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元ITエンジニアの俺、祖先の召喚術から召喚プログラムを組み上げて神も悪魔も従える  作者: パラレル・ゲーマー


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第5話 空き家のクソ精霊と、初めての報酬

 窓の外では、五月の柔らかな日差しが庭の雑草を照らしている。


 御門家の屋敷、その一角にある書斎で、悠真はノートPCの画面と睨み合っていた。


 画面上には、前日に構築した『塵霊隊ダスト・スカッド』から送られてくるログが、絶え間なく流れている。


 だが、その内容は相変わらず整理が必要なノイズの山だった。


『くらい』


『ほこり、おいしい』


『わらう、いる』


『ひと、にげる』


『どあ、なる』


『みず、こわい』


 断片的な、それも極めてプリミティブな感情と感覚の羅列。


「……情報のパースが甘いな。これじゃあ単なる単語の羅列だ。もっと相関関係を定義して、事象として構造化しないと、運用に耐えられない」


 悠真は独り言を漏らしながら、フィルタリング用のスクリプトを書き換えていく。


「おい、悠真。塵霊隊のログ、見づらすぎるぞ。もっとこう、悪魔にも分かりやすいグラフとかにできないのか?」


 向かいのソファで、貰い物のクッキーをポリポリと齧りながら、ジャグラズが不満げに声を上げた。


「今、フィルタリングのロジックを改善してるところだ。埃の妖魔百体をネットワーク化した時点で、情報量が跳ね上がるのは分かってたことだろ」


「埃を百体も従えて、一体何と戦ってんだよ、お前は」


「生活と、将来の不安。……それから、このシステムの完成度だ。運用を改善し続ければ、いずれは街全体の異常検知モニタリングが可能になるはずだ」


「へーへー、真面目だねぇ、無職召喚師様は。……あ、メールだぞ」


 ジャグラズが指差すと同時に、ノートPCの通知音が鳴った。


 送信者は、ヤタガラスの烏丸蓮司。


【正式依頼】駅裏住宅街・空き家における怪異事案調査について


 悠真は背筋を伸ばし、メールを開いた。


『御門様


 先日ご報告いただいた空き家の精霊反応について、管理会社および所有者へ確認を取りました。


 該当物件は以前より、内見者が原因不明の体調不良や恐怖反応を訴えて退去する事案が複数発生しており、管理会社からも非公式に相談を受けていた案件です。


 危険度は現時点で低~中。

 人命に関わる直接的な被害は確認されていません。


 ただし、営業上の損害が発生しているため、早急な原因特定と解決が求められています。


 御門様の初回案件として、適性があると判断し、正式に依頼させていただきます。


 本日午後、管理不動産会社の担当者と現地で顔合わせをお願いいたします。


 報酬は調査費に加え、解決時の成功報酬をお支払いします。


 詳細は現地担当者より説明があります。


 なお、追加契約は原則として許可制ですが、対象精霊との契約による事案解決が最適と判断される場合は、事後報告を条件に特例で許可します。


 烏丸蓮司』


