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神音のアマリリス  作者: 佐崎 一路
A FOREWORD
1/12

[OP-1] DEATH GAME

『“ジェイコブス・ラダー”あなたは選ばれた人間です。異世界で生き残りを掛けたゲームを行いませんか?』


 ある日、開いたHPの下、目立たないところにそんな一文だけのアフィリエイトが張られていた。


 新手のMMORPGかなにかの宣伝かな?

 陳腐な謳い文句だけど、ゲームの名前が聞いたこともなったのと、あまりにも広告が素っ気無くて逆に興味を引かれたこともあり、特に深い考えもなくそれをクリックした。


 それが私がこの世界に永遠の別れを告げた瞬間だった――。




 ◆◇◆◇




 なんだこれは? というのが最初に浮かんだ言葉だった。

 はっと気が付いた時には、座っていたハーラン・ミラー製事務椅子(アーロンチェア)の感覚がなくなり、それどころか見慣れた自室の風景が、すべて消え去っていた。


 周囲を取り囲んでいるのは、どこまでも続く白い空間。

 いつの間にか立ち上がっていたようだが、足元の感覚が妙にふわふわしていて覚束ない。


「ふむ……?」

 試しにその場に横になってみようと思ったけれど、横に向かった瞬間ぐるりと風景のほうが動いて、元のポジションに戻ったような奇妙な現象が起こり、気が付けば変わらない姿勢でその場に立っていた。


「……どうにも現実感がないけど、白昼夢でも見てるのかな」

 首を捻った瞬間、足元に光の円と共に細い光の線が走り、五芒星(ペンタグラム)が描き出された。


「魔法陣……?」

 そうとしか表現の仕様がない紋様に眼を瞬かせている間に、完成された魔法陣は光量を増して、煌々と輝き始めた。

 眩しさに耐え切れず、思わず目元を腕で覆った瞬間、魔法陣がまるで病院の磁気共鳴画像(MRI)の撮影のように、ゆっくりと足元から頭の先まで通り抜けて行った。


 これはいったい?と状況を判断する前に、新たな異変が襲ってきた。


 今度は逆の手順で、頭の上から魔法陣が戻ってきたのだけれど、先ほどと違い身体の奥底まで浸透するような暖かさと、ちりちりとした痒みのようなものを感じて、思わず眉を寄せた瞬間、不意に着ていた部屋着が消え去り、魔法陣の光に照らされ、替わってまるでホログラム映像のように、新たに出現した服が身体を覆っていく。


 銀糸を縫いこんだ黒のラバーっぽいジャケットに、下は同じ素材とデザインの黒いミニのワンピース。

 足元は膝上まである黒いブーツと、右足の大腿部にナイフホルダーがあって、20cmほどの大振りのナイフが一本収まっていた。


「……なんの冗談だ?」

 黒のミニスカートの裾を抓んで、思わず盛大に顔をしかめたところで、はっと気が付いて頭の上に手を当てる。

 そこに代わらぬ赤いカチューシャの感触を確認して、ほっと安堵のため息をついたところで、

『キャラクター・ネームを設定してください』

 頭の中に無機質な声が響いてきた。


「どういうことかな? この期に及んでとってつけたように、これがゲームだと言うつもりかな?」


『キャラクター・ネームを設定してください』


 どうやらこちらの質問には答える気はないようだ。


「本名でもいいわけ?」

『キャラクター・ネーム『本名』でよろしいでしょうか? YES/NO』

「NO」

『キャラクター・ネームを設定してください』


 どうにもこの状況を変化させるには、言うとおりにしないといけないようだ。

 私はため息をついて、普段仕事で使っているハンドルネームを口に出した。


神音(しおん)。漢字で神の音と書いて、シオンだ」

『キャラクター・ネーム『神音(しおん)』でよろしいでしょうか? YES/NO』

「YES」


「っ!」

 いきなり魔法陣がストロボのように煌いた。

 同時に足元の感覚が消え、目まぐるしく真っ白い空間が流れて……同時に身体の芯を鷲掴みにされ、そのままギュっと捻られるような、それかいったん身体がバラバラに分解されて再度組み直されるような、途轍もなく不快な感覚に襲われ吐きそうになった。


