21話 破壊と創造の余韻
夜の闇が戦場を包み込み、星々が囁きながら彼らを見下ろしている。
しかし、地上では神と神のぶつかり合いが激震を生み出していた。
「はぁっ!」
ラナスオルが豪快に踏み込むと、破壊の右手セヴァストが唸りを上げる。
その細腕から繰り出される一撃は地面を穿ち、轟音で大地が波打った。
居城外庭は戦いの余波が漏れないように結界が張られているが、彼女の一撃はそれすらも揺るがしている。
石片が舞い上がり衝撃波が吹き荒れる中、シードは黒衣を翻しながら戦渦の中心に立っていた。
ラナスオルの破壊の力は、もしシードがまだ人間ならば即死に至る脅威であっただろう。
しかし、今や異形の神と化した彼にとって、それはもはや「絶望」ではなくただの「挑戦」として受け止められている。
「相変わらず恐ろしい破壊力ですが……少々直線的ですね」
シードは無機質な声を落としながら、滑るような動きで衝撃の余韻から抜け出す。
さらにその身には幻術を纏い、実態と虚像の境界を曖昧にしながらラナスオルの視界を欺く。
「……それはどうかな?」
ラナスオルは口角を上げ、創造の左手フェルジアを振り抜いた。
淡い翠光が広がり、漂う幻影の霧を瞬く間に浄化する。
「君は本当にやりにくい相手だ……なッ!」
視界が晴れた瞬間、ラナスオルはさらに踏み込み、予備動作もなく回し蹴りを放った。
「ほう……」
重い一撃がシードに叩き込まれる寸前、彼は瞬時に魔法障壁を展開した。
魔方陣が薄く軌跡を描きながら幾重にも渡って張り巡らされ、重厚な防御を築き上げる。
しかし――神の力の込められた蹴撃は障壁を容易く粉砕し、彼の身体を後方へ弾き飛ばした。
(神術……結界で軽減してもこれだけの威力……やはり侮れない)
靴跡が地面を引き摺るように抉り、彼は軽く手をついた。
全身が軋むような痛みが走り、口元から僅かに血が溢れる。
それでも、銀の瞳はラナスオルを視界から逃すことはない。
「手加減は無用、と言ったのは君だろう?」
ラナスオルは肩で息をしながらも、口元には戦いを楽しむような笑みを貼り付けている。
「もちろんです」
シードは右手を掲げ、短い詠唱を紡ぐ。
「来りて闇を払え。黎明の燎火――」
戦場を照らす小さな火球が一つ、また一つと浮かび上がり、ラナスオルの周囲を旋回し始める。
「魔術か。こんな小さな炎で私を止められると思うのかね?」
ラナスオルは腕を交差させ、セヴァストの力を全身にみなぎらせる。
「はぁぁっ!!」
一喝とともに破壊の力が彼女を中心に波打ち、火球が突風に吹かれた灯火のように掻き消されていく。
しかし、その残火が消え切らぬうちに新しい火球が彼女を取り囲んだ。
一つ一つに凝縮された魔力は薄く、頼りない。
ラナスオルは右手ではたき落とすように次々と炎を消し去っていく。
「はは、まるで虫みたいだな!」
ラナスオルはその状況すら楽しむかのように軽やかに地を蹴ると、くるりと膝を回し、残った炎を掻き消そうとした。
「なるほど……ですが、あなたは『前』しか見ていない」
シードがそう呟いた瞬間、蹴りを放ったラナスオルの影が不気味に蠢き、そのしなやかな右脚を絡め取った。
「……っ!?」
影は蛇のようにうねり、彼女の身体を空中に吊り上げる。
月光を浴びたラナスオルの肢体が、夜の闇の中に白銀の弧を描いた。
しかし――
「甘いな!」
次の瞬間、彼女は左脚で宙を蹴った。
否、そこに存在していた「風の精霊」を踏み、その反動で拘束を断ち切り空を駆けた。
そのまま一気に距離を詰め、右手に収束させた破壊の魔力を球状にして撃ち出す。
「く……っ」
セヴァストの力が地面で炸裂し、爆音とともにシードの身体が羽のように打ち上げられた。
