18話 共鳴
「二神よ、笑わせるな……!」
シードの魔力の刃が迫る中、束縛された死客はなおも不敵な笑みを浮かべていた。
表情には狂気さえ浮かび、敗北の色は微塵も見えない。
「私が貴様たちの軍門に下ると思ったか? たとえこの命が尽きようとも、岩の落下は止まることはない。いずれまた、神界はお前たちを滅ぼしに来るだろう……!」
死客は憎悪を込めた低い声で勝ち誇ったように笑う。
自らの命すら厭わない確固たる信念を宿し、彼の存在がただラナスの二神を滅ぼすことのみに捧げられていることを示していた。
「僕らを揺さぶるための茶番だったか……」
シードの銀色の瞳に青白い光が奔る。
漂う無数の魔力の刃が硬質な音を響かせ、死客の神を狙い定めた。
「卑劣な真似を。我が従霊に伏するがいい」
死客を取り囲む刃が、その命を奪うために一斉に飛び出そうとする。
しかし、その刹那――
「シード……結界が……もう持たない……!」
振り返った瞬間シードの視界に映ったのは、崩れかけた結界の中で必死に両手を掲げるラナスオルの姿だった。
創造の左手フェルジアの光は弱々しく脈打ち、彼女の額には汗が滲んでいる。
肩は震え、息は荒く、限界が近いことが容易に見て取れる。
それでも彼女は結界を維持し続けていた。
その献身的な姿は、自らの命そのものを削りながら街を抱きしめているかのようだった。
「……僕が加勢します」
シードは迷うことなく右手の刃を収め、死客の神を拘束したままラナスオルの元へ向かった。
ラナスオルは驚いたように彼を見上げたが、微笑みながらすぐに頷き返す。
「ああ、私たち二人で……」
シードは彼女の隣に立ち、両手をかざして創造の力を解放した。
彼の魔力がラナスオルの力と共鳴し、結界は再び輝きを取り戻す。
青白い光と淡い金色の光が絡み合い、螺旋を描くように空へと昇っていく。
二神の力が重なり合うことで生まれたその光の美しさは、地上の人々が息を呑む程だった。
人々は膝をつき、光を仰ぎ見ながら涙を流していた。
まるで破滅の中に差し込んだ希望の象徴であるかのように。
「……もう少しです」
シードは微かに歯を食いしばる。
自分たちの力が尽きる前に、岩を押し戻さなければ街は潰れる――その緊張が、張り詰めた空気となって二人を包んでいた。
しかし、その一瞬一瞬が永遠のように長く、重く感じられた。
「シード……君がいるから、私は折れない……!」
ラナスオルの声が震えながらも力強く響く。
彼女は最後の力を振り絞り、創造の光をさらに強く放った。
その瞬間、二人の身体から生み出された光は虹のように無数に枝分かれ、岩を、街全体を覆い尽くしていく。
「あれが……」「ラナスの二神の力……」
地上の人々の誰もが逃げる足を止め、二柱の神の放つ優美な光に心奪われていた。
結界の力は最大限に高まり、ついに巨大な岩は静止した。
そして、その圧倒的な力によってゆっくりと空間の亀裂へと押し戻されていく。
空が張り裂けんばかりの音で満たされる中、死客の絶叫が轟く。
束縛されたままの死客の神は驚愕の表情を貼り付けながらも、最後まで二神を罵り続けた。
「これで終わりだと思うな!! 貴様たちは永遠に呪われるだろう!!」
やがて亀裂は収縮し、そこに元々何もなかったかのように完全に閉じた。
「終わった……」
ラナスオルが呟くと同時に、二人は膝をつく。
シードは疲労と安堵が入り混じった表情でラナスオルを見やり、震える指先でそっとその肩に触れた。
「よく頑張りましたね……ラナスオル」
彼女もまた疲労で息を切らしながら、安らかに微笑む。
「ありがとう……シード……」
地上では、恐怖に凍りついていた街にようやく安寧の息吹が戻り始めていた。
絶望に震えていた彼らの顔に、感謝の光が灯っていく。
人々は互いに抱き合い、泣きながら神々の名を呼んだ。
「ラナスオル様ぁ!」「女神様、ありがとうございます!」
晴れ渡る空の下、街中が次々と歓声で溢れていく。
ラナスオルとシードは互いに目を見合わせ、疲れた表情の上に微笑を浮かべていた。
そんな中、声を震わせながら一人の少女がシードの前に駆け寄る。
「あの……」
たどたどしい動きで、背後に隠した何かを見せようとしている。
シードが首を傾げて見つめていると、少女は涙を拭いながら、意を決したように小さな白い花を差し出した。
「死と恐怖の神さまも……ありがとう……!」
その手は緊張で震えていたが、まっすぐな瞳で彼を見上げていた。
シードは一瞬目を見開いた。
死と恐怖の神と恐れられ、呪われるはずの自分に向けられた「ありがとう」という言葉。
そのたった一言が胸の奥に落ち、静かに心を揺さぶっていた。
「死と恐怖の神に渡すには場違いな贈り物ですね」
そう呟きながらも、彼は少女の手から花を受け取る。
二人の指先が触れ合うと、少女は目の前の神の冷たい指が微かに震えていることに気づき、見上げる眼差しでそっと微笑んでいた。
* * *
人々に手を振られながら、ラナスオルとシードは街を後にした。
二人の間に言葉はなかったが、握り合う手が互いの思いを伝えていた。
シードは何も言わずに、握った手にそっと力を込める。
互いの体温が絡み合い、言葉にしなくとも伝わるものがそこにあった。
(君が隣にいてくれるから私は戦える)
空には澄み渡る青が広がり、風の精霊たちが祝福するように舞い踊る。
「今日も、ラナスの神々がこの世界を救った……」
精霊たちの囁きがラナスの大地に降り注ぎ、いつまでも響き続けていた。




