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現の逸話  作者: 面沢銀
1/13

水の記憶 その1


 少女は眠る。

 その閉じられた瞳の灰暗い闇の奥に劣化を初めた記憶を映して。

 確かに彼女の物であり、残念な事に彼女の物でないそれは。

 既に正しくは記憶ではなく、記録なのかもしれない。

 それは酷く残酷な事なのかもしれないが、幸いな事に安らかな少女の寝顔は

 そんな事など些細な物と鼻で笑うようだった。





  現の原点  水の記憶






  1874年 ヴェネツィア 深夜 


 小さなゴンドラの上に仮面をつけた二人の男女が乗っている。

 この日はカーニバルではなく、仮面をつけて町を繰り出すのはおかしな状況であった。

 しかし、男の格好は貴族らしい装飾も華やかな白を基調にしたボレロ。

 対して女の方は上はシャツのみ下はズロースだけど下着であり、娼婦にしてももう少しマシな格好をいそうな出で立ちだった。

 仮面はこういった貴族の秘め事や、身分違いの恋を周りに悟らせないためのものだが、このゴンドラ上の二人の雰囲気たるや熱情にほだされた男女の物ではなく。


 どちらかというならば冷たく鋭い、悪意に満ちたものだった。

 二人の視線は街の外れの貴族屋敷に向けられる、月は厚い雲に隠れその姿を見せないでいた。

 正しくも朧な記憶はこの翌日より始まる。






「ムーサ、ムーサ、どこにいるんだい?」


 声に誘われて私は目を覚ました、最初に眼に入ったのは眼下に広がる水の街。

 手狭な水路で器用にすれちがうゴンドラ郡、テラスに留まる白い鳩、やわらかな日差しが私の眠気を完全に払ってはくれなかった。


「旦那様、こちらにおられます」


「おお、そこだったか」


 暖かな風が頬をなで、纏めていた私の赤い毛が優しくそよぐ。


「……あら、お父様。暖かな陽気に誘われてムーサは少し転寝をしてしまったようです」


 優しい笑顔の父に静かに微笑むと、風に当てられて冷えてしまった体が震える。


「ムーサお嬢様、ケープをどうぞ」


「ありがとう……ヴィオラ」


 私と歳のそう変らないメイドのヴィオラが私の肩を覆うように、そっとケープをかけてくれた。

 まだ、眠気は抜けていないのかヴィオラに手をとられて、ゆっくりと椅子から立ち上がる。


「そういえばお父様、ムーサに何か御用がおありでは?」


「じきに、ゼールビス神父の回診の時間だよ。さぁ、聖堂に行こう」


「……ああ、今日は診察の日でしたか。くしゅん」


「ほら、風邪をひいてしまうよ。エリンと違って逸り病にかからなくても病気にならないに越した事はない」


「はい、そうですね。お父様」


 なかなかおぼつかない足取りで、ヴィオラとお父様に支えられながら1階ホールの奥にある聖堂へと目指す。

 まだ白く曇りがかった視界の中で、どうしてこんなに今日は眠いのだろうと上の空で考えていた。

 大きな扉を開けると、ステンドグラスの極彩色の光に包まれるように祭壇の前で祈りを捧げるゼールビス神父が既にお待ちになれていた。


「やぁ、ムーサ。調子はどうだい?」


 肩ほどまである白髪を全て後ろに持ち上げた髪型に、小さな銀縁の丸眼鏡。そして優しそうな瞳、痩せたその体が日々の摂生をいつものように物語っている。


「こんにちはゼールビス神父、今はとても眠いです」


「はっはっは、こんな陽気だからね。それも無理からぬものだ、私とて少し午後の眠気に当てられているよ」


「では、神父お願いします」


「ええ、マスター・ロイド」


 少し急かすようなお父様の声に促され、それにあわせてヴィオラがムーサのドレスの紐をゆるめて腰まで落とす。

 神父様とお父様だけとはいえ、下着越しとはいえ胸を晒すという状況に、私は気恥ずかしさから頬に熱を帯びる。

 私の気持ちなど無粋以外の何ものでもない、その証拠にゼールビス神父は職務に忠実にコルセット越しに聴診器を当てた。


「心音が少し高いかな」


「それは……その……」


