聖剣と分福茶釜達 後編
「それでは、この報告書が虚偽の物であると仰られますか?」
「いえ、そうではありません。表現が不適切であった事はお詫び申し上げます」
「ふむ、すると私が信用にいたらないというのは宗教観の相違からでしょうか。クラーク、その恐いお顔を控えて。これではゆっくり話も出来ません。さて、教会とアメリカ政府の親交という以外にも思うところがあるとみえる」
ダニエルは先ほどのフォズンの発言など気に求めていない様子で話を続ける。
「ええ、今回の件はこちらの報告とそちらの報告。あまりにも相違点が無さすぎる。私はそれを危惧しております」
「無い、という事は良い事なのではないでしょうか?」
フォズンの言葉はダニエルの言う通り矛盾がある、情報は正確な方が良いのだから突っ込むのは当然であった。
「人の視点というのは正直です、そこに悪意があろうが無かろうが主観という物が入る以上、報告が全く同じになるという事はありません。それは歴史が証明しています。相違点が浮かび上がるからこそ、互いの考えを後に残すものである。それがお互いの不可侵にも繋がります。当初の話にもあった情報の伝達の速さに通じる物がありますね。そして私も同じようにアナログが好きです。嘘をつく人は目を見ればわかります」
凛とした表情と声でハッキリとフォズンは宣言した。
「あなたは故意に報告をこちらに合わせて、何かを隠しているのではないのですか?」
目を見ればわかると宣言した通り、フォズンはダニエルの細い目を見ながら尋ねる。
静かながらも凄みを聞かせた言葉だったが、ダニエルは薄い笑みを崩さない。
「生真面目なお方だ、つまり私が自国に利益をもたらす何かを隠すために、わざとそちらの報告に合わせるように報告をしたと仰られるわけですね?」
「そうです」
ダニエルは短く息を吐き出し、逆にフォズンの瞳を直視して答えた。
「そのような事実はございません」
ダニエルの言い切った発言に、空気が沈黙する。
時間が止まったかのように錯覚する、静かな室内。
その中で、ダニエルもフォズンも瞳をそらさず、腹の中を探るみように目を合わせ続けていた。
「なるほど。先程の発言を撤回します、私の勇み足でした」
「おや、それはどういう意味ですか?」
「先程、申し上げた通り。そちらの政府側がこちらに合わせ、何か世界の驚異になりえる事を隠しているのでしたら、教会としては魔を利用し世界の平穏を砕かんとする芽を摘まねばと考えていました」
「おや、それは恐ろしい」
「今回の事件の責任者である、貴方の是非を見極めるつもりだったのですが、貴方の目に嘘はありませんでした。先ほどの非礼を深くお詫び致します」
「いえいえ、それは結構。こちらとしては疑いが晴れて喜ばしい限りです」
深く陳謝するフォズンを目にし、慌ててダニエルは頭を上げるように促した。
「しかし、考えようによっては恐ろしい話ですね。お恥ずかしい限り、私も責任者として現地に飛び部下の報告を纏めていたのですが、部下の申告に対して疑う余地は入れませんでしたからね。……ここだけの話、私は責任者として日本に飛んだのですが、その裏でチェルノボーグと呼ばれる、いわゆる放射線。言うなれば魔の観測に赴いていたのです。当方としては不幸な事故を起こしていますからね。その復旧に向けての技術を得ようとする実験です。……しかし、技術は良き物が使わねば兵器となりますからね」
ダニエルの告白に、さらにフォズンは驚いて声をあげた。
「そのような事を話してしまって良いのですか!?」
「皮肉を言いますが、信用されてないとああもハッキリ言われてしまってはこちらも、隠している事を話さないといけませんからね」
「これは、そこまで深く捉えてしまわれるとは。本当に失言でした」
「いえいえ、聖職者に隠し事を告白するのは罪ではないでしょう。それに事件として世界が少なからず魔という物を知ってしまった。今後はあなた方とより連携を深くしていかねばなりませんから。前回のテロで産まれた魔の殲滅戦。近く準備が整ったら決行されるのでしょう。その時はお互いに協力して」
「ええ、こちらこそ」
セルゲイは手を差し出し、フォズンはその手をとった。
少しの談笑の後、フォズン達が部屋を後にして暫く。
これまで張子の虎のように構えていた、クラークが今日初めて口を開いた。
「流石ですね、聖職者を騙すとは」
「おやおや、騙すとは人聞きが悪い」
ダニエルはニヤリと笑った。
