プロローグもどき
お酒はルールを守って楽しく飲みたい。
そんなことを考えながら書いたら、よくわからない話になってしまいました。
誰よりもワインレッドが似合う女性がテノヒラから血に染まったサイコロが転がった。
飲み干されたワイングラスの中を軽やかに踊ったサイコロはやがてグラスの底に残った小さな葡萄色の池で止まる。
「ごちそうさま」
結果が決まったところでこぼれそうな長い睫毛をまたたかせて、女性は艶やかに微笑む。
「……参ったな」
夜の正装に身を包んだ男性は結果を見てそう呟くしかなかった。
だがため息をつくのも一瞬で後ろの部下に指示を出す。
彼の後ろにあった大量のワインが全て彼女のものとなった瞬間だった。
「富貴」
「フキよ。そっちは男っぽくて嫌いなの」
「どうするんだ。それ」
女性は嬉しそうに笑って唇を指に添える。
「もちろん、飲むのよ。ぜーんぶ」
「そうだろうよ。10億が全部胃の中か」
フキはまた誘ってと呟いて足を踏み出し、葡萄色とは透明度がかけ離れた赤黒い液体の溜まりを越えて、彼女は今夜の戦いを生き抜く。
一人残った男は先ほどまでフキが口をつけていたワイングラスに唇をふれ、サイコロに染みたワインの雫をすくうように舐めとった。
酒飲みは人種だ。
そう、緑酒と呼ばれる地域で文豪として名をはせた作家は晩年に地方新聞の小さなコラムにのせていた。
肥沃な土地と山に磨かれた水、厳しい寒暖差に恵まれた結果、酒造文化が多く育ったその土地には今も大小の酒造が多い。
お酒が大好きな人間の聖地とも呼ばれるこの地一帯は今は坂城市と名前を改めている。
「まったくもって同意だよ。おじいちゃん」
——気に入った酒造の酒をつい盗んで飲み干してしまい、婿養子にならざるえなかった。
そんな話を祖父に持つ孫娘は匂いで酔う完全下戸だ。
二十歳を過ぎる前に酒造の手伝いをして薄々気付いていたが二十歳の祝杯でそれが決定した。
生まれ年のワイン一口で倒れたのを見た祖父はすごい残念そうにいじけていた。
あれ以来孫娘の彼女は酒を飲んでいない。
「葡萄や、配達行ってもらえるかい?」
「あ、おばあちゃん。わかったよ配達先は?」
「富貴さんの店にね」
「ああ、帰って来たんだフキさん」
酒豪とかザルとかそういうレベルじゃない人種がそろっている更にその筆頭に挙げられる女性の名を聞いてブドウは配達のために注文書を眺める。
パーティーでもするのかというぐらいの量が注文されていたが、彼女はこれを一月たたずに飲み終えてしまう。
彼女が坂城にやってきたのは八年前。
その時は化粧一つもしていない小娘と呼ばれていた。
『なつかしいな、私その時まだ小学生だよ』
年に一度の利き酒大会を若干二十歳の彼女が優勝し、その一月後移り住んで来た。
現在フキが仕事から帰ってくると酒造が注文が来る前に酒を納めに行くほど、飲む。
デッドランカーズとフキが住み始めてから言われるようになった小さな名無しのバー。
その前にブドウは配達用のトラックを止めバーの扉を開け声をかける。
「こんにちはー。杯酒造ですー」
「はーい、ちょっと待ってね」
エプロンに三角巾、化粧は薄く口紅はつけていないのが一目で分かる。
服装は落ち着いたピンクやベージュでまとめたフェミニンなもの。
お酒が尋常じゃない位大好きな優しい大人のおねえさん。
それがブドウの今も持ち続けるフキへの印象だった。




