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改識機関 ダルネフ  作者: Z4n
ロンデル
6/11

第6話 少年少女の集い

 リーノとアトルの緊張感を下手に緩和させることもできず、ファノは敢えて諍いに干渉せず二人の様子を見て状況を分析していた。


 二人は無事……とまではいってないけど特に目立った外傷は見当たらない。流石に二人がこの辺の栄養も十分取れてない痩躯な連中に負けるほどやわじゃないことはわかってるけど……二人のこの焦りようは何?


 結果として、リーノは一人の大人を圧倒して恐怖を植え付けることで複数の大人を追い払いその場を凌ぐことに成功した。


 ファノが身を潜めていると、突如として身の毛が粟立つほどの寒気を感じた。

 示し合わすように二人の傍に現れた謎の影。


「リーノ!危ない!」


 その影に気づいたアトルが、鬼気迫る表情で叫ぶ。しかし、アトルの叫びも虚しくリーノの背後に現れた男は両の拳を固く組んで握ると、リーノの頭頂部に振り下ろした。


 くたびれた様子だったリーノは、反応が遅れてしまう。振り返った時には目前まで拳が降りかかっている状況であった。咄嗟に掌を前に出して防ごうとするが間に合いそうにない。リーノが喰らうと思ったその瞬間だった。その拳はリーノの見知った人物が身を挺して受け止めることとなる。


「っつ……」


 仲間の窮地にファノは、なりふり構わずリーノと男との間に割って入り、その拳を掌を重ねて受け止めた。頭から足まで突き抜けるような衝撃にファノは、少し顔を歪める。


「チッ!折角不意打ちできたと思ったのに、こんなときにお仲間が来るなんてな」


 奇襲を仕掛けた男は、不敵な笑みを浮かべる。不測の事態でもまだ余裕を崩すほどのことではないと思っているようだ。

 ファノが男に反撃を仕掛ける前に男は、バックステップで後退する。


「ファノ……!一体何がどうなって……」


 リーノは、突如として現れた男と意識外からの仲間の登場に困惑する。ただ目の前の光景は、この場にいなかったはずのファノが男の奇襲から守ってくれたという事実であった。

 しかし安堵する暇も仲間の無事を喜ぶ暇もなく、リーノはよろけながらも立ち上がる。

 

「それはこっちのセリフ。二人はこんなところにいるし、目の前にいる男も只者じゃないし。とにかく下がってて」


 なぜこんな状況になっているか把握できずにいたファノだが、一先ず目先の脅威に対処することを優先する。


「なるほど。後ろのガキどもとは、一味違うって言いたいのか」


 今の一瞬のやり取りでファノが手練であると見抜いた男は、なおも油断せず構えを取る。


 この男……荒事に慣れてるし、この体躯と佇まい。明らかに外の人間じゃない。


「あなたスラムの人間でしょ?なんでこんなところにいるの?」


「あー?話してやる義理はないな」


「あっそ。なら二人を追いかける理由は?」


「それは自分たちが一番よくわかってるだろ?」


 取り留めのない会話を続ける二人。


「話はもういいだろ?その金を頂戴する───」


 男がファノに仕掛ける予備動作を見せた途端、男の後頭部に衝撃が走る。

 大人が会話に興じている時に少年が背後に、回り込んでいたのだ。そして気が逸れたその隙に、少年が後頭部に飛び回し蹴りを喰らわした。攻撃に転じた瞬間の防御が手薄になる瞬間だったこともあり、まるで落雷が迸ったと錯覚するほどの一撃であったはずだ。


「あっぶねぇ……!まともに喰らえばお陀仏だったぜ」


 ただし直撃すればの話である。男はすんでのところで振り返り少年の蹴りを腕でガードしていた。持ち前の経験と洞察力でこの会話が何かの布石だと勘付いた男が、奇襲を視野に入れていたのだ。そして草が揺れ掠れる音に耳を澄まし見事伏兵の位置を予測してみせた。

