余白
自販機で買った缶コーヒーには、賞味期限がなかった。
ラベルが少しずれていて、印刷ミスみたいだった。
口に入れても、何の味もしなかった。
「まぁ、そんな日もあるよな」と思ったけど、
何がそんな日なのかは、うまく言えなかった。
駅前の通学路で、ひとりだけ逆方向に歩いてる女の子がいた。
白いイヤホンを片耳だけ付けて、猫背で、目線は地面。
服の背中のプリントが「GOOD LUCK」だったのが、
なんか笑えて、笑えなかった。
教室では誰もぼくを見なかった。
ぼくも誰も見ない。
それが正しい気がして、たぶんずっとそのままにしている。
昼休み、屋上の扉は鍵がかかっていて、ドアノブを握った右手が少し震えてた。
やっぱり、行き場ってそんなに多くない。
放課後、落ちていたノートを拾って、名前の欄が空白なのを見たとき、なんだかほっとした。
誰のものでもなかったから。
帰り道、信号待ちをしてたら、
ランドセルを背負った小さな子供が泣いていた。
何かを落としたらしい。
母親と探していたけど、その何かはもうこの世界に存在してないような気がした。
家に帰って、電気をつけずに風呂に入った。
湯の中で目を閉じたら、誰にも気づかれないで沈んでいけそうな気がして
ちょっとだけ息を止めた。
なんの音もなかった。
でも、多分それが一番の音だった。