 それがどれだけ続いたのだろう。

 数時間だったような気もするし、数分……或いは数秒だったのかも知れない。

 不意に浮遊感が消え去り、とんっと足の裏に感触が戻った。




 ◆◇◆◇




 気が付くと、またもや世界が一変していた。


 ひんやりとしながらどこか湿った空気が周囲を包んでいる。

「……遺跡?」

 そこは切り出された灰色の石が規則正しく積み上げられ、無数の円柱状の柱になって30mはありそうな高さのアーチ状の天井を支える広大な空間であった。


 石のみで作られたここはまるで古代の遺跡のようだが、不思議なことにどこにも光源がないというのに天井から光が降り注いでいた。

 

 これも石造りの床の上。

 とんとんとブーツ越しに床の感触を確認して、自分がしっかりと両足で立っていることを確認する。


 そこで妙に胸元が重いような、引っ張られるような感触がして、ふと胸元を見てみると、黒のジャケットの下、隠しきれていない豊かな双つの膨らみがあった。


「………」

 触ってみる。ふにゃと掴んだ形に変形して、ダイレクトにその感触と感覚とが伝わってきた。作り物やフェイクではない。


 なんだこれは? 私は再度その言葉を頭の中で繰り返した。

 いや、これがなにかはわかっている。哺乳(ほにゅう)類の乳腺を覆う膨らみで、乳汁を分泌する器官――いわゆる乳房だろう。

 問題は、なぜこれが自分の胸についているのかが理解できないのだ。


 そこではっと気が付いて、スカート越しに下に手をやった。

 スカッとその手が虚しく臀部まで通り過ぎる。

 あるべきものがそこにはなかった。


「……どーいう冗談だこれは?」

 線が細いことと、生まれつきの女顔、そして切るのが面倒なので腰まで伸ばした髪のせいで、たびたび女性に間違われることはあるが、いきなり16年間やってきた性別を変えるほどハッチャケた記憶はない。


 いささか混乱しながら、なにか原因がわかるものがないかと周囲を見回した。

 途端。

「な、なんだこりゃ!? どうなってるんだ、これ??」

「す、すげーっ……! これゲームか!?」

「ちょっ、ちょっと、これどこよ! なんなのこれ!!」

「どうなってるだ! おい、いつの間にこんなところに!」

「いったい、なに? こんなの?」

 次々に男女の困惑や驚愕、狼狽の声があがった。


 どうやら無理やりこの場に連れて来られたのは私一人ではなかったらしい。

 見れば恰好も髪の色、眼の色もカラフルかつバラバラないずれも10代と思しき少年少女たちが、この広場に点在している。

 どうやら私同様、この場所に来る途中で意に反する変貌を遂げたらしい。目に見える自分の恰好や髪の色の変化を確認して、呻き声をあげていた。


 侍のような着流しに刀を差しているポニーテールの背の高い少女。

 騎士のようなフルフェイスの西洋鎧を着込んだ金髪の少年。

 ビア樽のような体型をして黒々とした髭を生やした青年。

 真っ白いトーガのようなワンピースを着たピンクの髪の少女。

 トンガリ帽子に黒のローブをまとい木の杖を持った子供。

 腰巻と手足を守る甲をつけただけの筋骨隆々な赤毛の男。


 その他様々な人たちがざっと見ただけで100人以上この場に集められていた。


 金髪、赤毛、白髪、銀髪はまだ良いとして、ピンクやオレンジ、3色メッシュなんて色もある髪と、これまた色とりどりの瞳の色をした彼/彼女たちだが、顔立ちそのものは日本人のものなので、まるでコスプレ会場のようだ。


