[CO-2] RACCOON DOG
大変に遅くなりました。
お待ちいただいた皆様、本当に申し訳ありませんでしたm(_ _;)m
ふわふわと先行する青い光の玉が、単体で彷徨していたスケルトンの前に漂い出ると、途端にスケルトンは敵意を剥き出しにして大股で突進しつつ、手にした棍棒を振りかぶると、ソレ目掛けて力任せに打ち下ろした――。
さほど耐久度の高くない青い光の玉のこと。当たれば一瞬でHPが0になって消滅してしまうだろう。だが、幸いにしてスケルトンには細かい駆け引きやテクニックはなく、予備動作を含めて直線的な――ボクシングでいうところのテレホンな――攻撃を繰り出すだけのようだ。
お陰で回避もし易く、難なくそれを避けた青い光の玉は、後退しながら幾分か距離を置くと、相手を小馬鹿にするように空中で二~三度瞬きを繰り返した。
無言のまま――骨だけに発声器官は存在しないみたい――だけれど、どことなくイラついた様子で、ガチャガチャと足音も荒く、青い光の玉へ向かっていくスケルトン。
やはり案の定、ウィルオーウィスプが私のスキルで『従魔:スプライト』と化したことで、元からあったMob同士の連帯感はなくなり、明確に敵認定されて、プレイヤー同様に見敵必殺の対象と見做されるようになったようである。
スケルトンの態度には、遠慮や戸惑い、躊躇や手加減といった感情は微塵も感じられなかった。
(――ならば、夢中になっている間に……首を取る)
棍棒が届かない天井ギリギリの場所に陣取って、スケルトンを翻弄するように動き回る青い光の玉。
スケルトンはムキになって遮二無二棍棒を振り回していて、完全に後ろがお留守になっている。
ゲームで言うところの『仲間がヘイト値を稼いで』『タゲを取った』状態になっている……ということで、その間にスキル『気配遮断』を全力で展開しながら背後に忍び寄った私はナイフを両手で構えて、スケルトンの剥き出しの頚椎を横から薙ぎ払うよう全身の力を一点に集中させた。
レオの話では『頭部を破壊すれば倒せる』とのことだけれど、非力な私の腕力と武器では正面切ってそんな荒業をすることはまず無理だろう。
できれば迂回するか、やり過ごして先に進みたかったのだけれど、どうやらこの通路はMobの幹線道路のようで、体感で三十分ほど物陰から観察した限り、ほぼひっきりなしにスケルトンとウィルオーウィスプが通り過ぎていた。
どうあってもこの場ではモンスターと戦闘にならなければ通り抜けられない仕様というところだろう。
となれば有利な状況で戦わなければならない。
いまのところ確認できたモンスターの種類はスケルトンとウィルオーウィスプのみ。
その数はスケルトンは一から多いときには三体一緒に行動を共にして、ウィルオーウィスプは確実に複数で、また場合によっては両者が混成でチームを組んで仲良く歩いていることもあり、どうやらモンスター同士は種類が違っても敵対したり、縄張り争いをしたりはしないらしい。
多少のリスクを冒しても先に――レオとエルのいる方向へ進む――には、このMobを手早く倒すしかないけれど、こちらは私一人にLv1の従魔が一体。
できれば数的有利を生かしたい……となると、単体で動いているスケルトンに奇襲をかけるしかないだろう。
そう判断して、待ち構えていたところにやってきたスケルトンの不意を突くことにしたのだけれど――。
この期に及んで私が懸念するのは、なにげにこれがスケルトンとの初のエンカウントになるということだ。
理屈の上では、まだまだ序盤だからゲーム準拠のこの場での敵の強さも雑魚クラスの筈である。
実際、九階で上げられるだけレベルを上げて安全マージンを確保してある、同じLv5のレオが問題なく倒せているので私でも倒せないことはないだろう……だけど、例えば単体で動いているこの個体が『ユニークモンスター』とかで、通常のスケルトンにないスキルがあったり強力だったりしする可能性はないだろうか?