その隙を逃すことなく、ラナスオルは再び風の精霊を踏んで跳躍し、空中でシードの懐に入り込む。
「空は私の間合いさ」
耳元で囁くと同時に、彼女の拳がシードの胸元を捉えた。
しかし、その余裕の笑みが一瞬にして崩れる。
「間合いに入ったのはあなたの方でしたね」
シードのその言葉と同時に、空に墨をこぼしたように漆黒が広がった。
彼が身に纏っていた幻術の残滓が性質を変え、影が外套のように二人を包み込んだ。
シードとラナスオルはそのまま緩やかに地面へ落下していく。
「君にしては随分強引じゃないか」
ラナスオルは一瞬悔しげに眉をひそめたが、にやりと口角を上げた。
「あなたに影響されたのかもしれませんね」
シードもまた、微かに微笑み返した。
* * *
戦いは終わりの見えない舞踏のように一進一退を繰り返していた。
シードの多彩な魔術がラナスオルの体力をじわじわと削っていく。
ラナスオルは創造の左手フェルジアを輝かせ、瞬時に傷を癒やしては破壊の右手セヴァストを振るった。
破壊と創造――相反する二つの力が、絶妙な均衡を保ちながら彼女の内で共存している。
シードは戦いの中で彼女の神性の本質を見極めようとしていた。
「滅ぼす力と守る力――どちらも、見事に洗練されていますね」
「戦いとはそういうものだよ、シード。私はただ勝つためだけに力を振るうのではない」
その言葉とともにに、ラナスオルの足元に閃光が走った。
次の瞬間、彼女は雷光の如く間合いを詰め、セヴァストを振り下ろす。
破壊の神性を纏った拳がシードを掠め、彼の黒衣を引き裂いた。
遅れて彼の腕に鋭い痛みが走り、鮮血が滲み出す。
血が地面に滴り落ちる音が、戦いの終焉を告げる印となった。
「素晴らしい……完敗です」
シードは軽く手を上げ、降伏の意思を示す。
表情は冷静そのものだったが、微かに口元が緩んでいる。
乱れた黒衣と銀髪を軽く整えると、淡い安堵と満足感に満たされ、短く息をついた。
「ふん、君は全く本気を出していないではないか」
ラナスオルは不満げに唇を尖らせつつも、疲れたように息を吐いた。
彼女の瞳にも確かな安堵の色が滲んでいる。
「本気を出す必要を感じませんでした。僕の目的は、ただあなたの強さを知ることでしたから」
その言葉に、ラナスオルは首を傾げた。
「して、その目的は果たせたのかね?」
ラナスオルが問いかけると、シードは短く頷く。
「ええ、あなたの『強さ』が何に基づいているのか、それを改めて知ることができました」
「そうか。なら、今後君が私に盾突こうとしても、必ず返り討ちにしてみせるよ」
ラナスオルは冗談めかして笑う。
その笑顔には戦いを終えたばかりの高揚感と懐かしさが浮かんでいた。
シードは半ば呆れつつも、穏やかな声で返した。
「その時は、手加減を期待します」
* * *
戦いを終え、二人は居城へと戻った。
居間で椅子に腰掛けたシードは目を伏せ、手合わせで見た彼女の動きを思い返していた。
ただ滅ぼすだけではない、守ることを考えた彼女の力。
「強さとは、力の大きさだけではない。そんなことを今更ながら実感しました」
ラナスオルの強さは、単なる力や破壊の威力ではない。
自分を犠牲にしてでも守ろうとする覚悟、傷ついても立ち上がる不屈の意志――彼女の強さの根底には、ラナスという世界への深い愛があった。
シードは自分の手のひらに視線を落とす。
(僕には、あの強さと同じものがあるのだろうか……)
ラナスオルはそんな彼を黙って見つめて微笑んでいた。
(君が答えを見つけるまで、私は何度でも一緒に戦うよ)
二人の間には、先ほどまでの激戦が嘘のように柔らかな空気が流れていた。
戦いの余韻が窓から吹き込む風とともに遠ざかり、澄み切った星空が彼らの姿を見守っていた。




