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現の逸話  作者: 面沢銀
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水の記憶 その2

 少女は知らない天井を見て眼を覚ました。

 ぼんやりとした感覚で身を起こして周りを見回すと、壁いっぱいの大きなキャンバスに下着姿の女が絵を描いていた。

 少女はまだ芸術関係の知識については疎く、その技術とか素晴らしさをよくわからなかったが、それでも下着姿の女の書く絵が著名な画家と肩を並べるほどに素晴らしいものだという事は理解できた。


「あ……あの……」


「五月蝿い! 少し話しかけないで!!」


「ひゃ、ひゃっ」


 下着姿の女の人の凄みに気おされて、少女は何も言えずにベッドに座り、絵を描く彼女の後姿を見ていた。

 どれくらいたったのか。かなり長い間、女は黙々と絵を書き続けた、水も飲まず、キャンパスにのみ集中する。

 驚異的な集中力だったが。不意に彼女は絵の具の入ったバケツを壁いっぱいのキャンバスにぶちまけた。


「あーくそ、ダヴィンチの野郎……勝手に死にやがって……もう少しヒントを残して死ねよ……」


 一言だけぶっきらぼうに呟くと、ぶーたれた顔で彼女はハマキに火をつける。

 咲夜つけていた仮面を外したその顔は、寝不足気味らしく少しクマがかかっており、娼婦以下のだらしのない格好に合わせているように髪も纏めたとは言いがたい雑な固め方。

 そもそも、顔立ちも体のラインもこの国のものではないようだった。


「あー、悪かったね。んで、目覚めはどう? よくは寝れなかったろうけど?」


「だ、大丈夫です。えっと……」


「もっかい名乗るのメンドイ」


「……アカイワ・ノリコさん?」


「ん、ノリコでいいよ」


 ノリコはハマキを大きくすいこみ、多量の煙を吐き出し、灰を落とすと、逆に質問を投げる。


「で、どこまで覚えてて。自分の事をどこまで知ってる?」


 その質問に少女は困りながらも一生懸命、言葉を捜して答えた。


「えっと、ニコライがまるで怪物になって……それで……」


「あんた、何人目?」


「え?」


「ん、知らんの?」


 ノリコさんは別に驚いた様子もなく、殺伐とした口調で聞いてくる。

 少女はその言葉をきっかけにするように、脳裏に目にした墓が思い浮かんだ。

 

「た、多分……五人目だと思います。で、でもどういう事なんですか?」


「説明するのメンドイからH2Oが来るの待ちな」


 言ってノリコさんはハマキの火を消すと、緩慢な動作で部屋から出て行くと、すぐにお盆をかかえて戻ってきた。

 お盆には赤いぐちゃぐちゃした何かとソーセージとパンが置かれている。


「食べなよ、腹減ってるだろ?」


 言ってノリコさんは赤いぐちゃぐちゃの何かにソーセージを付けて食べる。

 ナイフもフォークもないからもちろん手づかみだ、赤いなにかで手はべちゃべちゃになってるしパンもその赤い何かにつける、というよりもひたしてから食べるからぐちゃぐちゃだ。