 悠真は最後の一文を、二度読み返した。


「……対象精霊との契約は、事後報告で許可、か。烏丸さん、俺のやり方を見越してるな」


「おい、便利な例外条項を見つけた時みたいな、嫌な顔をするなよ」


 ジャグラズが呆れたように溜息をつく。


「いや、合理的ロジカルだと思ってさ。必要なら契約して、管理下に置く。それが一番確実なトラブル対応だろ。……よし、受けるぞ。初仕事だ」


「空き家の精霊相手に、無職召喚師の初陣か。せいぜい、不戦敗で泣きべそかくなよ?」


「言い方を選べ。これはプロとしての第一歩だ」


 悠真はノートPCを閉じ、立ち上がった。


 *


 駅裏の住宅街。


 古い木造住宅が並ぶ一角に、その空き家はあった。


 築四十五年。


 黒ずんだ板塀と、手入れの途絶えた庭が、周囲の住宅から浮き上がっている。


 門扉の前には、一人の女性が立っていた。


 紺色のスーツに身を包んだ、三十代前半の女性。


 駅前の中堅不動産会社『坂下不動産管理』の佐伯美奈は、悠真の姿を見るなり、不安と当惑が混ざったような表情を浮かべた。


「ええと……ヤタガラス様からご紹介いただいた、御門悠真さん……で、お間違いないでしょうか?」


「はい。御門です。本日はよろしくお願いします」


 悠真が会釈すると、佐伯は彼を上から下まで眺めた。


「その……失礼ですが、ずいぶんとお若いので、驚きました。お祓いの方……というよりは、大学生か何かのように見えてしまって」


「召喚師です。祖父の仕事を継いだばかりで、自分でもまだ試行錯誤しているところですが」


 悠真が淡々と答えると、佐伯は彼の隣にいる金髪の少女に視線を移した。


 ジャグラズは認識阻害のスキルを使い、角や尻尾を隠して「少し変わった服を着た、不機嫌そうな外国人の少女」として振る舞っている。


「そちらの方は……?」


「助手です。……ほら、ジャグラズ、挨拶」


「ジャグラズだ。……ちゃん付けとかすんなよ、人間」


「あ、すみません。ちょっと人見知りなもので」


 悠真が苦笑交じりにフォローすると、佐伯は「はぁ……」と力なく頷いた。


「……本当に大丈夫なんでしょうか。この物件、オーナー様も本当に困っておられて。これまでに何組も内見の方がいらしたんですが、皆、途中で顔を青くして逃げ出してしまうんです」


 佐伯は、空き家の玄関を指差しながら事情を説明した。


「二階から誰もいないはずの足音がする、押し入れが勝手に開く、洗面所の鏡が曇って文字が浮かぶ……。しまいには、風呂場から子供の笑い声が聞こえたという方までいて。事故物件ではないはずなんですが、もうネットでは『曰く付き』なんて書き込みまでされ始めていて……」


「典型的な脅かし精霊インプだな、こりゃ」


 ジャグラズがぼそりと呟く。


 佐伯には聞こえていないが、悠真にはその確信に満ちた声が届いていた。


「原因を取り除き、再発を防ぐ。それが今回の任務ですね。成功報酬についても、伺っております」


「はい。調査費として三万円。もし怪奇現象を完全に停止させることができれば、成功報酬として二十万円をお支払いします。オーナー様からは、解決できるなら安いものだ、と言われておりますので」


