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第一話 復活

 俺は元スコッパーだ。

 無数にあるweb小説の中に埋もれた名作を掘り起こし、世に広める者――それがスコッパー。

 

 俺の目をつけた小説は必ず人気が出る。俺は界隈では『喋るスコップ』の名で知られる一流のスコッパーだった。SNSのフォロワーも多い。

 

 しかし俺は5年前ある小説をスコップした後、引退した。その小説の作者、カナと結婚したからだ。

 スコップで妻と出会った以上、俺にとって他の作品をスコップすることは浮気に等しい。そう思って俺は引退を宣言した。俺にスコップされたかった多くのフォロワーたちはその引退を惜しんだ。

 それ以降、俺のアカウントはただの会社員の日常をつぶやくだけの場となった。

 

 俺はスコッパーを引退しても、web小説は読み続けていた。スコップするつもりはないが、俺はやはりランキングに載っていない埋もれた作品を読むのが好きだ。


 

 そして今、俺は1つの小説に出会ってしまった。タイトルは『あああ』。あらすじも、必要な文字数全て「ああああ……」で埋め尽くされている。ふざけた作品だ。

 俺は1話をクリックした。


 2時間後、俺は涙を流していた。

 こんなに素晴らしい小説が今まであっただろうか。タイトルの『あああ』は後半でしっかり回収されている。読んだ者だけがこのタイトルの意味に感動する。

 あらすじで何も見せてくれないのも良かった。とにかく読めということなのだろう。web小説の世界でこんなことをしていても読まれない。しかし名作なのだ。こんな作品こそ、知名度のあるスコッパーが掘り起こすべきなのだ。

 逆に言えばそうでもされないと、この作品は読まれないだろう……。

 そして俺は読んでしまった。俺がスコップしなければ、この作品は誰にも掘り起こされないかもしれない。だが、俺は妻と出会った時にスコッパーは辞めてしまった……。

 

 気づけば俺は例のアカウントで『あああ』をスコップしていた――浮気をしてしまった。『あああ』の作者はゴンザレス侍。まあ、男だろう。だが、そういう問題ではない。


「あら、あなたまたスコッパー始めたの?」


 リビングでスマホをいじっていたカナがそう言った。当然そうなるよな。


「すまない。俺はやってはいけないことをした」

「え、なんで? 良いじゃん、伝説のスコッパー喋るスコップの復活じゃん!」

「あれ? 俺は怒られるとばっかり……」

「なんであなたが復活したら私が怒るのよ?」

「い、いや。俺たちはスコップで出会ったからさ……」

「……それで?」

「だから、他の作品をスコップするのは浮気になるかなって……」


 しばらく重い沈黙が続いた。カナは肩を震わせている。


「ぷっ、ぶわっはっはっ! バカみたい! 何言ってんのよ、そんな事で浮気になるわけないでしょ!」

「え……」


 カナは笑っていた。思えば、引退を宣言した時カナは残念がっていた。そうか、スコップが浮気だと思っていたのは俺だけだったのか。


 俺の復活にフォロワーたちは湧いた。そしてその勢いは、俺を復活させた作品、『あああ』への興味に変わった。

 もし俺が現役時代に紹介しても、そのタイトルとあらすじが読者を減らしたかもしれない。しかし今、この作品は伝説のスコッパー『喋るスコップ』が引退を覆すほどの名作として扱われている。タイトルとあらすじの弊害は無いに等しかった。『あああ』は紹介されてすぐ、日間ランキングトップに躍り出た。