 冷や汗を流し、腕が痺れる感覚を覚えながらも男は自分の読みが当たったことに心底安堵していた。


「やるじゃねぇかガキ。今のは、だいぶ効いたぞ」


 少年は聞く耳持たず、振り抜いた足を着地させるともう片方の足で男の顎を狙う。


「おっと」


 男は、それをスウェーで避けると続くファノからのフックも見事肘で防いで見せた。


「さっきとまるで立場が逆じゃねぇか。こんなガキが出てくるなんて聞いてないぜ」


 言葉と裏腹に大人の口角は上がっている。


「だが体術には自信があるようだが、この体格差だ。奇襲が失敗した今お前達に決定打はないんじゃないか?」


「そっちだって二人を相手取ってたら、防戦一方のままなんじゃない?」


 ファノは、果敢に攻める。両脇に相手がいては不利であると、男は警戒なステップで二人の間を抜けるように横に逃げる。

 一方今の有利な位置どりを活かしたい二人は、逃すことのないよう挟み撃ちの陣形のまま押し切る。


「しつけぇな!」

 

 鬱陶しく感じた男が、体格差を活かした長いリーチの回し蹴りで二人との距離を取ることを試みる。


 目論見は見事成功し、回し蹴りの出始めにいた少年はバックステップで距離を取る。しかしファノは、回し蹴りの到達側だったこともあり、見事見切ってしゃがみ込むことで距離を置かず躱してみせる。

 そしてしゃがんだ勢いを利用して地面を蹴り出し、ガゼルパンチの要領で相手に肉薄しながら攻撃を仕掛けた。

 攻撃終わりの男は、片足が完全に地面についていない。このままでは押し切られ体勢を崩されてしまうことを恐れた大人は、冷静に回し蹴りをした足を引っ込め、距離をとりながら軸足を変えて、もう片方の足を置きに行くように真っ直ぐ蹴り出す。

 飛び上がったファノは、空中での自制ができず自ら飛び込む形で蹴りを喰らってしまった。顔面を跳ね上がられたファノは、勢いのまま後退。

 それでも少女の顔には、苦痛の色は浮かばなかった。


 一連の攻防にて漸く位置取りを変えることができた男は、窮地を凌いだと胸を撫で下ろす。


「血気盛んだな。その行動力に見合った実力と度胸。見事じゃないか」


 ファノは、相手の靴で汚れた口元を拭って男を睨みつける。


「フハハ……お前がなぜそんな必死か俺には分かるぜ」


 そう言って、リーノとタリマに距離を詰めようとする男を見たファノは、急いで二人を庇うように前に立つ。



「そんなにそいつらが大事か!」


 男は、立ち塞がれても構わず走り抜けようとする。肩を前に突き出しタックルすることでファノの妨害諸共突破しようと考えたのだ。

 その意思を感じ取ったファノは、生半可な攻撃は無意味と考え、膝を曲げ前傾姿勢となり重心を低く保ち迎え撃つ準備をする。


 瞬間ズドンと岩にでもぶつかったかのような圧力が全身に伝わる。

 衝撃を全身で受け止めきれず、両足が下がるも決して地面から足を離さなかった。ファノの気合いと忍耐力により地面に両足を引きずった跡を残しながらも、タックルの勢いを完全に消失させることに成功する。


「ちっこいのにやるな。だが俺に楯突いたのが運の尽きだ」


 男は、大胆不敵に笑うと腕を振り払い力づくでファノを弾き飛ばした。

 ファノは体勢を崩しながらもなんとか転倒することなく踏みとどまる。

 アトルに肩を貸してもらいなんとか立ち上がってるリーノは、自分たちが足を引っ張ってることに気づき嫌気が差す。


「すまないファノ……私がもっとしっかりしなきゃいけないのに」


「大丈夫……」


 ファノは、二人の消耗具合が想像より遥かに酷いものであると推察すると、これ以上走る体力も残されていないと判断する。


 リーノ達が逃げようとしても、走ることすらできない二人ではすぐ追いつかれてしまう。相手側の目的はあくまで大金の奪取であり、標的が絞られている分狙いは分かりやすいが、逆にこちらの行動が制限されてしまう。

