第7話 一次試験
アルハとアキナは、ファノ達の家で一泊させてもらいファノ達と離れた場所で就寝した。
一夜明け日が昇り、もう正午に差し掛かろうとしている。
「上納金……入団金……家賃……よし」
タリマは、仲間とアルハから回収した納入金の各内訳の採算を確認し立ち上がる。
「いやー……緊張するな。今日から僕もカルネスト組の一員か!」
「浮かれるにゃ早いぞ!全く。組に入るんだぞ!もう少し緊張感を持て」
「そう言うタリマの顔もニヤついてるぞ」
なにやら皆んな昨日の暗い雰囲気とは打って変わって浮き足だっている。昨日ずっと張り詰めていたからこその反動もあるのだろうかとアキナは考える。
そんな中一人、ファノが椅子の背もたれに体重を預けて天井を仰ぎ不安がる。
「遅いな……」
「何か心配事?」
「いつもならもっと早くには組の構成員が来るんだけど……皆んな興奮して気付いてないのかな?」
ファノが不審に思っていること数十分後。扉からコンコンとノックの音が聞こえる。
「俺だ。サイニルだ」
「やっと来たみたいだね」
アルハがやっと退屈から開放されると、伸びをする。
「ファノ!来たぞ!」
「はいはい。そんな大声で言わなくても聞こえてるって」
興奮気味のリーノに呆れながらもそう受け流すと、取っ手に手をかけ扉を開ける。
「はい。こちらファノ」
「よう。今日はいつになく騒がしいじゃないか。お前はいつも通り陰気臭いが」
「ザイニルさん。これが、今月の分の上納金だぜ!」
「ち、ちょっと」
ファノを片手で押し除けるように現れたタリマが袋に詰めたお金を渡す。
「どれどれ……」
ザイニルは帳簿を片手に受け取った金の勘定をすると満足げに頷く。
「人数分あるな。じゃあ、次の家に───」
「待った待った!気が早いよ!」
「なんだ!?まだ何かあるのか!?」
リーノが焦った様子で大声を出して大人を制止させたところにアトルが急いで、入団金を持って現れる。
「驚かないでくださいよ!入団金です!」
「え!?」
予想外だと催促に来た組の構成員が、素っ頓狂な声を上げる。
「頑張って全員分、集めたんですよこれで僕たちもカルネスト組に入れますよね?」
「……まさかお前らもか」
「"も"って言うのは……何か問題が?」
渋い顔で顎をさするザイニル。その様子を見たファノは、ザイニルが普段よりも遅れて来訪してきたことも相まって不安が加速する。
「……悪い事は言わない。考え直せ」
「なんでだよ!?せっかく一生懸命稼いだんだぞ!?」
「今回の時期はいつもより特殊と言うか……そうだな……下手したらわんさか死人が出るだろうからな」
「脅しのつもりかよ。ここまで来て引き下がれってのか?冗談じゃないぜ」
「脅しじゃなくて警告だ。俺はお前らが心配で───」
タリマ達からの猛反発と熱い視線に言葉を詰まらせたザイニルがやれやれと首を横に張る。
「言って聞かせても無意味か。なら、時計台のある広場まで向かえ。入団金を持ってな」
「それはどういう……?」
「確かに伝えたからな」
それだけ言い残すとザイニルは、他の世帯へと移動していった。
「なんだよアイツ。私達の見事なまでの手腕を知ってのことか?」
リーノが自分たちの実力を舐められているのかと愚痴を吐く。
「広場まで向かえってさ。とにかく行ってみようよ。じゃなきゃ話が進まないみたいだ」
皆んながアトルの言葉に賛同すると、言われた通り入団金を持って広場へ向かう。
広場に向かう途中、あちこちから広場に向かう人が目に入る。ファノ達だけでなく入団希望の全員が同様のことを言われたのだろう。
そして広場に着くとそこには、既にたくさんの人だかりができている。広場に収まりきらないほどの人数で、皆が皆入団金を片手に何事かとざわめき合っている。
「なんだなんだ?」
「これ……全員入団希望者なの?」
群衆のどよめきと物量に圧倒される中、広場より敷居の高い壇上から着飾った男が現れる。その後方に付き人が二人。その物々しい雰囲気からカルネスト組の人間だと分かる。
「静粛に」
登壇した男から放たれた鶴の一声。騒ぎ合っていた誰もが口をつぐみ、男の方へと視線を釘付けにする。
「召集に応じてくれた皆の衆。私は、カルネスト組所属人事部局長兼諸君らの試験官を担当するアルネステロだ」
誰もがその厳格な雰囲気に呑まれる中、試験官という言葉に引っかかっていた。
