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幽世 1-1

 落ちているのか、それとも登っているのか。上下左右が反転し、自分が向いている方向があやふやになっていく。



 手探りで掴めるものを探すが、その手に何かが触れることはなく、篤志はなすがままになる。せめて地面にぶつかるときは痛くないといいな、と願いながら衝撃に備えていると、視界の端に光が爆ぜるのを見つけた。



 ハッとして顔を上げると、目の前には穏やかに笑う何かがいた。



 それは、美しい黒い髪を優雅に靡かせ、赤を差した目尻を緩ませると、篤志の額にコツンと自身の指をぶつけた。触れられた指先から、熱が全身に回る感覚がして、ほのかな心地よさを覚える。




「おかえり、幽世へ」




 彼、もしくは彼女は、愛おしいものに出会えた喜びに満ちたような声を震わせる。鈴の音のような清らかな声が静寂を裂く。



 その人物に導かれるように世界に形が、色が着き始める。



 夕暮れとも夜ともつかない色をしている空には、星が淡く滲む。月は二つに重なり、その明かりに照らされる町並みは提灯の灯りで色鮮やかだった。道行く人じゃない何かたちの足元には影がなく、お祭りのような喧騒が遅れて耳に入ってくる。


 ここはどこだ――考えるよりも先に、空中を浮かんでいた篤志の体はぐんっと突然落ち始める。驚きで目を見開いていると、大通りに面した路地裏にゆっくりと着地する。



 道の向こうに見える何かたちは人の形をしているものもいれば、明らかに人とは違う形をしているものもいた。



「なんなんだ、ここは……。それに、銀は? あいつは無事なのか?」



 そろっと警戒するように路地裏から顔を出すと、誰かが「あぶねぇな、兄ちゃん」と怒鳴られる。篤志は咄嗟に謝ろうと顔を上げたが、目の前にはいるのは出店を楽しむ何かたちだけだった。



「ほらぁ! 今日は新鮮な魂が入ったよ〜。早い者勝ち、さぁさぁ、寄ってらっしゃい!」

「今日こそはこれまでのツケ、払ってもらうからな!」

「あっちにいいところがあるよ! みんなで見に行こう!」



 そこには人と同じ世界が広がっている。ただ、みんな人じゃないだけで。



 篤志は目の前の奇異な世界に懐かしさを覚えて、大通りへと足を進ませる。道の両脇には色とりどりの出店が並び、提灯の灯りがゆらゆらと揺れる。幼子のはしゃぐ声と、店主の威勢のいい呼びかけが重なり合う。彼らの熱気は混ざり合い、篤志の気分も上を向く。


「おやおや、お兄さんはまた珍しいじゃないか!」


 路地裏に一番近いところに店を構えていた、フードで顔を覆った異形の者に声をかけられる。


「こんなところで人間様に出会えるなんてな! お兄さん、どうやってここに来たんだ?」


「……あんたは?」


「あぁ、悪かった! 改めて、俺はダン。綺麗な石を集めて、装飾を作ってる。お兄さんは?」


「俺は篤志。気がついたら空からここに落っこちてきて……なぁ、俺よりもちょっと背が高くて、長い金髪の男を見てない?」


「さぁな。何せ、ここにはいろんな奴がいるからなぁ…………あぁ、でも、お兄さんの探してるやつが人間様なら、そのうち噂が回ってくるんじゃないか? ここでは人間様は滅多にお目にかかれないレアキャラだからな」


「レアキャラ……ま、いいけど。それなら、少しだけここにいてもいいか?」



 気さくに話しかけてくれるダンに少しだけ気を許した篤志は尋ねる。するとダンは店先に並んだ商品を指差す。


「ここにあるものを一つでも買ってくれるっていうなら、いいぜ」

「買うのは構わないけど、俺、お金そんなに持ってないぞ」


 ズボンのポケットに入れていた財布を取り出そうとすると、ダンは笑いながら首を横に振る。


「そんな人間様のものなんかいらねぇよ」

「なら、何でこれは買うんだ?」




「何ってそりゃあ――お兄さんの魂さ」




 フードの下で、唇が薄く引き伸ばされるのが見えた気がした。思わず篤志は口を閉ざし、足を後ろに引く。


 ダンの普通じゃない要求にようやく篤志はここが普通の場所じゃないと自覚した。人の道理が通じない場所――バケモノの世界だと。



 背筋を汗が流れていく。口の中に溜まった唾を喉を鳴らしながら飲み込む。



 そのとき、篤志の顔の横から手が伸びてきた。



「……悪いが、こいつは俺の連れなんだ。あんまり、ちょっかいかけないでくれない?」

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