 チームの弱点とも言える部分を突かれたファノは、どうしたものかと考えていた。


 私が二人に付きっきりになったら攻勢にでることは難しい。かと言って二人のそばを離れるわけにはいかない。


 ファノは、一瞬だけ少年に視線をずらす。


 ……彼なら一人でも上手くやってくれるかもしれない。会ったばかりの私と連携を組むのは容易ではないし、ここは余計な手出しをしない方が得策か。


 大人は、さらに追撃を加えるべく3人に向かおうとする。


 そこで、ファノの目論見に気づいてか気づいてないか……余計な柵がない少年が大人に高速で接近する。


「来るよな!」


 接近を感知した男は少年の顔面に素早いパンチを繰り出すが少年は、股関節と膝を曲げ沈み込むように躱すと勢いを殺さぬまま男にリバーブローを放つ。

 男は、右脇を閉じて腕を緩衝材にすることでその威力を分散させるもの勢いを殺しきれず、左側に跳躍する。

 すかさず少年は、男の顔面に前蹴りを放つがそれも届かず空振りに終わる。


「最近のガキは強いな……!」


 放たれた蹴りによって生じた風切り音に、男は心底感心する。

 ファノが仲間の側で傍観に徹しているのを見た大人は、内心ほくそ笑む。一対一なら自分に軍配が上がると思ったのだろう。

 しかし、反撃の糸口すら与えさせない反射神経、動体視力、身体能力。少年には、これらが高水準で備わっている。

 半端な攻撃は無意味だと悟った大人は、守備と回避に専念し、少年の癖を把握する。


 男からのパンチをダッキング、ウィービングで回避した後に必ず懐に入ってフックを狙ってくる。そしてそれをバックステップで避けると上段に回し蹴りで追い討ち。リーチでは劣る少年は、男の懐に潜り込むことでしか優勢に出ることができない。男はそれを分かりながら、すばしっこい少年を確実に捉えられる機会を窺うため接近を許していた。


 男はタイミングを読む。先程と同じ展開を作り避け方から攻撃のパターンを誘い込む。

 男は少年の致命的な癖を見抜いていた。それは、回し蹴りの直前左のガードが下がること。男は、その予備動作が来ることを心待ちにしていた。

 男はタイミングを見計らう。少年のボディへのストレートをバックステップで躱すと左手が腰あたりまで下がる。


「もらった!」


 しめたと男は、勝ちを確信しカウンターとして少年の左側頭部目掛けて回し蹴りを放つ。

 その瞬間男の視界が紺色に染まる。何があったのかと困惑する男。

 そして少年が自分を覗き込んできたことで男は初めて気づく。自分は地に背をつけているのだと。空を背景に少年を見上げ、それに気付いたところで男は顎を蹴り上げられ視界が更なる闇に染まった。


 大人を倒した少年は、事もなさげに両手を擦るように叩いて汚れを落とす。


 結構疲れてたから、大した相手じゃなくてよかった。


 少年は、先ほどの戦いを思い返す。男を気絶させるために脳震盪を起こさせたかった少年は、顎を狙っていたが狙いがバレてる上に大ぶりな攻撃は躱されやすい。

 故に大人に刷り込ませた仕込みの癖や一連の動作を餌にして、男がその攻撃に慣れ始めリーチの有利が取れる蹴りを打つとわかった瞬間に、意識させなかった相手の軸足を引っ掛けて転倒させたのだ。


「ありがとう。君がいてくれて助かったよ」


「そう。それじゃあ、二人も見つかったし一件落着って事でいい?」


 ファノが感謝と労いを伝える後ろで、リーノとアトルが少年を不思議そうに見る。


「私達も助けられたみたいだけど……一体これは……?」


「もう日が暮れる。話す事も多いだろうから諸々の説明は家に帰った後にしよう」


 