「ただ、ああいった真面目な方は一度でも思い込むと自分の意見を曲げる事はしませんからね。自分達が間違っているはずがないという前提で話を進めていたのが良い例ですよ」
「どういう事です?」
「私が日本に行った理由、目的、その全てが本当です。私が嘘をつくはずがないじゃないですか。私の名前はグッドマンなのですよ。私達だけが世界の驚異たらしめるわけでもありませんし」
その言葉を聞いてクラークはダニエルの言葉を思い出す。
『自国に利益をもたらす何かを隠すため』
『魔の観測に赴いていた』
『復旧に向けての技術』
そのどれもが嘘をついてはいないが、真実もまた言ってはいない。
生真面目だからこそ嘘を見抜く。
だが、生真面目だからこそ嘘を見透かせない。
「報告書の矛盾にならない矛盾に気がつく賢しい目、愚鈍と言っても良い意志力、彼女を飼い慣らせば仕事はもっと早く進みそうですね」
「ならば手応えはありましたね」
「……いえ、それはどうでしょう。私は彼女の信用を勝ち取りはしたものの、信頼までには至りませんでしたからね」
「今回の事件、アメリカ政府は絡んでいないようですね。彼らが悪さをしていたのなら、それこそ戦争になってしまうところでした」
肩の荷が降りたという様子のフォズンだったが、ピエールは難しい顔をしていた。
「それは確かにそうですが、あの事件にはやはり裏がありますね」
いつになく真剣な様子のピエールにフォズンは眉をしかめた。
「どういう意味でしょう、彼が嘘をついていたと?」
「そうとは言ってない。でもな、嘘を言わなくても隠し事はできる。是非だけならアイツは是だがな、物事はそこまでシンプルじゃないだろ。いい加減にその歳なんだから理解してくれ」
「歳は関係ないでしょう、人は常に学ぶ生き物なのですから」
相変わらずズレたところで不機嫌になるフォズンにため息を漏らしながらもピエールは続ける。
「魔を放ってどうにかしておいて、自分達が助けるっていうマッチポンプならいいんだがな。アメリカは強い、正義の味方ってのをアピールするにはリスクが大きい、つまりもっと利権に関わる事が動いてるって事だ」
「利権? 金と権力を求めるためにあのような事を、と言いたいのですか?」
「純粋なフォズンにはわからないだろうが、世の中ってのは金と利権で動いてるんだよ」
「ピエール、職務ではカレトヴルッフの二つ名で呼びなさい」
「え、そこかよ!?」
「そこはしっかりと線引きしていきませんと、気の緩みは我ら聖職者にとっては大罪です」
「はいはい、そりゃ失礼しましたね」
そこでピエールは考える、自分達と同じような報告。
つまり報告を示し合わせる事が出来たとしたならば、フォズンは隠すために向こうが合わせたと言っていたが、最初から教会と政府が合わせていたならば。
利権が絡むと言ったが、利権と同じくらい価値のある信仰を揺らがせる物を隠していたのならば。
魔と一口に言っても自分達でもわからない部分の方が多い。
ならば日本で起きた事を直接体感している魔術師に話を聞かなければならない。
この最悪のケースが事実ならば、アメリカ政府どころか教会皇朝にも裏切り者がいる事になる。
「なぁカレトヴルッフ様、日本での殲滅戦の話。それが来た時は俺を派遣してください」
「おや、サボリ魔のピエールにしては珍しですね。どういう風の吹き回しですか?」
「たまには血の半分の故郷に帰省もいいかなと思いましてね、それなら教会が費用を出してくれますし、げひゃひゃひゃ」
「ピエール、あなたは俗が抜けきっていませんね。許可すると思いましたか?」
「ですが、自分なら向こうの陰陽師達にも顔が利きますよ。適任ですぜ」
「……確かに。ふぅ、言いくるめられた気がしますが、時が来たらあなたに行ってもらいましょう」
「どういう事でしょう?」
「彼女の後ろにいた男、彼は最初からあなたよりも私に敵意を向けていました。知っているという事で、第一印象を良くしようと思ったのですが、かえって警戒を招いてしまいましたね。規律ある組織の中にいるあの手の人が一番、やっかいな存在なのですよ」
「消しますか?」
「彼を始末するためだけに動くというには、リスクも負担も割にあいません」
「当面は教会の疑いをフラットにしただけで良しとしましょう」
ダニエルは期待が外れたという様子でため息をついたものの、それでも口元を緩ませる。
「とはいえ、それでも彼がしようとする事なんて想像がつきますが。依然として一番の懸念事項はあの魔術師に変わりありません。近いうちに長瀬君と姫野さんに少し頑張ってもらいませんとね」