[OP-4] PARTY BATTLE
それはずっと忘れられない思い出――。
「はなれても、しんじていれば、おもいはいつかかなうんだよ」
ドラマかなにかの台詞を思い出しながら、その通り口に出しているのだろう。
「そして、そのおもいがほんとうなら、きっといつかあえるの」
大好きな子が大きな目に、涙を一杯に溜めながら、たどたどしく別れの言葉を口に出していた。
「だから……」
その手には少年が夏祭りの露天の景品で当て、プレゼントした赤いカチューシャが握られていた。
「……いつか、またあえるよ。ボクはずっと忘れないからっ」
――ああ。オレもぜったいに忘れない。必ず戻ってくるから。
「うん。待ってるよ」
こくりと頷いたその子は、手にしたカチューシャを頭に掛けて、泣きながら笑った。
――それじゃあな。もう、行かなくちゃ……。
「うん。さようなら、いつか、またね……」
――ああ。絶対だ! それで、オトナになったらオレのおヨメさんになってくれ!
「う…うん。なれたらきっとおヨメさんになるよ。約束だね」
自分は男だから、そう意地を張って我慢して泣かなかったと思う。
それでも母親に促されてタクシーに乗って、振り返った時、小さくなっていくアイツの姿を見て胸が潰れそうになった。
別れの寂しさ――そして、これが自分の初恋なんだと、自覚した10年前の大切な思い出。
◆◇◆◇
思い起こせば、この顔で得をした覚えなどほとんどない。
物心ついた時には、すでに女の子に間違われ、変質者に付け回される。
幼稚園で一番仲の良かった男友達から、好きだと告白される。
思春期になると、それまで普通に接していた男友達が、なぜか急によそよそしくなる。
体育の着替えの時に、皆が顔を真っ赤にして背中を向ける。
靴箱や机の中に男子からのラブレターが入っている。
ロッカーから体操服が無くなったことも何回かあった。
文化祭では男子女子一緒になって私を女装させようと、画策されたりした。
で、気が付いたらミス○○中学に選ばれていたりもした。
秘密裏にファン倶楽部ができて、同級生はもとより先生や一般人まで入会していたり。
恋人を盗られたと勘違いした女の子に、刺されそうになったりの修羅場も経験した。
とにかく、昔からこの顔はコンプレックスだった。
そんなわけで、私の右手を慈しむように両手で握っている、この顔とガタイのいい男――レオの熱い視線と言葉は、実のところ私にとっては非常に卑近で、尚且つ、うっとおしい以外のナニモノでもなかった。
というか、『ずっと君を探していた』って言うことは、もしかして――。
「……ストーカー?」
だったら状況は最悪だね。
警察も法律もない異世界のダンジョンの中。
周りには助けになる相手はいないし、まして相手は私なんかが抵抗してもものともしない腕力を持っている。
素の状態でも見るからに肉体スペックが段違いっぽいのに、さらにゲーム準拠なら現在の私(Lv1)と相手(Lv4)とのレベル差は、イコール圧倒的なパワー・スピードの格差を助長していることだろう。
つまり逃げても抵抗しても無駄と言うことで、襲われたら即アウト。
一難去ってまた一難。異世界に無理やり拉致されて、勝手に「女の子」にされて、モンスターに襲われて死にかけて、今度はプレーヤーに襲われて無理やり「女」にされるのか……。
情けなくて涙が出そうだよホント。
そんな私の怯えた表情を見て、レオは慌てた様子で握っていた手を放すと、ワタワタと両手を振った。
「ち……違う! 誤解しないでくれっ。――ほら、俺だよ、俺!」
