夢で創作
俺の名前は前田陽二郎。いかにも昭和チックな名前だが、これでも23歳だ。職業は、“一応”小説家だ。
大学在学中にSF小説家を目指し始め、短編を書いて小説投稿サイトにアップした。
そこそこの反響で、続編を書いたら1作目の反響を超える反響が寄せられ、サイトを
運営している某出版社に声をかけてもらい、書籍化した。すると、反響が大きかったとの
ことで、小説家デビューを果たすことができた。だが、今はスランプに陥ってしまった。
短編を描くはいいが、「これは〇〇のパクリじゃないか?」と担当編集者に言われてしまい、独創的な話を求めすぎて、結果、何も書けないという日々が続いている。
真新しいPCに向かい、ぼーっと眺めている。食べ物も、冷凍食品のみと偏食で、
気だるい日々の連続であった。
そして、今から寝る。ヒットした書籍の代金で買ったベットに寝る。不思議だ。一日中ずっと家の中にいて、疲れていないはずなのに。睡魔に襲われ、記憶の渦に溺れる感覚。
いつの間にか、謎の空間に飛ばされているようだ・・・・・・・・
気がつくと、俺は東京にいる。変だな。俺の家は田舎の離島のハズじゃ・・・・・・
いや。でも“ただの東京”ではないことはすぐに判明した。理由は明確。
そこには、最先端のビル群の間に、田んぼがあった。それに、そこで作業をしている人物は不思議なことに、田舎には売っていないような洒落た服装なのだ。反対側を見ると、東京のど真ん中に大樹があった。普通はこういうのは、自然に囲まれた野原とかにあるのでは。
極め付けは、田舎とかによくある、「ワンコイン精米機の店」という精米が五百円程度でできる無人の精米所だ。そこに書いてあった言葉は、「せいまいくん 港区竹芝店」だった。最早、ここは東京ではなく、単なる街であるという事態に陥っていたのだが、すぐにわかった。そうか。俺は「明晰夢」とかいうものを見ている。試しに左手を挙げてみた。本当だ。夢の中でも上がっている。だが少しでも油断すると夢から覚めてしまう。折角の機会が水の泡だ。なので俺はこの機会を絶対に逃したくはない。そしてもう一つ摩訶不思議なことがあった。それは、デジャ・ヴュに近い感覚を憶えたということだ。「変だな」と、独り言を呟いた。
すると唐突に前から自転車ベルの音が耳の中に反響する。俺は途端に避けた。そうか。ここの地名上は「東京都」なのか。危ない危ない。忘れていた。思考がズレたが、デジャ・ヴュに関してだ。暫くの間、頭を回転させていく。
そうか。これは俺が現在書き始めている「田舎都会混合物語」だ。小説家が自身で描いている物語の世界に入り込むことができるなんてこんなに嬉しいことはない。俺は狂喜した。いや。「狂喜した」という表現では収まらないほどの喜びに満ちた感情であったのを記憶している。
だが、その後、心配になった。クライマックスを決めていないのだ。だが、その心配はすぐに彼方へ吹っ飛んでいった。それはこの世界線(夢)でじっくり考えていったらいいんじゃない?と思ってしまったのだ。逆手に取るとこういう視点になるのか。俺は新たな発見をした。
「そんなところに突っ立ってると危ないですよ。」途端に30代前半の女性の声がした。
我にかえるとそこには俺が考えたキャラクターの1人である、辻田美緒がいた。なんという幸運。「神様、仏様。俺に絶好の機会を与えていただきありがとうございました。」と、雲の上に向かって言った。「何を言っているんですか?」彼女は少々引きながらこちらを見た。そりゃそうだ。彼女からすればギャグ漫画のバカのようなセリフを発する不審者にすぎない。それに、あなたという人格を作ったのは他でもなくこの俺ということも知る由もない。というか、知る必要のない情報だ。彼女の設定はツンデレだ。だが、ツンデレの30代前半の女性ということ以外、何も決まってない。そうだ。この時点では職業が決まっているのかもしれない。俺はあえてちょっと意地悪な質問をしてみた。「君の仕事場に連れて行ってくれないかい?俺、こうゆう者なんだけど」そう言って俺は、自分の名刺(適当に作った)を見せた。「僕、小説書いてるんだけど、君みたいな街ゆく人の仕事場を取材して脚色したものを中心とした小説を作ろうと考えているんだよ。」実際のところはネットで調べてそこにあった内容のみをうまく書いていることが大半である。そんなに面倒くさい事、やなこった。