 帰路に着く最中、ファノ達に恨みを持つ大人に出会う事もなく無事にスラムに到着した。

 紺色だった空も真っ暗に染まり、星が煌めく。時間帯はすっかりに夜になっていた。


「ぷはー。ついたぁ……」


 アトルは、張り詰めた糸が切れたように息を吐く。


「もうこんな暗くなってんのか……危なかったな」


 少年らが見つけた時に呼吸が乱れていたリーノも体力が少し戻ってきたみたいだ。


「全く……家に着くまで気を抜かないでよ」


「分かってるって」


 スラムの外壁に取り付けられた松明の光を頼りに、夜道を進み何事もなく家に到着した。


「そう言えば、タリマは先に帰ってきてるんだっけ?心配させちゃったかなぁ……」


「早く無事な顔を見せてあげないと」


 ファノが鍵を開け4人が家に入ると、タリマとアキナが作った料理を机に運んでいた。


「ただいま」


 タリマがファノ達が無事に帰ってきたことに気づくと、軽口を叩きながらも微笑むように迎え入れる。


「遅かったじゃねぇか」


 机に並べられた人数分のスープとパン。それもスープから湯気が立ち上っていて出来立てであることがわかる。まるでファノ達が帰ってくることを予見していたみたいだ。

 それに気づいたファノも顔を破顔させる。


 タリマは、囲炉裏の薪に灰を被せ消火させる。


「疲れただろ?丁度、料理ができたところだ。早く座れよ」


「休んでていいって言ったのに……」


「家でただ待ってるだけじゃ暇だったんだ」


 タリマは6人全員を席につかせる。


「あー……ずっと腹減ってたんだよ」


 アキナは、みんなが食べ始めたのを見て自分も料理を口に運ぶ。

 スープの具材は玉ねぎやニンニク、ニンジンなどでパンにつけて食べるのが主流らしい。皆んなパンをちぎってスープに溶けこますように入れているのでアキナもそれに倣う。


「あち!」


「熱いから気をつけろ」


 アトルが舌を火傷したのを見てタリマが注意喚起する。言うのが遅いよと言った後、息を吹きかけスープを冷ます。


「それにしても、なんとか期限に間に合ったな」


「結構危なかったけどね」


 それを聞いたアキナは、ファノに質問する。


「期限って?」


「上納金と組への入団金。実は納入日が明日だったんだ」


「へー。通りで慌ただしいと思ったよ」


「アキナ達の滞在期限の申請もそれに合わせた形だったからね。変に気負わせて責任を感じてほしくなかったから伝えなかったけど」


 こっちとしては先に伝えて欲しかったんだけど。物はいいようだなぁ。やっぱタリマの言う通り結構腹黒い。


「ファノ。それでこの二人は何者なんだ?なんか協力してくれてるのは分かるけど……私達以外を仲間にして活動する方針じゃなかっただろ?」


 ファノは、タリマの時と同じように事情を説明する。


「ふーん」


 リーノは、スプーンを口に咥えて少年とアキナを見る。

 関心があるのかないのか、曖昧に返事をするとスプーンを口から離す。


「私たちが大変な目に遭ってる間にそんなことが起きてたんだ」


「僕は、いいと思うよ。彼らがいたら心強いし実際助けてもらったからさ」


 訝しむ様子を見せるリーノにアトルは賛成の意を示す。


「別に私だって分かってる。ファノの判断も疑ってないさ」


「ならどうしたんだよ?」


「いや。この街に移住するなら手続きが必要だろ?住民登録とか色々」


「その辺は大丈夫。明日催促にきた組の構成員に依頼しとくから」


 ファノは、スープを口に運びながらリーノに視線を送る。


「リーノ達の方は何か問題があったの?予定にない場所に逃げ込んでたみたいだけど?」


「あー……悪かったな。逃げてる途中に大人数の大人達に囲まれちゃってな。その包囲を抜け出す為に大人達を薙ぎ倒してたら体力が持たなくて、その……事前に打ち合わした場所まで逃げる余裕がなかったというか……」


 バツが悪そうに視線を逸らし頰を掻くリーノ。それをアトルが擁護するように補足する。


「それだけじゃないよ。ファノ達が戦った大人がいたでしょ?アイツ、ファノが気づいた通り元々スラムにいた奴なんだ。なんでか分からないけど、僕たちが報酬を横取りしたやつのバッグにいたらしくてさ。そいつとそいつの取り巻き達が追いかけてくるから追っ手が増えちゃってたんだ」


「その大人がスラムから追放されたから、また入場する為に仕方なく外の人たちと協力してたのかな?」


 アキナが思ったことを口にするが、リーノは首を横に振る。


「いや、アイツは傘下のバッジを持ってたから追放されたとかじゃなさそうだった」


「……私たちと似た手段で金を稼ごうとしたやつだったのか……まぁ、他人のことを考えても仕方がないか」


 リーノの口ぶりにアキナは不思議がる。


「似た手段って?」


 タリマが呆れたように口を挟む。


「俺たちが無造作に、そこら中の奴から金を奪ってると思ったか?」


 ファノ達の話から切迫した状況で手段を選んでられず、アキナが思う暴挙に出たのかと思っていたが違うらしい。


「話した通り組に入るまでに必要な金を稼ぐ時間が足りなかったからな。他の連中は真っ当に働いて稼げるだろうが、俺たちはまだ子供だから。回ってくる仕事が少ないし報酬も良くない。実入りのいい仕事も次々に応募が殺到するから、俺たちじゃ採用される余地がない」


