17話 滅びの岩
異様な気配が、ラナスのとある街の上空を無慈悲に塗りつぶしていく。
青空に突如裂け目が生まれ、黒い亀裂がじわじわと広がったかと思うと、そこから現れたのは街全体を覆う程の巨大な岩塊だった。
岩の表面には神術の紋様が刻まれ、淡く光を放っている。
そしてその頂上には、白い衣を纏った神界の死客が腕を組んで立っていた。
「聞け、ラナスの二神よ!」
死客の神の怒声が雷鳴のように轟き渡る。
「我らが軍門に下れ! さもなくば、この岩が街を飲み込み、愚かな人間どもを滅するであろう!」
神の言葉が放つ圧力に地上の人々は悲鳴を上げ、逃げ惑う者もいれば、恐怖に足がすくみその場に立ち尽くす者もいた。
高まる混乱の中、空間が歪んだ。
転移魔法で居城から駆けつけた異形の神と女神――シードとラナスオルが街へ降り立つ。
「……交渉など無意味だ。僕が奴を始末する」
シードは冷たく言い放ち、死客の神を見据えた。
銀色の瞳には一片の迷いもなく、殺意を滲ませた冷徹な光を湛えている。
「君に任せる。だが、街を守ることを忘れるな」
ラナスオルは毅然と告げると、すぐさま左手を掲げた。
フェルジアの創造の光が溢れ出し、街全体を包み込むように柔らかな結界が張り巡らされていく。
しかしその表情は険しく、瞳の奥には焦りが滲んでいた。
「こんな街のど真ん中で破壊の力を使うことはできない……私は結界を張り、岩の落下を抑える。シード、迅速に決着をつけてくれ!」
ラナスオルの言葉に頷くことなく、シードはすでに戦闘態勢に入っていた。
「軍門に下る気はないか……ならば愚か者として死ぬがよい!」
死客の神が叫ぶと、岩がゆっくりと落下を始めた。
空気が重く圧迫され、影が街を暗く覆い尽くす。
ラナスオルの結界が必死に岩を支えていたが、巨岩の勢いは凄まじく、創造の力をもってしても徐々に押し下げられていく。
額に汗が滲み、唇を噛み締めながらも彼女は決して力を緩めなかった。
「くっ……シード、早く決着をつけろ! この結界も長くは持たない……!」
結界にひび割れが走り始め、空から細かな岩片が降り注ぐ。
地上では人々が怯えながら膝をつき、祈るように空を見上げていた。
「神様……お願い!」「助けてくれぇ!」
人々の絶叫が空へ響き渡る。
「わかっています」
冷徹な一言を残すと、シードは異形の魔力を解放した。
青白い魔力の刃が空間に現れ、彼の手元で不気味な光を放つ。
神速の跳躍で死客の神との距離を詰めると、シードの刃が赫く。
死客の神が迎撃の魔法を繰り出すが、シードは一閃でそれを両断する。
身を翻しながら叩き込むような追撃を仕掛け、死客の身体を容赦なく切り裂いた。
岩の頂上に鮮やかな血の花が咲く。
「一撃で仕留めたつもりでしたが……なるほど。この岩塊があなたへの攻撃を一定程度吸収しているわけか」
「ぐうっ……まだだぁっ!」
死客の神の全身から岩の破片が飛び出し、雨のようにシードに襲いかかった。
「無駄な足掻きを」
激しい衝撃音が空間を満たし、岩の上で二柱の神の戦いが繰り広げられた。
一方、ラナスオルはその場から動かず、結界の維持に全力を注いでいた。
彼女の放つ創造の力は岩の落下を抑え続けていたが、崩壊の兆しが現れ始めていた。
「……っ……シード……急いでくれ……!」
* * *
「……どうした、もう終わりか?」
シードの非情な声が空間に響き渡る。
彼は魔力の刃を鎖状に放ち、死客の神を完全に束縛していた。
「この岩を止めるのは、あなたの命と引き換えだ。死にたくなければ、岩の落下を止めろ」
死客の神は拘束され、もはや戦う術も逃れる術も失っていた。
だが、荒い息を吐きながらも表情には不敵な笑みが浮かんでいる。
「愚か者よ……私に死を与えると? 神の威厳を失うくらいなら、私もこの岩と共に落ちて滅びるのみだ……!」
軋むような音とともに、岩の落下がさらに加速を始めた。
結界を維持するラナスオルの表情は苦悶に歪み、街の人々の悲鳴が地上から響き渡ってくる。
「……ならば、選ばせてやる」
蔑むように見下ろした青銀の瞳が冷酷に輝く。
彼の手が動くと、無数の魔力の刃が死客を包囲した。
「命か、威厳か――どちらを捨てるかはあなた次第だ」
刃がじわじわと死客に迫っていく。
その一撃が振るわれれば、死客の神が塵と化すのは避けられない。