「試験官とは……と疑問に思ったことだろう」
男はスーツの襟から胸元へと服装を正し、姿勢を伸ばす。
「諸君らの知っての通り我々と貴族街の衝突は最早免れぬものである。貴族達は今まで我々の動向に関知することはなかったが、今回の会議の件で我々の身が脅かされ始めている。故に、カルネスト組は来るべき決戦に備えて共に戦う有志を募っていた」
アルネステロは、前口上を区切り鋭い目つきで群衆を睨みつけるように俯瞰する。
「が、流石にこの人数は我々の手に余る。諸君ら全員をカルネスト組へと招き入れてしまっては、帰属意識の低下や規律の乱れ、新人への指導に割かれる多大な労力など様々な懸念が示唆される。故に従来の入団金の献上、身元確認や志望する役職を聴取する面接に加え、入団試験を行うことになった」
入団試験。その言葉にこの場にいる誰もが固唾を飲む。
「尚、本試験を通過できなかった者、辞退した者にも来るべき決戦に備え救済措置を用意してある。別にカルネスト組に入団せずともそれなりの恩恵は得られるだろう。この先は、死の危険と隣り合わせである。入団さえすればそれだけで甘い汁を吸えると安易な気持ちでこの場に来たのであれば、即刻立ち去れ」
その言葉を聞いてこの場から一歩でも動く者はいなかった。むしろ上等だと気合に満ちた表情で拳を固く握りしめる。
「ふむ。微動だにせぬか。流石我らカルネスト組が統治するスラムに住まう者である。ならば諸君らの覚悟。しかと見届けさせてもらおう」
アルネステロは鼻息を鳴らし、カッと地面を踏み鳴らし両足を揃える。
「では、第一試験の説明に移る。この試験では、諸君らの腕っぷしと根性、そして組織への献身的な姿勢を確認させてもらう。諸君らは今入団金を持参してこの場にいるはずだ。だが、せっかく苦労して稼いでもらったところ申し訳ないがその程度の手土産ではとても貢献できたとは言えん。よって只今より必要な入団金を3倍にする」
「さ、3倍……!」
「無理だろ」
高すぎる足切りライン。単純計算で今までの3倍の労力をこなせと言うのだ。その無理難題に一定数の人は、異議を唱える。
「ファノ。もしかしてこの試験……」
「多分そう言うことだろうね」
「な、なんだよ。一体何が始まるってんだ?」
しかしファノやタリマのように試験の真意に気付いた者もいた。
「制限時間は、15分。規定に達した者は私の元に持ってこい。15分以内に第一試験を突破した者は次の試験を受ける資格を得られる。それ以外の奴は、縁がなかったということで諦めて帰るといい」
そこまで説明をすると、一拍置いてから試験開始の合図を出す。
「では、これより第一試験を開始する!」
スタートと同時に離れた場所から怒号と呻き声が聞こえた。
「うぎゃ!この!何をする!」
「バカめ!こう言う試験なんだよ!」
そして、その喧嘩は次々と各所で勃発し始める。
「な、何が起こってるって言うのさ!」
「アトル!」
困惑気味のアトルの元にも大人の拳が降りかかる。ファノは、アトルの腕を引っ張って無理やり立ち退かせると立ち代わりにファノがその大人の鳩尾に蹴りを入れる。
大人が怯んだ隙に仲間達と広場の隅へ移動する。
「ファノ!一体どうなってんだこれ!?」
「この短時間で現在の持ち金の3倍を稼ぐなんて現実的に無理でしょ。試験官は腕っぷしを確認すると言っていた。誰かの持ち金を二人分強奪するんだよ」
「要は俺たちがやってきたやり方と一緒だ。これは、この広場にいる人数の三分の二を犠牲に勝ち上がるバトルロワイヤルってことだよ」
「マジか」
突如として始まったバトルロワイヤル。広場は無秩序と暴力の舞台へと変わり果てた。阿鼻叫喚が飛び交い鼻血や唾液が広場の床に飛び散る。
そんな中アルハは、これ以上ないほどのチャンスだと捉えていた。
「アルハ……私たちは一体どうしたらいいんだろう?」
「参加しよう。一文なしの俺たちが一攫千金を得るチャンスだ」
「でも、私たちの手続きはどうしよう」
「後回しだよ、そんなの」
「ほら!聞いて」
長々説明してる暇はないと、手を叩いて注目を集めるとファノは手短に作戦を伝える。
「試験に合格するために私たちで二袋ずつ。アルハとアキナは、追加でもう一袋必要。合計であと14袋いる。この中で戦闘が得意なのは、私とアルハ、アキナだから主にこの3人で袋を集める」
「逆に苦手なのは?」
「タリマかな」
「おい」