『あああ』の人気は止まらず次の日には週間1位になり、数日後には月間1位にまでなった。


 そして1か月後、『あああ』は書籍化した。あらすじはもちろん「ああああ……」、帯には有名作家からの「とにかく読め」というコメントが書かれた。


「ゴンザレス侍さん凄いね。感動したよ」

「おお、カナも読んだんだ」

「うん、連載がひと段落ついたからね。これは映画化もあるんじゃない?」

「スコップした作品が売れるのはやっぱり嬉しいものだな」

「喋るスコップ完全復活?」

「そうだな……」


 スマホの画面では『あああ』が年間ランキング1位に輝いている。懐かしい感覚だ。


「そうだな、完全復活だ。休んだ5年間を取り戻さないとな」

「良いね、今度私が新しく書く小説も紹介してよ」

「人気がなくて、面白かったら、な」

「ちぇっ、喋るスコップさんは厳しいなあ。まずはランキング外に沈めないとだね」

「さすがは人気作家の『かなり悲しいカナ』だな。ランキングに載るのは確定か」



 さらに数日が経ってゴンザレス侍が俺と同じSNSを始めたようで俺にDMが届いた。


「喋るスコップ様、この度は拙作をスコップしていただき、誠に恐悦至極にございまする。拙者、喋るスコップ様のスコップされた小説は全て読ませていただく所存でござる」

「こちらこそ最高の小説を読ませていただいて感謝しています。本当に感動しました。私が紹介した作品は全て名作なので楽しんでいただけると思います」

 

 ゴンザレス侍さんは変わった人だった。名前の通り侍キャラなんだろうか。変わってる。天才というやつなんだろうな、『あああ』はこの人だから書けたのだろう。短いチャットで俺はそう感じた。



――――――――



『あああ』をスコップしてから1年が経った。『あああ』は映画化が決定した。

 一方で、俺の出張が決まった。行き先は福岡、期間は1週間だが福岡はご飯が美味しいというから楽しみだ。


「来週から福岡に出張。明太子とラーメンが楽しみ」


 俺はSNSにそうポストした。するとゴンザレス侍から久しぶりにDMがきた。


「喋るスコップ様、福岡へ出張に来られるのでございますか。拙者、福岡に居を構えておりますゆえ、もしお手すきの折あらば、スコップの件、直に御礼を申し上げたく存じまする」

「ゴンザレス侍さんは福岡の方だったんですね。でもお礼は結構でございますよ」

「いえ、是非によろしくお願い致しまする。拙者、福岡の名所も美味しい店も案内できまする。是非に……」

 

 結局、俺は福岡出張の2日目にゴンザレス侍と会うことになった。



――――――――



 俺はゴンザレス侍と待ち合わせをしている焼肉屋に向かっている。ゴンザレス侍はすでに店についているらしい。ネットで調べて見た感じ、静かな雰囲気の良い店だった。


「いらっしゃいませ」

「あ、えっと……ゴンザレスで予約されてると思うんですが……」

「お待ちしておりました。ゴンザレス様がお待ちです、こちらへどうぞ」

「ありがとうございます」


 DMで言われた通り本当にゴンザレスで予約されていた。なんでわざわざゴンザレスなんだ。


 俺は人の多い入り口でゴンザレスと言った恥ずかしさに赤面しながら、案内された個室の扉を開けた。


「あ、あの……ご、ゴンザレスです。喋るスコップさんですよね?」


 部屋にいたのはDMからは想像もつかない若い女性だった。


「あっ、はい。喋るスコップ……です」

「あ、会えて嬉しいです。あっまずは座ってください」

「あの、こんなこと言うと失礼かもしれませんが本当にゴンザレス侍さん、ですか?」


 俺は座った後、最初の疑問を投げかけた。

 

「そう、です……ネットとはイメージが違いますよね……すみません」

「いやいや、謝ることじゃありませんよ。こちらの方こそ申し訳ないです、てっきり男性とばかり……。それにしても、ゴンザレス侍さん、こんな良い店を教えてくださってありがとうございます」


 ゴンザレス侍はコクリと頭を下げた。


「ここはすごく美味しいんです。私もよく来ます」

「えっと、いつも予約はあの名前でしてるんですか?」

「はい、ゴンザレスで……」


 少し、いや、かなり変わっている。


「あの……ゴンザレス侍は長いのでアカネって呼んでください」


 ゴンザレス侍もといアカネは、少し頬を赤らめながらそう言った。


 

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