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6 女子寮にて

※性的な危機を感じるシーンと若干の流血シーンがあるため注意。


 それは、ウィリアム第一王子に話しかけられた日の夜に起こった。


「……冷たい」


 寮の自室でシャワーを浴びていたときのことだ。

 いや、シャワーを『浴びる』というのは、少し語弊がある。


 ここのところ、毎日のようにシャワーの湯を切られ、冷水に代わるのだ。

 リサリーは寮で四人部屋に配置されている。

 どうやら、同室の誰かが室内で、シャワーの湯の温度を上げる魔道具を、毎日執拗に停止させているようだ。


 そのため、リサリーは湯を桶に貯めてから使うようにしている。

 そして、再度桶に湯を注ごうとしたところ、シャワーから出てきたのがやはり冷水だったのだ。


(もういいわ。あらかた体を洗い終えたし)


 気力を削がれているリサリーは、シャワールームから出て魔道具を起動させ、再度シャワールームに戻る手間を諦めた。

 軽く身をタオルで拭い、ガウンを羽織って、今の行為に文句を言おうと思いながら、シャワー室から出る。


 するとそこに、知らない男子生徒が五人ほど待機していて、リサリーは絶句した。


 リサリーが居るのは、女子寮だ。

 男子生徒が入ることは、許されていない。

 彼らは門と、建物入り口と、なによりリサリーの部屋に施されているセキュリティの魔法陣を突破することができないはずなのだ。


 同室に配置された女子生徒が、手引きしさえしなければ。


「……なに」

「お前にここに呼ばれたから来てやったんだよ。ほら」


 男子生徒の一人が、にやにやしながら手紙のようなものを突き付けてくる。


 そこには、リサリーのものではない字で、『夜にこの部屋に来てほしい』と書かれていた。


「そんなもの、私が書くわけないでしょう!」

「俺達に構って欲しいんだろう」

「ここまでするほど無視されて辛かったのかと思って、話をしにきてやったんだぞ」

「ありがたく思えよ」


 そう言って、ジリジリと近づいてくる男子生徒達。

 その目には情欲の色が浮かんでおり、リサリーはおぞましさから背筋を凍らせる。


 リサリーは今、濡れ髪で、裸にガウンを羽織っているだけだ。彼らからしたら、袋の鼠。寮内では魔法を使うことは禁止されており、封印魔法が施されている。そしてなにより、教師も生徒も、リサリーに何をしてもきっと問題にしない。まさに据え膳なのだろう。


 狭い廊下スペースに、リサリーと五人の男。彼女の背後にはシャワー室の扉。部屋の奥は私室、その先には窓があるけれども、リサリーの部屋は二階で、中庭に面しているため、そこから外部の人間に何かを訴えることはできない。


