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元ITエンジニアの俺、祖先の召喚術から召喚プログラムを組み上げて神も悪魔も従える  作者: パラレル・ゲーマー


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第7話 ヤタガラス支部と、やたっと安全講習

 古い木造建築特有の、沈殿したような静寂。


 御門家の書斎で、悠真はノートPCの画面に映し出されるログを丁寧にスクロールしていた。


 画面には、前日に構築した『塵霊ネットワーク』の稼働状況と、契約個体からの定期定点報告が、整然としたリスト形式で並んでいる。


【契約個体:すみか(試用守護精霊)】


【状態:安定(家屋依存度:正常)】


【空き家内異常:なし(不法侵入・漏水・火災反応なし)】


【内見者妨害:なし(演出待機モード継続)】


【特記事項:お化け屋敷勤務希望求人の検索リクエストを受信。現在、待機中。】


「……本当に、毎回送ってくるんだな、勤務希望」


 悠真は小さく溜息をつき、ブラウザの端に表示された「お化け屋敷 求人 短期 怪異可」という、自分で作成した空の検索結果を見つめた。


 当然、一般の求人サイトにそんな条件に合致するものはない。


「向上心があるのはいいことじゃねえか。やる気のある部下を持って、幸せもんだな、当主様」


 ソファで横になりながら、供物として提供された高級ポテトチップスを齧っているのは、金髪の悪魔ジャグラズだ。


 彼女は指についた塩を舐め取りながら、ニヤニヤと悠真を揶揄からかう。


「部下というか、あくまで契約先の守護精霊だけどな。……それに、こいつを本当に雇ってくれる施設があるのか。ヤタガラスに相談はしたけど、期待はできないだろうし」


「ケケケッ、お前が自分でテーマパークでも作れば解決だぜ。名前はそうだな、『ミカド・ホラー・ランド』。従業員は全員本物の化け物。客は死ぬほど怖がって、お前は稼げて、精霊は満足する。三方良し(ウィンウィン)じゃねえか」


「土地代と建設費で何十億かかると思ってるんだ。……そもそも、俺はまだ、自分が召喚師としてやっていけるかすら確信が持てないんだぞ」


 悠真がキーボードを叩き、塵霊隊のログバックアップを開始したその時、デスクトップの端に新着メールの通知が表示された。


 送信者は、もはやお馴染みとなった『内閣府特異事象管理連絡室』の烏丸蓮司。


【件名:初回安全講習および登録内容確認のご来訪依頼】


 悠真はマウスを操作し、メールを開封した。


『御門様


 先日は駅裏空き家事案への迅速なご対応、誠にありがとうございました。


 つきましては、以前お伝えしました通り、初回登録者向けの「安全講習」が未受講となっております。


 また、契約個体数(特に塵霊百体という特例)および活動範囲の急速な拡大を鑑み、現状の登録情報の詳細な更新と、今後の運用ルールの再確認をさせていただく必要があります。


 本日午後、内閣府特異事象管理連絡室・都内支部までお越しください。


 なお、契約個体であるジャグラズ様についても、可能な限り同行をお願いしたく存じます。


 烏丸蓮司』


 悠真は画面を見つめたまま、動きを止めた。


「初回安全講習……。そういえば、まだ受けてなかったな」


「ケケケッ! 怒られてやんの。ほら見ろ、塵霊を百体も一気に契約してネットワーク化した変態新人なんて、ヤタガラス始まって以来の不祥事予備軍なんだよ、お前は」


「……不祥事って言うな。俺はただ、効率化を求めただけだ。それに、未受講だったのはタイミングの問題だろ」


「普通は講習を受けてから、一体ずつ丁寧に、命懸けで契約を増やすもんなんだよ。お前みたいに事務作業のついでにクラスタ構築する奴なんて、順番が狂いすぎてて行政側も頭を抱えてるに決まってるだろ」