「ふふふ、ムーサ様もそういった事を気になさるお年頃ですか。マスター・ロイド、これでは近いうちに私はお役御免かもしれませんね」


「そんな神父、エリンに続いてムーサまでいなくなられては私はどうすれば良いのです?」


「ムーサ様、お父上の気持ちを少し察してあげないといけませんね」


 言ってゼールビス神父は聴診器を離した。


「大丈夫、問題ありません。正常ですよ」


「ありがとうございます」


 お父様の言葉に合わせて私も一礼すると、ゼールビス神父はまた微笑んだ。


「それでは、また三年後に伺います。今週中はヴェネツィアに滞在していますのでムーサ様に変化が生じたらすぐに呼んでください」


 ゼールビス神父を見送ると、お父様は急に酷く疲れた顔になった。


「お父様、いかがなされましたか?」


「いや、大丈夫だよムーサ、それでは私は仕事があるから書斎に戻るよ。ヴィオラ、後は頼んだよ」


 ヴィオラはかしこまりましたとお父様に微笑むと、お父様が廊下を曲がり見えなくなると同時に年頃の少女の笑顔を見せた。


「さぁ、ムーサ。今日は何をして過ごしましょうか?」


 その屈託の無い笑顔と私を呼び捨てにする事に酷い違和感を覚え、気のせいか軽い眩暈を覚える。

 そんな私の顔をヴィオラは酷く心配そうな顔で覗き込む。


「どうしたのムーサ、やっぱり風邪を引いちゃった?」


「いえ、大丈夫よ。ゼールビス神父にも大丈夫と言われたばかりですし」


 眩暈を振り払うように頭を振りながら、思った疑問を口にする。


「ヴィオラ、どうしてそんな話し方なの?」


 私の質問にヴィオラは酷く驚いた表情を見せる。


「どうしても何も、私はいつもと変りませんよ。二人の時は気兼ねなく、友達のように。そうおっしゃったのはムーサではないですか?」


「そう……でしたっけ?」


「そうですよ? まだ、寝ぼけているの?」


 言われてみればそんな気がする。

 いや、確かにそうだった。

 私は体が弱いから外に出られない。

 今までずっとお屋敷の中にいたんだ。

 まるで古ぼけて色あせた絵を眺めるような、記憶を凝らす感覚。


「ごめんね、ヴィオラ。まだ、少し寝ぼけているのかも」


「もう、しっかりしてください。そうだ、ちょっと早いですけど紅茶にしましょう。今日は少し日差しが強いですから裏庭でいただきましょう」


 そのヴィオラの言葉にまた強い違和感を覚える。

 どこか恐怖感に近い感覚。


「裏庭……裏庭は行ってはいけない気が?」


「……何を言ってるんですか? 一昨日も裏庭に行ったばかりではないですか?」


「でも、何か恐ろしくて、そう裏庭には怪物が住んでいるとお父様が」


 そう言うとヴィオラはまた笑い始めた。


「ムーサ、なんでお屋敷に怪物がいるのです? もう、そういった物に怯える歳でもないでしょう。お母様にお会いに行く時はどうするんですか?」


「一昨日に行った?」


「はい、そうですよ……ムーサちょっと寝ぼけすぎではありませんか?」


「そっか、そうかもしれませんね」


「どうします、暑いかもしれませんけどテラスにしましょうか?」


「ええ、そうしましょう」


「では、お茶の用意をしてきます。ムーサは先にテラスまで行っていてください」


 ヴィオラはそう言うとお茶の用意をしに流しへと向かっていった。


「こんにちはお嬢様」


「ごきげんようお嬢様」


「こんにちはムーサ様」


「ごきげんようムーサ様」


 アルフレッド、ジェイコブ、パトリック、ミランダ、歳の離れた召使達と行きがけにすれ違い挨拶を交わす。

 ニコライには会わなかった。

 そう、思い出してきた。

 ヴィオラは歳が近いから、お屋敷の外に出れない私のお友達なのだ。

 窓の外の水の都を眺めながらふと考える。

 それでも、つい一昨日の事だという裏庭でのヴィオラとのお茶の事が思い出せない。

 裏庭に行ってみようかという考えが頭を過ぎる。


『ムーサ、裏庭には行ってはいけないよ。裏庭には怪物が住んでいる』


 お父様の声が頭に響く。

 そう、裏庭には行ってはいけないのだ。

 でも、ヴィオラは行ったと言っていた。


 ?