(――いけない。考え過ぎるのが私の悪い癖だというのに)
自縄自縛に陥りかけていた私は、緊張でカラカラに乾いた喉に無理やり生唾を落とし込んで、スケルトンを翻弄して漂っている青い光の玉――『ヒカル』と名付けたそれ――に目で合図を送ると、素早く視線を外して自分の爪先へと逸らせた。
途端――
眩いフラッシュのような光がヒカルから発せられ、スケルトンがたじろいだように数歩たたらを踏んだ。
「はああああああああああああっ!!」
効果あり! ほんの一瞬だけれど、明らかに視覚に異常をきたしたスケルトンの首筋目掛け、私は力いっぱい振りかざしたナイフを薙いだ。
ガンッという鈍い手応えとともに断ち切られたスケルトンの頭部が、一メートルほど離れた場所へ落ち、ほっと安堵の吐息を漏らした――のもつかの間、私を突き飛ばすように胸元へ飛び込んできたヒカルに押されて、
「えっ……?」
驚愕と、もしかして裏切り!? という猜疑心とともに一歩背後へ後退したところへ、間一髪、鼻先をスケルトンの棍棒の先端が通り過ぎていく。
「なっ――――!?」
唖然として見れば、頭部を失ったスケルトンの首から下が、手にした棍棒を振り回してこちらへ向かって襲い掛かってくるのところだった。
頭を壊せば倒したことになるんじゃないの――?!
「ど……どうして……?」
やや大振りで狙いは甘いものの、確実に私の位置を捕捉している様子に、愕然としながら必死に攻撃を避ける私。
次にどうすればわからずに、振り回される棍棒を反射的に避けるだけ。
つくづく自分でもアドリブに弱いと痛感するのだけれど――その分、実社会では真面目のほうにメーターを振って凌いできたものの、こうして生死がかかった土壇場になると、それが致命的な欠点だと突きつけられた――知らずに私は唇を噛んでいた。
(こういう時にレオなら迷わないし、実際になんとかできるだけの行動力を持っているんだけれど……)
予想外の事態に直面して、すでに半分思考を放棄している自分を自覚して、つまるところ私とレオの差は運動神経とか才能とかではなくて、こうした性格にあるのだと……負けるのが嫌だから最後まで戦う人間と、戦いそのものを放棄する人間との、この根っこの部分が決定的な差であるのだと、いまさらながら理解したのだった。
(ああいう直情径行っぷりは私にはないから、だから反発して……同時に眩しくも思えたわけか。つまるところは嫉妬と劣等感ということで、いまさらそれに気が付く私は本当に度し難い愚か者ってわけだね)
自嘲の笑みが口元に浮かんでいるのがわかる。
闇雲に振り回される棍棒が髪や肩を掠めるのを感じて、もうこのままやられて楽になったほうがいいのでは……という、諦めの気持ちが心の中に生まれて広がろうとしていた。
ボッ! と、不意に視界の片隅に炎が炸裂して、併せて棍棒を振り回していたスケルトンの体が、目標を見失ったかのように、急に明後日の方向を叩いた。
「なにが……?」
困惑しながら確認すれば、通路に転がったままのスケルトンの頭部が燃えていて、その周囲をヒカルが飛び回っている。
さきほどの炎はヒカルの火魔法だろうけど、放置されていた頭部に攻撃を受けてスケルトンの目測が狂ったということは――
「もしかして頭部とまだつながっているってこと!? 完全に粉砕しないと倒したことにならないわけ?!」
『骸骨の方はそこそこ堅くて頭を砕かないと動きを止めないので面倒臭い』
先ほど『身分証』を通してレオから聞いた話を思い返して、私は自分の思い違いに気付いて臍を噛んだ。
てっきり頭部をどうにかすれば倒したことになると思っていたのだけれど、分離させようがどうしようが、これを完全に破壊しないと倒したことにはならないのだろう。ありがちな話でこれを考慮しなかったのは迂闊としか言えない。
けれど、攻略方法さえわかってしまえば後はたやすいことっ!