 ジャグラズの指摘は、図星なだけに痛い。


 悠真は「分かったよ」と立ち上がり、ノートPCを鞄に詰め込んだ。


「とりあえず、行ってくる。お前も同行依頼が出てるから、準備しろよ」


「ちっ。お役所の説教に付き合うなんて、悪魔の尊厳に関わるぜ。……まあいい、移動中にハーゲンダッツを買ってくれるなら考えてやる」


「……契約だ。一つだけな」


「交渉成立!」


 *


 都内某所。


 地下鉄の駅から地上に出ると、そこは高層ビルが立ち並ぶビジネス街だった。


 烏丸に指定された住所は、その一角にある、表向きはごく普通の合同庁舎ビルを指していた。


 一階の案内板には『内閣府特異事象管理連絡室・都内連絡支部』という地味な看板が、他の省庁の出先機関と並んで掲げられている。


 一般人から見れば、何か専門的な行政相談を扱う窓口の一部にしか見えないだろう。


 しかし、悠真がその建物の前に立った瞬間、隣のジャグラズがわずかに眉をひそめた。


「……おい。ここ、結構ガチだぞ。見た目に騙されるなよ、悠真」


「ガチって、何が?」


「建物の外壁全体に、薄く、だが重厚な多層結界が張られてる。それに入口の上。あの三本足の烏の紋章、あれはただの飾りじゃねえ。一種の霊的センサーだ。中に入る奴の『毒(殺意や敵意)』を瞬時にスキャンしてやがる」


「……そうなのか」


 悠真には、結界そのものは見えなかった。


 しかし、ジャグラズとのリンクを通して、空気が不自然に張り詰めているのを感じ取ることができた。


 エントランスを通り抜けると、受付の脇に置かれた観葉植物の葉陰に、小さな精霊らしきものが宿ってこちらを観察しているのが見えた。


 エレベーターホールに立つ警備員も、その影の揺らぎ方が不自然だ。


 おそらく、影の中に式神を潜ませて不測の事態に備えているのだろう。


 ジャグラズが喉のあたりをさすりながら、不満そうに呟く。


「……げほっ。入口の認証ゲートを通るたびに、魂の隅まで覗かれてる気分だぜ。契約済みの個体だから弾かれはしねえが、悪魔には少しばかり居心地が悪すぎるな、この場所は」


