ロサンゼルスの絡繰人形 その5
ひと仕事を終えたニーニの頭を撫でながらナージャは少し考え込む。
口にはしないが、私とナージャに要件があったという事で間違いはないだろうし、考えられるケースとしては中国がやったと見せかけるという事もありうる。
事情がわからない他国からしてみれば拠点から動く事が珍しい魔術師が米国に飛んだ。
その事実だけでこの前の日本のバイオテロに私が関与しているのでは、と考えて行動するのは仕方がない事なのか。
国防総省とつながりのある魔術師と、バイオテロに関与したかもしれない魔導士が早々に顔を合わせるとなれば『とりあえず確保しておこう』という考えに至るというのもわかる気がする。
しかしそれだけで白昼堂々と襲って来るものだろうか、こういうのに詳しい知人は……いるにはいるけど。
ダニエル・グッドマン。あいつが相手じゃ、ヘタを打てば彼そのものが黒幕だったという事もないとは言えない。
そうなれば最悪のケースともいえる。
「偉いわよニーニ、でも殺すのはやりすぎね」
ニーニはえっという表情を見せる、初めてわかりやすい表情の変化を見せてくれたけれど、これはこれでまずい。
起きてからいろいろと聞こうと思ったのがご破産である。
それを察してだろう、ニーニは殺してないと首を振る。
「嘘よ、からかっただけ。自殺されたら仕方ないわ。そうすると困ったわね。どうしたものかしらこの状況、さすがに誰んにいつまで、どこから狙われるかわからないというのは居心地が悪いわ」
ナージャのブラックジョークにニーニは子供のようにぽかぽかとナージャの胸を叩く。
見た目は子供のナージャに大人のニーニがそのリアクションというのは実にアンバランス。
それでも可愛らしく見えるのはニーニが美人だからでなのだけれども。
「私はもう帰国した方がいいかなこれは?」
「今回は私達二人を同時にってだけで、相手が各個確保でも問題ないなら戦力の分散はよくないかしらね」
「それは確かに……いや、一人ずつで問題ないならそろこそ別れてから確保するわよ。集まっていてもやむなく襲ってくる理由があるとしたら」
それは全員が間違いなく、その事態の対応におわれる。
おわせる必要があったという事にほかならない。
私がイレギュラーだとしても、同じ場所に足止めさせておけばいいとしたら。
「ナージャ、あなたって認識されない結界を常に張ってるのよね」
「そうよ」
「じゃあ例えば結界の中に誰か入ってきたとしたら、それはわかるものなの?」
「不死子のソレは確かにそうね、不死子の教え方が悪かったから私はそこまではできないわ。何か違和感があるくらいで、でもそれでいいのよ。私ってば好戦的だからその敵がきたのはなんとなくわかるけど、いつどこで何人くるかわからない。そういう常在戦場的な考え方が常に緊張感を産んでいるのよ」
「ねぇ、あなたって情報のやり取りって直接誰かとするのよね」
「同じ話題をすぐ繰り返すのは会話が下手な証拠よ、このロスはウィットに富んだジョークの街。少し会話の勉強をしてから日本に帰るといいわ、忙しい日本にアメリカンホームドラマのノリは多少なりとも必要よ」
「いや、その話題をしたいんじゃなくて情報の再確認。あなたのラボには今は誰もいないのよね?」
「それも情報の再確認? 痴呆症が進んだんじゃない、ヌーヌとネーネも出払ってるし、ノーノに関しては家にいる方が少ないわよ」
「本命はあなたのラボに泥棒に入るって事だったりしたら、この無茶でわかりやすい特攻の説明がつかない?」
ナージャはフゥとため息をつく。
「ワーオ! ニーズ、君の頭の回転スピードはまるで日本のシンカンセンだね!」
「HAHAHAHA、何も面白くないよアホンダラ」
さして上手くもないアメリカンジョークを挟みながらナージャはそういうけれど、少しその顔はこわばっていた。
この動物園もまたナージャの敷地内、いわば自宅とはいえ、魔術師の命ともいえるラボをフリーパスにするなんていささか日和見主義がすぎるんじゃないだろうか。
これでいったいどこが好戦的と言えるのか、わたしははだはだ口を閉ざすしかない。
ナージャの意図を察したのか、ニーニはナージャと私を両脇にかかえると全速力で走り出す。
体をくのじに曲げて自由を奪われた形で不意に周りの景色が流れていくこの状況、ニーニの走る速度は視界の変化から察するにゆうに時速七十から八十キロはでているだろう。
ナージャはなれているからか顔色一つかえないけど、私としたらちょっとしたジェットコースターに連れされた形になる。
だって地面を走るだけならいざしらず、ニーニは最短、最速でラボを目指すもんだから木を足がかりにジャンプし、屋根を駆け、あろう事か湖の水面さえもお構いなしで走るのだ。
服も顔も水でびちゃびちゃになったかいあって、襲われてからラボのドアの前に到着するまで約十分。
ここまで来れば私でもドアの向こうに何者かがいる事はわかる。
この仕打ちのかいもあったし、私の推理に間違いはなかったのは良しとするけど。
ドアの向こうの誰かさんもこちらの様子に気がついたのか、明確な敵意が漂ってくる。
やはり先ほどの刺客よりも格上が待ち構えているのだろう。
気構えながらドアに手をかけた瞬間、爆音とともにドアが弾け飛び、爆風の熱風が私達を包まんと吹き荒れた。




