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2話 女神の再臨

 シードの前に光の粒が集まり始めた。

 

 光は淡い輝きを放ちながらゆっくりと宙を舞い、螺旋を描いていく。

 それに合わせるように、周囲を漂う精霊たちが色とりどりに舞い踊っている。

 

 まるで永遠にも思える歳月を超え、ようやく巡り合えた運命を祝福しているかのようだ。

 

 やがて一つの小さくも厳かな輪郭が浮かび始めた時、彼の銀色の瞳が僅かに見開かれた。

 

 疲労、渇望、そして恐れ――一万年という果てしない時の中で押し殺して来た感情が、胸の奥底から溢れ出した。

 

 絶え間なく続いた神々との戦い、傷つき、その度に再生した肉体の痛み、人々の畏怖の視線。

 死と恐怖の神と呼ばれる今の自分を彼女が受け入れてくれるのか。

 

 そのすべてが光の前で蘇り、震えおののきそうになる。


 彼は荒れ果てた心をかろうじて鎖で繋ぎ止めるように、ただその光の中に現れる存在を見つめていた。


「……随分、待たせてしまった」


 一陣の風とともに、凛とした声が静寂を破った。

 光が収束し、ゆっくりと形を成していく。

 

 そしてそこに現れたのは――長い白髪、紫色の瞳、柔らかな白いドレスを纏った小さな少女。


 それは、彼が数え切れぬほど夢に見た姿だった。

 かつて幻の世界で出会った幼いラナスオルの姿を彷彿とさせる、あまりにも懐かしく、あまりにも尊く、今なお美しい存在。 

 

 彼女は静かに宙を舞いながら降り立つと、瓦礫の上に足をつけ、シードの前で優しく微笑む。


「ラナスオル……」


 一万年もの間、追い求め、守り抜いた名前。

 彼がその名を呼ぶと、彼女はふわりと飛びつき、小さな腕を彼の背に回した。

 

 そして顔を胸に埋めそっと囁く。


「ぼろぼろだな……。一万年も、この世界を守ってくれてありがとう……」


 ラナスオルがシードの身体に触れた時、彼の魂が軋むのを感じた。

 彼の身も心もまるでつぎはぎだらけのようで、触れれば壊れそうなほど痛ましかった。

 

 ラナスオルの言葉に、シードは静かに目を伏せながら答えた。

 

「これは僕自身の選択です。あなたがこうして戻ってきた。それが何よりも、この長き歳月を超える意味となったのです」

 

 指先が震えながら、そっと彼女の髪に触れる。

 何度も夢で触れようとして届かなかったその温もりを、全身で確かめるように抱き返した。


「相変わらず遠回しな言い方をするのだな。君らしいよ」

 

 ラナスオルは皮肉めいた言葉を返しながらも、その声には温かな優しさが滲んでいた。


 積み重ねた罪、人々の恐怖、歪んだ神性の苦痛――。

 彼の一万年という孤独の時の全てが、彼女の胸に流れ込んでくる。

 シードはそれを隠すことなく、全てを曝け出した。


「君には本当につらい思いをさせてしまった……すまない……」


 ラナスオルの紫色の瞳から涙が零れ落ち、シードの胸に吸い込まれていった。

 しかし彼女は涙を拭おうともせず、震える手で彼を強く抱きしめ続ける。


「この一万年の間、僕は一度たりとも後悔を抱いたことはありません」

 

 彼の声は深く揺るぎない決意を宿していた。

 

「あなたを守るための戦いであり、愛する者の帰還を信じたからこそ耐え抜けた時間だった」


 血に染まった戦いの記憶が、再び彼の瞳によぎる。

 神々を屠り続けた罪と、彼女に拒絶されるかもしれない恐怖。

 その全てを、彼は心の奥底に押し込めてきた。


「私は君の罪も、苦しみも……全て分かち合いたい」

 

 ラナスオルの声は揺るがなかった。

 たとえどれだけ穢れていようと、どれだけ歪んでいようと、彼を拒む理由などなかった。

  

「これからも共に歩んでいこう……」


 小さな身体から伝わる温もりは、彼の凍りついた魂をゆっくりと溶かしていく。

 女神の微笑みが、異形の神の長き孤独の闇に一筋の光を射し込んでいく。


 シードは彼女の言葉を胸に刻み込みながら、その背を優しく撫でた。

 

「僕の罪も、歪んだ神性も……もはやすべてが僕という存在の一部です」

 

 銀色の瞳が優しく彼女を見つめる。

 

「あなたはそれを受け入れ、共に歩むと言ってくれた。ならば、僕もまた……あなたとこの先も歩み続けることを誓いましょう」

 

「シード……」

 

 彼女の顔に浮かぶ微笑みは、これまでの全てを許し、未来を受け入れる者だけが持つ穏やかさだった。


 彼らの頭上で精霊たちが舞い踊る。

 ラナスの大地に、新たな祝福がもたらされるように――。


「あなたが教えてくれた『愛』を、僕が少しずつ返していきましょう」


 その声は、ようやく終わりを迎えた孤独の歳月を風に流すように静かに空に溶けていった。

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