「ごめんな。終わったらすぐに帰るから」


 受付を済ませると、ロビーの至る所にポスターが貼られているのが目に入った。


 そこには、昨夜掲示板で見かけた、あの丸っこい三本足のカラスのマスコットキャラクターが描かれていた。


『やたっと守ろう! 異能者の社会常識!』


『契約書の読み飛ばしは、人生の読み飛ばし! by ヤタッピ』


「……これが噂のヤタッピか」


「なんだその、妙にキラキラした目が腹立つカラス。悪魔界のプロパガンダでも、ここまで媚びたデザインはなかなか見ねえぞ」


 ジャグラズが露骨に嫌悪感を示す。


 ポスターの中のヤタッピは、羽で敬礼しながら「契約は計画的にね☆」とウィンクしていた。


「御門悠真様ですね。烏丸より、四階の研修室へ案内するよう伺っております」


 受付の職員は、非の打ち所のない丁寧な物腰で、悠真とジャグラズを誘導した。


 ジャグラズに対しても「同行のジャグラズ様も、こちらへどうぞ」と様付けで対応する。


「契約個体にも、ちゃんと敬称をつけるんだな」


「……行政ですので」


 悠真が呟くと、職員は営業スマイルを崩さずにそう答えた。


 この世界の「行政」という言葉は、あらゆる異様を飲み込んで日常へと変質させる、魔法の呪文のようだった。


 *


 烏丸との面談まで少し時間があるということで、悠真は職員に促され、ガラス張りの廊下から階下の「研修施設」を見学することになった。


 そこは、武道場と最新のトレーニングジム、そして実験施設が融合したような広大な空間だった。


「ここでは、主にTier4として登録されたばかりの新人の皆様が、能力の基礎制御訓練を行っています」


 悠真は足を止め、ガラス越しにその光景を注視した。


 フロアでは、十代後半から三十代くらいまでの、男女十数人がトレーニングに励んでいた。


 ある者は、足元に霊力の輝きをまとわせ、普通の人間ではあり得ない速度で壁を蹴って跳躍している。


 ある者は、拳に薄い光を凝縮させ、頑丈そうなサンドバッグを轟音と共に打ち抜いている。


 ある者は、自分の周囲に半透明の盾のような結界を展開し、講師役の職員が放つゴムボールを弾き飛ばしていた。


「……うわぁ。すごいな」


 悠真の口から、素直な感嘆が漏れた。


 目に見えて分かる「力」。


 それは、ノートPCを叩いて塵霊を動かす自分の地味な活動とは、あまりにもかけ離れた、直感的で暴力的なまでのエネルギーの奔流だった。


身体能力強化フィジカル・ブーストの基礎ですね」


 職員が淡々と解説する。


「Tier4は未熟ではありますが、能力の方向性が単純であれば、比較的早期にこれくらいの制御は習得できます。しかし、適切な出力を維持できなければ、自分の筋力を超えた負荷で骨折や肉離れを起こします。そのため、まずは最小出力での循環訓練から入るのです」


 一人の研修生が、気合と共に床を強く蹴った。


 パンッ、という乾いた音が響き、彼は数メートルを一瞬で移動した。

 しかし、着地の瞬間に姿勢を崩し、盛大に転倒する。


「……ああやって、自爆する奴も多い」


 ジャグラズが、少し冷めた目で見下ろしながら言った。


「悠真。お前、あの中に混ざってあんな風に動けるか?」


「……無理だな。まず身体能力が追いつかない」


 悠真は自分の細い腕を見つめた。


 元ITエンジニアの身体は、長年のデスクワークで固まり、運動不足が染み付いている。


 霊力を通したところで、その衝撃に肉体が耐えられるとは思えない。


「俺、本当に戦闘向きじゃないんだな、って実感するよ。あんな速度で殴りかかられたら、召喚プログラムを起動する前に終わる」


「ケケケッ、今さら気づいたかよ。お前は後ろに控えて指示を出す指揮官タイプなんだから、真正面から殴り合おうとするのが間違いなんだよ」


 ジャグラズは少しだけ胸を張り、不敵に笑った。


「まあ、ああいう素人なら、俺様が少し本気を出せば、動く前に制圧してやるけどな」


「お前が? ……戦闘は得意じゃないって言ってなかったか?」


「真正面から力比べをしたら、そりゃ負ける。だがな、悪魔の戦い方は力だけじゃねえ。影に潜んで足を取る。認識阻害を最大出力でぶつけて、五感を狂わせる。相手が能力を起動させる瞬間の『隙』を突いて、精神的に揺さぶりをかける。……実戦経験のないガキなら、指一本触れさせずに地面を這わせる自信はあるぜ」


「……お前、結構頼りになるんだな、本当に」


「今さら気づいたか、契約者。だがな、あくまで相手が素人のTier4なら、の話だ。ヤタガラスの正式なエージェントや、Tier3以上の本職が出てきたら、俺だって逃げの一手だ。だから調子に乗るなよ」


「分かってる。安全設計とリスク管理が最優先だ」


 悠真は、研修生たちの訓練をもう一度見つめた。


 羨ましさがないと言えば嘘になる。


 自分自身の身体が強くなるというのは、原始的で魅力的な「成長」に思えた。


「……俺も、ああいう身体能力強化、いつかできるようになるのかな」


「お前自身の魔力リソースで肉体を無理やり回すのは、お勧めしねえな」


 ジャグラズは、現実を突きつけるように首を振った。


「お前はエンジンが非力なんだよ。無理に回転数を上げたら、膝か腰が爆発するぜ。元エンジニアなら、マシンのスペックを超えたオーバークロックの危険性は分かるだろ?」


「……それは痛いほどによく分かる。火を噴くからな、マジで」


「だがな、召喚師には別の道がある」


「別の道?」


召喚物憑依アバター・シンクロ。……契約した存在の性質の一部を、自分自身の肉体や魂に重ね合わせる技術だ」


 ジャグラズの声が、少し低くなる。


「例えば、狼の獣霊を憑依させれば嗅覚と瞬発力を。鳥の精霊なら動体視力と平衡感覚を。力強い鬼の霊なら、その怪力の一部を一時的に自分の腕に宿すことができる。お前自身の肉体を強化するんじゃなく、強化された外装パワードスーツまとうようなもんだな」