 それと、どうやら見た感じ際立った美男美女の集団というわけではないので、各々の基本(ベース)の造作は(いじ)られていないように見受けられる。


 とはいえ……こちらは性別まで変わっている。ひょっとして顔形も魔改造されているかも知れないな。せめて鏡でもあれば……。

「!」

 と思ったところで、はっと気が付いて太股のナイフホルダーからナイフを引き抜いて、鏡のように磨かれた肉厚の刀身に自分の顔を映してみた。


「ふむ……基本は変わらないか。幸いというべきかな……?」

 小顔に大きな目、細い顎、すっきりと細い眉、白い肌。

 若干顔全体が丸みを帯びて肌の肌理(きめ)が細やかになった印象はあるが、造りそのものは自前の……街を歩くと男にナンパされ、レディスデーの店に入ると必ず割引される黒歴史の記憶しかない見慣れた顔だった。

 ただ変わっていた部分もあり、瞳の色が赤暗色に変化して、それと犬歯がなぜか少しだけ尖っていた。


 まあ、とりあえずいまのところ目立った不具合はないので、これで納得するとしよう。

 しかし、いままでは嫌で嫌でしかたがなかったこの顔を見て、ほっとするとは我ながら現金なモノだね。

 自嘲しながらナイフを戻した。


 その時。

「ねえねえ、おねーさん、おねーさんっ」

 背後からの呼び掛けに、誰のことかと一瞬思案して、ああ、自分のことか――と思い至った私は、苦笑いを浮かべながら振り返った。


 見れば若草色のショートカットの髪と同じ色の瞳をした、小学高学年から中学に入ったかどうか……という年頃の女の子が、興奮と困惑とがない交ぜの表情で話しかけてきた。

 着ているものは白いワンピースと同じく白のショートブーツ。それに先端の部分に黒いテニスボール大の水晶(?)が付いた、木製の粗末な杖を手に持っている。


「おねーさんもあのHPの広告からここに来たの?」

 別に隠すことでもないので軽く頷く。

「そうらしいね。あの『ジェイコブス・ラダー』ってゲームのところをクリックして、気が付いたらここにいたから」


 その会話が引き金になったのか、混乱していた周囲の人間も我に返った様子で、お互いに状況を確かめ合い始めた。

「じゃあ、アンタもあのゲームを押してここへ?」

「おいおい、ホントかよ! じゃあここってゲームの中?」

「そんな馬鹿な! こんなリアルな感触があるのに」

「俺のこの恰好って、いったいなんなんだ……?」

 どうやら全員があのHPのアフィリエイトを踏んだ瞬間に、同じような経過をたどって、この場へ召喚されたらしい。


「す、すごいね。これホントにゲームなのかな? 夢じゃないよね、触れるし。ねえ、お姉さん! ――あ、ごめんねっ。自己紹介もしないで一方的に。ボクは『エル』、本名は」

「ストップ! こういうオープンの場で本名は言わないほうがいいよ。エルで覚えておくから。私は神音(しおん)。神の音と書いて、シオンって言うの。よろしくね、エルちゃん」

「えへへへっ。神音(しおん)お姉ちゃんか、恰好いいね!」


 少しだけ腰を屈めて、屈託のない笑みを浮かべるエルと握手をする。

 物怖じせずなおかつ利発そうな可愛らしい子だ。きっとクラスのアイドル扱いなのだろう。


 と、握手をしたその瞬間、ポンと頭の中で音がして、

『NAME:エル

 JOB:ホワイト・リコリス(Lv1)』

 という表示が浮かんだ。


 思わずまじまじとエルの顔を見詰るが、「?」彼女の方は特に変わった様子もなく、小首を傾げて私を見詰返すだけだった。

 どういうことだろう? 相互的なフレンド登録かなにかではないのか? どうも私の一方通行のような感じがするが……?



