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幽世 1-3

「……初対面でいうことじゃないかもしれないけど、あまり、自分のことを卑下しないほうがいい。せっかく素敵な色しているんだから」


 素直に思ったことを口にした篤志に、百燐は一瞬大きく目を見開く。そして、フッと笑って、篤志の頭を優しく撫でる。手から伝わる暖かさが心地よくて、篤志はその手に自分の頭を委ねる。



「ちょ、ちょっと! それ以上はダメ! 篤志は俺の!」



 二人だけの世界に入っていたところに、慌てた様子で篤志を百燐の手から取り戻そうと銀が自分の方に体を引き寄せる。そして、手を払いながら百燐を遠ざけ、ギュッと篤志の体を抱きしめる。銀のフサフサの尻尾も無意識のうちに篤志の足に絡みにくる。




「距離近すぎだろ! それに触りすぎ! 篤志が減っちゃう!」




 どういう意味だ、と篤志は怪訝そうな表情を浮かべる。銀は篤志の呆れた様子に気がついていないのか、百燐の手を上書きするように何度も篤志の頭を撫で始める。


「俺が減るって、意味わからんこと言うな」


 篤志が銀の手を振り払い、逃げるように体を引き離すと、彼はあからさまにショックを受けたように顔を青ざめさせた。



「あっはっは! あんたの独占欲も相変わらずねぇ。大丈夫よ、あんたからその子を取りあげようなんて思う馬鹿はここにはいないでしょうから」



「お前がいるだろ、百燐!」

「たしかに篤志のこと好きだけど、アタシの守備範囲からは外れてるからねぇ」

「んだと!? 篤志のどこが対象外なんだよ!」

「……あんた、しばらく見ないうちに面倒臭さが一段と上がってるんじゃない?」



 呆れたように肩を竦める百燐は銀を揶揄うのが飽きたのかまた篤志の方に戻ってくる。



「篤志、あのバカに何かされそうになったらさっさと逃げるのよ。これは、おねぇさんからの忠告よ」

「よくわからないが、わかった。鬱陶しくなったら、すぐに逃げることにする」



 馬鹿正直に頷く篤志に銀が目尻に涙を溜めながら篤志の足にしがみつく。テレビで見た、恋人に振られてみっともなく縋るダメ男の格好によく似ていた。



「篤志?! 百燐の言葉なんて間に受けるなよ? え、受けてないよな?」



 顔を歪めて迫ってくる銀を全力で押し返しながら、百燐の方に視線を戻す。


「それよりも、どっちでもいいからここがどこか、説明してくれないか?」

「あらぁ、銀ってばなんの説明もしてないのぉ?」



 目をぱちりと開き、口元を手で隠しながら百燐が銀に視線を向ける。銀は一瞬言葉に詰まりながら、そろそろと篤志の足から離れると誤魔化すように視線を逸らした。



「どうせ、ここには長居しないんだし、知らなくてもいいと思って…………」

「長居しないのかもしれないけど、ただの人間の篤志に説明なしにここを受け入れろは無理な話じゃない?」


 百燐の言い分も理解できるのか、銀は言い返すことなく不機嫌そうに視線を合わせようとしない。



「……縁が結ばれれば、情が湧くだろ。……それが一番厄介だってあんたも、知ってるだろ」



 喧騒に飲み込まれそうなほど小さな声で銀は呟く。痛みに耐えるように眉間に皺を寄せ、チラッと篤志の方を一瞬見たあとまたそっぽを向く。銀の言葉に百燐は思い当たることがあるのか、同情するように目元を緩める。



「たしかにねぇ……この子、縁でがんじがらめになりそうだものね」


「……? どういう意味だ?」



 篤志が聞き返すが銀は硬く口を引き結び、百燐もその意思を尊重するように曖昧に笑うだけだった。


「それでも、ここにしばらくいるなら、せめてここがどこかくらい教えてあげたら?」


 百燐は周囲を歩く異形の存在とその町並みを見つめる。彼からは何も話すつもりはないようで、篤志は銀のことをじっと見つめる。無理やり口を開いてもらうやり方もなくはない。だけど、篤志は銀に自分で選んで欲しいと思ったのだ。


 その結果、銀が口を開かなくても、それでいいと思っていた。銀が考えて、銀が選んだのなら、篤志にできることは彼の意思を尊重することだけだった。


 篤志の気持ちを銀もわかっているのか、しばらく黙り込んだ後、沈黙に耐えきれなくなったように大きなため息を吐き出す。




「あーあ! 篤志には何も知らないままでいて欲しかったのに!」




 小さな子供の癇癪のように、銀はふわふわの尻尾を地面に叩きつけながら頭をぐしゃぐしゃに掻き回す。綺麗に結ばれていた三つ編みがところどころ解ける。全身で悔しがる銀に篤志は少しだけ悪いと思いながら、彼の優しさに感謝した。




「……ここは、《幽世》――妖と神様が住まう世界」

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