「……そんな、漫画みたいなことができるのか」


「理屈の上ではな。だが、これもリスクの塊だ。波長の合わない存在を無理に重ねれば、精神を侵食されて自分が何者か分からなくなる。悪魔を雑に憑依させようとした奴が、そのまま化け物に変質して処分された例なんて、歴史に腐るほどあるぜ」


「……夢が膨らむ話かと思ったけど、相変わらずこの業界は労災に厳しいな」


「使いこなせば、お前でも短時間ならあの連中を超える身体能力を発揮できる。そのためには、もっと多様な手札(契約存在)と、お前自身の制御能力が必要になる」


「……手札か。やっぱり、まずは契約対象を増やさないとな」


 悠真の中に、明確な「成長の指針」が生まれた。


 自分が直接戦う必要はない。


 だが、万が一の時に身を守るための『外装』として機能する存在が必要だ。


 *


「やたっとこんにちは! ぼく、ヤタッピ! 今日はみんなで、異能者の社会常識を楽しく学ぼうね!」


 研修室の大型モニター。


 三本足のカラスが、不自然なほど高い声で喋り始めた。


 悠真は数人の他の新人登録者と共に、パイプ椅子に座ってその映像を眺めていた。


 ジャグラズは「契約存在用」とラベルの貼られた席に、ひどく不機嫌そうな顔で座らされている。


「……なんで俺までこんな教育番組を見なきゃならねえんだ」


「同行契約個体も対象なんだ。諦めろ」


 映像は、ヤタッピがアニメーションでコミカルに動き回りながら、裏社会の厳しいルールを解説していくというものだった。


『やたっと注意! 公共の場での能力使用は、法律で厳しく制限されてるよ! 駅のホームでちょっと風を起こしただけでも、人が線路に落ちたら重過失致死罪! ヤタガラスからのペナルティはもっと怖いよ☆』


『やたっと重要! Tier0級存在の前で、「こんな世界なくなっちゃえばいいのに」なんて不用意な発言は厳禁! 因果律が書き換わって、本当に明日から世界が消えちゃうかもしれないよ!』


 研修室の新人たちが、一斉に生唾を飲み込む。


 悠真も、そのスケールの大きすぎる警告に、思わず背筋が寒くなった。


『やたっと確認! 悪魔契約は必ず専門窓口へ届け出よう! 契約書の裏に書いてある「魂の譲渡条件」を読み飛ばすと、翌朝には鏡の中に自分がいなくなっちゃうよ! やばいと思ったら、すぐ烏さんに相談だね!』


「……おい、俺たちの話か?」


「俺は契約書、隅から隅まで読んだから大丈夫だ」


「読みすぎなんだよ、お前は……」


 映像は佳境に入り、召喚師向けのセクションへと移った。


『やたっと約束! 召喚存在を無断で増やしすぎないこと! 契約の数だけ、君の肩には責任と供物の支払いが乗っかってくるんだよ! 管理能力を超えた大量契約は、魂のサーバーダウンを招くからね!』


 悠真は静かに目を逸らした。


 隣のジャグラズが、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてこちらを覗き込んでくる。


「……聞いてるか、塵霊百体男システム・アドミニストレーター


「……聞いてる。ちゃんと聞こえてる」


「お前にピンポイントで刺さってるぞ、ヤタッピの警告が」


「うるさい。俺はサーバーダウンさせないための運用設計をしてるんだ」


 映像が終わり、部屋の電気が点いた。


 前に立ったヤタガラスの職員が、手元のタブレットを確認しながら補足を加える。


「……なお、最近の事例として、契約した精霊から『特定の施設への就業斡旋』を希望されるという特例報告が上がっております。これについては現行の法整備が追いついておりませんが、お化け屋敷勤務など、特殊な就業を伴う契約変更の際は、必ず事前にヤタガラスへ申請してください」