「? いまどきオレオレ詐欺?」
「そーじゃなくてっ。俺のこと覚えてない? って、ああ! 髪の色とか変わってた! 本当は黒髪黒目なんだけど……」
「ふむ――?」
どうも私が想像していた不埒な理由で、こちらを探していたわけではないらしい。それと、以前からの知り合いなような馴れ馴れしい口調だけれど……。
「いや、君の勘違いだろう。他人の空似か、別人だよ」
考えるまでもない。
なにしろこちらは1時間前に性別が変わったばかりだからね。どう考えても別人だろう。
そう答えると、レオは目に見えてガッカリと肩を落とした。
「……覚えてないのか」
いや、忘れる以前に知らないんだってば。
「――あっ」
それまで黙って成り行きを静観していたエルが、何かに気が付いた顔で、改めてレオの顔をまじまじと見詰た。
「……もしかして、テニスの獅子倉選手?」
恐る恐る尋ねた言葉に、レオは“いかにもスポーツマン”という爽やかな笑顔を浮かべた。
「よくわかったね。俺なんてまだまだペーペーなのに」
応える仕草がやたら手馴れている。いかにもファンやインタビュー用に作られたキャラクターって感じだね。
その途端、エルの顔がぱっと明るくほころんだ。
「凄いっ。こんなところで逢えるなんて! ボクの友達がテニスをやっていて、すごいファンだっていうから雑誌とか、取材を受けたテレビの録画とかよく見せられたんです! ああっ、それで彼女お揃いでヨネックスのシシクラモデルのラケットも買ってたんですよ! ああん、こんな所じゃなかったら、サイン貰ったのに!」
「あはははっ。光栄だな。ここから無事に出られたら、ぜひそのお友達も紹介してくれるかな?」
「勿論です!」
和やかに話しをする二人に、なんとなく置いてけぼりをされた気分で、私は首を捻った。
「レオってもしかして有名人なの?」
「有名人も有名人っ。テニスの中学大会で三連覇を果たして、鳴り物入りで、プロになった超有名テニスプレーヤーだよ! 神音お姉ちゃん」
ぷんぷんという表現が似合う顔で、手に持った杖を振り回して力説するエル。
「いや、俺なんてまだまだランキングも低いし、知ってるのはテニスかジュニアスポーツに興味がある人くらいだよ」
謙遜してるけど、私の顔をチラ見しての「俺すごくね?」臭がそこはかとなく漂う。
正直、スポーツとか興味ないので、かなりどーでもいいけど、まあ適当におだてておけば後々有利かも知れないかな、と考えて先ほど同様、営業用の笑みを浮かべた。
「そうなんですか! ごめんなさい。私、テレビとかスポーツとかほとんんど見ないので、全然知りませんでした」
「いや。気にしないで。さっきも言ったけど、俺なんて本当にまだ新人だからね。本当はもっと有名になってから……」
なんか後半は口の中でブツブツ呟いていたので、よく聞き取れなかった。
それから、いかにもいま気が付いたという風に、私とエルとを交互に眺めて、眉をしかめた。
「それよりも、女の子二人じゃ危ないだろう。良かったら俺とパーティ組まないかい」
おっ。これは渡りに船の提案だね。ちょっと香ばしいところもあるけど、攻撃力はありそうだし、性格もチョロ……もとい裏表がなさそうなので、味方になってもらえばいろいろと助かりそうだ。
「お願いで「すごーい! 獅子倉さんとパーティを組めるなんて!」」
私が口に出すよりも猛烈な勢いで、エルが喝采を叫んだ。
勢いに押されて思わず口をつぐんだ私を見て、レオは――たぶん気のせいだろうけど――少しだけ物足りないような苦笑を浮かべた。
「じゃあ、この3人でパーティを組むってことでいいかな、神音さん」