 タリマはカランと空になった食器にスプーンを置く。


「そこで俺たちは、スラムの外に回ってくる仕事に目をつけた。主に雑用ばかりで報酬も少ないから態々やろうとする奴はいない。外の連中以外はな。低収入でスラムにも入れない外の連中は、残飯やら泥水を啜ってでなきゃ生きていけない。そんな脆弱な連中がこぞって仕事を受けにくるんだぜ」


 アキナは、そこまで聞いて彼らの手法を理解する。


「スラムでの倍率の高い高収入の仕事より、確実に受けられる低収入の仕事を選んだわけか。それも報酬を横取りすることで実質的な報酬は、格段になる」


「そういうことだ」


「だからあんな不特定多数の大人達から恨みを買ってたのか」


 ここでファノと出会った時のことを思い返したアキナは、今までの疑問が腑に落ちる。

 そこにファノがアキナに話しかける。


「色々あったけど君たちがいて良かった。それで……正式に協力する気になった?」


「勿論それはいいんだけど……でも、ちょっと時間ちょうだい。彼と話したいことあるから」


 そう言ってアキナに手招きされた少年は、冷めたスープを飲み干すとアキナに従って玄関の外まで移動する。


「話って何?」


「この街……いやこの世界について」


 ファノは、タリマに借りた新聞を取り出すと少年に見せる。


「………」


 少年は、扉から漏れ出た光を頼りに渡された新聞の内容を見る。


「奴隷制度に新事業……それも鉱山開拓」


「どっかで聞いたような話でしょ?」


 アキナは、態とらしく聞く。


「極め付けはこの発行日。ここに記されている西暦は、私達が生きていた時代よりも前のもの。なんなら私たちは生まれてすらない。当然この新聞は今年発行されたものらしいから、つまり───」


「俺が崖から飛び込んだ先にあったのは、過去の世界だった……ってことね」


 少年の平然とした様子に、アキナは疑問に思う。


「もっと驚くかと思ったよ。私も当事者じゃなかったら絶対に信じなかったよ。こんなこと普通じゃない」


「普通……?俺にとっての普通は、奴隷として生きてきたあの頃の常識だけ。その普通という概念を拡張する為にも、俺はより多くのものを知りたい」


 少年は、新聞から目を離し夜空を見る。


「初めて森から出た時、同じ空の下なのに全く別の景色に見えた。そして今も。俺の普通は初めてそこで普通じゃなくなった。これからはそれが普通なんだろうし、俺はこの感覚を普通にしたい」


 ふ、普通がいっぱい……何が何だか……


 同じ単語を連呼され少女の頭は混乱する。


「未知を知り触れ続けることで普通になるなら、この現象もそのうち普通になる」


「うん」


 多分私たちの間の普通という言葉の意味が概念的に異なっているなと文脈から読み取ったアキナは、理解することを諦め取り敢えず頷く。

 

「そういう意味では、この世界も気に入っている」


「ファノ達に協力するってこと?」


「取り敢えずは、そういうこと」


 そこだけ確認したかったアキナは、まだ伝えたいことあるかなと考える。

 少しの静寂の後、そう言えばと少年に聞く。


「名前」


「名前?」


「名前聞けなかったから。改めて聞こうと思って」


 少年は、最初名前を聞かれた時と同じように再び考え込む。今まで出会った仲間達の名前を反芻しているとピンと直感的に浮かんだ名前があった。


「アルハ」


 語感的なものかなんなのか……少年にはこの名前が胸にしっくりと落とし込まれる感覚があった。


「アルハね。それじゃあこれからよろしく」


 アキナが差し出す握手を無視して、少年は立ち上がる。


 少女は、若干の心の傷を負うも気づかれなかっただけだと自分を慰めた。


「話は終わったか?」


 ドアの隙間から二人を監視していたタリマが、アルハが立ち上がったのを見計らってドアを開ける。


 アキナは食器を樽の中に入った水で洗い、木製のカゴに移しているファノの方へ向かう。


「アルハと相談してこれから皆んなに協力するに決めたから、よろしくね」


「そう。良かった。こちらこそよろしく」


 蝋燭の火が灯る薄暗い部屋で、二人が握手している様子が影になって壁の中に揺れた。

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