迷わず戦力外であることを告げられ、思わず突っ込むも文句を言う時間すらないと怒りを鎮めるタリマ。
「だったら今持ってる袋をタリマに渡して先に合格させた方がいい。どうやらあっち側は、安全圏内らしいから」
既に袋を3つ集めて試験官に提出した者もいる。その人物達を見るに向こうで待機する手筈になってるようだ。
「袋を人数分持ち過ぎていると、身重になるし何より狙われやすくなる。袋が集まり次第戦闘能力の低いやつを順次合格させていった方が上策だと思うね」
「分かった。その作戦で行こう」
ファノが理に適っていると即座に納得したように頷く。
「なら私とタリマ、アキナとリーノ、アルハとアトルのペアで行こう。これならバランスもいいし無理もない」
皆がその作戦を了承すると袋をタリマに渡す。
「絶対無くすなよ!」
「バカ!誰に言ってる!」
タリマは、袋を両手で取られないように握りしめる。
「みんな頼んだよ。作戦開始」
ファノの掛け声と共に各々が別の方向へと駆け出した。
「おいおい!こんなとこにカモが迷い込んでやがるぜ」
「誰がカモだ!」
早速大人達に目をつけられたファノ達。タリマはファノの背に隠れながらも大人の言いぐさに反抗する。
大人が殴りかかってくるところでファノは、自分の出番だと目の前の大人を思いっきり蹴り飛ばす。
「ノンストップでいくよ!ちゃんとついてきてね、タリマ!」
「ひゅ〜。流石リーダーだぜ」
ファノ達は宣言通り立ち塞がる大人達を一掃しながら試験官のいる地点へと向かっていった。
「アキナ……だよな」
「うん」
アキナとリーノのペアは、どちらも戦闘が心得があるのでピンチを迎えることなく順調に大人達を、薙ぎ倒していく。大人達を倒し、ひと段落ついたところでリーノがアキナに話しかける。
「アンタもあのアルハって奴と同郷なんだろ?」
「ま、まぁ。概ねそうだね。それがどうかした?」
厳密には、同郷とは少し違うのだが説明が面倒くさいので肯定するアキナ。
「いや、ただ二人ともやけに強いから……なんか秘訣があったりするのかって思っただけさ」
「秘訣ねぇ……やっぱ結局慣れじゃないかな?フィジカルだけじゃ、どうにもならないことがあるし。私なりに言えば観察と駆け引きが重要だと思うよ」
「へぇ〜。ファノに聞いた時も似たようなこと言ってた気がするな。なんか強者にはそれぞれに通ずる普遍的な何かがあったりすんのか?私は難しいことはさっぱりだからさ」
コンプレックスみたいなものだろうか?アキナは、気落ちするリーノにアドバイスと励みを送る。
「大丈夫だよ。私だって一々相手が何かしてくるから、私はこうしないととか考えてるわけじゃないからさ。慣れっていうのは、思考の短縮でもあると思うんだ。パターン化って言ったらいいのかな?リーノは、基礎体力も膂力もあるみたいだから、心配しなくてもいずれはファノとも肩を並べられるようになると思うよ」
「……へへ、そうかい。ありがとよ」
自分の長所を褒められたリーノは、気恥ずかしそうに鼻の下を人差し指でさする。
「よっしゃあ!そんじゃ、もう一狩りいくとするか!」
アキナに励まされ俄然気合が湧いてきたリーノは、我先にと猪突猛進する。
「あ、待ってよ!」
一人で飛び出していったリーノをアキナは、慌てて追いかけていった。
一方アルハとアトルのペア。
アトルを庇いながらアルハは、目の前の大人達を相手していく。
「な、なんで僕たちのとこばっかり人が来るのさ!」
「アンタが弱そうだからだよ」
アルハも、もし大人達の立場なら自分たちを攻撃の対象にするだろうと考える。
「な、なんだこのガキ!」
「そっちのガキは相手すんな!もう一人の方を狙え!」
アルハが次々と大人達をいとも容易く捌いていくので、大人達は標的をアトルだけに絞る。しかし、アルハは狙いがアトルばかりに集中しているので寧ろ攻撃の軌道が読みやすく助かっていた。
「あわわわわ」
余りの間近で行われる戦闘の迫力にアトルは、気が動転する。
拳が飛び交うたびアトルの心臓が破裂しそうなほど高鳴るのと反対に、アルハは向かってくる大人達を冷静に対処し失神させていく。
残る大人が最後の一人になると、容赦なく鳩尾に爪先を捻りこむように蹴りを見舞い気絶させる。
「これでお終い?」
そう言ってアトルの方へ振り返るとアルハは、息を短く吐いた。