 研修室が「お化け屋敷?」とざわつく。


 新人たちが「そんなことあるのかよ」と笑い合う中、悠真は一人、真顔で固まっていた。


「……御門悠真様。こちらを見て手を振る必要はありません。存じております」


「……はい」


 悠真は、そっと上げた手を力なく降ろした。


 *


 講習の後、悠真は烏丸蓮司の執務室へと案内された。


 烏丸は相変わらず、どこにでもいそうな事務職のスーツ姿で、デスクの上の山積みになったファイルを片付けていた。


「お疲れ様でした。ヤタッピの講習、いかがでしたか?」


「……なかなか、教育的な刺激が強かったです」


「あれくらいで丁度いいのです。Tier4の方々は、自分の能力の危険性を過小評価しがちですから。……さて」


 烏丸は、その山積みのファイルの中から、一際分厚いファイルを取り出し、悠真の前のテーブルに置いた。


 ラベルには『御門悠真 登録更新資料』と、力強い筆致で書かれている。


「……もう、こんなに分厚いんですか、俺の資料」


「登録から一週間足らずで、低級悪魔一体、塵霊百体、さらには家屋精霊一体を雇用。これだけの短期間で『契約ログ』を数十枚も送ってくる新人は、私が担当して以来初めてですよ」


「すみません……。でも、どれも必要なプロセスでした」


「謝罪は不要です。むしろ、提出された報告書のフォーマットが異常に整っていて、こちらとしては整理がしやすくて助かっています。……元エンジニアの面目躍如といったところでしょうか」


 烏丸は、眼鏡の奥の瞳をわずかに細め、ファイルを順に確認し始めた。


「まず、ジャグラズ様。契約状態は極めて安定。行動範囲の制限、認識阻害の運用ルール、一般人への非干渉条項。……どれも遵守されています。供物管理も、砂糖菓子とコーヒー、そして精神的ストレスの共有。問題ありません」


「俺様への制限ばっかりじゃねえか。悪魔の自由をなんだと思ってるんだ」


 ジャグラズが横から文句を言う。


「自由とは、契約という枠組みの中で保証される権利のことです。低級悪魔ジャグラズ様、あなたが人間社会で実体(顕現)し続けられるのは、御門様の契約という『許可証』があるからだということをお忘れなく」


「……ちっ、これだから役人は嫌いなんだ」


「次。塵霊隊百体。……正直、これが一番の問題です」


 烏丸の顔が、少しだけ真面目なものに変わった。


「御門様。塵霊という低位存在とはいえ、百体のネットワーク化は、使い方を誤れば極めて精緻な『違法監視網』になり得ます。プライバシーの問題、公共の場での霊的パケットの占有……。これについては、当面の間、活動範囲を御門家周辺と駅前区域に限定し、収集した情報のログ保存は当機関の監視下で行っていただきます」


「……分かります。ログの取り扱いポリシーを策定します。保存期間の限定と、個人情報のマスキングについても検討させてください」


「……。助かります。そこまで理解していただけると、行政としても話が早い」


 烏丸は、少しだけ感心したように頷き、最後の項目へと移った。


「すみか。家屋精霊の守護精霊化、ならびにお化け屋敷勤務の希望。……これについては、ヤタガラスの『特殊労働事案調査班』が、現在前例を調査中です。今のところ、精霊をエンターテインメント施設へ派遣する法的スキームが存在しません」


「ですよね……」


「ですが、怪異存在の安全な社会復帰、という観点では非常に興味深い。もしこれが成功すれば、都内の事故物件や幽霊屋敷の解決策として、新しいモデルケースになる可能性があります」


「本当ですか?」


「ええ。……非常に面倒ですが、検討する価値はあります」


 烏丸は資料を閉じ、悠真の目をまっすぐに見つめた。


「御門様。あなたの現行登録は、依然としてTier4です。……講習でも説明があった通り、『潜在的脅威』の段階です」


「はい。自分でも、身体能力強化を見て、その非力さは実感しました」


「ですが、あなたの『管理能力』は、通常のTier4として扱うには不適切です。あなたは強い存在を従えているわけではない。しかし、低位存在を多数管理し、役割を与え、それを社会的な問題解決にシステマチックに転用している。……この『影響範囲の拡大速度』は、Tier3、あるいはTier2相当の警戒を要するものです」


