11 会議
目を覚ましたウィリアムは、先ほどまでの光景が夢の中のものであったことを理解した。
しかし、そこに居た人物はきっと、夢の中のものではない。
(精神魔法か……!)
強固に防御魔法が張られた王宮に居る王族に対して精神魔法を仕掛けることができる。
これは脅威だ。
やはり、イザベラの言うことは正しかったのだ。
(早急に手を打たねば。あれだけ言い含めておいたのに、学園は何故、アレを逃がしたのだ!!!)
学園では、アレに対してしつけを行い、そして、首輪をつける予定だったのだ。
なのに、これでは計画がすべて破綻しているではないか!
そう憤るウィリアムの元に、使者が現れた。
父王の下にすぐに参じろとのことだ。
「父上、どうなさいましたか」
「この、馬鹿者が!」
父の前に参じると同時に、理不尽にどなられ、ウィリアムは眉根を寄せる。
「一体なにごとですか」
「十カ国から、遠隔通話会議の申し入れがあった!」
「……会議?」
「お前を参加させろとのことだ。お前のやった行為は犯罪行為で、これにより我が国との取り引きを停止すると!」
「は……な、なにを」
「これ以上のことは通達にはない! しかし、これだけ多くの国に取引停止されたら、小国の我が国は終わりだ!」
顔を覆う父王の前で、ウィリアムは呆然としていた。
一体どういうことだ。
いや、わかっている。
リリーベルの仕業に違いない。
しかし、なぜ。
我が国の男爵令嬢ごときのために、十カ国が動く?
ー✿ー✿ー✿ー
『お時間をありがとうございます、ヴィクトリア国王陛下及び王太子殿下』
遠隔通話による国際会議で口火を切ったのは、近隣にあるシルヴェスター王国の宰相だ。大国で、ヴィクトリア王国でたちうちできるような国ではない。
『この度は、リサリー=リリーベル侯爵令嬢の、貴国における待遇について、確認したいことがあり、お集まりいただきました』
「……侯爵、令嬢?」
ウィリアムは、思わずそう呟いた。
どういうことだ。リリーベルは、貴族最下級の男爵家の出ではなかったか。
『ああ、ご存じないのですね。リリーベル家は、とても優秀な家でね。我が国においては、侯爵位を授けているのですよ。他の国でも、そこそこの地位を頂いていると聞き及んでおります。……貴国では、男爵位に甘んじていたようですが』
ニコリとほほ笑む宰相の目は、笑っていない。
(侯爵令嬢だと!? どういうことだ……!)
おかしい。
イザベラは、そのような話をしていなかったではないか。
未来を見通せるはずの、彼女は。
じっとりと汗ばむ手を握りながら、ウィリアムはシルヴェスター王国の宰相を睨みつける。
『貴国は、国際連携を好まれないですからね。そのように耳が遠いこともあり得ましょう』
「……なにが言いたいのですか」
『いえね。そのご様子、昨日の朝刊のことはご存じないのだと思いましてね。……我が国のものでよろしいですかな?』
シルヴェスター王国の宰相は、他国に確認した後、画面に昨日の朝刊の一面を映し出した。
――ヴィクトリア学園集団不法行為問題。王族主導、学園全体で、聖女リサリーを追い詰めた!
「せ、聖女……!?」
父王の驚きの声が、ウィリアムの耳に届く。
ウィリアムも、寝耳に水だった。
聖女とは、なんのことだ。
これも、イザベラは、言っていなかったではないか!
『リサリー=リリーベルは聖魔法を使うことのできる、稀有な人材です。そのことが今回の報道で、明るみに出ました。我が国では、聖魔法の使い手を、聖者や聖女と呼ぶことがあるのですよ』
「そ、そんな美化を……精神魔法を使う、恐ろしい存在で」
『そうですね。聖魔法は既存の魔法に影響されない、超越した力です。人の体や精神に直接作用することができ、その使い方によっては、悪魔の術と言われ、使い手は魔女とそしられることもあるのだとか』
「そうだ! リリーベルは、悪魔だ! 魔女だ! そのようなものを、言葉で美化しても――」
『リリーベル嬢は、貴国になにかしたのですか?』
「え?」
宰相の本当に不思議そうな声音に、父王を差し置いて勝手に発言していたウィリアムは、言葉を失う。
『聖魔法は、正しく使えば、人の怪我を癒し、恐れを失くし、安寧をもたらすものですよ』
「し、しかし! それを手にしたのは、我ら王家ではなく、下賤なリリーベル男爵家であった!」
『そう、リリーベル家だ。かの家は、力の使い方をよく知っている。だからこそ、これまでリサリー=リリーベル侯爵令嬢の力を隠し、不要な争いを生まぬようにしてきたのです』
隠していた。
そうだ、だから知らなかった。
イザベラに教えてもらうまでは、ウィリアムもその周囲も、彼女が稀有な力の持ち主であることを知らなかった。
そしてまだ、ウィリアム達しか知らないのだ。
彼女が悪魔であることを!
