2 クラスメートの無視と女教師メリンダ
「あの……」
「……」
「ク、クラスレポートのことなんだけど」
「私達、別の用事があるから失礼するわ」
「えっ。で、でも、今皆さんもレポートを作成していらっしゃるのでは」
「ちょうど休憩に出ようと話をしていたのよ。では、あしからず」
声を掛けたクラスメートの令嬢達、そうやってリサリーを冷たくあしらい、去っていく。
リサリーは、教科書とノートを抱きしめ、唇を噛んだ。
実は、ヴィクトリア貴族学園に通い始めてからというもの、ずっとこうなのだ。
いや、入学式の日は違った。
隣の席のご令嬢達と親しくなり、挨拶をした。同じクラスの所属だったこともあり、女子寮でも楽しく一緒に過ごして、明日も一緒にクラスに向かおうと約束していたのだ。初めて親元を離れ、寮生活をすることに、令嬢達も心細さを感じていたようで、仲良のいい友達ができたことに、リサリーと共に一安心していた。
それなのに、翌朝になると、彼女達はリサリーを避けるようになったのだ。
朝も待ち合わせの時間には来なかったし、朝食も一緒に食べようと約束していたのに、リサリーが食堂に入った頃には食べ終わってしまっていた。
声をかけても、目も合わせてくれない。何か悪い事をしたのか尋ねても、「ごめんなさい」と謝るだけで、逃げて行ってしまう。
それは、入学してから二ヶ月経った今でも続いているのだ。
クラスメートの誰に話しかけても、ろくに会話をしてもらえない。
あからさまに避けられている。
さしものリサリーも、これにはまいってしまった。
朝から晩まで、ちょっとした会話をする相手も居ないのだ。
こんなこと、入学前は想像もしていなかった。
魔法調合の授業で、ペアを組むように言われた時も、クラスの人数は偶数なのに、あからさまにリサリーを一人にするために、三人で組もうとした者までいた。
「……学業の妨害までされるのは、納得いきません。こんな幼稚ないじめ、例え下級貴族の集まる下級クラスとはいえ、貴族の子女が通う学園で行われることだとは思えません。私は皆さんに、何かしましたか。入学以降、お話をしたことがある方すら、ほとんどいないはずですが」
授業内に立ち上がり、教師と同級生達に向かって、リサリーはそう告げた。
リサリーも、高い授業料を払って、この場に居るのだ。
何もしていないのに、こうやってペアでやる作業の授業を受けられないのでは、たまったものではない。
毅然と頭を上げ、真っ直ぐにクラスメート達を見据えるリサリーの言葉に、彼らは目を逸らすばかりだった。
それだけではない。
四十代の女教師も、目を彷徨わせている。
「メリンダ先生。この事態を、あなたはどうお考えなのですか。私の家もあなた方に授業料を払っているのですが」
リサリーが魔法調合の専門教師メリンダに矛先を変えると、クラスメート達は、黙って教師を見つめる。
メリンダは、青ざめた後、しかし、三人でペアを組んだ生徒達を叱ることはなかった。
「……今回は、私とペアで実験をしましょう」
「メリンダ先生!」
「クラスメート達に避けられるあなたが悪いんですよ。貴族であるならば、既権者達と融和を図るのも一つの責務。周りと融和できないという点で、貴方の能力不足です」
「私は何もしていません! 入学した次の日から、誰も私と話もしてくれないのに! こんなの、先生だったら、どうやって融和するっていうんですか!?」
リサリーの言葉にメリンダは絶句する。
他の生徒達は、ただただ俯いて黙っていた。
ようやく手応えのある反応を得たリサリーは、一瞬、何か対応してくれるかもしれないと期待を胸にメリンダを見る。
しかし、メリンダの反応は、彼女の予想を超えるものだった。
苛立った顔で舌打ちした後、「何も知らないくせに」と呟いたのだ。
まさかの態度に、リサリーが唖然としていると、メリンダはリサリーを睨みつけてきた。
「そういう生意気な態度がよくありません。出て行きなさい」
「で、出ていく?」
「和を乱すような発言。授業の侵攻妨害です。教室から出て行きなさい」
「……周りの生徒達を、叱らないんですか。教師まで理由もなく幼稚ないじめに加担して、一人を排除して済ませると?」
「出て行きなさい!」
そう叫ばれて、リサリーは周りの生徒達を見る。
入学式の日、一緒に会話をした令嬢達の方を見ると、リサリーからサッと目をそらした。
「あなた達、これを見て本当に何も思わないの」
そういったリサリーの言葉は、誰にも届かない。
「校長先生に、今の話を訴えます」
「好きにしなさい」
リサリーは、毅然と頭を上げたまま、教室を出た。
教室を出て、ゆったりとした足取りでトイレに入り、個室のドアを閉めたところで、我慢が途切れてしまった。
ぼろぼろと零れ落ちてくる涙が、教材につかないように――涙の痕を誰かに見られたりしないように、リサリーは床だけを見つめていた。