「食べないの?」


「これって何ですか?」


「トマトを潰してソースにして、そこに砂糖と刻んだ玉葱とチーズを入れて煮込んだやつ」


「そ、そうですか」


 食器に関しては聞くのも無駄だと思い、彼女はその赤い何かにパンを浸して食べる。

 はしたないという感情は、緊張と空腹が押し殺した。


「あれ……おいしい」


「だろ?」


 見た目は酷いし、手づかみだっていうのに、こんな犬のご飯みたいなのがこんなに美味しいなんてと、少女は自分の知らない世界に少なからず感銘を受ける。


「ほら慌てんな、まだある。お前、口の周りが真っ赤だぞ」


 言ってノリコは手ぬぐいで少女の口の周りについたソースを優しく拭き取った。

 全く同じものを食べているというのに、ノリコさんの口周りはまったく汚れていないのが少女にとっては不思議だった。。

 二人が食事を進めていると、外の扉からノックの音が聞こえ、ノリコが扉の前に立つ。

 少し警戒した様子で、ノリコは扉の向こうに声を投げた。


「変態」


 ノリコがそう言うと。


「紳士だ」


 扉の向こうから言葉が返ってくる。


「入っていいぞ」


「邪魔するよ」


 言葉と同時にハンフリーが入ってきた。


「やぁ、また会えたねお嬢様」


「お前がここに連れ込んだだろ」


 入って来るなり興奮を隠しきれないハンフリーを気にもとめないでノリコは食事を進めた。

 対照的に少女はハンフリーのその鼻息の荒い様子に戸惑うばかりである。


「具合はどうだい、昨日は危ないところだったね」


 そのニヤケたハンフリーの様子を見て、やっと少女は聞くべき事を尋ねる。


「あの、お父様は?」


「殺したいけど殺せてない、傍にやっかいな魔術師がいるみたいだね。まぁ、そんなのがいるのに何でこんな状況になったのか理解に苦しむけど?」


「お父様は生きてるのですね……良かった」


「まぁ、近いうちい殺すけど」


「何でですか!」


 私の言葉にノリコはソーセージについた赤い何かを舐めながら口を挟んだ。

 その様子は酷く蠱惑的で、男性の煽情を刺激する仕草である。


「いいね、ノリ突っ込み。ってか使い捨ての子じゃ状況なんか知らないでしょ。五人目でそれだもん」


「うーん、墓の数から察するにだね。ミューズ、君は昔の事を覚えているかい?」


「ムーサです……お母様のお葬式の事とか、他にもいろいろ」


「ふむ、では三日前の事はどうだろう?どんな些細な事でもいいよ、思いだせるかい?」


「三日前……えっと」


「夕食に何を食べたか、どんな服を着ていたか。いや、三日前の天気でもいい。晴れだったかい? 雨だったかい?」


 ハンフリーの質問に少女は戸惑い、答えに困る。

 三日前の天気がどうだったか少女hどういうわけか思い出せないでいた。


「晴れでした……」


「その通り、正解だ。三日前は朝から酔い天気だった」


「そうですよね」


「残念ハズレ、朝のうちは雨が降っていたよ」


「……そうだったかもしれません」


「疑問に感じるよね、感じてしまうよね。その疑心暗鬼、ずっと続くのは苦痛だよね」


 まくし立てるようなハンフリーの言葉に少女は言葉を失う。

 まるで、私が私ではないような酷い精神状態だ。


「僕が忘れさせてあげるよ、ベッドの中でね」


「ひぃっ!」


 満面の笑みで私に詰め寄るハンフリーさん、少女は助けを求めるようにノリコの方を見るが、ノリコの様子は少女の貞操の危機にさえも興味はないようである。

 それどころか。


「なにそうそう怯える必要はない、もうH2Oはお前の性器の形まで知ってるぞ」


 そのノリコの言葉に少女は絶句する。


「怯える事はないよ、昨日は見るだけでそれ以上の事はしてない。今日だって痛くはしないから」


「いやぁーーーー!!」



 ――――。



「レディーに顔を引っ掻かれるというのもまた、男子として必要な事なのかもしれないね」


「さぁ、俺は男子じゃないから知らん」


「ごめんなさい……まさかお医者さんだったとは」


 ハンフリーは私に引っかかれた頬を氷嚢で冷やしながら、絶え間ない笑みのままで続ける。


「まぁ、僕の場合は医術は過程のためだからいいんだけどね。僕の……いや、僕達の本業は。当ててごらん?」