「要観察、ということですか」


「行政用語では、『慎重に、しかし大いに期待している』という意味です」


「……胃が痛くなりそうな期待ですね」


 *


 面談の最後、烏丸は一枚の資料を悠真に差し出した。


「御門様。講習を受け、支部のルールを把握していただいたということで、一つ、あなたに相応しいと思われる案件を紹介させていただきます」


「案件……仕事ですか?」


「はい。厳密には、ヤタガラスに寄せられた『能力制御相談』の一環です」


 資料のタイトルは『初心者Tier4登録者・能力暴発事案の調査』。


「対象は、都内の大学に通う男子学生です。最近、突発的な身体能力強化に目覚めたのですが、その制御ができず、所属するラグビー部で部員を負傷させかけました」


「身体能力強化……さっき見たやつですね」


「ええ。ですが、彼のケースは特殊です。本人の霊的出力以上に、物理的なエネルギーが過剰に溢れている。我々の予備調査によれば、彼の魂の奥底に、何らかの『小型獣霊』が無意識に憑依、あるいは未契約状態で共生している可能性があります」


 悠真は、先ほどジャグラズと話した『召喚物憑依』の単語を思い出し、心臓が跳ねるのを感じた。


「憑依……」


「祓い屋を派遣して強制的に分離(除霊)することも可能ですが、それでは彼の能力そのものが消失し、深刻な精神的後遺症を残す恐れがある。……あなたの『役割を与えて管理する』という手法なら、その獣霊と対話し、契約へと導くことで、彼の力を安全なものにリデザインできるかもしれない」


 烏丸は静かに微笑んだ。


「もちろん、リスクはあります。野生の獣霊は、塵霊や家の精霊ほど素直ではありません。……ですが、これはあなた自身の、召喚師としてのステップアップに繋がるはずです」


 ジャグラズが、悠真の肩を叩いてニヤリと笑った。


「おいおい、さっそく面白いフラグが立ったじゃねえか。小型獣霊、お前が欲しがってた『戦闘用の手札』の候補として、最高じゃねえか?」


「……調査の結果次第だけどな」


「受けるんだろ?」


 悠真は烏丸を見つめ、力強く頷いた。


「分かりました。調査、引き受けます」


 *


 帰り道。


 ヤタガラス支部のビルを出ると、そこは再び、夕闇に包まれ始めた普通のビジネス街だった。


 道を行き交う人々は、足早に家路を急いでいる。


 その誰一人として、この建物の地下で異能者たちが汗を流し、数階上の執務室で世界の均衡を保つための書類がやり取りされていることを知らない。


 悠真の隣では、ジャグラズが約束通りのハーゲンダッツを、バニラの香りにうっとりしながらスプーンで掬っている。


「……なぁ、悠真」


「なんだ?」


「お前、さっき訓練場で身体強化を見てる時、顔が完全に『少年漫画の主人公』になってたぞ。……強くなりたいか?」


「……恥ずかしいな。でも、自分自身の弱さは痛感したよ。……俺は、殴り合いでは誰にも勝てない。でも、召喚師として、俺なりの『強さ』を形にしたいんだ」


「ケケケッ、いいんじゃねえの。安全設計さえ忘れなきゃ、俺様がその夢、少しは手伝ってやるよ」


 悠真はスマートフォンの画面を開き、烏丸から送られてきた案件の詳細を確認した。


【対象:大学生(20歳)】


【推定存在:未契約小型獣霊(イイズナ、あるいは鼬霊系と推測)】


【危険度:低~中。ただし物理的破壊力に注意。】


「獣霊……か。上手くいけば、俺の最初のアタッカーになるかもしれないな」


「まずは噛まれないように気をつけな。俺様以外に浮気しようとするバチが当たるぜ?」


「浮気って言うな。チームメンバーの増員スケーリングだ」


「元エンジニアめ……」


 悠真は夜の街を見渡した。


 街灯の影、ビルの隙間、そして人々の背後。


 今まで見えていなかった、しかし確かに存在する無数の「声」たちが、塵霊隊のネットワークを通して静かに悠真の元へ届いていた。


 御門悠真は、まだ誰とも殴り合うことはできない。


 しかし彼は、戦わずに力を借りる方法を、そして異質な存在と共存する論理ロジックを、着実に学び始めていた。


 夜の風が、悠真の頬をかすめて吹き抜けていった。

最後までお付き合いいただき感謝します。


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オーバー○ウルか。
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