4話 二人で彩る日常
午後の穏やかな陽射しが、居城の庭を柔らかく照らしていた。
シードはいつものように、居城の窓辺から庭を見下ろしていた。
本を手にしていたはずなのに、気づけばページを繰る手は止まり、銀色の瞳は無意識のうちに庭の一点に釘付けになっていた。
ラナスオルが庭を忙しなく歩き回り、右手には剪定バサミを握っている。
動くたびに長い白髪が揺れて透けるように輝き、紫色の瞳は真剣に花々を見定めていた。
「……何をしているのですか、ラナスオル」
銀色の瞳を細め、彼は窓を背にして声を掛けた。
彼女が珍しい行動を取っていることへの純粋な疑問でもあった。
「見ればわかるだろう、シード。私は庭の植物の手入れをしている」
ラナスオルは落ち着いた声で答えるが、右手のハサミで咲き誇る花々を丁寧に切り揃えるその動きには無駄がない。
どうして彼女がこんな器用な真似ができるのか? と疑問が浮かぶが、どうやらこのハサミは、彼女の破壊の右手セヴァストの力にも耐えうる、特性の魔法機械のようだ。
それでも、破壊の女神がこうして繊細な作業をしている光景は、シードにとってはやはり異質に映った。
「あなたが自ら庭の世話をするとは、珍しいですね」
シードは手を腰に当て、僅かに首をかしげる。
彼の瞳には、珍しいものを観察するような好奇心が宿っていた。
「精霊たちに任せれば効率的でしょうに」
「君はいつも効率ばかりだな。私は人間の世界で学んだのだ。こうして手を動かし、土に触れる行為が心を落ち着けることもあるのだと」
ラナスオルは微かに微笑み、腕いっぱいに花々を抱えながら彼の方へ歩み寄る。
彼女の白いドレスが風に揺れ、花の香りがほんのりと漂ってきた。
「それに、今日は特別だ。君のために花を飾ろうと思ってね」
「僕のため……ですか」
無表情を保ちながらも、シードの動きが僅かに止まる。
かつて使命を背負い、孤独に耐え続けた女神とはまるで別人のような彼女。
そして今、自分のために花を抱え、芳しい香りに包まれたラナスオルの姿はあまりにも美しく、愛おしく感じたのだ。
「あなたがそんなことを考えるとは思いませんでした」
彼の声音には薄く戸惑いが混じる。
「私は君が思っているほど冷淡ではない。君がこの長い時を共に歩んでくれることに感謝している。だが、それをどう伝えるべきか迷って……結局こうなった、というわけさ」
照れたような微笑みを浮かべながら、彼女はシードの横をすり抜け屋内へと戻る。
窓から差し込む陽の光を浴び、抱えた花々が煌めいて見えた。
シードは無言でその背中を見つめた。
「ありがとう」と口にすれば済むことだが、なぜか言葉が喉に引っかかる。
「ほら、君も手伝いたまえ。こういうことに慣れているだろう?」
彼女がテーブルに花瓶を置き、花を一輪ずつ飾り始める様子を見てシードは小さくため息をついた。
「そう言われては断れませんね」
シードは観念したように歩み寄ると、花束の一部を受け取り、慣れない手つきで花瓶に差し込み始めた。
ぎこちない動きだったが、その様子にラナスオルは思わず表情を緩める。
「とはいえ、僕の役割は統治であって、装飾ではないはずですが」
「ふふ、それを言うなら私も統治が役割だよ。それでも、君と過ごす居城に美しさを加えることが悪いことだとは思わない」
ラナスオルは軽口を言いつつも、柔らかく微笑み花を飾り続ける。
創造の左手フェルジアの光に包まれた彼女の指先は慎ましく、料理を台無しにした神の手とは思えないほどに繊細な動きだった。
優雅にドレスを揺らしながら、彼女自身が楽しんでいるのがわかる。
「どうだ、君も飾り付けを試してみるか?」
「僕にそのようなことを求めますか」
シードは一瞬口ごもる。
「……ですが、あなたが望むのなら付き合いましょう」
しかしすぐに花の一本を手に取り、迷いなく花瓶に差し込んだ。
思いのほかすんなりと収まったことを確認すると、別の花を手に取り、一つ一つ色や高低差などのバランスを慎重に見極めながら差していく。
その動作は最初こそ不自然だったが、徐々に彼の手の中に馴染み始める。
「……これでよろしいですか?」
「悪くない。君にしては、よくやった方だろう」
ラナスオルは腕を組み、出来上がった花瓶を少し離れた場所から眺める。
美しく飾られた花々を前に満足げに微笑むその表情には、どこか無垢な子供のような無邪気さがあった。
「君が加えた花があるだけで、不思議と華やかさが増した気がするよ」
「それは気のせいでしょう。僕が花を飾ったところで、美しさが増すとは思えません」
シードは淡々と返すが、銀色の瞳は彼女の輝くような笑顔に目をそらせずにいた。
「……あなたが気に入ったのなら、それで十分です」
「君も少しは柔らかくなったみたいだな。私はそれが何よりの成果だと思うよ」
ラナスオルはそっと彼の肩に手を置いた。
指先から伝わる温もりには深い感謝と愛情が込められ、優しく彼の心を揺さぶる。
「君とこうして共にいられることが、私にとっての幸福だ。だから、今日くらいは私の気まぐれに付き合うがいい」
シードは彼女の手にそっと触れ、銀の瞳に一瞬だけ柔らかな光を宿す。
「……構わないでしょう。いい夫婦の日というやつですから」
「ふふ、君も少しは冗談が言えるようになったか。ならば、今夜の夕食も君が用意してくれると期待しよう」
「それは期待しすぎです。花瓶を飾る以上のことを求められては困ります」
――二人の間に静かな笑いが響いた。
花瓶の中で咲き誇る花々は、どれも彼らが一緒に飾ったもの。
遥か昔の戦いの名残が残るこの居城も、今では二人が紡ぐ平和と愛の象徴になりつつあった。
風に花びらが優しく揺れるたび、長い年月をかけて癒えていく心の傷に光をもたらしていく。