 ??


 ???


 誘われるようにテラスへと大回りするの階段を使って窓の外から裏庭を見る。

 よく手入れされた植木にお茶を飲むラウンジ、そして佇む四つの墓標。


 一つはお母様。

 一つはお爺様。

 一つはお婆様。

 ……もう一つは誰?

 そぼくな疑問を抱きながらテラスに向かうと、そこには既にヴィオラが居た。


「ムーサどこにいってたの?」


「いえ、ちょっと。ムーサ、裏庭に四つお墓があったけどお母様とお爺様とお婆様。あと一つは誰のものなの?」


 私の質問にヴィオラは首をかしげた。


「まだ寝ぼけているんですか?裏庭にお墓は三つですよ?」


「え?」


 私が聞き返すも、ヴィオラは取り合ってはくれなかった。

 その日のお茶の味なんてもわからない、もう一つのお墓の意味が私にはわからなかった。

 お茶を終えて、ヴィオラが屋敷の仕事に戻った後。

 私は自室で枕を抱きながら四つ目のお墓の事をずっと考えていた。


 誰の物なのか。


 直接見に行けばいいのだが、どうもそこまではできない。

 そして、もう一つの疑問。

 ヴィオラは一昨日、その裏庭に私が行ったというけど、どうしてもその記憶がないのだ。

 あるのは裏庭に行ってはいけないというお父様の言葉。

 そしてお父様の事を考えたら、お父様との事が頭に浮かんだ。


 お母様のお葬式。

 私を元気付けるお父様の笑顔。

 花畑でお花の冠をお父様にプレゼントする私。

 優しいお父様。

 大好きなお父様。


 ……様

 ……う様。


「お嬢様」


 いつのまにかまた眠ってしまっていたのかジェイコブに揺り動かされて私は眼を覚ました。


「今日はよくお眠りになられる日ですね」


「ええ……そうね」


「お夕飯の用意が出来ておりますが、いかがなさいますか?」


「う……ん……今日は……」


「ロイド様も既にお待ちですよ」


 ふと、お父様の顔が頭を過ぎる。


「……ええ、いただくわ」


 夕飯の席につく。

 いつものようにお父様と私だけ。

 アルフレッドとミランダが給師として私達の隣に立つ


「また寝ていたんだってムーサ、具合が悪いのかい?」


「いえ、少し頭が痛いような気がしますが平気です」


「そうか、ゼールビス神父がいるうちにもう一度観てもらった方がよいかな?」


「いえ、本当に大丈夫です」


 魚のムニエルを切りながらふと、思い出した疑問を口にする。


「お父様、裏庭のお墓は誰のものですか?」


「誰? エリンとお爺様、お婆様のものだろう?」


「いえ、もう一つあったので」


「それはベン叔父様のものだよ」


 お父様は動揺した様子を見せる事なく、そう答えた。


「ああ、そうでしたね」


「そうだとも、裏庭。霊園は神聖な場所だから近づいてはいけないよ」


「はい」


 ベン叔父様、そう言われて納得し。

 それ以上は考える事もなく食事を終えると、お父様のためにヴァイオリンを披露した。

 安らかな顔で聞き入るお父様。

 その顔を見て私も安心し、時間もよい頃合となったのでお父様に別れを告げて寝室へと戻った。

 だが、暗いはずの寝室から明かりが漏れている。

 誰かと思いながら扉をあけると、そこにはヴィオラが居た。


「何をしているのヴィオラ?」


「シーツを直しておりました」


「そう、ありがとう」


「四つめのお墓の疑問は解けましたか?」


「ええ、ベン叔父様のお墓です」


「……それはどのようなお方ですか?」


 ヴィオラはそれ以上の私の言葉は待たずに部屋を後にした。

 その残すように放たれた言葉が私の胸に重い影を落とす。


 どんな人なのか?

 私の知らない人?

 私の生まれる前の人?


