ロサンゼルスの絡繰人形 その1
思い出話ってわけじゃないけど、現状にいたるまでの経緯もかねて昔話をしようと思う。
昔話といってもほんの二年前の話。
そうだね、時系列としては水扉市の生物災害テロ事件からだいたい二週間月後くらいだと思う。
腕のギプスが外れて、それなりに体調という名目の魔力循環がある程度はもとに戻り、体を構築するブッ飛んだ魔術知識の復旧がある程度済んだくらいの頃の話。
館の復旧を骨折という名目でサボリ、不死子と敦也の白い目を涙々に耐えた私は傷が治るやいなや旧友に会うべく飛行機に飛び乗ったのだ。
ちなみにここだけの話、骨折そのものは三日程度で治った。私は単純にオフが欲しかったのだ。
二人は素直に騙されてくれた、不死子は私との付き合いが長いというのにこういう事に関しては見抜く事ができないのだ。
もしくは見抜いていても私の性格を考えて、気がつかないフリをしていたのか。
不死子の性格だと可能性は五分。
前者でも後者でも私が怠けきったという事実は覆らないのだから、彼女の心境を考えるのは時間の無駄だ。
事実だけがあればいい、私達魔術師の思考というものは得てしてそのようにできていると覚えておいてくれるとこの後の話も早いのでよろしくといったところだ。
この話で私はそれなりの事件に巻き込まれる事になるのだが、ネタバレするなら私は無事である。
語り部として本人が話すのだから当然といえば当然だが、ライブ感を重視するために振り返っての語り口はここで切っておこうか。
そんなわけで、私は久しぶりにアメリカはロサンゼルスに降り立った。
地名くらいはさすがに一般教養として知ってはいるだろうが、説明するなら米国に存在するメガロシティである。
同名の郡にある主要都市であり地域としてはやはり有名なビバリーヒルズやらサンタモニカも存在している。
観光名所としては日本でもおなじみのネズミを主なマスコットとするリゾートスポットやこれまた日本にも存在する映画をモチーフにしたテーマパークなどが存在する。
日本が節操が無いのか、それとも日本という国にビジネスチャンスを見出すのか?
サラリーを稼いで暮らす連中の考えや民族気質は、いわゆるガイジンである私にはわからないし、魔術師という立場であるゆえに理解しえない。
何にせよアメリカンドリームという言葉の意味も重さも随分とうすっぺらくなったなぁというのが私の所感だ。
観光地の話をしたいわけではないし、私自身が観光目的で来たわけでもなく、当然ビジネスの話であるはずもない。
どうでもいい与太話は隅においやって目的の話をしよう。
私は天使という意味を持つこの街に住む旧友の魔術師に会いに来たのだ。
英国の魔術協会に籍を置いていた時に、私とはぐれ者仲間として交友していた真理の魔術師。
名前を『ナージャ・ナーナナナナナ』という。
あろうことかグリフィス天文台という公的施設にこっそり居を構えるという暴挙をとっている彼女に会うのは簡単である。
天文台の他にも野外劇場やゴルフ場を内包するグリフィス公園内に併設されている動物園を日中にブラついていればいいのだ。
そうすれば、ほらみつけた。
「ニーニ、ほらキリンよ。首が長くて可愛いわね」
ニーニと呼ばれた女性の手を引く少女。
体格は私と同じ程度、日本の女子を基準にするなら中学年から高学年というところか。
モジャモジャしたウェーブが特徴的なボブカットのブロンドヘア。常にジト目をしているような目つきを可愛いかというならば意見の分かれるところだが、その少女らしからぬ丹精な顔立ちと、少女ながら古き良きレディーを思わせる立ち姿は美少女と呼ぶに差し支えなど無い。
だがなぜかその顔は常に締まりのない半笑いであり、さらに内面を知る私はとても美少女は思う事は無い。
少しでもナージャと接するばわかるが微妙な少女、そこからとって微少女という具合だ。
日本語は難しいが、こういう表現ができる点を私は評価している。
「よっ」と私が声をかけると、ナージャは「あら」と特に驚いた様子もなく振り返る。
馴染みのジト目で私をみながら空いた手で元気よく手招きする。
リアクションは派手だが、半笑いである。
このシーンだけを抜粋するなら、同じクラスの小学生が偶然街で出会ったというような光景だろうが、私はナージャに会うのは少なくても五年ぶりくらいであり、私が来るという事も事前に知らせてはいない。
なのにこの軽いリアクションである。
魔術師は何事にも動じてはならないというような格言があったような無かったような気がするがさすがに動じなさすぎである。
「ニーズじゃない、久しぶりね。今はニーニとキリンを見ていたの」
ナージャに手を引かれるニーニという女性は無言、無表情のままお辞儀をする。
「ニーニ、挨拶くらいはちゃんとしなさい」
声に出して挨拶をするように、というナージャの言葉にニーニは表情を変えずに首をふる。
顔だけみるならポーカーフェイスというよりも表情が無いという印象を受けるニーニ。
実のところ私は彼女の表情が変化したところ見た事が無い。
ではトールのように感情というものが欠如しているのかというとそうではなく、むしろ感情は豊かでありその感情の表の出し方はリアクション以外は持ち合わせていないというのがニーニなのである。
その証拠に久しぶりに私に会えたという事に対して、表情を一つ変えず、声にも出さず、謎の軽快なダンスを私に披露してくれているのだ。
正宗と甲乙付けがたい絹のような金髪をバランバラン振り乱しながら、激しいステップを踏むニーニ。
なまじ映画スターのような甘い顔立ち、そしてモデルのようなスリムスタイルと貞淑な紺を基調にした女性らしいスカートルックがおかしな化学反応を起こし、とてもシュールな光景である。
幸か不幸か、私達は周囲に認識されないような魔術を行使しているため騒ぎにはならないのだが。
ちなみに今の自分たちが認識されないだけであって、写真のような記録媒体には残ってしまう。
なのでビデオカメラを回しているあそこの家族や、記念撮影してもらっているあちらのカップルにはこの奇行はいずれ確認されるであろう。
きっと驚くぞ。
「次はシマウマを見ようと思ってるの、ニーズも見るでしょ?」
「んー、まぁ折角だし付き合うよ」
結局挨拶をしなかった事や、不思議な踊りに対して特に叱る事も言及する事もなくナージャはニーニの手をとるとシマウマの檻へと歩き出す。
私はその後ろについて歩くが、ニーニはそんな私を見ながら空いている方の手をブンブンと振る。
なるほどと察し、ニーニの空いている方の手を握る。
見た目はお姉さんに引率される女子二人、しかして意味合いとしてはお父さんとお母さんに引率される子供に近かった。
「シマウマよ、競馬にシマウマだけのレースなんてあれば面白そうよね」
ニーニと私は返事をする事もない。
「あら、ニーズが何も言わないわね。ニーニ、あなたニーズに嫌われるような事をしたんじゃない?」
ナージャの言葉にニーニは私をジッと見下ろす。
表情が変化しないため、悲しいのか怒ってるのか困惑してるのかはわからないが、私の手を強く握るあたり悲しんでいるのだろう。
このように特に意味もなく、それでいて騒ぎの種になるような事を言い出すのがナージャなのだ。
「大丈夫、ニーニの事は大好きだから」
私の手を握る力が弱くなり、一安心したところで。
「ところでニーズ、いったい何の用があって来たのかしら」
と、唐突にナージャが確信をつく質問をしてきたのだった。






