一面識もない相手と行動を共にする危うさ糾弾され、さすがにタジタジとなる。


「いや……まったくその通りで。ごめん。以後気を付けます」


『とにかく、下手にウロウロ歩かないでその場にいろ。俺たちがつくまで警戒を怠らないこと。いいな、神音!』


 なんでこう頭ごなしに命令されなきゃならないんだ、と内心不満に思いながら、「わかっているよ」とぶっきら棒に返事をする。


『ねえ、神音お姉ちゃん。その一緒にいる人をPTに入れるの?』

 エルちゃんの問い掛けに、私は見えないとは重々承知しながら首を横に振った。


「いまのところそのつもりはない……かな? PTの問題だから私が勝手に決めるわけにもいかないだろう? ふたりが着いてから判断を仰ぐよ」


『……俺はあんまり気が進まないな』

『レオさんも大人気ないねー』


 レオが不機嫌な口調で一言こぼし、エルちゃんが『やれやれ』と言いたげに窘める。そのふたりの様子が想像できて、私は知らずに口元に淡い笑みが浮かんでいるのに気が付いた。

 知り合って間もない間柄なのだけれど、こうしたやり取りが自然に思えるほど馴染んでいる。

 どちらかといえば人見知りしがちな私としては珍しいことだ。


探知(サーチ)』で、ふたりがずいぶんとこちらに近づいて来ていることを確認して、私はほっと安堵のため息を漏らした。

1/1 内藤の年齢を19歳に変更しました。

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