 ハンフリーの言葉に釣られて壁の絵の具で塗りつぶされたキャンバスを見る。


「芸術家さん?」


「正解」


「ブブー、魔術師」


 どっちが正しいんだろうと少女は頭をひねる、ノリコは正解と言ってハンフリーは違うと言ったが、少女はそのどちらも正解のような確信を覚えていた。


「それで、何をするの?」


「君の作られた記憶に介入するよ、君が自身が何なのかわからない状態で話してもらちがあかないからね。それではいくよ。アイン、ツヴァイ、ドライ」



 ――――。



 雨が降っている。

 ここは裏庭で、お父様の知り合いの方がいっぱいいる。

 少女は父に泣きながらしがみついて、裏庭に掘られた墓穴に母の棺が埋められるその瞬間。


「雨はいいよね、こういった雰囲気を見事に演出。こういったシーンって変に記憶に残ったりするよね」


「雑なディティールだな、劣化したのか。それとも暗示で誤魔化して。そもそも実力不足なのか?」


 記憶の中の少女は父の足にしがみついている。

 少女はいつのまにか二つに別たかのように二人になっていた。

 戸惑いを覚えつつも、父の足に縋る少女は自分ではないと理解できたからこそ、取り乱す事はなかった。


「私がいる……」


「それにノリコさんにハンフリーさんも」


「同じ事を説明させるなら面倒だから、そいつの死を選ぶ」


 ノリコが怖い顔で少女を見た。


「ノリコとハンフリーさんは何でここに?」


「ん」


 ノリコは満足した様子で再びハマキに火をつけた。


「つまりはそういう事、造られた記憶ってわけだ。暗示でこの景色を刷り込んでそこのミューズの視点で見せてる。つまり世界を頭の中につくったみたいなもんさ。だからいじってあげればその世界を自由に見る事ができる。ちょっと屋敷に入ってみようか?」


 言ってハンフリーは扉のノブを回すけど扉はちっとも開かない。


「入れないね、どうしてか? ここ意外の景色を作る必要がないからさ、それにもっと別の理由もあるしね。それでは次のシーンに行こう」


 言葉と同時に景色が変る。

 少女が父に花の冠をあげたシーン。


「はっはっは、これはなかなかに少女趣味だな」


「いってあげるなよノリコ、娘を使い回す変態なんだよ」


「お前が言うなよ」


「さぁ、話を進めよう。この思い出とやらも実に変だ。まず、ここはどこだい?」


 ハンフリーさんの言葉にまた返事が返せない。


「どこかのお花畑……?」


「おかしいね、君の屋敷にこんな花畑はない。調べによると君は一歩も屋敷の外にはでていないね」


「忘れてしまったのかも」


「生まれて一度だけの外出でどこに行ったか覚えてないというのはおかしいだろう、この見渡す限りの花畑。街道さえもない。そこに御付も馬車もない。こんな状況はあるかい?」


「頭が痛い……もうやめて」


「そうだね、この世界はもうやめにしよう。でも、申し訳ない事に僕はサドなんだこれくらいではやめないよ! やめるもんか!!」


 ハンフリーは興奮した様子で指を鳴らす。

 すると、ノリコの部屋に戻った。


「今のはいったい……?」


「さぁ、この新聞を見たまえ。十五年前の記事だ。ムセイオン邸炎上、君の屋敷は十五年前に焼け落ちているのだよ」


 ハンフリーの手にしている記事に少女は眼を通す。

 

     


   ムセイオン邸炎上

 反抗はロイド婦人のものか?

 

 

 昨日未明、ムセイオン邸が焼け落ちた。

 火の勢いは激しく、また周囲の者も誰も気がつかない状況。

 使用人が犯行に加わったものと考えるが、使用人の消息は全員不明の状況である。

 またロイド婦人、ウェンディ・ムセイオンも娘のムーサ・ムセイオンと共に消息を絶っている。

 同二人はロンドン方面へと朝方馬車で走り去ったという目撃情報もでており、ほぼ全焼の大火事であったが、幸いにも死傷者はでていない。

 動機としてはロイド氏の結婚を巡る遺恨やオカルトめいた研究の噂もある。

 痴情のもつれか、教会からの警告として街の声が聞こえる。





「なに……これ……」

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