その事実を、どう説明したらいいのだろう。
ウィリアムが言葉を探している間に、父王が発言を始めた。
「き、貴殿らは知らないのだ! あいつは悪魔だ! 魔女だ!」
『その根拠は?』
「そ、それは……、わが国には、預言者がいるのだ。すべてを見通す、預言者が……」
「父上、それは!」
『預言者、ですか。その予言者とやらのお力を持って、あなた方はリリーベル嬢の力に気が付かれたと?』
「そうだ! そして、あのリサリーという女の性根にも、気が付いたのだ!」
『……その予言者は、自分は日本人の転生者だと名乗りませんでしたか』
その見透かすような言葉に、ウィリアムは頭を殴られたような衝撃を受けた。
知っているのか。
ウィリアムだけが、この国だけが知っているはずの、特別な情報を。
この、画面越しに居る男は。
『なるほど。だいたいわかりました。……各国の皆様も、いかがですか』
『我が国は問題ない』
『我らもだ』
「待て! 待つのだ、どういうことだ! なにを言っている!」
『ヴィクトリア国王陛下。あなた方は、国際会議にほとんど出席なさらないから、ご存じないのですね』
宰相の哀れむような声音に、ウィリアムは体の震えを止めることができなかった。
彼らは何を知っているのだ。
いや、自分達は、何を知らないのだ。
日本人の転生者。
その言葉は、一体何を示している。
『それでは、ヴィクトリア王国の皆様。この場で宣言いたしましょう。この会議に参加した、貴国以外の十カ国は、現王族のあなた方がヴィクトリア王国を支配する限りにおいて、一切の商取引を停止いたします』
「なっ!? 何故だ!!!」
『我々は、あなた方のしてきたことの映像記録も入手しているのですよ』
シルヴェスター王国の宰相は、にっこりとほほ笑むと、映像を切り替えた。
『そうだ! こんな生意気な生徒は、周りに迫害されて当然だ!!』
それは、リサリーの担任のロードリックの言葉だ。
『クラスメート達に避けられるあなたが悪いんですよ。貴族であるならば、既権者達と融和を図るのも一つの責務。周りと融和できないという点で、貴方の能力不足です』
『私は何もしていません! 入学した次の日から、誰も私と話もしてくれないのに! こんなの、先生だったら、どうやって融和するっていうんですか!?』
女教師メリンダ。
『さっきの理科の授業の間に、机の中に置いていた教科書が全て盗まれました』
『そんなことは起こりえません。自分が持ってくるのを忘れたくせに人のせいにするなど、性根が腐っていますね』
教師ザックス。
『俺達に構って欲しいんだろう』
『ここまでするほど無視されて辛かったのかと思って、話をしにきてやったんだぞ』
『ありがたく思えよ』
シャワールームから出てきた彼女を取り囲んだ男子生徒達が、平然と吐いた言葉。
『人の悪口で、男に取り入ろうとする。我が国の名を冠する貴族学園で、そのような一方的なことをする者がいるはずがないだろう。虚言もたいがいにしたまえ』
『君のやり方はよくわかった。君が反省し、心から従順で誠実になるまで、君と話をすることはないだろう』
そしてこれは、言わずもがな――。
「――やめろ!!!」
ウィリアムが叫ぶと同時に、映像が切り替わった。
各国の国王及び重鎮達は、肩で息をするウィリアムと、白い顔で固まっているヴィクトリア国王に、冷たい視線を送っている。
『なんという恐ろしい映像でしょう。生徒が、教師が、王族が、こぞって一人の少女の心と体を痛めつけようとしている』
シルヴェスター王国の宰相は、その場に居る会議出席者達の心の声を代弁するかのように、静かな声でそう呟くと、ウィリアムに向き直った。
『ウィリアム王太子殿下。あなたが、リサリー=リリーベル侯爵令嬢の心を不当に折り、その上で、国に奴隷のように従わせようとしたことはわかっているのです』
「そ、そのようなことはしていない!」
『あなたがそのように、彼女に発言しているではありませんか。そして、それだけではない。証人がいます』
「しょ、証人、だと……!?」
『あなたは、アメと鞭と称して、リサリーに言うことを聞かせるための人材を抜擢した。そうでしょう』
ウィリアムの脳裏に、ある女が思い浮かんだ。
赤い髪の、事務員だ。
身分の低い、伯爵家の三女に過ぎないあの年増女を、大役に抜擢してやったというのに――あの女!
