3話 永遠の契り
それから数年が過ぎ去った。
ラナスオルは本来の女神としての姿と力を取り戻していた。
人間の年齢で二十歳ほど――流れる長い白髪を風に揺らし、紫色の瞳は陽光を受けて華やかに煌めく。
その横顔は、かつての戦いや絶望の影を微塵も感じさせないほど幸福に満ちていた。
そして、女神である彼女はこの姿のまま永遠の時を過ごす。
左手の薬指には、銀色に輝く指輪が嵌められている。
ラナスオルは居城の窓辺に立ち、指輪を陽の光に透かしながらご機嫌な調子で鼻歌を口ずさんでいた。
小さな花のような白い宝石の装飾を眺め、うっとりと目を細める彼女の頬は淡く紅潮している。
「……ふふ、『契りの証』か。あの冷徹な男が、人間のしきたりに則ってこんなものを贈ってくれるとはね」
彼女はそっと指輪を撫でながら微笑んだ。
それは街のアクセサリー店で仕立てられた、何の変哲もない平凡な指輪だった。
魔法の力が込められているわけでもないし、神の力で創られたわけでもない。
ただの人間らしい贈り物――それでも、彼女にとっては何よりも大切で特別なものだった。
「悪くない……彼も少しは人間らしくなったか」
からかうような言葉を口にしながらも、指輪を見つめる瞳には隠しきれないほどの優しさが滲んでいた。
ラナスオルは指輪を愛でる手を止め、窓の外へ目をやった。
居城の庭には緑が広がり、小鳥たちがさえずりながら枝々を飛び交っている。
穏やかな光景。
それは彼女たちが、果てしない試練の先にようやく掴んだ、かけがえのない平和だった。
ラナスオルの表情がふっとほころぶ。
「さて、妻となったのだから……少しは料理の勉強でも始めなければな」
そう言うと、彼女は小さく肩をすくめながらキッチンへ向かった。
ラナスオルが料理道具を手に取るのは、これが初めてではない。
しかし、その結果は決して芳しくなかった。
破壊の右手――「セヴァスト」の力を宿したその手は、彼女の細かな作業をことごとく台無しにしてきたのだ。
ほんの僅かに力を込めただけで器具はひしゃげ、食材は無残な姿に成り果てる。
今日こそは――そう心の中で呟きながら、ラナスオルはまな板の上にりんごを置く。
左手でりんごを押さえ、右手にはナイフを握り締めて。
慎重に、慎重に――。
「えいっ」
すぱっ。
心地良い音が鳴り響いた――が、りんごはもちろん、まな板までも真っ二つに割れ、破片が無機質な音を立ててキッチンの床に転がった。
「……やれやれ」
ラナスオルはため息をつく。
割れたまな板とりんごを前にしばらく黙っていたが、やがてその表情には苦笑混じりの笑顔が浮かんだ。
「私は細かい作業が苦手なんだ」
そう呟く彼女の手元には、いまだ力を持て余す右手――破壊の象徴とも言える力があった。
だが、彼女自身はそれを特に気にする素振りもなく、静かに片付けを始めた。
居城には、以前のような戦いの痕跡や冷たい空気はもうどこにもない。
陽光に照らされたその場所には、二人が紡ぎ出した穏やかな時間が流れている。
「不器用ですね……僕たちは」
窓越しにその様子を見ていたシードが、独り言のように呟いた。
彼の銀色の瞳には、かつてのような鋭さは見えない。
破壊と創造を巡る戦いの日々が嘘のような平穏――それは、長い長い時を経てようやく彼ら手にした幸せの形だった。