「いいわ。とりあえず、ゆりかもめに乗ろう。」見ると、かろうじてゆりかもめはあった。
俺たちは最寄りの竹芝駅にちょうど着いたゆりかもめに飛び乗り、美緒の仕事場の最寄駅である「テレコムセンター駅」で降りた。乗っている間は、両者とも窓の外を見ていた為、幸い会話は一切なかった。駅で降車したのち、歩道へ降り、5分強歩く。そこは倉庫であった。美緒が立ち止まったのは巨大なシャッターに「4」と書いてある中規模の倉庫だった。
中に入ると、スキンヘッドのいかつい外国人が、会議用のパイプ椅子に座っていた。その左側には取り巻きのような顔のいかつい外国人数名と日本人数名が半々で、ボスと同じパイプ椅子に腰掛けていた。ボスが、口を開いた。なんと喋っているかわからない。多分アラブ系の言語に近いような気がした。「有難う、アブド。」どうやらボスのような風格を纏った男の名は、「アブド」というらしい。そこで左奥に座っていた日本人のいかつい金髪野郎がずかっと立ち上がった。
「ミオさん、殺りましょう。」とんでもなく物騒なことを言った。もしや美緒の設定は、反社?マフィア?いやいや殺し屋?いずれにせよ、一般企業とか公務員とかじゃない、危険を伴う職種だったということを初めて知った。いや、「知った」ではなく、未来の俺がそういう設定にしたのであろう。墓穴を掘るという大失態をしてしまった俺は、この夢の世界から死なざるを得ない。
すると金髪野郎は、「やっぱりコンクリート詰めにしてそこら辺の運河に沈めてやりましょうかねえ。」「いや、証拠が残る可能性が高すぎる。やっぱり焼殺、あるいはピストルでバラバラにして適当に各地の海に捨てるか。そこは秀、お前がやれ。」「あい。姉貴、有難うございます。」どうやら、この金髪野郎のあだ名は「秀」らしい。「おい、辻田、お前、殺れるんだろうな?」と、ボスらしき風格を纏った人物が辻田美緒へ言った。こいつ、日本語が喋れるのか。だが、片言すぎて、ぼんやりとしか認識できない。「大丈夫だ。アブド。確実にできる。」
そして辻田美緒は俺の方を向き、「不運だったな。取材相手を大きく間違えて。」と、笑みを浮かべると、手刀で首を思いっきりドンと叩いた。俺は気を失った。数分後、目が覚めたが、俺は後ろ手に縛られ、口をガムテープで塞がれていた。そして、罪悪感などかけらもない顔をして俺をガゾリンらしきものが入った巨大な水槽に沈めた。やばい。息ができない。苦しい。そこに、火を入れた。勿論のこと、おれは火だるまと化す。だが、夢だからか、かろうじて意識はあった。「よし、倉庫ごとボンだ。」と、アブドが手下に言った瞬間、いきなり目の前が真っ暗になった。黒一色に染まった海に俺が浮かぶ感覚。だんだんとベットの寝心地へ変化していく違和感。俺は意識を失った。
目が覚めると俺はベットの上にいた。ベットから起きて、辺りを見回すと、そこは自宅だった。すると、スマホに不在着信があった。かけてきた人の名前が書いてある欄には、「樋口さん」、とあった。この人は、俺の担当編集者で、一緒に作品を作ってくれる心優しい人であった。電話を掛け直すと、彼はこう言った。「あのさ、今作ってる『田舎都会混合物語』のことなんだけどさ、あの話に出てくる、辻田美緒ってやつ、いまだに職業決まってないからさ、俺も考えたんだけど、いい職種、思いついたよ。」「何の職種?」
嫌な予感しかしなかった。「“殺し屋”とか!」
予感的中。それを聞いた瞬間、俺は呆然と立ち尽くした。ただ「前田さん?前田さーん」と、樋口さんが呼びかける声が耳の中に反響したが、俺の頭は、怪奇の2文字で溢れかえっていたから。
ー終わりー