伏兵がいたのだ。真っ向から人海戦術を仕掛けてきた大人達とは反対に一人で死角に忍び、不意打ちの機会を窺っていたのだ。
───間に合わない。
アルハは、アトルへ向かってくる一発は甘んじて許しそこから反撃をするべきだとこの先の展開の予測を組み立てる。
そんな中、突然アルハが自分の背中側を見て動き出したのを見てアトルは何事かと振り返る。
そして自分に向かってくる大人を見た時、アトルは目を見開いて驚くと同時に反射的に手が出た。
「うわ!」
情けない声とは裏腹に飛び出した拳は、アトルの口をついて出た短い悲鳴が言い終わるより前に相手の顎に当たっていた。
既に殴りかかっていた大人は、カウンターとなり驚く暇もなく気絶する。
「あ、危なかった」
額の脂汗を腕で拭ってアトルは、早まる鼓動を抑えるため深呼吸をする。
それを見たアルハは、表情こそ変えなかったが、言葉が出ないほど驚いていた。
今のは……大人を視認してコンマ数秒あったかどうかだ。余程反射神経がいいのか。それにしたってパンチの速度も尋常じゃない。相手より攻撃を繰り出したのは後だったはず。
まさか後手に回ったアトルが大人を倒すと思っていなかったアルハ。
「襲ってくる大人もいなくなったし、助かったよアルハ」
そう言ってアトルは、大人達が落としていった袋を拾う。
「良かった。僕とアルハの分まであるよ。これで試験はクリアだね」
アトルが袋を全て拾ってアルハの分を手渡そうとする。だがアルハは、その袋を受け取らなかった。
「それアンタが持っててよ」
「え?」
「まだ時間はありそうだし。もうひと稼ぎできるよ」
「え?え?」
「ほら、行くよ」
少年は貪欲にも他の大人達からさらに持ち金を巻き上げるべく、自ら争いが勃発している場所に向かっていった。
「15分経過!これにて第一次試験終了とする!」
試験官が終了の合図を出す。試験が終わった頃には広場は死屍累々で血反吐を吐いて地面にのたうち回る大人や、勝ち筋がないと尻尾を巻いて逃げ惑う大人達で溢れかえっていた。それも随分ひどい剥ぎ取りにあったらしく皆共通して引っ掻かれたような爪痕が服や皮膚に多く刻まれていた。
「アイツらちゃんと勝ち上がったんだろうな?」
「流石に大丈夫だと思うけど」
ひと足先に規定の入団金を提出し、試験を突破した証となるサインを帳簿に記した二人。
まさかと一瞬の不安がよぎるも、見知った姿が大人達の背中越しに見えた。
「リーノ!アキナ!」
その呼び声に気づいた二人がファノの姿を視界に収めると、笑顔で駆け寄ってくる。
「よう!二人も無事だったか!」
「そっちこそ。大事がないようで安心したよ」
「それでアルハ達は?まだ合流してない?」
「私たちは見てないけど……」
そこで、誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「おーい!」
アトルは何やら両手に袋を持って元気にこちらに向かってきている。その後ろにアルハの姿も見える。
「良かった。皆んな揃ってる」
「そんなことよりアトル。その袋どうしたんだよ!?まさか提出してないのか!?」
「いやいや、違うよ!僕たちの分はしっかり渡して登録もしてきてあるから!」
心外だと首を思いっきり首を横に振るアトル。アルハがあらぬ誤解をさせないように事情を説明する。
「時間に余裕があったから、余分に大人達から奪っといたんだ。こんな絶好の機会なかなかないしね」
「僕は、囮にされて大変な目に遭ったけどね」
「俺のおかげで無事じゃん。奪っていい金額に上限がなくて良かったよ」
アルハは、外套の内側のポケットに袋を2つ無造作に突っ込むと残りの分を他のみんなに分配する。
「俺たちだけで持っとくと邪魔だし、アンタらにも渡しとくよ。1人当たり2袋まであるから」
「ありがとう。保険として貰っとくよ」
再び一堂に会したことを喜ぶ仲間達。暫くして金額の集計を終えた付き人が、試験官に耳打ちをする。試験官が黙って頷くと、付き人は試験官の背後の位置まで戻り、手を後ろで組んで仁王立ちする。
「この場にいる諸君。ひとまず一次試験突破を祝おう。諸君らの情熱溢れる勇姿は、見事であった」
試験官は、賛辞を送ると表情を引き締める。
「それでは第二次試験が執り行われる会場まで案内する。私についてこい」
試験官に続き一次試験を勝ち残った粒揃いの強者達が、それぞれの思惑を胸に歩き出した。