 ならば墓の並びはお母さまの前にベン叔父様の墓が来るはず。

 布団にくるまりながら疑問に色は濃くなっていく。


 確かめたい。

 行ってはいけない。

 その二つの気持ちが混ざり。

 寝付けぬ夜、これまで私が起きていた事などない遅い時間、私の頭はショートするように弾け。

 まるで自分の体ではないように、ふらふらとベッドから身を起こした。

 自分でもちゃんと起きているのかあやふやな、宙に浮いてるような感覚の中で私は裏庭へと歩を進める。


 だが、裏庭へと出る扉の前に昼間は会わなかったニコライが立っていた。

 そうニコライには会えるはずがない。

 ニコライはいつもこの裏庭の扉の前に立って「ここに来てはいけないよ」と優しく言ってくれる。


 何でいつもここに立っているのだろう?

 今まで疑問に思わなかったけど、どういう事なのだろう?

 裏庭に行きたくてもニコライがいるから行けない。

 そんな私の状況を見越すように、向かいの廊下からヴィオラが現れた。


「どうしたヴィオラ、こんな夜中に」


「もうすぐ願いが叶いますわ。さぁ、行きましょう」


「…私はここを離れない」


「あの男なら、むしろそれを望むと思いますわよ」


「……それでも、ここを離れればお嬢様が」


「お嬢様……お嬢様のためと思っているのなら、むしろ離れるべきだと思いましてよ。それに問題があるならあの男が警告するでしょう。おそらく、あの男は全部見通してるのですから」


「……わかった」


 まるで私のためにニコライを遠ざけるようにヴィオラが彼を連れて行った。

 その示し合わせたかのような状況にも驚きを隠せないが、それ以上に二人の会話が疑問だった。

 途端に裏庭への扉が酷く魅力的に見えてくる。

 これまでの疑問に全て答えてくれるような気さえする。

 私は早足で裏庭に出ると、ラウンジを抜けて4つの墓標の前に立つ。


 1865年没 MUSE Ⅰ

 1868年没 MUSE Ⅱ

 1871年没 MUSE Ⅲ

 1874年没 MUSE Ⅳ

 

 私は私の名前が掘られた墓の前に立っていた。

 それも一から四のナンバーの当てられた私の墓。

 その墓の周期は三年の周期で死亡しており、さらに一番新しい四番目の墓の没の日付は一昨日のものだった。


 理解ができない。


「裏庭に近づいてはいけない」

「一昨日、裏庭に行きました」

「三年後にまた来ます」


 数々の違和感、それらが奔流となって頭を駆け巡る。

 私はいったい誰だ?

 がっくりとうなだれる私、それと同時に救いの手を差し伸べるように頭の上から声が聞こえた。


「ありゃりゃ、どうなってんだこれ?」


「さぁ~、それこそヴェルダンディーでも聞かなければわからないさ。それにしても運命の女神は気まぐれでも、月の女神は親切だよね、月が見えない夜だというのにこんな素敵な出会いをくれるのだから」