 男子生徒の一人が、ニヤつきながら、リサリーの右腕を掴む。


 逡巡の後、リサリーは決断した。


「――ぎゃあっ」


 血が舞い、壁にそれが付着する。


 右腕が解放されたリサリーは、死に物狂いで男子生徒達の隙間を走り抜け、扉から部屋を飛び出した。

 飛び出すことができた。

 突然の流血に怯んだのだろう、彼らはリサリーの脱出を許したのだ。


「誰か助けて!!!!」


 廊下に響き渡ったリサリーの大声に、男子生徒達は慌てたように部屋を飛び出す。


「おい、なに逃がしてんだ!!」

「血が出たんだぞ、驚くだろう!」

「まずいぞ、人が来る前に連れ戻せ!」

「いや、叫んでも誰も出てこないだろう――」


「女子寮に男がいる! 誰か助けてー!!」


 廊下を叫びながらリサリーが全速力で走っていると、不用意に扉を開けて息を呑んでいる女子生徒や、彼女達の侍女の顔が垣間見える。


 けれども、リサリーは、彼女達の部屋には飛び込まなかった。

 他の女子生徒の寮室という袋小路に入ったならば、先ほどと同じことになりかねないとわかっているからだ。


 そして、リサリーは、自分が男子生徒達に追いつかれないであろうことを知っている。


「おい、なんで追いつけない!」

「あいつ足がめちゃくちゃ速いぞ!」

「捕まえろ、でないと俺達は――」


「―-なにをしているのですか!」


 走って走って、走った先にある扉の前に居たのは、女子寮を管理する事務員の一人だ。

 赤毛に緑色の瞳の、三十代後半くらいの女性だ。


 叱責の声を上げた事務員の女は、リサリーの背後を走る男子生徒達の顔を見てギョッと目を剥いた。

 おそらく、廊下を大騒ぎしながら走る生徒を注意するために出てきたのだろう。


 その表情を見て、リサリーは逡巡した。


 ――頼るべきか、否か。


 ここで、寮から外、一般人の通る街道までの距離が思いのほか長いことに思い至る。


 またなにより、この場で問題にしなければ、背後の男達は、責任を負うこともなく逃げおおせることだろう。

 そのことへの怒りが、リサリーの背中を押した。


「あいつらに襲われています! 助けてください!」


 リサリーの言葉に、女事務員は意外にも、サッと青ざめた。

 男子生徒達は、リサリーの言葉に憤った顔をしたものの、女事務員の驚愕の表情を見て、怯んだように後ずさりする。


「――ちょっと、みんな出てきて! 信じられない、男が侵入してる……不審者よ!」


 女事務員は、女子寮入り口の事務室内にいる事務員達に声をかけた。


 出てきた三人の女性事務員達も、振り乱した濡れ髪でガウンだけを羽織っている状態のリサリーと、少し離れた位置でうろたえている男子生徒達を見て、絶句した。特に、一部の男子生徒は股間を濡らしており、それがまた、女事務員達の顔を歪ませる。


「な……なにを、なにをしているの、あなた達は!!」


 リサリーを最初に発見した赤毛の女事務員は、悲鳴のような声を上げた。


「お……俺達は、その女に呼ばれたんだ!」

「部屋に来いって……」

「そんなこと、私してませ――」

「そんなわけ、ないでしょう! 寮内に異性を連れ込んだら退学だと、入寮時に説明している! しかも相手が五人だなんて――そんなリスクを背負う貴族令嬢が、どこにいるんです!!」


 全面的にリサリー側につくその発言に、男子生徒達も、リサリーも、驚いて女事務員を凝視する。

 そんな様子に構う余裕がないのか、女事務員はぶるぶると怒りに震えていた。


「ダリアさん、警備兵を呼びました!」

「ありがとうナターシャ。――あなた達、そこから動かないで。逃げたらもっとひどい処罰があるわよ!」

「待ってくれ、事務員さん!」

「お、俺達は、この女に誘われただけなんだ」

「まだそんなことを――」

「それだけじゃない! 女からの手紙を見せたら、入っていいって、そこの事務員が言ったんだ!」

「!?」


 ダリアと呼ばれた事務員は、背後に居る別の女事務員を見る。


 皆の視線を集めた彼女は、二十代の若い女事務員だった。

 金髪碧眼で、身なりに気を使った、今どきのご令嬢と言った雰囲気の女性だ。

 そして、誰よりも青ざめ、震えている。

 