『さてさて、皆様。これよりチュートリアルタイムとさせていただきます』

 

 その時、唐突にソレは空中に現れた。

 え?という顔で、全員が一斉に頭上を見上げた。


 広場の中央にあたる頭上10mほどのところへ、真っ白い服を着た人物が傲然と椅子に座った姿勢で、なんの支えもなく浮かんでいた。

 危なげな様子はない。まるで高解析度立体映像のように安定した姿である。


 これは人間ではない。


 誰もが一瞬にして直観した。大津波や火山の噴火に直面したような、本能的な絶望感が胸を満たす。

 顔全面に真っ白い仮面を被ったソレは、目の部分に開いた穴から赤い硝子玉のような無機質な瞳を、その場にいた全員へと向けた。


『ようこそ“ジェイコブス・ラダー”へ。

 これはゲーム……超体感型ゲームといったところでしょうか?

 お集まりの皆様にはそこいらのMMORPGや空想のVRゲームですら味わえない、真の体感をお届けいたします。

 まず、クリア条件はここ地下10階のダンジョンから地上へと脱出すること。

 ただし、ここにお集まりの皆様124名のうちから地上へ脱出できるのは脱出口1箇所につき最大で6名。

 そして脱出口は6箇所ありますので、6×6の36名が最大脱出人数となります。……いやいや、天国の門は狭いもので、残念ながら全員分の梯子(はしご)はありません。これでも大盤振る舞いなのですよ。

 なお、ここでの痛みは現実の痛みであり、死はそのまま不可逆的死を意味します。なにしろ超体感型ゲームですので。

 最後の脱出口が閉められた段階でゲームは終了となり、このダンジョンも消滅いたします。当然、残された方々も消滅となりますのでご了承いただきます」

 年齢も男女の区別もわからない不思議な声音が、どこか(わら)いを含んだ声で告げる。


「ば……馬鹿な!」

「そんなゲーム誰がやるか!!」

「帰してっ。アタシたちを帰してよ!」

「やってられるか! ふざけるな!!」

「うええええっ、帰りたいよ、あたし!」


 全員が一斉に悲鳴と非難の叫びをあげるが、頭上の白い人物は無言のまま……いや、その悲痛な叫びを愉しげなBGMにように、仮面の下でニマニマと嗤っている気配すら感じられた。


「“ジェイコブス・ラダー”そして“天国の門”か。悪趣味な……」


 思わず吐き捨てた言葉に、呆然と私の手を握ったまま立ち竦んでいたエルが青い顔で、「どういうこと?」と聞いてきた。


「ジェイコブス・ラダーというのは旧約聖書に出てくる『ヤコブの梯子』の英語読み。

『見よ。 一つの梯子が地に向けて立てられている。その頂は天に届き、見よ、神の使いたちが、その梯子を上り下りしている。』――だったかな。羊飼いのヤコブが夢に見た、地上から天国まで伸びる梯子のことで、神の保持物とも言われているもの。つまり、あの白づくめは、自分を神になぞらえて、ここにいる全員で命を賭けた椅子取りゲームをやらせようって魂胆なんだろうね」


 そう指差したところで、問題の白づくめはもとより、広場にいた全員の注目が集まっているのに気が付いた。

 神妙な面持ちで聞いているエルはともかく、他の連中まで聞こえていたのは予想外だったので、ちと恥ずかしい。妙な薀蓄(うんちく)をたれる変人と思われたかな――と、少々ばつの悪い思いで周囲をこっそり窺ってみると、予想通り感心と呆れ、そしてなぜか妙に熱い視線が集中していた。なんだろう特に男の視線が強烈なんだけど?


 と、不意にパンパンと乾いた拍手の音が頭上からした。

『いやいや、博識ですね神音(しおん)さん。私の言葉の裏もきちんと読み取っていただけるとは、解説者冥利に尽きるというものです。――ですが付け加えますと『神になぞらえて』ではありません。実際に私はこの世界の管理者、すなわち『神』なのですよ』


 それからその自称『神』は、外連味(けれんみ)たっぷりに両手を広げた。


『神が造りしゲーム。皆様には存分に堪能していただきたいと思います』

別作品のIFを考えていた時に浮かんだ作品です。

思い出したように続きを書く予定でございます。

脱出するまでなので、割と早く終わりそうですけど、私が書くとなぜか延びるんですよね(`-д-;)ゞ

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