勝利への方程式が理解できたことで、一気に弱気の虫を追い払った私は、手当たり次第に棍棒を振り回すスケルトンの胴体部分を無視して、一目散に頭部のところへ走り寄ると、手にしたナイフを一気に振り下ろした。
「っつつ――硬いっ!」
ヒビは入ったものの、意外な硬度にナイフを弾き返された私は、ナイフの先端を下にして上から体重をかけて、突き崩すように何度も何度もナイフを突き下ろす。
この瞬間にも、背後に迫ったスケルトンの胴体部分からの攻撃を受けるかもしれない。
その恐怖に夢中になりながら――実際はほんの十秒ほどの時間だったと思う――突きを繰り返したところで、ピシッという音とたててスケルトンの頭蓋骨が砕けた。
同時に、いつの間にか背後のほんの一メートルほどのところまで迫っていた胴体部分も、操り人形の糸が切れたかのように、バラバラになって床に叩きつけられ、ほどなく白い砂山と化して消えた後には、『マジックポーション(小)』と書かれた瓶が、ドロップアイテムとして残されたのだった。
今度こそ安堵のため息を漏らした私は、気が抜けてその場に崩れ落ちそうになる両膝に手を当てて喝を入れると、なるべく手早くその瓶を拾ってウェストポーチにしまい込み、ヒカルを伴って後続の敵が来る前に早々にこの場を後にするのだった。
◆◇◆◇
しばらく通路を進んだところで、誰かの足音が私の来た方向から延々付いてくるのにさすが嫌気が差して、周囲にMobがいないことをヒカルに確認させてから、立ち止まった私は太もものホルスターにしまっていたナイフを抜いて身構えた。
「そこの人、どういうつもりかな? 不意討ちをかけるつもりなら無駄なことだよ」
薄暗い通路でも私の『夜目』には関係がない。
私から十メートルほど離れたところを、小太りの男性があたりをはばかりながら、そして確実に私に狙いを定めて、スケルトンを倒したあたりから後を追ってきたのに気付いていた。
ただあの場所ではまた他のMobとエンカウントする可能性があったので、ある程度離れた場所まで移動したのだ。
「わわわわわわっ! 敵じゃないし、不意討ちするとかとんでもないことで……その、ただ拙者は女の子と話したことがなかったので、どうしたものかと声をかけそびえていただけでござるよ!」
わたわたと妙な口調で弁解しながら、見た感じで二十代半ばほどの青年……というにはちょっと覇気と溌剌さが足りない煤けた感じの男性が飛び出してきた。
赤ら顔で手入れのされていない茶色い頭の上には、狸のような丸い耳が乗っている。
とはいえ仮装でない証拠に、盛んにその耳が動いているところを見るとこういう種族に“神”によって変異させられたのだろう。
「拙者は内藤と申す者でござる。気軽に『ナイトー』とか『ナイト』とか呼んでくだされ。あ、ちなみにこの耳は本物でして、ちゃんと聴力もあり申す。こっちにきた時に『化狸』という種族にされたせいでして、いやまったく狸とは嘆かわしいでござる」
気落ちした様子で肩を下げる内藤ですが、仕草や口調がいちいちわざとらしいので、どこまで本音なのか判断がつかない。というか、馴れ馴れしい態度が逆に胡散臭いし、そもそもあの地点から私の後を追ってきたということは、私がスケルトン相手に苦戦していた様子を傍観していて、漁夫の利を狙ったということだろう。
それはまあ、誰だって自分の命が大事なのだからわざわざ危険の渦中に飛び込むことはないだろう。それぐらいわかるし、世の中にレオのような“善人”が希少なのも重々承知している。
けれどやはり感情的にはあまり良い気がしない。
ヒカルも警戒してか、私の頭上をぐるりと旋回していた。
「それで、そのぉ……ここで会ったのも何かの縁。ぜひ一緒に行動させて欲しいのでござるよ」
揉み手しながら、何度も頭を下げる内藤の提案に、私は眉の間に皺を寄せたのだった。
次はなるべくお待たせしないで書き上げます(`-д-;)ゞ