『彼女は自身の身が危うくなるとわかっていてなお、リサリー=リリーベルを逃がそうと尽力しましたよ。……権利や力を与えられてなお、己の正義を貫くことはできるのです、ウィリアム殿下』
「なにを言う! 僕は――わ、私は、正義のためにこれを遂行したのだ!」
『あなたは、自分の思い込みを信じて、リサリー=リリーベルを不当に痛めつけただけです』
「思い込みじゃない! 私は預言者に従って、国のために!」
『ですから、国のためになっていません。あなたの行った集団人権侵害の事実は、今や世界を駆け巡っています。そして、それが原因で、ヴィクトリア王国は野蛮で不誠実な国だと我々に判断されています』
「そんなことは! そんな、そんなことは……」
『もしこの期に及んで、隠し通せていたらとお思いならば、その人格、もはや救いようがありません』
心の中を読んでいるかのような宰相の言葉に、ウィリアムは言葉を失う。
「よ、預言者が……」
『ああ、その予言者ですが。その者は、リサリー=リリーベルが、男爵令嬢以外の顔を持つ有能な人物であることを、預言できていなかったのでしょう?』
そのとおりだ。
イザベラは少なくとも、リリーベルが、あの女がシルヴェスター王国の侯爵令嬢だなんて、教えてくれなかった。
用意周到に、映像記録を撮り続けているだなんて、教えてくれなかった。
少し追い込んだだけで、こんなふうに、それを各国の新聞社にばら撒くだなんて、聞いていない!
『その女も、入れ知恵をされているだけなのですよ。あなたと同じでね』
「入れ……知恵……」
『そして、その入れ知恵によって、自分は特別だと思い込んだのでしょう。そのような女が、この窮地からあなた方を救ってくれることはありません』
ウィリアムは放心したように背もたれに寄りかかり、父王は青ざめた顔で声を漏らしている。
「ま、待たれよ。待……お待ち、ください、皆、様……。商取引の停止は、困ります……」
『あなた方の治める国と商取引をすると、我々が困るのですよ、ヴィクトリア国王陛下』
「わ、我々は、利用されていたのだ。預言者……イザベラ、あの女に、利用されて……」
ウィリアムは、ハッと顔を上げる。
そうだ、彼らは利用されていたのだ。
悪魔の女に、利用された。
やはりあの女は、自身が言うとおり、悪役令嬢とやらだったのだ。
だから、ウィリアム達は悪くない!
『騙されていたとしても、聖女をいたぶることに良心の呵責がないことの理由にはなりません』
「わ、我らとて、リリーベル嬢に悪いことをしているとは思っていた!」
『であれば、その良心の呵責に従い、愚行を止めるべきでしたね。事務員ダリア=ダイナーのように』
二の句が継げない父王のフォローをすることは、ウィリアムにもできなかった。
周りに控えているヴィクトリア王国の官僚達も、このやり取りを見て絶句している。
『それでは失礼する、ヴィクトリア国王』
『貴殿にこれを言うのはなんだが、民のためにも、早めに政権を交代することをお勧めする』
次々に通話が途切れていくのを、ウィリアムは呆然と見守ることしかできない。
そして、ヴィクトリア国王は、「待って……待ってくれ……」と、魔女が呪いを唱えるかのように、同じ言葉を繰り返していた。




