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行きはよいよい、帰りは怖い

 放課後のチャイムが鳴り終わるよりも先に、あいつの声が廊下を突き抜けた。


「おーい! 篤志、一緒に帰ろうぜ!」


 金髪に染めた長い髪を三つ編みに結んだ生徒が無邪気に笑いながら手を振っている。


「ごめん。先生に用事を頼まれてて、今日は一緒に帰れそうにない」


 顎下ラインで切り揃えられたサラサラの髪を揺らしながら篤志と呼ばれた生徒は金髪の生徒の提案をすげなく断る。すると、金髪の生徒は大袈裟に肩を落とすと、責めるような目でじっと篤志のことを見つめる。



「はぁー? 俺と先生、どっちが大切なんだよ! もちろん、俺だよな!?」

「いや、一度引き受けたことなんだから、どっちが大切とかの問題じゃないだろ」

「やだぁ、篤志さんってば、俺よりも先生を選ぶのね!」



 金髪の生徒が作り出す設定がいまいちよく分からず篤志は不思議そうに首を傾ける。金髪の生徒は思った反応が返ってこなかったからか、気まずそうに頬を引き攣らせると深いため息を吐く。


「……わかったよ。わかりました! 篤志が俺よりも先生の方が大事なのがよーくわかりました!」


 ぷくっと頬を膨らませると、拗ねたように顔を横に向ける。しかし、チラチラと篤志の様子を伺っていることから、この生徒が篤志に何か期待していることが周囲の生徒には丸わかりだった。ただ一人、篤志本人を除いて。



「はぁ、期待してなかったけど、ある意味ショックかも…………まぁ、でもいいや」



 小さな声でぶつぶつと呟いたあと、金髪の生徒は篤志に手を差し出す。その手の意味が分からず篤志が困惑したように眉を下げると、金髪の生徒は向日葵のような眩しい笑顔を見せる。



「俺も手伝うよ。二人でやれば、早く終わって遊びに行けるだろ」

「別にお前が手伝わなくても……いや、ありがとう、銀」



 篤志が素直にお礼を伝えると、金髪の生徒――銀は嬉しそうに頬を赤らめた。




 二人は協力して先生からの頼まれごとを片付けると、帰路につく。


 オレンジ色に染まった空と、星空が瞬き始めた淡い青の空が境界線で溶け合っていた。



 そんななか、二人は学校の近くの神社でお参りをしていた。



 二礼二拍手一礼。

 乾いた拍手の音が静かな境内に響き渡る。



 銀のその動きには一切の迷いがなかった。


 手本のような美しい所作で神様に祈る銀を篤志は自分の願い事も忘れて見入ってしまう。普段はおちゃらけて、ふざけることに命を注いでいるような男なのに、なぜか神様のお膝元では人が変わったように静かになる。


 伏せた瞼に引き結んだ唇。金色の髪の隙間から覗く整った横顔のラインを見るたびに、篤志は強い既視感を覚える。



 ずっと昔に見たことがある――よりももっと強いイメージが頭に入り込む。



 そのイメージを深く追いかけるよりも前に、パチリと開いた銀の色素の薄い薄茶色の瞳と視線が合う。



 銀はニヤリと笑って「変態」と呟く。



「なっ……そ、いや、ただ見ていただけだろ! 何が変態だ!」

「人が神様に真剣にお祈りしてるのを盗み見るどころか、堂々と観察しちゃうあたりが変態度高めだよなぁ〜」

「う、うるさいっ! あーもう! 俺は先に行くからな!」



 結局願い事の一つもせずに篤志は怒ったように足を踏み鳴らしながら踵を返す。小さな子供の癇癪みたいに怒った篤志に銀はケラケラと無邪気に笑う。




 その時、全ての音が消えた。




 銀の笑い声が、途中で途切れる。


 木々のざわめきも、鳥の囀りも、人々の話し声も。すべてが景色に溶け込み、世界には篤志と銀の二人だけが取り残される。


 篤志は足元から這がってくるような冷たい空気に、鳥肌を立たせる。


 明らかに異常な境内の様子に、早く出ようとして篤志は無意識に鳥居を潜ろうとした。



 がくん、と足から感触が消える。




「――篤志! 行くな!」




 何が起きたのか、と瞬きを忘れたように篤志に手を伸ばす銀の顔を見つめる。その瞳に間抜けな顔をした自分自身が映っており、さらに奥には焦りと恐怖の色が透けてみえた。


 必死に手を伸ばす銀の様子に、誰かの姿が重なる。その人も、今と同じように篤志に手を伸ばしてくれていた。




 置いて行かないで。独りにしないで。


 そう、懇願するように。




(お前は一体、誰だ――?)




 掴んだ記憶の端を手繰り寄せるよりも前に、視界から銀が消える。



 篤志の世界は暗闇に支配された。

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