ズボンのポケットから『身分証』を出して確認するレオの言葉に、ふむ……と一瞬、考え込んだ。
勢いに任せてOKしたけれど、『身分証』を開示するってことは、現在の自分のJOBやCLASSも相手に見せるってことだよね。簡単にこちらの手の内を見せても良いものなのか――と躊躇が生まれた。
けれど、Lv1の今現在、それを知られたところで、さほどデメリットはないだろう。なにしろ相手の方が圧倒的に有利なのだから、実質、生殺与奪はレオにあるといっていい。なら、下手に隠すよりも、こちらの手札をさらけ出したほうが、相手の同情も引けるだろう。
そう判断して、私も胸ポケットから『身分証』を出した。
見れば、エルはワクワクした顔で、スカートのポケットから出した『身分証』を手に、すでに準備万端整えて待っている。
「確か、お互いの『身分証』を重ねて「PT登録」って言うんだっけか?」
ヒラヒラと人差し指と中指で抓んだ『身分証』を玩びながら、レオが私の顔を見て確認してきた。
ちなみにレオの『身分証』の表示は、
『NAME:レオ
JOB:ダンディ・ライオン(Lv4)
CLASS:半神半人』
と、なっていた。
どんだけチートな設定なんだろ、この人。
遠くから見てる分には良いけど、身近にいたら友達にはなりたくないなぁと思いつつ、『神』の言葉を思い出して頷いた。
「そう言ってましたね。6人まではPT登録可能……解除の方は聞いてませんでしたけど、多分、その時は個人の『身分証』に「PT解除」と言うんだと思います」
「なるほどね。取りあえずPT登録してみようぜ」
「ええ。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
「ああ、よろしく」
ゲームでお馴染みのPTを組む際の挨拶をしつつ、お互いの『身分証』重ねて、「「「PT登録」」」と声をそろえた。
その途端、『身分証』に『PARTY』の項目が追加され、そこに自分以外のパーティメンバーの名前が記載された。
「おーっ、こうなるわけか」
「へーっ、ゲームとかだとパーティチャットとかできるんだけど、これってできないのかな?」
そう言いながら、なにげなくエルが『身分証』のパーティの表示を押した。
「これで通じたりして」
『これで通じたりして』
いきなり『身分証』からエルの声が聞こえてきた。
「――わっ。びっくり! 本当にPTチャができるんだね」
『――わっ。びっくり! 本当にPTチャができるんだね』
本人の声と、『身分証』から聞こえる声が二重になって、ちょっと鬱陶しい。
「便利だけど、傍にいるときは意味ないよな」
同じように感じたのだろう。苦笑いするレオに私も同意する。
「そうですね。離れた時は便利ですけど……」
「消せないのかな?」
「もう一度パーティの表示を押せばOFFになるんじゃないでしょうか?」
「なるほどね。――ところで、その口調なんとかならないかな?」
困ったような顔で言われて、今度は私が困惑した顔で首を捻る番になった。
「……なにか、おかしいでしょうか?」
「いや。そういう改まった口調で喋られると、なんか落ち着かないというか……」
ああ、なるほどね。
「それじゃあ、普通に喋るけど、イメージが壊れたとか言わないで貰えるかな?」
素の口調で喋ると、「なんか違う」「コレジャナイ」とか良く言われるんだよねぇ。
「へえ。地はそうなのか……ずいぶん変わったなぁ」
記憶の誰かと比較して、戸惑ったような顔をするレオ。
いや、だから私は君の知ってる誰かじゃないんだってば!