 二十万。


 悠真は内心で、その金額の重さを噛み締めた。


 前職の月給に近い金額が、たった一件の依頼で。


 もっとも、命の危険があるかもしれない仕事の対価と考えれば、決して高くはないのかもしれない。


「……分かりました。これより調査を開始します」


 悠真は、玄関を開けて中に入った。


 佐伯は「私は……外で待っています」と言い残し、逃げるように門扉まで戻っていった。


 空き家の中は、独特の静寂と埃っぽさに包まれていた。


 黄ばんだ壁紙、湿気を帯びた畳の匂い。


 悠真はリビングのテーブルにノートPCを広げ、慣れた手つきでコマンドを打ち込んだ。


「塵霊隊、先行投入。全室の環境スキャンを開始しろ。異常な霊的波形と、物理的な干渉痕跡をマッピング(地図化)する」


 悠真の影から、無数の黒い小さな塊が散らばっていった。


『ちり』


『くらい』


『みる』


『ほこり、いっぱい』


 画面上の間取り図に、塵霊たちからのデータが反映されていく。


「いい家じゃねえか。埃の量だけは一級品だぜ」


 ジャグラズが鼻を鳴らす。


「塵霊目線ではな。……お、ログが出た。二階和室に強い反応。浴室に残留音声波形。廊下の足音……これは演出ログだな」


「演出ログ?」


「怪奇現象が起きた後の痕跡だ。霊的なエネルギーが、物理的な音や振動に変換されたパターンが記録されてる。……規則性があるな」


 その時、二階から『ドス、ドス』と、重々しい足音が響いてきた。


「来たぞ」


 ジャグラズが身構える。


 階段の暗がりから、子供のような高い笑い声が漏れてくる。


「ふふ……ふふふふ……」


 悠真は一瞬だけ背筋を凍らせたが、すぐにノートPCの画面に目を戻した。


【音響干渉を検出。発生源:二階廊下付近。強度:低。パターン:ループ再生と推測】


「……怖がらせ方がワンパターンだな」


「おい、普通はここでビビるもんだろ」


「ログを見る限り、足音の間隔が三・五秒で一定だ。演出としての『』が雑すぎる。これじゃあ、素人の自主制作ホラー以下だぞ」


「お前、本当に情緒がねえな」


 次に、洗面所の方で音がした。


 行ってみると、鏡が真っ白に曇っており、そこに指で書いたような歪な文字が浮かんでいた。


『カエレ』


「佐伯さんが言ってた定番現象イベントか。……ジャグラズ、鏡の温度変化を確認しろ」


「……ああ、微弱な結露を引き起こす冷却魔法の残滓だな。こいつ、いちいち仕掛けが細かいぜ」


「細かいけど、効果が限定的だ。一度の演出に魔力のリソースを割きすぎてる。……ジャグラズ、お前には何が見える?」


 ジャグラズは鼻をクンクンと動かし、ニヤリと笑った。


「……こいつ、構ってほしいだけだな。悪意はあるが、殺意はねえ。怖がらせた相手の反応を食うことで、自分の存在を証明しようとしてやがる。……寂しがり屋のクソガキ精霊だぜ」


「やっぱりか。本体は二階の和室だな」


 悠真は階段を上がり、二階の突き当たりの部屋へ向かった。


 和室の扉を開けると、そこにはぼんやりとした白い影が浮かんでいた。


 人型を崩したような、シーツを被った子供のような、不安定な姿。


「かえれ……にんげん……ここは、わたしのいえ……」


 精霊は、幽霊を模したような震える声で告げた。


「お前がこの家の精霊か。……『すみか』とでも呼べばいいか?」


「なまえ……ない! わたし、こわい! にんげん、こわがれ!」


 精霊が叫ぶと同時に、部屋の襖が激しくガタガタと鳴り、窓ガラスが激しく揺れた。


 だが、悠真は動じなかった。


「……その演出も、もう飽きた。塵霊隊のデータでお前の仕掛けはすべて把握している。エネルギー効率が悪いぞ。そんな無駄な驚かし方を続けていたら、お前、すぐに魔力が枯渇するぞ」


「うるさい……! みんな、こわがる! こわがって、にげる! それが、たのしい!」


「楽しいかもしれないが、それを続けていたら、この家はいずれ取り壊されることになる。そうなれば、お前の居場所もなくなるんだぞ?」


 精霊の動きが、ぴたりと止まった。


「とり……こわす?」


「借り手がつかない家は負債でしかないからな。オーナーは家を壊して、更地にして売るだろう。そうなれば、お前はこの土地からも追い出されるか、消えることになる。……お前、この家が好きなんだろ?」


 精霊は、小さく震えた。


「すき……ここ、わたしのいえ……でも、だれもこない。さびしい。だから、くるひと、こわがらせる。みんな、わたしをみる。それだけ、うれしい……」


 ジャグラズが、呆れたように肩をすくめた。


「やっぱりな。注目を浴びたいだけの露出狂ならぬ、露出精霊か」


「……お前に、役割をやる」


 悠真はノートPCのキーボードを叩き、新しい契約書コントラクトを作成した。


「役割……?」


「内見者や住人を脅かすのは禁止だ。だが、その代わりに、この家の『守りガーディアン』になれ。不法侵入者や、家を傷つける奴が現れた時だけ、全力でお前の『怖がらせる技術』を使え。それ以外の時は、火事や水漏れがないか見張るんだ」


