1 入学前の期待
リサリー=リリーベルは、ストロベリーブロンドの髪が自慢の十五歳だ。
このヴィクトリア王国の男爵令嬢でもある。
リサリーは有頂天だった。
なにしろ、父のリリーベル男爵が、ヴィクトリア貴族学園への入学を許可してくれたからだ。
王国貴族の嫡子や大貴族の親戚の子などが十五歳から十八歳までの三年間通うヴィクトリア貴族学園。
リサリーは、男爵家という貴族としては最下級の家の出であり、長女ではあったものの、令嬢であるが故に嫡子ではない。そのため、本来であれば、ヴィクトリア貴族学園に通う予定はなかった。
しかし、リサリーは勉強が得意で、魔法にも身体能力にも秀でていた。
「お父様、本当にいいいの!?」
「もちろんだ。この国にも商売の手を広げようと思っていたんだ。だから、お前がヴィクトリア王国の下級貴族とコネクションを作ってくれたらありがたい。ただまあ、本当はもっと……」
「お父様、いいのよ。私は女で、そもそも貴族学園に通うことなんてないと思っていたんだから。本当に嬉しいわ!」
大喜びで抱きついてくるリサリーに、父のリカルド=リリーベル男爵は苦笑する。
リサリーは優秀だ。一度読んだ本のことは大概覚えているし、利発で、愛嬌もある。今後、リリーベル男爵家の家業に携わっていくことが想定される中、ヴィクトリア王国の貴族達に縁を作っておくのは、まあ悪くない。
それになにより、公にはしていないが、リサリーは希少な聖属性の魔法の素養を持っているのだ。
一億人に一人と言われるその聖属性の持ち主。
その力の持ち主達は、権力者や金持ちに狙われることが多い。だから、リサリーの素養については、両親と兄弟姉妹――家族間だけの秘密にしていて、使用人達も知らないことだ。
そして、父リカルドは、多少お金をかけてでも、知識とコネクションという、リサリー個人を守るための力を養っておくべきだと判断したのだ。
いつかリサリーの持つ力が公になってしまったとしても、味方になってくれる人物を増やしておくべきだと判断した。
「しっかり友達を作ってきなさい。なにより、自分が学園生活を楽しむことだ」
「分かったわ、お父様」
いい返事をしたリサリーに、リカルドは安心する。
そうして、彼はリサリーを、笑顔で学園に送り出すことにしたのだ。
「お嬢」
「……ジル」
リサリーの目線の先に居るのは、執事の格好をした十七歳ぐらいの青年だ。整った顔立ちに色白な肌は、黒い執事服に映えて、透明感のある美しさを演出している。その銀髪は、少し角度を変えて目を凝らすと、虹色の光を返してきた。
海色の瞳をうろんげに細めると、彼は――ジルクリフは満足げに、ふわりと表情を崩した。
「その呼び方やめてって言ってるのに」
「いいじゃん。俺、リサリーをお嬢呼びするのにハマってるんだよ」
「変なことにハマらないで」
「ヴィクトリア貴族学園に通うって聞いた」
不満げなジルクリフに、リサリーは苦笑する。
「そうよ。私も十五歳になったんだもの。何より、お父様がいいよって言ってくれから」
「寮に入ったら、俺がついていけないじゃないか」
「女子寮だからね。侍女なら、身の回りの世話のために入れるみたいだけど」
貴族学園の女子寮には、貴族学園が雇った侍女達がいるので、ある程度身の回りの世話はしてもらえる。そういった管理費も、学費に含まれているのだ。
とはいえ、公爵家や侯爵家などの上位貴族の子女達は、それでも、個別に侍女や侍従をつけたがる。だから、家から侍女を連れてくることもできるが、そもそも侍従は女子寮には立ち入ることができない。
「せっかくリリーベル家に入ったのに」
「私が居なくても問題ないでしょう?」
「いや。俺の興味の大半はリサリーにあったんだけど」
「変なこと言わないでよ」
「つれない女だよ、お嬢は」
「もう。つれないのは、ジルもだっていうのに。全然態度が改まらないじゃない」
不満を露わにするリサリーに、ジルクリフはくつくつと笑う。
「たまに会いに行くよ」
「……どうやって」
「それは会ってみてのお楽しみだな」
「無茶はやめてね」
こうやって、リサリーは周囲に見守られながら、ヴィクトリア貴族学園に通うこととなった。
そこが、リサリーにとっての地獄になるとは、思いもせずに。