「あ……わた、わたし、私はなにも知らない!」

「……ポーラ? あなた……」

「私はなにも知りません!」

「なんだよそれ、裏切るのか!?」

「俺達を引き入れたのだって――」

「ダリアさん、こ、こんな犯罪者達の言うことを、信じるんですか!? わ、私は知らない、私のせいじゃない!!」


 言い合いをする男子生徒達と、ポーラと呼ばれた事務員の言い争いを、リサリーと残りの事務員達は呆然と見つめる。


 そうこうしている間に、警備兵達がその場に到着した。


「通報者は誰ですか?」

「わ、私です。事務員のナターシャです」

「不審者はこの男子生徒達でいいんですね?」

「は、はい……ええと、その……」

「それだけじゃあないわ。この事務員も連れていってちょうだい」

「ダリアさん!?」


 事務員ポーラの叫びに、事務員ダリアは振り返らない。

 能面のような顔で、警備兵達に指示をしている。


 リサリーはぼんやりと、その様子を見ていた。


「それから、女子生徒を三人確保してほしい」

「……女子生徒、ですか?」

「そうよ。ライア=ライディッヒ、オレリア=オルシアナ、ルイーゼ=ルータナシア」


 その名前を聞いて、リサリーは目を見開く。

 事務員ダリアは、寮内名簿を見ながら、淡々と警備兵達に指示をしていた。


「その子の同室の女子生徒よ。この件に関与しているか、被害にあっている可能性が高いの。急いで見つけてちょうだい」

「……なるほど」

「警吏への連絡は私がするわ」


 警吏と言う言葉を聞いて、男子生徒達が騒ぎ始めた。

 彼らを捕えようとする警備兵達に対して叫んでいる。


「俺達を捕まえるなんて、あとで俺の父さんが黙ってないぞ!」

「お、俺らは独断でやったんじゃない! 強い後ろ盾があるんだ!」

「おい、黙れジェイコブ!」


 言い争いをしている男子生徒達は、警備兵に捕らえられ、別室へと連れていかれる。

 一緒に別室に連れられていくポーラが、ここで叫んだ。


「ダリアさん、なんで私まで!」

「女子寮に男を侵入させて女子生徒を襲わせるなんて、犯罪よ」

「わ、私は知らない! そんなことをするなんて聞いていません!」

「聞いてなくてもそうなる可能性が高いのは自明でしょう、なにを言っているの?」


 軽蔑の目を向けるダリアに、ポーラは絶句した。


 リサリーも、そう思う。

 立ち入り禁止の女子寮に男子生徒が五人も侵入して、他になにをすると思っていたのだろう。


 彼らがいなくなった後、ダリアは事務員達に向かって声をかけた。


「この子には今日、当直室を使わせます。夜番勤務の私達が、不審者がこないように見張るのよ」

「……はい」

「でも、ダリアさん……」

「責任は私が取ります。あなた達は、私に従わされたと、それだけ言えばいい」


 ダリアの言葉に、残りの二人の事務員は俯く。

 そしてダリアが、リサリーに向き合った。


「……」

「リリーベルさん。あなたも部屋に戻るのは怖いでしょう。その奥が当直室で、鍵もかかるわ。奥に警備兵を呼び出すベルも備え付けてあるし、生徒指導用の拡声器も置いてある。とりあえず今日は、そこを使ってちょうだい」

「……親に、連絡を」

「そうね、もちろんよ。でも、あなたのご家族は商取引のため、あまり自国に居ないのでしょう。男爵家で、伝手も少ないはず。……今日すぐに、この場に来られるのかしら」


 含みを持たせたその言葉に、リサリーは俯く。


「荷物を部屋に取りに行きましょう。私と……、そうね、ナターシャ。あなたも来て。それから、警備兵のクリスを付き添いで連れていきましょう」

「警備兵……」


 要するに、男を連れ立って寮の奥側に行くということだ。

 それは怖い。


「クリスとは長い友人なの、だから大丈夫よ。ああでも、むしろそちらのほうが、あなたには怖いかしらね。……でも、ごめんなさい。私も怖いのよ」


 リサリーの言葉を読み取ったかのような言葉に、彼女は思わずダリアの顔を見ると、ダリアはぱちりと片目を閉じた。

 そして、ダリアの私物と思しき上着を、リサリーの肩からかけてくれる。


「行きましょう。怖かったら、ここに残っていていいわ。私達が取ってきてほしいものを取って来るから」

「……一緒に行きます」


 大切なものを、寮室に残してしまっているのだ。

 だから、それが無事かどうかを確認したい。


 それに、このダリアという事務員の傍に居るのが、一番安全なように思う。


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