と、言う前に「ああ、そうだ」と先に話題を変えられた。
「それ拾っておいたほうがいいんじゃないか?」
そう指差すのは、先ほどレオが斃したルコサイト――その死骸があった場所に、なぜか転がっている、赤い液体の入った小瓶だった。
「もしかして、ドロップアイテム?」
これが「ゲーム」だというなら充分にあり得る展開である。
取りあえずエルと二人で1個ずつ拾って見た。
ご丁寧に瓶の側面に名前が書かれている。
『ヒールポーション(小)』
「……なるほど」
実にわかりやすいネーミングである。どんな効能があるのかは、まず大抵の人間が想像つくだろう。
「最初のモンスターのドロップ品としては順当なところかな」
妙な納得をしながら、私はそれをモンスターを斃して所有権のあるレオに差し出した。
「ああ、いらないから。二人で使ってくれ」
あっさりつき返された。
「というか、もう荷物が一杯なんだ。これ以上はいらないな」
そう言いながら背中を向けると、腰のところに迷彩柄のウェストポーチが2個ぶら下がっていて、どちらもパンパンに膨らんでいた。
「そういうことなら。ありがたくいただくよ」
「ありがとう獅子……じゃなくて、レオさん」
お礼を言って私はウェストポーチに、エルはスカートのポケットに瓶をしまった。
「さて、それじゃあ、この階のゴール目指して行くとするか!」
迷いのない足取りで、いま来た道を戻ろうとするレオ。
「もしかしてゴール部屋の場所がわかるの?」
「ああ、途中でそれっぽい部屋に続く大きな扉があったからな。こっちだ――」
歩き始めたレオを追って、小動物のような足取りで小走りに駆け出したエルだが、私がその場から動かないのに気が付いて、不思議そうにまた戻ってきた。
「どうしたの、神音お姉ちゃん?」
「――ん? なんかあったのか、神音?」
レオも怪訝な顔で戻ってきた。
なにげにいきなり呼び捨てかい、と思いながら私はレオの目を真正面から見詰め、ひとつ息をしてから口を開いた。
「レオ、エルちゃん、私達はこのままゴール部屋を目指さないで、なるべく遠回りをしたほうが良いと思う」
困惑した顔で、思わず……という具合に顔を見合わせる二人に、私は考えていたことを伝える。
「あの『神』の言うとおりなら、9階はチュートリアルで、クリアの条件は「死なないこと」と「ゴール部屋にたどり着くこと」。そして、もう一つ「9階で再会しましょう」と言ったことから考えて、プレーヤー全員がゴールするまではチュートリアルは継続すると考えられる。そして、チュートリアルが終わってからが本当のゲーム。それも6個しかない出口を巡ってのタイムトライアルレースになる。……ならば、このチュートリアルで経験値を稼げるだけ稼いで、レベルアップをしてから本番に臨んだほうが遥かに有利にゲームを進められる筈。……違いますか?」
「そっか! そうだよね、お姉ちゃん」
エルはうんうん頷いている。
一方、レオの方は難しい顔で考え込んでいるようだった。
「理屈はわかる。だけど、途中で二人になにかあったら……」
なるほど。私達の身を心配して決断がつかないというところか。確かに彼は強いが、でも万能というわけではない。ましてやこちらは足手まといなLv1の女子供。万一のことがあれば、その責任と後悔はずっと彼を蝕むだろう。
その煩悶は想像に難くなかった。
「……正直、私の提案はレオ、貴方の力に頼った虫のいいものです。ゲームであれば『養殖』なんて呼ばれてマナー違反扱いされる行為です。でも、これは「ゲーム」であってもゲームではない。現実に私達の命がかかっていること。だから、どんな誹りを受けようとも、この悪趣味なゲームから生還するために、私は出来ることをやっておきたい。だから、お願いします。助けてください」
いまの自分の赤裸々な気持ちを口に出して、私は深々と頭を下げた。
適当な理由をつけることも考えたけど、彼には打算のないこうした本音のほうが、納得してもらえるんじゃないかと思えた。
数呼吸の間、息を止めて考え込んでいたレオだけど、やがて、ふうっと息を吐き出した。
「わかった。俺に協力できることがあれば協力するよ」
思わず安堵の笑みが浮かびそうになったところへ、「だけど」と続きが語られた。
「条件がある」
「条件……?」
まあ、よほど無茶な条件でなければ呑むつもりだけど。
そんな私の困惑を察して、レオはにやりと笑って指を2本立てた。
「一つは、このチュートリアルが終わっても……いや、このゲームが終わるまで、俺をパーティに入れてくれること」
そう言って指を1本倒す。
「もう一つが、ゲームが終わるまでに俺との“約束”を思い出すこと」
どうだ、と言わんばかりの顔で、レオはもう1本の指を倒した。
1番目はともかく、2番目の無茶な条件に、私はまじまじと彼の顔を凝視するしかなかった。
予想通り、話が進みません……_l ̄l○