「ふーん、まぁどうでもいいや」


 仮面を付けた下着姿の女と貴族風の男はゆっくりと空から降りてきた。

 その不思議な光景を眼をこらしてみれば、闇夜にまぎれて黒い階段がそこに確かにあった。

 もちろん、こんな階段はこの屋敷にはない、そんな不思議な状況に混乱した頭が声を上げる事を拒んでいた。


「今晩はお嬢さん、月が見えないのは残念だが今日は記念すべき夜だよ」


「な……何が?」


「君と初めて出会った夜だ」


 そういって貴族風の男は優しく私の手をとると、その甲に口付けをした。


「私はハンフリー・ハンク・オニール、口の軽い男とよく言われるよ。黙すのも騎士たる男なら薫る良さがあるが。雄弁もまた素晴らしい男性の一つの条件だと思わないかい?」


「あー、まぁそういう奴。私はアカイワ・ノリコ。ノリコ・アカイワ?まぁ、ノリコでいいよ」


 ノリコと名乗る仮面の女は大きなあくびをしてみせると、さらに続けた。


「んでー、私達が何をするかっていうとーね。ロイド・ムセイオンを殺すんだけどどうする?」


「どうするって……あなた達お父様を殺すの?」


「あーやっぱり……じゃあなた私達を止める? 説明するのめんどくさいから、私はあなたの死を選ぶんだけど?」


「待ちたまえノリコ、彼女を殺すわけにはいかない。なぜならば私は彼女を気にいってしまったのだから」


 ハンフリーと名乗る男の突然の言葉にムーサは今の状況を忘れて閉口する。

 しかし、ハンフリーと名乗る男は構わず続けた。


「突然の申し出で驚いた事だろう。しかし、これを運命とせずに何と言う。私の悲願が二つも叶うというのだ。君は悪戯な女神、ミューズそのものだよ」


 膝をつき、そっと手の甲に口づけをしようとするハンフリーから助けを求めるようにノリコと名乗る女に視線を投げると、それに応えたわけえではないのだろうが、ノリコがハンフリーに声をかけた。


「H2O、私の口癖は知っているな?」


「当然、面倒な事をするくらいなら死を選ぶ。もしくは面倒事の死を選ぶ(・・・・・・・・)のだろう。だからこそ、私は君に売っている二つの恩の内の一つを使おう」


 一切の躊躇をする事なく、ハンフリーはそう告げると、それだけでノリコは納得した。


「ふーん、それなら好きにしたらいいんじゃない? あんたロリコンだし、ちょうどいいかもね」


「調度いい? いや、初見で運命を感じたよ。いや、必然か。あと一つだけ誤解があるようだ、私の女性の興味関心は君意外の女性全て、揺り篭から墓場までだよ。というわけで僕の好きにさせてもらうがかまわないね?」


「ひ、ひぃつ!」


 口元に歪んだ笑みを浮かべながらハンフリーと名乗る男は私に再び手を伸ばしてきた。

 私はその手を振り払うと、一目散に屋敷へと駆け出した。


「たすけて!」


「お嬢様!」


 私の声に反応するようにニコライが屋敷から中庭へと現れた。


「どうしてここに!?」


「ニコライ、あの人達がお父様を殺そうとしてるの!」


 私はニコライにしがみつきながら、仮面の二人を指差す。


「なんと! 何奴か?」


 ニコライの言葉に仮面の女はまた大あくびをする。


「名乗るのは惜しくはないが、君に名を語っても三途の川の渡り賃くらいにしかならないかもしれないな」


「ふぁ~、私は面倒な事をするくらいなら死を選ぶ……そして私に面倒を持ってくるやつの死を選ぶ!」


「お嬢様、離れて!」


 ニコライは私を突き飛ばすと、その体を巨大化させた。

 そう、言葉の通り巨大化させたのだ。


「ば、ばけ、ばけもの……」


 私の言葉にニコライは少しだけ悲しそうな表情を見せると。


「オオオオオオオ!」


 咆哮と共に仮面の二人に向かって突進していった。

 が、その突進の途中で足を躓かせて転んでしまった。

 巨体が一瞬で叩き出した速度は凄まじいもので、全速力で走っている馬車が転倒したかのようにゴロゴロと転がって二人の足元で止まった。


「ぐおおおおお……」


 ニコライが苦悶の声をあげる中、眉一つ動かさないで仮面の女は言った。


「何で殺さない?」


「殺したらあの子が悲しむ」


「呆れた男だ」


 動けないニコライを無視するように、仮面の二人は屋敷へとやすやす侵入する。

 私はそんな二人を震えながら見守るしかなかった。


「これ以上、声を上げない。少しはいい子のようだな」


「確かに。君の身体だけに興味があったけど、もしかすると心にも興味を持つかもね」


 仮面の二人はそう言って。


「じゃ、僕はこっち」


「なら私はこっちにすっかな」


「競争というこかノリコ?」


「しない」


「あ、そう」


 つまらない会話のやりとりをして、別れて歩こうとした瞬間。

 お父様との楽しい記憶が蘇って。


「やめて、お父様を殺さないで」


 下着姿の女の足に夢中でしがみついていた。


「んー……一回は言ったよ。面倒な事をするなら死を選ぶって?」


 仮面越しに女の殺意が伝わってきて。

 途端に死ぬんだと理解した。

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