 精霊は不思議そうに体を揺らした。


「まもる……? それ、たのしい?」


「ああ。正当な理由で人を怖がらせるのは、お前の誇り(アイデンティティ)になるはずだ。それに……将来的に、お前にもっと向いている仕事を探してやることも約束する」


「しごと……?」


「お前、人を怖がらせるのが好きなら、『お化け屋敷』って知ってるか?」


 精霊の影が、ぱっと輝いた。


「おばけやしき……! まえ、テレビでみた! みんな、こわがる! こわがって、にげる! あそこ、いきたい! あそこで、はたらきたい!」


「……本気か? あれは結構ハードな仕事だぞ」


「やりたい! おばけやしき、はたらきたい!」


 ジャグラズが、堪らず吹き出した。


「ケケケッ! 適職じゃねえか。クソ精霊が、お化け屋敷のプロを目指すってか」


 悠真は、真面目な顔で契約条項に入力した。


『将来的な就業先として、お化け屋敷案件の優先的な紹介に努めるものとする』


「……よし。仮名は『すみか』。契約に同意するか?」


「する! すみか、まもる! おばけやしき、いくために!」


 召喚プログラムが、眩い光を放った。


【契約成立。対象:すみか。役割変更:悪戯精霊→試用守護精霊。……将来希望欄に『お化け屋敷勤務』を登録しました】


「……精霊のキャリア支援まで始める気かよ、お前は」


「役割を与えるのが召喚師の仕事だろ。……よし、これでデバッグ完了だ」


 *


 悠真が空き家から出てくると、門扉の前で佐伯が、祈るようなポーズで立っていた。


「……御門さん! だ、大丈夫でしたか?」


「はい。解決しました」


「本当ですか!? あの……何も起きませんか?」


「原因は家屋に宿った精霊でした。……寂しさのあまり、注目を浴びようと怪奇現象を繰り返していたようです。今後は内見者を脅かさないよう、契約を結びました」


 悠真が玄関を開け、佐伯を中に促した。


 佐伯は恐る恐る一歩を踏み出す。


 以前なら、ここで不快な冷気や、二階からの足音が響いていたはずだった。


 だが、今の家の中は、ただの「少し古い空き家」の空気に戻っている。


 二階に上がっても、何も起きない。


 洗面所の鏡も、曇る気配すらなかった。


「……すごい。本当に、何も起きない」


「すみか――あ、その精霊の今の名前ですが。彼女は今、守護精霊としてこの家を守る契約になっています。不法侵入者や火災には敏感に反応してくれるはずですよ」


「守護精霊……ですか。なんだか、信じられませんが、確かに空気が変わりました。……これなら、内見の方にも自信を持ってお勧めできます!」


 佐伯の顔に、今日初めての、晴れやかな笑顔が浮かんだ。


「本当に助かりました。……こちら、お約束の調査費です」


 佐伯から差し出された封筒。


 中には、三枚の一万円札が入っていた。


「成功報酬の二十万円については、数日中にオーナー様よりお振込みされるよう手配いたします。……本当に、ありがとうございました」


 悠真は、その封筒を重々しく受け取った。


 たった三万円。


 だが、それは悠真が自身の力――祖父から継承し、自分の知恵で再起動した召喚術――で手にした、初めての正当な対価だった。


「……よかったな、悠真。ガトーショコラ何個分だ?」


 ジャグラズが横から覗き込み、不敵に笑う。


「全部ケーキに消えると思うなよ。……これは、次に繋ぐための軍資金だ」


 悠真は封筒をポケットにしまい、背後の空き家を振り返った。


 二階の窓から、すみかの気配が小さく手を振っているような気がした。


 *


 その日の夜、悠真は烏丸へ報告書を送った。


【対応完了報告】駅裏住宅街・空き家精霊事案


 対象:家屋精霊/悪戯精霊(仮称:すみか)


 事案:内見者への怪奇演出による営業妨害


 結果:契約による守護精霊への役割変更


 特記事項:対象より「お化け屋敷勤務」への強い就業希望あり。将来的に該当案件があれば検討されたし。


 数分後、烏丸から短い返信が届いた。


『対応報告を確認しました。


 祓滅ではなく契約による解決は、御門家らしい、かつ極めて平和的な手段です。


 ……精霊の就業希望については、当機関でも前例がありませんが、記録に留めておきます。


 初の案件解決、お疲れ様でした。』


「……『前例がない』ってさ」


 悠真は苦笑しながら、ノートPCの電源を落とした。


「そりゃそうだろ。だが、お疲れ様って言われたな」


 ジャグラズが、自分の尻尾を弄りながらソファに転がる。


「無職じゃなくなりつつあるな。……次はなんだ? 登録召喚師としての活動か?」


「見習い召喚師、かな」


「しょぼいな」


「初報酬は出た。明日はケーキだ。……約束だからな」


「ケケケッ! 契約成立だな!」


 悠真は窓から、暗い街の夜景を見つめた。


 塵霊隊が、今も街の隅々から情報を拾い上げている。


 祖父が語った万能の夢。


 必要な時に、必要な存在と契約する。


 それは、ただの戦いの手段ではなく、異界と現世の折り合いをつけ、新しい役割を与える「仕事」なのだと。


 悠真は、その手応えを噛み締めながら、深い眠りについた。


 御門悠真は、初めての怪異案件を終え、召喚師として最初の報酬を手にした。

最後までお付き合いいただき感謝します。


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