13話 守護の形
村の雑貨屋は、昼の陽光を受けて穏やかに佇んでいた。
古びた木造の扉には小さな木片が吊るされており、風が吹くたびに揺れて乾いた音を立てる。
棚に並ぶ手作りの雑貨や魔法機械、冒険者たちが持ち込んだであろう、埃の匂いの混ざった謎のアイテムなどなど、素朴な生活の温もりを感じさせた。
その店先に立つのは、幻術で姿を隠したシードだった。
黒衣は普通の旅人の服へと姿を変え、銀色の髪も亜麻色に染められている。
しかし、どれだけ見た目を取り繕ったとしても、彼の纏う神としての威厳や品格、冷ややかな空気までは消せなかった。
ラナスオルには、この訪問を告げていない。
ただの気まぐれだったのか、それとも心のどこかで確かめたいことがあったのか――自分でも定かではない。
彼の目を引いたのは、神話に関する一冊の書物だった。
『ラナスの神々』
表紙には金色の装飾が施され、そう銘打たれていた。
神々の伝説が記されているらしい書物。
シードは興味を引かれるまま手に取り、ページをめくった。
そして――彼はそこに、自分の名を見つける。
「死と恐怖の神」
それが、書物の中で彼に与えられた称号。
挿絵には、黒い翼を広げ、死霊を従えた死神のような姿が描かれている。
「彼の来訪は死を招き、恐怖をもたらす」
無機質な文字が淡々と並ぶ一文を目で追いながら、彼は胸の奥のわだかまりを抑え込んだ。
表情には、感情の揺らぎは微塵も見せなかった。
しかし、書物に触れた指先がほんの僅かに強張っていたことに、彼自身も気づいていなかった。
やがて静かに書物を棚に戻すと、特に言葉を発することもなく店を後にした。
* * *
村の通りは穏やかだった。
人々の笑い声、行き交う商人たちの掛け声、荷車を引く音――。
シードは無表情のまま人混みを抜け、黙々と歩き続ける。
心には微かな違和感が広がっていた。
神としての自分が人々にどのように映っているのかということへの関心――否、無意識の疑念だった。
(僕は……本当に恐怖しか残していないのか?)
そんな思索の中、不意に何かとぶつかり、か細い悲鳴が響いた。
「あらまぁ! すまないねぇ……」
老婆の手からカゴが滑り落ち、果物が石畳に転がっていく。
「すみません、僕が注意していませんでした」
シードはすぐさま短く謝罪し、魔法で果物を収集しようと手を動かしかけた。
しかし、その手は途中で止まる。
(魔術を使う程のことではない)
そう思ったのか、彼はしゃがみ込み一つ一つ果物を手で拾い集めた。
彼の指先は驚くほど丁寧で、まるで壊れ物を扱うかのようだった。
「若いのに、丁寧だねえ」
果物を拾い集めてカゴに戻すと、老婆は感謝の言葉を述べ、しゃがんでいる彼の顔をじっと覗き込んで呟いた。
「なんだか、あなた様は……どこか死の神様のようだねえ」
シードはその言葉に僅かに目を細め、静かに問い返した。
「……死の神、ですか」
彼は顔を上げ老婆と目を合わせた。
特に否定することもなく、観察するように淡々と見据える。
老婆は小さく頷き、懐かしそうに語り始めた。
「ええ、昔この村が荒れ果てていた時のこと……死の神様がこの地を訪れ、荒廃した土地を美しい大地に戻してくれたと伝えられているのですよ」
その言葉を聞き、シードは記憶の片隅に残る一つの出来事を思い出した。
かつて彼が創造の力を使い、どこか辺境の荒廃した土地を蘇らせたことがあった。
それはほんの気まぐれで行った行為であり、その後のことには関心を持たなかった。
「村の者たちは、今もあの時の恩を忘れていません。死の神様がもたらした恐怖も確かにありますが、あの神様は美しいものを残してくださったのです」
老婆の目には、シードに向けられる純粋な感謝の色が浮かんでいた。
彼女は微笑み、カゴを抱きしめながら静かに立ち去っていく。
シードはその場に立ち尽くしたまま動けなかった。
* * *
老婆と別れた後も、彼女の言葉がシードの胸の内で響き続けていた。
(気まぐれであったとしても……僕が力以外で誰かを守っていた、ということか)
彼は村を見下ろす高台に立ち、ゆっくりと視線を広げた。
そこには、笑い声を交わしながら暮らす人々の姿があった。
畑を耕す者、商売に勤しむ者、子供たちの遊ぶ姿――命の営みが確かに存在していた。
(……ラナスオルなら、この景色を見てどう思うだろう)
シードは微かに微笑みながら、居城で待つ彼女の顔を思い浮かべた。
* * *
その夜、居城に戻ったシードはぽつりと呟いた。
「ラナスオル、力以外で人を守る方法を……僕も少しは考えるべきなのかもしれません」
ラナスオルは一瞬驚いたように瞬きをするが、すぐに柔らかく微笑む。
「君がそう思うのなら、きっとそれは君にとって大きな変化だよ。どんな答えを見つけるにしても、私は君の隣にいる。それだけは忘れないでほしい」
シードはその言葉に頷き、窓の外に広がる静かな夜空を見上げた。
村で目にした風景――それは、力以外での守護を模索する新たな思いを彼の中に生み出していた。




